夕方、ぼくは友達と別れ、帰るため電車に乗っていた。
視線をふと窓の外から向かいのドアの手すりに向けると、
メガネの清楚な女性が本を読んでいた。
何を読んでいるのか。
ちらっと絵が見えた。漫画だ。たぶん、「日出処の天子」。
好きだ。
そう思った。
彼女が着いた駅で降りる。ぼくは思わず、あとをつけた・・・わけではなく
たまたま、ここがぼくのマンションの最寄り駅だから、降りた。
彼女は駅前商店街の雑踏をとっとと歩いていく。ぼくはそのへんに適当に
とめていた自転車に乗り、暫くその背中を見ていた。
するとタクシーにクラクションを鳴らされたので、
すごすごと、自分のマンションの方に向かった。
道すがら犯罪者の心境とはこういった気持ちの延長線上にあるの
かもしれない、と思った。
(相馬称)
「延長線上にあるのかもしれないな」と口にしてきびすを返した相馬と別れて、ひとり彼女のあとをつけた。大通りから路地へ入ったとたん、賑わいが消えて、困ったなと思ったものの、彼女はずんすんと進んでいく。
30mばかり行っていきなり立ちどまったので、さすがに感づかれたかと観念して知らずこちらも立ちどまったが、彼女はしばらく立ったまま、何やらゴソゴソやっているうちにふたたび歩き出した。
彼女の立ちどまったあたりまで来て、今度はこちらだけ足をとめ、さっきはゴソゴソと何をしていたのだろうと小さくなる彼女の背に目をやっていると、ひょっとしてメガネを外していたのではないかと想像された。あの背は、裸眼の背ではないだろうかと。
それで思い切って、私もきびすを返すことにした。
(やまもと)
朝、家を出ようとドアを開けると見知らぬ中年の男が立っていた。
「あなたは印鑑を買う必要があります。将来苗字が変わっても大丈夫な
ように、名前で作りなさい。黒い木彫りの印鑑です」
と、その男は言った。
ウワサに聞く幸福になれる印鑑の押し売りか?と思ったが、男はそれだ
け告げると帰っていく。
思わず、その背に「僕はその印鑑を作ると幸せになれますか?」と投げ
かけてみた。
振り向いた男は無表情で
「印鑑とあなたの幸せは関係ないでしょう?幸せになれるかどうかは、
あなたの努力次第」
と答え、足早に去っていった。
名前を彫った印鑑は、どういった状況の時に使えるのかな?と考えなが
ら、カギをかけて出かけた。
幸せになれるかどうかは自分次第、と心の中でそっとつぶやきながら。
(相馬称)
「好きになっちゃいました」
「僕が君を?」
「フフ…はい」
「僕が君を好きになっちゃいましたか」
「はい」
「ありがとう」
「こちらこそ」
(マリ)
「わたしのガードは固いよ?」
そんなことを彼女は言った。言わせてしまった。
ぼくの部屋で、ぼくと彼女、2人きりのこの時に。この瞬間に。
彼女はメガネの遠藤久美子。いや、もちろん、似ていると言うだけで
本物ではない。彼女自身の主張で言うならば、天才バカボンの
うなぎ犬なのだが、この隔たりはなんなのかは不明だ。
今の瞬間、彼女はノーガードのように見えた。
しかし実はいつでも強固なガードに入れる自然体・・・
そんな体勢だったのだ。
しまった、早まった。
そう思ったが、もう遅かった。へらへらしながら、なんとか
何気ない会話に戻し、良い頃合いに彼女を見送った。
”メールはありません。”
自動でメールをチェックするメーラーが虚しいメッセージを表示する。
コンピュータの電源を落とし、服もそのままで、ベッドに転がる。
終わった。また、終わってしまった・・・。
この気持ちの延長線上に・・・は前と同じ結びなので止める。
もう、寝る。おやすみ。
(相馬称)
どこかで火災報知機のベルが鳴っています.
それほど大きな音でもないので,すぐ近くということもないのでしょうが,かと言って聞き流せるほど小さな音でもありません.
どうせ誤報だろうと思いますが,やはり気になるので,玄関を開けて様子を見てみることにしました.
玄関の扉から顔を出すと,案の定,近くに火の気はまったくありません.「そうら,思った通りだ」と扉を閉めると,まるでそれを待っていたかのように,ベルは止んだのでした.
困った.これでは余計に気になります.
(やまもと たかつね)
*朝、キツネ。くるぶしまで。
*秋葉原は久しぶり。降ったりやんだり。相馬さんに連れられて、お茶の水のカレー屋。ビーフ野菜カリー(中辛)とヨーグルトドリンク。「ヨーグルト」でいったん改行して「ドリンク」と書かれた貼り紙に、相馬さんは「ヨーグルトと(お好みの)ドリンク(のセット)という意味かもしれない!」とぶちまけた。
*釣りはいらない。
*買い物を済ませ、実家へ。夕。
(YN)
雨がやみ、傘を閉じる。
くるくると巻いて、それが刀になると
俺は侍になる。
腰を落として、走る、ひた走る。
また雨となり、傘をひらくと
わたしは静かな浪人となる。
(相馬称)
いったん伊達メガネとして作ってもらったものに、あらためて度を入れてもらうことにし、それができあがるので取りに行く。総武線から中央快速、新幹線のぞみと乗り換え、博多から特急つばめ、日豊本線とつないで鹿児島。しまった。
(吉沼晴信)
すごく寝苦しかった。
体の右側を下にして寝ると、右の鼻がつまる。
体の左側を下にして寝ると、左の鼻がつまる。
じゃあ…と思い、仰向けに寝る。
両方の鼻がつまる。
これでどうだ!と、うつぶせに寝てみる。
普段、うつぶせで寝ないので、これはこれで苦しい。
起き上がって鼻をかむ。こんなんでつまるわけないだろうという、
いかにももうしわけ程度の鼻水しかでない。これ以上かむと、粘膜
が切れそうだ。
あー、眠れねぇ…と何遍も寝返りを打ってたら、いつのまにか朝。
窓を開け、朝の清々しい空気を吸い込む。
鼻は両方ともナカタのキラーパスのごとく、酸素を肺に通していた。
(相馬称)
古新聞がたまりにたまった。それを束ねる作業。束ねては通りへ出し、出してはTシャツを一枚着る。月曜日から始めてまだ終わらず、今はもう260枚もTシャツを着ている。よくもまあそんなにTシャツを持っていたものだとあきれるが、さすがにもう着るTシャツがなく、そんなことより、暑い。
(マリ)