タグ「南波典子」を含む
ばかばっかりである
■「いいなあ」と南波(典子)さんにうらやらしましがらうらやましがられた(7月5日付「いま、ムーミンである」へのコメント)そのマグカップがきょう届く。写真の緑色のほう、現在は廃盤デザインであるために少々値段もつり上がっているミイのそれに、南波さんは(というかコメントを読むに、よりうやらしまがうらやましがっているのは旦那さん=佐藤さんのほうらしいが)「いいなあ」をくりかえしている。はっはっは。いいだろう。 ■下の写真にある、後ろ姿のミイがどうにもかわいいのだけれど、手には帆船の模型をもっていて、足もとはというとこれ、浅い川か何かだな。両足が水のなかに浸かっているように描かれているし、スカートを掴...
それ、雪降ってる?
■しかし「高菜句会」について、というかそこで発表された句について、これほど詳細に報告したのははじめてではないか。わたしが参加者各人の作風を丹念に拾い、周到に句会の雰囲気を伝えようとするその一方で、もうひとりの主宰である大学同窓の吉沼がブログに書くのは、じつにきっぱりとくだらない話である。笑った。 会場の利用は句会のみに限られることもあり、場所柄もあって、ふだん利用する人もあるていど節度がある様に想像されるが、中にはひどい利用者もいるのではないか。 終わった後の会場が、ペンキやげろ、その他いろいろな汚物にまみれているような状態で、これがわれわれの句会です、と笑顔で語るような俳句結社がないとも限...
続・第5回高菜句会報告
■ではひきつづいて先日の「句会」から。投句一覧および相馬作の句についてはきのうの日記でどうぞ。ところでいまさらだが、われわれは結社名を「高菜社(たかなしゃ)」といい、句会はなんとなく(おもに主宰者側によってのみ)「高菜句会」と呼ばれている。 はや三回目の参加(うち実参加が二回、句のみ提出が一回)となる南波さんの作風は、なんというか芯が太い。見たまま感じたままをつるつると手元に引き寄せたような素直な言葉の運びでありながらも、しかし一方でこの句はこうでしかありえなかったのだ、わたしの関節はこうしか曲がらないのだというような〈強ばり〉も感じさせ、それが魅力になっている。 「ろうそくは持ちたくないと...
句会だった
■「句会」だった。と、ついつい括弧にくくりたくなるのは、それがたいしてまっとうな性格のものではないからだが、開催するのはこれが四回目となる。前回が去年の秋。今回、七月のはじめに話が持ち上がったときにはまだ夏も本格的には到来しておらず、かぁーっと照りつける底抜けの太陽はおもに想像のなかにあって、先の夏を想い、いっそ句会を海でやるのはどうか、その場合には、ただ、句会の最中は泳ぎとか禁止にしないと駄目なんじゃないか、禁止しないときっとみな泳いでしまって句会どころではないだろうし、泳ぐことにべつに反対はしないものの、あるいは寝そべり、肌だけ焼いて帰る者など出ればそれはどこか腹立たしい。そこはまあ各自節...
というわけで
■というわけで、そろそろ自分のページを更新しようと思うのだった。ひと月ちかく空いてしまった。こんなことではいけないと思っているのである。 ■「自分のページを」というのはつまり、更新の途絶えていたあいだひとのページばかり作っていたからで、って、俺それが仕事なわけだから、ひとのページばかり作っているというのは言ってみれば年中そうなのだけど、とくに今年に入ってからは「仕事」以外でたのまれるサイト制作がわりとひきをきらず、それで、ここのところやっていた(いる)のが宮沢(章夫)さんのサイトのリニューアルである。 ■宮沢さんの場合、ご自身でレンタルサーバを借りてもう十年以上サイトを運営されており(おそらく...
熱にしずむ
■またあいだが空いた。いつものことか。傍(はた)を見遣れば「富士日記 2.1」もまた緩慢な更新ぶりを見せていることがせめてものなぐさめのようだ。とは変な感想だけど。 ■先週はほとんど風邪で寝込んでいた。いまもときおり、やけに底から絡んだような咳が出るけれど、ま、その程度になった。 ■13日(日)は父の七回忌。前夜に妻と下館の実家に帰る。前日の冷たい雨から明けて冬晴れ。晴れるがとことん冷えると予報に言われていた13日の朝は、しかしそれほど寒く感じなかった。暮れ方に戻ってみると東京のほうが寒い。東京へ戻る電車のなかで鼻水がとまらず、しかしよくあることでアレルギー性鼻炎だろうとかまえているうち熱を帯...
ビュトールの『段階』
■3日の土曜日は、熊谷(知彦)さんの出演するリーディングパフォーマンスライブを観に、横浜のBankARTまで。企画・構成・演出の武藤真弓さんともじつは旧知である。『トーキョー/不在/ハムレット』の演出助手をやる前の一年間、日本劇作家協会が開いていた戯曲セミナーの、そのコント部門を受講していたことがあるが、そのときにいっしょだったひとりが武藤さんだ。リーディングパフォーマンスライブは題して、 マチネ・ポエティカ「一つの可能性」text by ミシェル・ビュトール『段階』 と言い、このやけに説明的なタイトルの感触からすでに予感されるとおり、作品の成り立ちはひどく複雑だ。というか、素材となっている...
俺もゴーゴリの『外套』から出てきた
■DEMOCRACY FOR BURMA!! ■うーん行けないなあ、アフタートーク。明日こそはと思うが、どうだろう、行けるだろうかという案配。 ■で、舞台を観るのはあと一回、楽日をとってある。贅沢だな俺。楽しみだ。もう、存分に観るのみである。「ニュータウン入口 NOTE」[9月27日付]には楽日の「いたずら」のことが書かれてあったが、そういえば『トーキョー/不在/ハムレット』のときにはそれがなかった。『トーキョー・ボディ』のときはあって、で、『不在』には『ボディ』の出演者が多く参加していたから、みんなわりとかまえていたのだったが、結局何もなかった(と思ってるんだけど何かあったのかな)。ちょうど...
句会へむけて
■少し前に[8月5日付]、大学同窓の加島さんにむけた呼びかけとして書いていた例の「句会」だけれど、開催にむけてちょっとずつ、何人かに声をかけはじめている。開催日は10月中の土・日・祝日のどこかということで考えはじめたが、おそらく、このままいけば10月27日(土)か28日(日)のどちらかになるだろう。場所、どうしようかな。ま、参加者の足の便のことを考えず、どこかに場所をとる面倒だけを避ければ立川のわが家でやるという手もあるけれど、参加人数によっては無理がある。やっぱりどこか会議室のようなところを借りるべきか。ちなみに第一回のときは参加者のひとり・吉沼のアパートの部屋だったが、そのときは四人だけだ...
『ラザロ』を観る
■日付に沿った(書く現在から言えばおととい、17日の)話をする前にちょっと18日のことを書くが、南波(典子)さんから「YELLOW←ブロッコリー」というタイトルのメールをもらった。「劇の希望、あるいは南波さんへ」を読んだ感想を送ってくれた。こっちが先に思いきり名指しておいてなんだけれど、いざ応答されてみると俄に恥ずかしくなる。何だよあのきのうの日記は。何言ってやがんでい俺め。 ■「でも私はわりかし元気」だとメールはむすばれるが、そのことはメールの文章からも見てとれる。読み誤っていたらあれだが、ここぞというときに南波さんは「〜ったんだ」を用いる。中性になって年齢も溶解し、「虫採り網もって草原の上...
劇の希望、あるいは南波さんへ
■太田省吾さんの訃報に接し、その演劇論集『劇の希望』(筑摩書房、1988年)、『舞台の水』(五柳書院、1993年)、『なにもかもなくしてみる』(五柳書院、2005年)をぱらぱらと読み返す。生の舞台はどれも観ていない。『水の駅』のその美しさを、私は、その美しさについて語る宮沢(章夫)さんの貌のなかにしか知らない。そして残された演劇論。太田さんの文章はおどろくほど読み易く、それでいてするするっと流れない。ひとつの句点を打つまでに、いったいこの人はどれだけの時間考えていたのだろうかとその足どりの重さを思わざるをえない。 ■南波(典子)さんの文章を前にしては、ただただうらやましく思う。むろん、 人は生...
遙か遠い道の話(嘘)
■いまさら私に言われるまでもないのは知っているが、南波(典子)さんの日記がいいね、まったく。今回(7月2日付の分)もまた、日記ってやつはやっぱりこう書きたいものだよと思わせられる文章のリズムである(って南波さんのあれ、形式としては「日記」じゃなくて「書簡」なわけですけどね)。ぜったいならないと思うけど、あれかな、とりあえず「です・ます」体で書けばああなるのかな。ぜったいならないと思うけど。 ■アマゾンから届いたのは『Michael Palin Diaries 1969-1979』。去年出版されたマイケル・ペリンのモンティ・パイソン時代の日記。洋書です。しかも六五〇ページ超の大部でかなり分厚い(...
南波さんに『おりがみでツルを折ろう』を見せたのは私だ
■午後、南波さんの家へ行く。過日南波さんのもとへと渡ったPower Mac G4 (Quick Silver) の、環境移行を手伝う。私の見通しと準備が甘く、これがことのほか長丁場の作業になるのだったが、そうとは知らず、部屋に着いてたっぷり一時間ほどはのんびりしていた。コーヒーを淹れてもらい、ケーキをご馳走になる。そのさいに高野文子の新作「おりがみでツルを折ろう」を紹介する。いま引用しようと思って探したら見つからなかったんだけど、南波さんが以前どこかに、本番前の楽屋では『黄色い本』や『るきさん』を読んで気を落ち着かせているというようなことを書いていたと記憶され、だったら、これなどはそうした「作...
G4の整備
■キーボードの件などもあって丸一週間予定がずれたが、南波さんに送るPower Mac G4 733MHz(以下、G4)の整備作業。OSを10.4.8に上げ、データやユーザー情報の整理をする。 ■G4がなぜ10.3.8のまま、Tigerになっていなかったかについて私はすっかり忘れていて──というかもうG4のことなんかすっかり忘れていて、トレイにTigerのインストールDVDを挿入するとしばらく回転したのちふたたびトレイが開き、DVDが排出されてしまうのをただただなぜだろうと見つめ、愚直にそれを数回くり返して、それでようやくこのG4に付いているドライブは「CD/CD-RW」だったと思い出す。ああそ...
キーボードを洗い、「3」をなくす
■前にも書いたとおりだが、私の旧マシン(Power Mac G4 733MHz + 17inch Studio Display)が南波さんのところへ行くことに決まった。OS X だけを走らせるにはいまやちょっと魅力に乏しいマシンだが、なにせ南波さんは現時点で OS 8.5 ユーザー(マシンは初代ボンダイブルーの iMac)であり、「OS 9 起動が可能である上に、OS X もまあまあ動く」という点では橋渡し役的に適当なところなのではないか。 ■G4には引っ越し以来と言っていいほど触っていなくて、載っているOSも10.3.8でとまっているから、南波さんの元に送る前にそれを「Tiger」にしようと...
人の年末年始を知る
■そうだ、永澤と田村、年賀状をありがとう。というのも、じっさいには元旦に届いていたと思われる十枚ほどの年賀状が郵便受けのなか、側面にぴったりと貼りつくようにして人知れず、ここ数日の雨をじっとりと含んで紙のふやけたのが幸いしてか妻がようやくその存在に気づいたのが先週末である。いやあ、来てたんだ。知らなかったよ。あけましておめでとう。私の兄宛に出された永澤の年賀状がきちんと元旦に届いていたのは帰省した折りに見知っていたし、そのほか妻の側でも、例年どおり寄越してくれているはずの複数の友人から待てども届かず、これはあれだな、郵便局め捨てやがったなとふたりで納得しかかっていたところがそういうわけだった。...
兄の薬師丸ひろ子への愛を語ることで自身の薬師丸ひろ子への愛を語る
■ところでこのあいだ、日記の終わりに 薬師丸ひろ子の話から兄につなげて、それから西遊記の話にもっていこうかと思っていたのだったが、それはまた次で。 と書いたことに対して、それ、いったいどういうふうに「つなげ」るんだと思われた方もあるかと思うが、説明するとしごく単純な事情があって、つまりその昔、世代的にもど真ん中であるところの次兄は薬師丸ひろ子のファンだった時期があるということだ。まあ、ブームの規模からすると、当時を生きた青少年の多くがみな等しくそうだったように彼もまた、というような現象だったのかもしれず、それは幼いころにたまさか「おいしい」と口にしたものが「○○ちゃんの好物」としていつまでも...
「南波さん」と書くだけでおもしろいような気さえする
■米倉さんの日記(「ここではありませんのノート | キモカワイイ」)に笑った。 「キモイ、と言い切ってみたらどうだろうか」 というのは、けれど、ほんとうにこのとおり発言したのだろうか。米倉さんが語調をととのえて、さらに面白くしているではないかという疑念は当然湧くところだ。 ■しかし南波さんが薬師丸ひろ子に似ているというのはどっから出てきた話なのか。私の把握するところではたしか言い出したのは笠木さんではなかったか。あるいは近場のブログをあさると、上村君の次のような記述が引っかかってくる。 「レイクサイドマーダーケース」を観に行く。緊迫した空気の中、一人だけ別世界に生きているような柄本明さんに...
夢に現れたのは、セーラー服姿の南波さんだった
■先週は何だかやけにサイトを更新していたが、週末になったらふっつりと途切れてしまったのはやっぱり気が抜けるせいだろうか。あれを読んで、これをやって、といろいろ考えていたことのほとんどを果たさないまま週末が終わる。まったくだめだった。 ■きのうは「東京コンテンツマーケット」に出展している「0 1/2計画」の撤収を手伝いに、六本木ヒルズに行く。行って知ったのだけどいま六本木ヒルズ(と渋谷)では東京国際映画祭が開かれているのだった。今日ちょうど終わったはずだが、そのクロージング作品が『犬神家の一族』である(ということをオーロラビジョンで知った)。オフィシャルサイトで予告篇を見たかぎりの印象だけれど、...
どんどんハゲていく
■タイトルは本文と関係なし。 ■そういえば、「日記読みました。」と南波さんからメールがあったのだった。お役御免になったうちのPower Mac G4の引き取り先(売り払い先)として南波さんのところはどうかと勝手なことを書いた9日付の日記のことである。南波さんはいま、『エンジョイ』の稽古のまっただなかにいる。だから、南波さんはとても南波さんらしく「ちょっと、パソコンのことが考えられないのです」と言い、そして「もしも、もしも、『エンジョイ』が終わった段階で、まだそのマシンが相馬さんちに残っていましたら、またその時にご相談させて下さい」と書いてくれた。 ■9日付の日記をアップしてほどなく、「私欲しい...