足熱図鑑

エッセイ

エンターテイメントとはどれか(手無し娘編)

 「手無し娘」というのは、日本の昔話によく見られる類型(話のパターン)のひとつで、以下にお読みいただくのはその物語の構成モチーフのみを取り出した梗概(「話の履歴書 昔話六十選」より引用、念のために言い添えるならホントに)である。

継母が継娘を憎み、夫をそそのかして娘の両手を切り落とし、家から追い出す。娘は空腹を癒すために長者の庭に入り果実を食べる。長者の息子がそれを見つけ娘から話を聞く。息子は憐れんで娘と結婚する。ある日夫が旅に出る。留守中に子供が生まれ、姑がそれを知らせる手紙を若い衆に持たせて飛脚に出す。ところが若い衆は途中で娘の継母に出会い、継母は手紙を読んで嫉妬し、娘が鬼の子を生んだという手紙に書き換える。手紙を読んだ夫はそれでもよいという返事を若い衆に持たせるが、再度継母によって娘を追い出せという手紙にすり替えられる。かくして娘は子供を背負って家を出る。歩き疲れて喉が渇き、水辺へ口をつけて飲もうと身を屈める。背中の子供がずり落ちる。はっとして無い手を差し出すと手が生えていた。旅から帰った夫は若い衆を問い詰め真相を知り、すぐに妻子を探す旅に出る。幾年月ののち、三人は幸せな再会をする。

 バッチリである。

 やはりクライマックスは、「はっとして無い手を差し出すと手が生えていた」という下りであり、かなりエンターテイメントなのだが、さらに言えばこのセンテンスを山場として成り立たせているものこそ、句読点のたびに何かが起きるというタイトな緊張感であり、それはつまり「あらすじだ」ということである。

 また、「いい話」だということも、かなりのパンチ力である。

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