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タグ「笠木泉」を含む

2017.02.26

わたしの顔ブローチ

日付が変わって帰宅。ポストを開けると笠木(泉)さんから茶封筒の郵便が届いていた。中身が何であるか、思い当たるところはひとつしかないものの、開ける前にひとまず笠木さんに、届いたよとツイートで一報入れる。笠木さんとはつい小一時間ぐらい前までいっしょだったのだが、コレのことなどこれっぽっちも言っていなかった。曰く「恥ずかし」かったらしい。 @izumikasagi あ。いま帰宅したらポストに何か入...

2017.02.17

居残りあれこれ

ツイッターアイコンの件。笠木(泉)さんにわたしの顔を刺繍で作ってもらう案のほうはこの日記に書いただけで直接にはまだ何も連絡していなかったのだけど、読んだらしい笠木さんからツイッターを通じ、「作ってみようかな」とリプライがある。「ぜひ。お願いします」と返すと、「やりましょう」と快諾してくれた。そして、あんまり(出来を)期待しないようにと、つぎのように笠木さんは言い添える。 @soma1104 ...

2017.02.15

死んだことにして、みたいな

きのうの日記を更新したあとで、「あ。」と思ったのだ。ツイッターのアイコンのこと。笠木(泉)さんに、わたしの顔を刺繍で作ってもらうという手もあったのではないか。そうだな、つぎ、似顔絵イラストにも飽きがきたときにはぜひ笠木さんに頼んでみよう。そのころにはもう笠木さんが刺繍に飽きているという可能性がないではないけれども。 というわけで、きのうの思いつきはさっそく牛尾(千聖)さんに伝えた。描いてくれる...

2012.01.15

新春大沼寄席

いろいろとやる気満々で臨んだはずの14日はしかし、何やら目眩がするといい寝室に引きこもった妻につられるかたちで、けっきょく無為に過ごしてしまった。[電力自給率:40.8%(発電量:11.6kWh/消費量:28.4kWh)] それにしても、このままでいくとわたしはいよいよ今年、落語のことしかここに書かないのではないか、それで喜ぶ──というか、ついて来てくれる──のはひとり笠木(泉)さんぐらい...

2012.01.10

新年だよ

どうも。そういうわけでございまして、明けましてから暮れの書き残しの日記をいくつか更新しておりましたけれども、ここいらで、そろそろ新年でございます。旧年中の日記ではほんとうにもう生意気なことばかり書いていたなと、いま、反省しきりなわけでございまして、今年はといえばもうごくごくつつましく、大きなことは言わずに、粛々と、更新していければと考えているところでございます。正月三日になってから作りまして...

2011.12.21

小三治を聴きに

夜、銀座ブロッサムで柳家小三治独演会。笠木(泉)さん、(鈴木)謙一さんと観る。 柳家〆治「池田大助」、柳家小三治「道灌」、「宿屋の富」。 〆治は奉行を大岡越前守とし、のちに出世する子どもの名を池田大助としていたから、これは「池田大助」という演題になる。話自体は「佐々木政談」とまったく同じだが、「佐々木政談」のほうは奉行が佐々木信濃守。もとは上方落語(「佐々木裁き」)で、そこでの佐々木信濃守は...

2011.11.18

36歳である

というわけで誕生日である。36歳になった。上山(英夫)君、高橋(明大)君もおめでとう。あと、ミッ(キー・マウス)もおめでとう。 掲げた写真は妻が用意してくれたケーキである。ふつうの売り物のケーキに、オプションで数字のロウソクやら、Happy Birthday のプレートやらが加えられている。プレートには「ひとし」と名前が書かれているが、これを注文するさい、妻は店員に「お名前はひらがなでいい...

2009.08.04

Twitterにもかまけつつ

秋かよというような天気ではじまった八月である。 1日(土)  ロビンの尿をもって動物病院へ。数値は変わらず良好なままであり、獣医さんからはあらためて治療終了宣言が出る。すでにこの二週間ほどは普通食のみの食生活にもどっていたロビンだが、この先もひとまず普通食でよいだろうと言われる。再発に備え、三ヶ月に二度くらいのペースで尿検査はつづけていく。  モーリス・ブランショ『来るべき書物』の冒頭、セイ...

2009.07.06

死語とウィキペディアっぽさ

じっさいの更新サイクルは「コンスタントに毎日」でないものの、いちおう「日付を欠かさずに」更新してすでにひと月以上経ち、ようやく〈手が書く〉という感覚が取り戻されつつあるのだった──と、そんな調子に乗った発言をした矢先、足下におおきな無沙汰がぽっかり穴をあけるといったことはよくあることだけれど。 笠木(泉)さんがウィキペディアの「死語」の項を題材にブログを更新しているのを読み、なにをしてるんだか...

2009.06.12

高橋明大監督の『ある光』を観る

観ました、『ある光』。いや、それ──〈或る/在る光〉を観た──って、つまり〈映画〉を観たってことと同義だなあというふうにあらためて思うわけですが。 タイトルの『ある光』について高橋監督は、アフタートーク(×冨永昌敬)で、それが劇中で使われる「任意の希望」というセリフ(いったい上村聡以外のだれがこんなセリフを口にできるだろうか)をやわらかく言い換えたものであると説明するのだけれども、もちろん、...

2009.04.22

われわれもまた全知ではないのだし

『シャーリーの転落人生』におけるもっとも重要なシーンをひとつ挙げろと言われれば──まあまず言われないとは思うものの、もし言われたとすればですね──、わたしは迷わず、あのシーンを挙げるだろう。台本(ミニコミ誌『spotted701』と限定セット販売されていたもの)で言うところのシーン「33」、喫茶店の外で小下田守が高見と携帯電話でしゃべり、そののちまた波子のいる店内に戻るシーンである。このシーンが...

2009.04.01

春の嵐

また日記がずいぶんと滞ってしまった。「素人の乱」の松本哉(はじめ)さん、山下陽光(ひかる)さんと宮沢(章夫)さんによる、新宿ネイキッドロフトでのトークイベントに足を運んで(3月6日)からこっちのことをすっかり書き損ねた。座談の後半から参加された平野悠さん(ロフトの創始者で、新宿ロフトプラスワン席亭)の発言をいわゆる〈聖典(カノン)〉をめぐる問題として整理し、ある面では平野さんの発言を擁護もしつつ...

2009.03.04

彼岸のソフマップ

朝はなにやら気分よく目覚めた。そのことに促され、電車で読む本を替えてみようと本棚に向かう。〈気分〉のやつがわたしにまず推してきたのはなぜか『遠くまで行くんだ』だったけれど、厚いのでこのさい却下(各号が分冊になっていれば一冊をさっと小脇に抱えたところだったが)、けっきょく、丹生谷貴志さんの『ドゥルーズ・映画・フーコー』を手にとって家を出る。そんな朝だが、そんなとはどんなか。 「富士日記 2.1」...

2008.07.13

『五人姉妹』を観た

報告するほどのことでもないが、探していると前回書いた漫画『セクシーボイス アンド ロボ』はその後無事見つかった。カゴに無造作に突っ込まれて、そのカゴが押し入れのなかにあった。また別のものを探していて見つけた。 さて──12日の夜に、ミクニヤナイハラプロジェクトvol.4『五人姉妹』(準備公演)を観た。もし仮に私が五人のうちの誰かと付き合っていたとすれば、その枕元で「よかった」と囁けばい...

2008.06.22

このあとの予定

06.28(土) 14:00 チェリーブロッサムハイスクール『その夏、13月』 06.28(土) 19:00 プリセタ『ランナウェイ』 07.05(土) 14:00 - 16:00 表象文化論学会第3回大会 第一部:シンポジウム「文学と表象のクリティカル・ポイント」  【パネリスト】東浩紀・堀江敏幸・古井由吉 【司会】芳川泰久 07.12(土) 19:30 ミクニヤナイハラプロジェクトvol.4...

2008.06.16

125日間を振り返る、という企画

うーん、書けば書いただけ長くなり、「アデュー熱」はなかなか冷めないのだった。当の(作・演出の)笠木(泉)さんがブログに、 今回の舞台に関して書きたいことがたくさんあって、でも時間がないから書かないかもしれない。そうしてどんどん忘れ去られていくのか、自分の中で。 aplacetodie/ツイノスミカ » Blog Archive » ミクニヤナイハラの稽古/うれしい...

2008.06.15

そして、いろいろ

アデュー第二回公演『125日間彷徨』の感想(「感想」か?という内容だけど)を書いた前回分の日記(12日付)を、13日の夜から14日の朝にかけてうんうん唸りながらひねり出し、ノートに下書きする。ああした内容になったのにはそれなりに訳があり、ひとつには「とにかく長い」ということそれ自体がコンセプトに含まれるから、すると(きちんとした長いものを書くには)私の場合どうしたって、テクストの細部にこだわって...

2008.06.12

アデュー第二回公演『125日間彷徨』

アデュー第二回公演『125日間彷徨』。二度目の観劇。「感想はまたあとで」とだけ書いて済ませた前回の日記を読み、作・演出の笠木(泉)さんは「書けよ」と思ったといい、「こりゃ結局書かないな、ぜったい書かないよあんたは」と舞台のあと、打ち上げの席で言われたわけだが、むろん私は胸をはってこう答えた。「年内には書く」。 しかし「年内に」というのはちょっとあれなのではないか、もう少し早く書いたほうが、私も...

2008.04.13

続・いろいろ

ひきつづき、無沙汰のあいだの出来事を追えばそれで字数はいくのである。 わけても、それいま言及するのかよというのは広川太一郎氏が亡くなったことだ。3月3日のことで、ニュースが流れたのが8日ぐらいのことである。しかし何らかしら言及しないわけにもいかないだろうというのは、「広川太一郎データベース」という、おそらくいまウィキペディアの広川太一郎の項に次いでネットで参照されているのではないかという非公式...

2008.03.05

オーライ船長

掛川へと向かう新幹線に乗り込みつつ、なぜ、通夜へ行こうと思ったのだろうと考えていた。帰りの新幹線では答えが出ているだろうか。「なぜ」などと問うのは、あるいはたんに眠いからかもしれない──と、行きの新幹線の席ではノートにそこまで書き、じき寝てしまった。 26日の朝に、更新された「富士日記 2.1」の文章を読んでいたから察してはいたが、昼前にはあらためて笠木(泉)さんから電話があり、宮沢(章夫)さ...

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