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小田亮先生に会いに。あるいはフラクタルな感動の瞬間
■夜、会社を少し早めに退けてから京王線で南大沢へ。以前一度だけ来たことのあるアウトレットパークのその背後に、首都大学東京の南大沢キャンパスはあるのだった。学祭まであと何日というような看板を横目に、五号館三階の集計作業室というところをめざす。いくつもの研究室が並ぶフロアにある「なるほど、集計作業室か」という案配の部屋だった。廊下にわらわらと学生たちが溢れて準備をしているそのなかに、小田亮先生もいた。大学を卒業して以来だから、その顔を見るのはもう十年ぶりぐらいになるはずだ。 ■「東京都立大学・首都大学東京 社会人類学研究会」という長い名前の会がここで開かれており、今回招かれて発表をするのが小田先生...
本から/ミイのいた場所/タスポと暮らす/本へ
■ひとはときとしてアマゾンの「お急ぎ便」さえもどかしく、本屋に駆け込むものである。会社帰り、新宿ルミネに入っているブックファーストへ。 『ニッポンの思想』(著:佐々木敦/講談社現代新書) 『VOL lexicon』(責任編集:白石嘉治、矢部史郎/以文社) 『パロール・ドネ』(著:クロード・レヴィ=ストロース/訳:中沢新一/講談社選書メチエ) 『ムーミン・コミックス(9) 彗星がふってくる日』(著:トーベ・ヤンソン、ラルス・ヤンソン/筑摩書房) 『ムーミン・コミックス(10) 春の気分』(同上) 『VOL lexicon』は、『VOL』の執筆陣によるキーワード集。『VOL』だからと大...
なぜ、ですます?
■深夜、いせ(ゆみこ)さんのブログが更新され、池袋シネマ・ロサで『最後の怪獣』を観た日のことが書かれていました。そこに、 上映後にも、観に来てくれた遊園地再生事業団で世話になった相馬さんと「表現すること」について少しお話。 シネマロサにて-Suimire とあるのを読めばなんとも面映ゆいのですが、まあ、そうした話をしたことはたしかです。いせさんのどういう質問がきっかけで話がそちらへ向かったのだったか、すでになかば忘れているわけですが、たしか、本を読むことと文章を書くこと、いわばインプットとアウトプットの対応関係のような話から「表現すること」そのものへと話題が及んだように記憶しています。 と...
次の五年へ
■結婚(入籍)記念日である。まる五年が経ったのだった。 ■夕方、新宿の紀伊國屋書店本店へ。高祖岩三郎さんと廣瀬純さんによるトークセッションを二時間にわたって聞く。 ■廣瀬さんはまず、高祖さんの著書『新しいアナキズムの系譜学』を引き合いに出し、それが書名に「系譜学」という言葉を用い、あたかも歴史学的な知見を提供するかにみせて、そのじつ、それを地理学的な知見へと転倒し、マッピングしていくさまが面白いと評価してみせた。また、ものごとを〈歴史学的にみる〉という──いわばフーコー的な──態度にかわって、ものごとを〈地理学的にみる〉という──こちらはいわばドゥルーズ=ガタリ的な──態度が、近年ではあらゆる...
関係の過剰性はどこに生じるのか──共同体の真正性とビデオコメントの可能性
「小田亮の研究ホームページ」に置いてある口頭発表原稿「共同体と代替不可能性について」、および『思想』(2008年第12号)のレヴィ=ストロース特集に載った同じく小田さんの論文「『真正性の水準』について」を読んだ。いずれもその中心に扱われるのは、「真正性の水準」という言葉である。 (以下、「はじめに」の節では前提としての小田さんの議論をくりかえしています。そこはまあ了解済みであるという場合、次節「〈顔〉とは何か」からお読みいただいてもけっこうです。)...
句会の報告っす
■しかし11月はよく書いた。11月のページがタテに長いったらありゃしないことになっている。高校の同級でかつ誕生日(1975年11月18日)がまったく同じであるところの上山君にかつて指摘されたことは今年もまた恥ずかしいくらいに当てはまり、つまり「バイオリズム」ってやつか、毎年この11月前後、誕生日付近でサイトの更新が頻繁になるのはまったく意識してのことではないが、でもなぜかきまってそうなのは──そろそろ句点を打ってはどうかと思うわけだが──それこそがバイオリズムってやつのおそろしさか。 ■さて、先月30日に開催された「句会」の話。すでに書いたように江東区芭蕉記念館の研修室を借りて会場とした。広く...
私もレヴィ=ストロースの100歳を祝いたい
さあ日付の変わらぬうちに、ってそれあくまで日本時間の話だけど、ともあれきょう11月28日はクロード・レヴィ=ストロースの100歳の誕生日だ。『レヴィ=ストロース入門』(ちくま新書)の著作もある小田亮さんがブログに「祝クロード・レヴィ=ストロース100歳の誕生日」という記事を更新している。ぜひそちらも読まれるのがいいのではないか。 というわけで、クロード、おめでとう。120はいってください。ぜひ。...
何も共有していない者たちの共同体
■今福龍太さんは新刊ラッシュだ。『ブラジルのホモ・ルーデンス──サッカー批評原論』(月曜社)がアマゾンから届く。『フットボールの新世紀』以来ひさびさのまとまったサッカー批評であり、一連の新刊のなかではじつをいってこれが一番読みたかった。「プロローグ」がいきなり(添えられている附言も含めて)感動的である。興奮のあまり全文を引用したいくらいだけれどそれは差し控えておこう。 ■話は変わるが、アマゾンからいつもの、「おすすめの商品があります」というメール。読むとこうあった。 以前に『小鳩の会の日本の歴史』をチェックされた方に、『巨乳素人 限界着エロ 03 あきこ(22才) メートル超えの超巨乳「私、脱...
句会近づく
■岩波書店が出している雑誌『思想』の12月号はレヴィ=ストロース特集である。小田亮さんがそこに「真正性の水準について」という論文を寄せているらしいことで知ったのだが、小田さんのブログには11月25日刊行とあり、で、そこそこ早く帰れそうだったから夜九時までやっている立川の本屋に事前に電話し「置いてあるか」と確認したところ、「最新号はあさっての発売で、2冊入荷予定です」という答えだった。なんだ、まだ出ていなかったか。というか、「あさって」って「誕生日」だろ。そういうことなのか、岩波書店。 ■在宅仕事で依然忙しい妻だが、明日(27日)発売のNintendo DS用ゲーム「レイトン教授と最後の時間旅行...
この冬の入口に
■「他者の物欲」番外編。番外編というのは、これは買ったからだ。買ったといっても妻よ安心あれ、230円のiPhone/iPod touch用アプリケーションである。「NumberKey」 。iPhone/iPod touchをMac用のテンキーとして使うことができる。Macとの接続はWi-Fiで行われ、Wi-Fi環境のない外出先でもMac側でネットワークを作成することにより接続が可能だ。ブラック、ホワイト、クラシック(GSキーボード?)、シルバーの四種類からスキンを選べて、好みで切り替えたり、自身のノートブックと揃えたりできるようになっている。 ■だから本屋になど行くものではないというのはつ...
ブリコラージュとしての「あきすとぜねこ」──チェリーブロッサムハイスクールによせて
■『アキストゼネコ』とはここにおいてまず、チェリーブロッサムハイスクールが予定する次回公演(2008.12.04 - 12.09@ウェストエンドスタジオ)の、その作品タイトルのことである。このタイトルがじっさいのところ作品内容とどのように切り結ぶことになるのか、それは主宰で演出の柴田(雄平)君自身が言うように現段階で(少なくとも作の小栗剛君以外には?)誰にもわからないのだけれど、ひとまずそれは、1960年代(あるいはそれ以前)から子供たちのあいだに連綿と受け継がれてきたひとつの恋占い遊びと同じ名前をもっていることになる。 「アキストゼネコ」とは、約25〜35年前の子供達(特に女の子)の中でブー...
遠くで逝くひと
■まだ終電ではないという時間に会社を出て、JRの四ツ谷駅に着くと、ひと目で何かあったとわかる数の人が改札の内と外にごった返している。アナウンスは三鷹駅付近での信号機故障を告げていて、あきらめた顔もあれば、抑えられずアナウンスに茶々を入れる声もあるが、ほどなくして運転再開の報があり、ぎゅうぎゅうというわけでもないからそれに乗れば、じつに1時間30分遅れでの発車だという。私はたいへんついている部類ということになる。再開といっても依然三鷹までの間には相当の列車が詰まっているので、しばしば駅で停止しながらの運転だが、そこで、ここぞとばかりに読書だ。これ(どれ?)でいてけっこう気の散りやすいほうなのだが...