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「テラヤマシュージ・リローデッド!」全メモ

『いまだ知られざる寺山修司わが時、その始まり』展 関連イベント
鼎談「テラヤマシュージ・リローデッド!」

2013年12月11日(水)19時〜@早稲田大学小野記念講堂
宮沢章夫(劇作家、演出家、作家)
佐々木敦(批評家、早稲田大学教授)
岡室美奈子(演劇博物館館長、早稲田大学教授)

@HRAK_GM: 早稲田の「テラヤマシュージ・リローデッド!」は仕事で行けないことが決定している。記録映像もしくは記事化を熱望します。または見に行かれた方による完コピ再現。>RT
2013年12月4日 12:20

 @HRAK_GMさんのこのツイートが意識にあり、わりと多めにメモをとっていましたので、それを──発言趣旨が伝わりやすいよう、ある程度は記憶をたよりに要約/肉付けして、また、忘れてしまったところや思い出すのが面倒な箇所についてはメモ書きの状態のまま──載せてみます。
 「全発言」ではなく「全メモ」ですし、いずれのメモも発言そのままではありません。ひょっとすると、部分的に発言者を取り違えてしまっている言葉もあるかもしれません。以下、あくまでそういう性質のものだとご理解のうえお読みいただければさいわいです。

宮沢
寺山の仕事は知っているつもりだったが、演劇の文脈のなかで考えることが多かったので、それ以前の仕事、テレビの構成やラジオドラマ、劇団四季のミュージカル、ATGを中心とした映画のシナリオ等の資料が新鮮だった。映画『サード』のシナリオは特異な書き方がされている。基本、全仕事ふざけてるんじゃないのかな? とも思う。後年の、寺山をリスペクトして作られた作品には、「ふざけてないな」という不満を抱くことがある。そもそも、ハガキの筆跡がふざけてるしね。
佐々木
時間がなく、現時点ではざっと見ることができたという状態だが、とにかく見尽くせないほどの充実した資料。晩年の演劇人としての寺山以前の仕事や、さらにそれ以前、ネフローゼの病床にあった時期のものなど、〈テラヤマがテラヤマになる前〉の資料が集められているという印象。個人的なことをいうとぼくは 1964年生まれで、大学で東京に出てきた1983年に寺山が亡くなっている。没後の上演となった『レミング』の最終公演だけはなんとか観られた。上京前は書物をとおして触れていて、けっこうな寺山ファンだった。47歳で亡くなったにもかかわらずその仕事量は厖大で、それをいま、いまこそ、どう捉えればいいのかと考える。
岡室
佐々木さんがほぼ代弁してくださったとおりで、今回は「寺山修司ができるまで」をテーマとした展示を行っている。早稲田で過ごしたあたりまでの寺山。その資料をとおして、いま現在のわたしたちにとっての寺山を考えてみたい。
宮沢
演劇を観はじめたのが1979年で、寺山さん演出のものは『レミング』だけ観ている。ぼくとは資質が全然ちがうし、受け入れがたいものがあったのは事実。ただ、のちに読んだ演劇論がすごく面白かった。(配布資料を紹介しつつ)これは早稲田で「演劇文化論」という授業をもっていたときに学生向けに作った「演劇文化論新聞」というもので、ここではいっぽうに太田省吾を取り上げつつ〈祝祭から内省へ〉というふうにまとめている。60年代にあった問いかけがだんだん祝祭的になっていったときの、その「問いがなくなってしまった祝祭」に疑問を感じた。林海象さんから聞いた話で、当時真っ暗ななかで芝居をする練習とかをずっとさせられていた役者がつくづく「ふつうの芝居がしたい」と。人のわるさ。そのこと自体を笑っているような。たとえばアドルノなんかを読んでると窮屈じゃないですか。あらゆる資本主義的な快楽を否定していくというその禁欲さは窮屈だなあと思う。
佐々木
タモリの寺山の模写は、いわゆるモノマネというよりも、寺山ならこういうふうにしゃべるのだろうというところを再現していて、あれを見たときは「文化をコピーできるんだ」という衝撃があった。シナリオの提供とべつに、自身も実験的な短編をいっぱい撮ってる。『トマトケチャップ皇帝』とか、それらを武蔵美の授業で学生たちに集中的に見せてたときがあって、その授業をとおしてぼく自身も再発見したところがある。美的な観点に立てばやっぱり、そのアンダーグラウンド感や場末感、即物的なエロさ、それら総じて〈too muchな感じ〉を受け取ってしまうんだけど、いっぽうでかなり政治的であるということに気づかされた。そのつよくあった革命・運動のポテンシャルが 70年の終わりごろから薄れていくのは、やはり時代の流れもあったのだろう。60年代は「政治的でないことが不自然」だった時代。その盛り上がりが祝祭性をもつようになるが、70年代に祭りが終わって、内省の時代へ入る。そして 80年代はその反動としての「冗談」という、その流れ。
岡室
寺山というと〈デモに行かなかったひと〉というイメージも。
宮沢
距離の取り方。ちがったかたちで制度を転倒する。転倒させればいいというか、ウソでもホントでもどっちでもいい。そもそも自分の母親についての語りが、そのときどきで変わってくるし。青森というと恐山、というそのわかりやすいイメージを使うが、本人は一度も行ったことがないという。で、劇場(「天井桟敷館」)は渋谷に作っちゃうし。きのう12月10日は寺山の誕生日で。
佐々木
でもそれも「1935年、青森県弘前市に生まれたとされる」なんですよね。
宮沢
じつをいうと死んだかどうかもわかってない。って嘘だけど。いかに凡庸さを引き裂くか。資料の寺山の蔵書に山口昌男があった。
佐々木
現実から虚構へ、虚構から現実へのドンデン。虚実の転倒。捏造された故郷。寺山自身が演技っぽかった。
宮沢
そもそもなぜずっと訛ってたのかってこともある。
佐々木
あの訛りは一種の商売道具というか、テラヤマになるための道具ではなかったかという気もする。周到に構築していたという印象はある。今回の展示資料を見ても、いかに几帳面な人だったかということがわかる。
宮沢
天井桟敷以前のシナリオを読むとすごくうまい。職人的な技術を身に付けたあとで、それに飽き足らずに壊す。明確な方法論。技術があるために「ひじょうにうまく転倒できてしまう自分」というものを意識していた面があったのでは。
佐々木
おそらく寺山としては、どっちでもいいのではなく、ホントと思う人にはウソを、ウソと思う人にはホントを提供したかったのだと思う。演劇論では戯曲を否定する。
宮沢
戯曲の否定は、演劇をいかに文学性から切り離すかという議論がされた時代の影響もあるだろう。戯曲は否定するけど、完璧に構築された正確な舞台という印象はつよい。むしろ状況劇場のほうが舞台上のあらわれとしてはでたらめだった。
佐々木
戯曲を否定する寺山だけど、いま言われるようなポストドラマ演劇を書いたわけではない。ちかいものはいくつかあるものの(『観客席』、書簡演劇、『人力飛行機ソロモン』)、それらは上演台本にちかい。
宮沢
『ノック』とか、基本面白い。何かおかしなことをやろうとすると「こういうことって寺山がたいていやってるな」ということはある。「観客は立ち会いを許された覗き魔である」という言葉が有名だが、前提として寺山以前の演劇界が作り上げていた〈消極的な存在としての観客像〉があって、寺山もその観客像を共有し、それに挑もうとしていたのだろう。しかしいま現在の演劇がもっている観客像はその先に進んでいて、観客は〈ただ観ているだけで/そこにいるだけで〉作品に参加しているのだという、これあたりまえの事実なんだけど、そういう意識でいまは作っている。
佐々木
今年の F/Tのオープニング・イベントを観て、F/Tは観客の意識を変えてきたんだなあという感慨をもった。
岡室
観客に働きかける、観客を巻き込むというレベルでいうと、むかし寺山がやろうとしたことをいまどうやったらできるのか。
宮沢
観客を不安定にする、おびやかすということでいうと、寺山の試みがもっていた〈最初の驚き〉がもはやないという状況がある。さまざまな手法があたりまえになり、それも驚かない、これも驚かない。それを言ったら、じゃ、客を殺せるかって話になり、どうしたって、観客がそうした意味での安全地帯にいることは変わらないわけで。
佐々木
当時の、演劇を知らない、演劇に馴れていない人たちに仕掛けていくというのはどういうことだったのか、ということはある。
岡室
テラヤマ初心者に向けて、寺山をどう楽しむかみたいな話を最後に。
宮沢
『サード』大好き。
佐々木
とにかく言葉のすごさ。篠田正浩の初期作品のシナリオとか。
質疑
あらゆるジャンルで才能を発揮した寺山だが、小説だけは(おおむね失敗作とされる)『あゝ、荒野』の一作のみ。なぜ小説は書けなかった?
宮沢
小説というのは文学のなかでいちばん最後にやってきたジャンル。寺山はどこか「ロマン主義者」だったのでは。「なにをどう書いてもいいよ」という novel のその性質が、ロマン主義者たる寺山に合わなかったという面があるのでは。ということをたったいま、思いつきで考えた。
佐々木
寺山についてはとにかく「アフォリズムのひと」という印象がある。ひとことのすごさ。それを、長さをもったある筋のなかにつなげていくということが得意でなかったのかも。でも寺山は、書評家というか、小説の紹介という面ではかなりいい仕事をしている。ピンチョンの紹介、翻訳とか。小説読みとしては優れていたはず。
質疑
形式の破壊者としての寺山と、短歌における定型性との関係は?
佐々木
ひとつには、短歌の〈ワタクシ性〉をこわしたということはあるのではないか。

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