ふたたび私は横浜にいた

  • Posted by: 相馬称
  • 2006年5月28日 22:39
  • kaasan | moblog

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しかし、ラストソングスの上村君はあのブログの記事をこうして携帯電話で書いているのだなあとその面倒を想像するにつけ、頭の下がる思いがしてくるのは、やっぱりケータイで書くのはたいへんだからだ。馴れの問題ではあるのだろうが。

しゃべることで記事が生成できればいいのではないかとも思う。ケータイに向かってしゃべったその音声が自動的にMP3に変換されてポッドキャスティングラジオのようにそれを聞くことができるというような。あるいはそうした技術はすでにどこかにあるのかもしれない。

そうしたオーディオ・モブログ(?)のメディアをわれわれが手にしたとき、コンテンツははたしてどのような変質をこうむるのか。リアルであるはずの肉声からはその身体性が抜け落ちはじめ、いまのこの「指の運動」にこそ肉体があったのだとする復古的なまなざしが浮上する、のだろうか。

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コメント(2)

そうそう、復古なまなざしね。そのつもりでしたよね、最初から。

上村 at 2006年6月 7日 12:58

>そのつもりでしたよね、最初から。

なにが?
え?

相馬称 at 2006年6月 9日 02:18

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