最近のコメント

リンク

新規ウィンドウで開く

広告

19 Nov. 2008 (Wed.) 「上山君は実在するか」

上の写真だが、「今日はこれを使え」と妻がつよく推すところのものだ。撮影した妻によれば、写真のコンセプトは「かっこいいロビン」だという。どーんと貼ってみた。実物を見たことのある人はうなずいてくれるかと思うが、じっさいのところロビンは顔がでかい。これで実物大だと言っても過言ではないほどだ。この顔に、申し訳程度の身体が付いていると思ってもらえればいいだろう。
きのう、

上山君にすすめられて買った(と記憶しているのだがちがったろうか?)家電に、デロンギのオイルヒーターがあるが、

と書いたことにさっそく異議が出たのは妻からで、「あれは、私が欲しい欲しいと言っていたのであり、それでプレゼントとして買ってもらったものだ。上山さんには逆に、『密閉度の高いマンションでこそデロンギは威力を発揮するが、一軒家にはあまり向いていない』と諭され、それを決定打に使わなくなったのではなかったか」と、記述とまるで逆のことを言われた。言われるとああそうだったと思い出すが、しかしその、以前書いた「小山駅の駅そば」の件といい(この日記で私が「上山君にすすめられた立ち喰いそば屋」の話を書いたところ、上山君に「まったく記憶にない」と言われた、私のもつ上山君にまつわる記憶はほんとうにでたらめであることが多いのは、ちょっとどうしたことか。ある日のこと妻が、上山君ともうひとりの見知らぬ男性を連れて私の前にあらわれ、「上山君を指さして」と言うから言われるまま指さすと、その見知らぬ男性と妻が顔を見合わせる。といったことが起こらないともかぎらないのではないかと思う。

唐突だが、新シリーズ「他者の物欲」のはじまりだ。もしやこれは〈あなたの〉物欲ではないかとシリーズは問いかける。あなたの物欲を刺激するかもしれないグッズを毎回一品ずつ掲げて紹介するとともに、その商品を欲しいと思う心は結局のところ「他者の欲望」なのだと自らには気づかせ、買わないぞ俺はと決意をあらたにするコーナーである。
一回目は JustMobile 社のiPhone専用スタンド、「Xtand for iPhone & iPhone 3G」「Xtand for iPod touch (1st and 2nd Gen.)」もある)。基本的には、写真がすべての魅力を物語っているのではないだろうか。iMac や Cinema Display を思わせる形状のこのスタンドは総アルミ製で、360度回転し、角度調整も可能、ケーブル類を通す穴さえ用意されている。というか、メーカーのページでもっと多くの画像を見てもらったほうが早いだろう。
はたしてこれは必要か、用途はあるのか、手に持ってこそのiPhoneなのではないかといった心配もあるかもしれないけれど、それがなんだというのだ。6,080円ここで買えるようです

(2008年11月20日 17:05)

関連記事

18 Nov. 2008 (Tue.) 「33歳である」

せんだって届いたおもちゃがこれ。

こうしたセットが入っているらしい。

というわけで、とくにどうということもなく誕生日だった。すでにきのうの日記のコメント欄で言葉を交わし済みだが、上山君もおめでとう。ともに33歳である。
以前、上山君にすすめられて買った(と記憶しているのだがちがったろうか?)家電に、デロンギのオイルヒーターがあるが、いま、それを使っているのはポシュテだ。なんて贅沢な猫なのか。
デロンギを買ったのは荻窪の貸家に住んでいたときだが、そのときは「こりゃいいね」というほどにはその良さを感じられなかった。致命的なことに、それほど満足に部屋が暖まらなかったのである。これ、「延長コード・テーブルタップ類の使用を避け、電源は壁面コンセントから直接とること(さらには壁面にあるのが2口コンセントの場合、片方を空けて単独で差すこと)」という注意が説明書に強くあって、さすがにこうしたものだと怖いからそれに従うと、しかし製品の電源コードがそれほど長いものではないため、そのときの部屋では「ここぞ」という場所に設置できなかった。ひとつにはそのせいもあるかと思う。本来は窓際や壁際に置くのが効果的らしいのだが、コンセントの位置とコードの長さと家具の配置の関係でうまくそうならなかった。
で、荻窪であまり評価の得られなかったデロンギはその後、いまの家に引っ越して以来使われることなく置いてあったのだが、ポシュテを入れてある部屋がなかなか寒いため、じゃあひさびさに試してみるかとなったのだった。ポシュテが寒くないようにということもむろんあるが、それよりも、ポシュテをかわいがるためにその部屋に長居することの多くなった人間にとってちょっと寒かったのである。するとどうか、今度は非常にいい具合に働いてくれるデロンギだ。今回は壁際に置けたし、部屋がややせまいことなどより単純に影響が大きいと思える条件の差もあるが、とにかく暖まりがいい。むろん控えめに暖めていて、しばらくポシュテをかわいがり、ふと隣の寝室に出ると「あ、やっぱりあの部屋あったかいね」と気づく具合なのだが、それこそデロンギの本領じゃないか。やっと良さがわかった。暖まり具合に問題がなければ、うるさくないし乾燥もしないし、そりゃいいに決まっている。ポシュテが家を自由に歩くようになり、この部屋を暖める必要がなくなったら一度、寝室のほうでも試してみよう。
きのうの日記でねだってみた甲斐があったか、夜、南波さんから誕生日を祝ってくれるメールが届いた。わざわざすいませんね。
そうそう、次兄家族からも先日誕生日プレゼントが届いたのだった。宅配便で伝票には「おもちゃ」とあったからてっきりポシュテ用の何かかと思えば、私用だった。外国製の教育用玩具で、まだ遊んではいないが、恐竜の化石発掘セットのようなものらしい。ありがとうございます。発掘したらまた報告します。
米倉さんも書いているが、「富士日記 2.1」にあった「さ来年の話」を朝、わくわくする思いで読んだのだった。

(2008年11月19日 14:36)

関連記事

17 Nov. 2008 (Mon.) 「三者の秋」

ロビン。パソコンデスク前の椅子で寝ているところ。わが家では「カモフラージュ」と呼ばれる状態。

ピー。精悍な印象なのだったが。

ポシュテ。

『REAL SIMPLE JAPAN』(日経BP社)が休刊だそうだ。定期購読していた妻にハガキで案内があり、妻はがっかりしている。原油高が影響し云々とハガキの案内にはあった。誌名に「JAPAN」と付くように本家US版があり、じゃあかわりにUS版を定期購読するのはどうかと考えるものの、送料もあってなかなか高い。単号で買うのでも定期購読でもだいたい日本版の倍だ。あとまあ、英語だしなあ。
明日18日は、ってもうその18日に書いているのだが、私の誕生日だ。世間的にはミッキーマウスの誕生日として知られる日である(1928年11月18日にデビュー作『蒸気船ウィリー』が封切られた)。あと、斉木しげる(1949年)、桂吉朝(1954年)、にしおかすみこ(1974年)、岡田准一(1980年)らも同じだそうだ。私は33歳になるのじゃなかったか。というわけで、みんな、祝うならいまのうちである。
注文したデジカメが届く。ソニーのDSC-T700(の、ゴールド)。私にとっては——って妻が買ったものだが——はじめての「手ぶれ防止機能搭載」だ。すごいのだろうか、その「防止」ってやつは。手ぶれ防止の技術にもきっとさまざまあり、たとえば「ものすごく重いので、とてもじゃないが手に持てない」というのもひとつの防止策としてあるかと思うが、おそらく、それはだめなデジカメだ。デジカメは手に持てたほうがいいと思う。で、そのT700で妻がさっそくぱらぱらと撮ったのが今日の写真たち。
週末に先住猫たちと会わせ、かつまた「隣の部屋」の存在も知ってしまったポシュテは今日、おもちゃで遊ぶこともあまりせず、隣室につうじる扉に向かっていることが多かったという。で、先住猫のピーも、妻がエサをやりにポシュテの部屋に向かうたび、そのあとを付いてくる。会いたがっていることはあきらかだが、いざ顔を合わせるとピーのほうがあとずさる。隣の部屋(というのは寝室だが)のベッドにいて距離を保っているピーのところに妻がポシュテを運ぶと、一度、ふたりで軽く毛を舐めあうところまではいったらしい。ポシュテはピーの体毛を頭でまさぐり、どうやら乳首を探しているふうだったという。ピーのほうはなかば不意をつかれ、逃げる機を逸しただけではあるようだが、カウンター気味に舐め返した。夜、ふたたびふたりを寝室で引き合わせると、そのときはなぜかポシュテのテンションが高く、飛びかかるようにしてピーに接近したものだからピーは一目散に逃げ出してしまった。逃げなくたっていいだろうによ。
一方、ロビンはまったく孤高を守っている。

(2008年11月18日 18:01)

関連記事

16 Nov. 2008 (Sun.) 「週末のことなど」

先住猫。マイハウス(amazonの段ボール)で寝るピー。

手前がロビン。

土曜(15日)の朝、動物病院から電話。ポシュテの血液検査のうち、それだけ他のセンターにまわして検査しなければならないため時間のかかっていたコロナウィルスの結果が出て、「陰性」とのこと。よかった。これで、病気面での残る懸念材料は回虫と、ワクチンの接種がまだだという二点になった。回虫は先日病院にもっていった便から見つかり、それで薬を飲ませてある。投薬から二週間後(というのは、あと一週間と少しだが)にまた便を調べて経過をみることになっていて、そのときにポシュテ本人も連れて行き併せてワクチンを打ってもらう手筈だ。だから、順調にいって(回虫が根絶できたとして)一週間ほどのちにはいよいよ自由に先住猫たちとスキンシップをはかってもらうことができるわけだが、しかし「コロナウィルスも陰性」の報はやはり飼い主の気をゆるませるのに充分で、軽く、第一歩としての「顔合わせ」をさせることにする。
トイレや食器とともにポシュテをケージのなかに入れたうえで、先住猫を一匹ずつ、部屋に入れてみる。ピー(6歳)は怖々ながらも興味津々の様子でケージに近づき、匂いをかぐ。ただ、このときはちょうどポシュテの食事中にピーを入れてしまったせいか、ポシュテの側が「シャー」と威嚇を行い、そこで早々にレフェリーストップ。しばらくして次にロビン(12歳)を入れると、ロビンはケージのまわりを一周し、「べつに面白いものはなかった」というふうにそのまま部屋から出ていった。御大のその動きを緊張の面持ちのポシュテが目で追う。
そののち、ふたたびピーを部屋に入れると、今度はポシュテがグルグルとのどを鳴らしはじめた。ついついケージの扉を開けてやる飼い主。ふだんの習性から予想するに、この両者間の問題はひとえに、ピーが臆病だという一点にかかっている。臆病ゆえにこらえきれず、先制で暴力をふるうというまったくもってだめなやつなのだった。ピーのそばへ寄って無邪気に興味を発散させるポシュテに、かえってピーのほうがあとずさり、自分も興味があるくせに懐は狭いから、いよいよ間近で匂いをかがれると、パンチのための左手が徐々に準備されていく。牽制のパンチを宙に繰り出すとポシュテもそれに応戦するので、ついにたまらず臆病ピーが一発、ポシュテの頭に見舞う。それを何度か。状況を好意的にみれば「ピーが遊んでやっている」ととれなくもないのだが、しかしそれにしてはピーの表情にまったく余裕がない。気の散りやすいポシュテが途中でべつのおもちゃに気を取られそっちで遊び出すと、あきらかにほっとしたような顔になっている。で、負けず気の散りやすいピーは、そのうちポシュテ用のおもちゃに興味が移り、それを奪って遊びはじめてしまう。
そこにロビンを入れると、なぜかポシュテはピーよりもロビンのほうにより気安い。部屋を一周するロビンのあとを追い、しつこくじゃれつく。単純に嫌がったロビンが最後振り向きざまに「シャー」と威嚇、そうして退出していく。さて、先の道のりは遠いのか近いのか。
デジカメはサイバーショットのT700に決めたが、いざビックカメラに買いに行くと事前にネットなど見て想定していた値段よりもずいぶん高い。こりゃ買えない。まあ、ネット通販店の最安値と単純にくらべるのはあれだが、しかしちょっと差が大きいのでネットで買うことにする。代引きで、月曜に届くという。
連夜、実家の母のiBookとiChatをつなぎ、ポシュテの生中継を届ける。日曜は母と義姉、姪っ子たちがむこうのマシンの前に勢揃いした。

「さて、ニブロールの矢内原充志と礼子さんの結婚パーティが、横浜で開かれた」と宮沢さんの書く「礼子さん」が、稲毛礼子さんだということに笠木さんのブログを読むまで思い至らなかった。ああ、そうだったのか。わかってからあらためて「富士日記 2.1」にある新郎新婦の写真を見るとたしかに稲毛さんである。稲毛さんとはじめて会ったのは宮沢さんの「テキスト・リーディング・ワークショップ」でだ。いっしょの月に受講していた。それだけのことで、以降はただ観客としてその出演作を何度か観ているだけだから向こうが私を覚えているかはわからないが、そういうわけでこちらに勝手な親近感はあるのだった。ま、ここ読んでないと思いますが、おめでとうございます。

そうそう、当ブログのコメント欄の仕様が少し変わりました。「DISQUS」(ディスカス)という外部のコメントサービスシステムにいわばコメント機能をアウトソーシングしています。ボタン等の表記が英語だったりしてとっつきにくいかとも思いますが、べつにたいしたことはありませんのでぜひこれまでどおりお願いできればさいわいです。
今後はじめて書き込むさいには、併せて「DISQUS」のユーザー登録をしてもらえると二度目以降が便利になります。コメント入力欄のすぐ下、未登録(未ログイン)の状態では通常「Unclaimed」(登録・ログインせずに投稿)が選択されていますが、「Register」(登録して投稿)のほうをクリックし、「Email」にメールアドレスを、「Pick Username」には登録に使うユーザー名、「Pick Password」にはパスワードをそれぞれ半角英数で入れてください。で、最後に「Post Comment」ボタンを押すと、これでコメントの投稿とともに「DISQUS」への登録およびログインも済み、以降はコメントを書いて「Post as <ユーザー名>」というボタンを押すだけになります。また、ここでユーザー登録を済ませておくと、当サイトだけでなく、「DISQUS」システムを利用している他のサイトでも共通に、同じく利用することができます。
名前に関してはさきほど入力した「Username」がまず表示されますが、ログイン後に「DISQUS」のサイトへ行き、「Account」のページで「Display Name」(表示用の名前)をべつに設定することができます。設定を変えれば、それまでDISQUSを使って投稿したすべてのコメントにたいして適用されます。あと、お好みで自分のアイコン画像を登録したりもできますので、利用されると、まあ、多少華やぎます。
あとまあ、特定のコメントにたいする返信というかたちでコメントを付けられたり(各コメントの下の「reply」というリンクを使います)、登録ユーザーは自身のコメントをあとから修正できたり(同じく「edit」)、「これはいいこと言ってる。同意」と思ったコメントにたいしてポイントを与えたり(投稿者アイコンの左に付いている上下矢印ボタンを使う。下矢印は不適切と思う発言へのマイナスポイント)できるわけですが、それらは触っているうちになんとなくわかってもらえるかと思います。Webカメラのつながっているマシンではさらに、一番下にある「Record video comment」というリンクから動画でのコメントを投稿することもできるようです。

(2008年11月17日 14:02)

関連記事

13 Nov. 2008 (Thu.) 「動くポシュテ」

これといってあたらしい展開もないので、本日撮影の動くポシュテをどうぞ携帯の方はこちら

ところでいまGoogleで「ポシュテ」と検索すると、キアロスタミ作品に言及したページなどを押さえ、先日の「ポシュテ、トイレでウンコをする」が1位に出てくる。まったく申し訳ないかぎりだ。お詫びに私の知る、『友だちのうちはどこ?』のロケ地に関する情報をここに書こうかと思ったものの、資料であるところの『そして映画はつづく』(晶文社)がいま手元になく、あやふやな記述になるのを避けられないからそれはまたあとで。というか、直接『そして映画はつづく』を読んでもらうのがいいのではないかと思う。一部からは親しみと畏敬を込め「嘘つきキアちゃん」と呼ばれるらしい(?)キアロスタミ監督の、その手法の一端を垣間見ることができる非常に愉しい一冊である(これは「やはりそうか」というレベルの話だけれど、たとえばあのジグザク道もその上のオリーブの枝ぶりも、撮影のために人為的に作られたものであるそうだ)
まあ、今日はこんなところで。

(2008年11月14日 14:18)

関連記事

12 Nov. 2008 (Wed.) 「ケージは届いたものの」

ポシュテ。

ポシュテ。後ろに見えているのが例のスチール本棚。

注文しておいたスチール製ケージが午前中のうちに届く。二段タイプのもので、なかなかでかい。
組み立ててポシュテを中に入れるがはじめは落ち着かない様子で、唯一自分のものとわかるトイレの上に陣取って動かない。やがて馴れだしたが、すると、よもやと思った誤算が発覚、妻がしばらく部屋を留守にして戻ってみるとポシュテがケージの外で遊んでいた。どうやらすり抜けられるらしい。
格子の間隔はけっして見た目に広いわけではなく、ほんとかよ、これ通れるのかよと思うくらいなのだが、多少がんばれば通れてしまうようだ。まあ、あっというまに出られない身体と頭の大きさになるのだろうが、それまではちょっと何だか意図のよくわからない装置として部屋にあることになるし、また、状況的に至極順風がつづいた場合、出られない大きさになるころにはすでに囲われる必要もなくこの家ですごしているかもしれない。
ケージの外に出てしまえばおそらく自力で中に戻ることはしない(できない?)だろうから、中に置いたトイレが使えないことになり、じゃあ、外にももうひとつトイレを置かねばならないかと考えるけれど、それ、何だかよくわからない。で、しょうがないからケージの扉を開けたままにして部屋で自由にさせると、ケージの中に入って遊んでもいる。そうしたアスレチック的な何かとして買い与えたのではないのだということをポシュテには膝を交え、懇々と説きたいが、いまはなにやら走り回っている。
人間にも(ひとまず現段階での)環境にもすっかり馴れた感のあるポシュテは、次第に「心おきない」さまを見せはじめ、これは案外というか案の定というか、かなりのやんちゃに付き合わされることになるのではないかという予測を飼い主の脳裏にかすめさせる。さて、それを先住猫たちがどう受け止めるか。コロナウィルスの検査結果は週末にはわかるが、それが陰性なら、つぎは先住猫たちとの面会ということになる。ケージは、あるいはそのときだけには活用できるかもしれない。
今日一度、ためしに妻がポシュテを抱きかかえて部屋の外に出、その姿を先住猫たちの目に触れさせてみたらしいが、先住猫二匹はいずれも「見て見ぬふり」をしたらしい。まったく、どいつもこいつもだよ。

(2008年11月13日 14:02)

関連記事

11 Nov. 2008 (Tue.) 「ポシュテ、トイレでウンコをする」

朝の分の缶詰を食べ終えたポシュテがまたあやしげな足取りを見せたので妻がトイレへ運ぶと、そのままそこで無事ウンコをした。しかもコロコロした、充分な固さのあるウンコだ。回虫がいないかを調べてもらうため、今日はこのウンコを提出しに妻がひとりで病院へ行く。
昼前に家を出た妻は午前の診療時間を勘違いしていて、それが過ぎてから病院に着く。便を受け取ってはもらえたものの検査は午後からになり、結果を電話で連絡してもらうことになる。
帰りしなに妻はビックカメラに寄り、デジカメを物色。いまもっているデジカメは2005年に買った CONTAX i4R だが充電池の消耗がはげしく、販売元の京セラがすでにカメラ関連のCONTAX事業を終了させていて消耗品の販売サポートはネットを通じてまだ受けられるもののやや面倒なのと、その充電池がわりといい値段するということがあり、このさい新調してしまおうかという気分になっているというのはこれもひとえにポシュテを撮るためである。ソニーのサイバーショット、T77あるいはT700あたりに見当を付けているらしい。
日に4回の食事の2回目はカリカリで、帰った妻がそれを与えると、よく食べ、水も飲んで、ふたたび便意を催したらしいポシュテが今度は、自らトイレのなかに入ってウンコをした。そのことを報告するメールで「えらい!」と書く妻をはじめ、これには各界から絶賛の声が寄せられる。
その後、検査結果の連絡が入る。回虫はいた。先住猫二匹といっしょに昼寝をして気力を恢復した妻が夕方、その薬を取りにふたたび国立に行く。回虫用の薬は一度だけ与え、2週間後に経過を見る。便は毎度すぐに処理するようにとのこと。回虫ばかりは人間にも伝染るらしい。
3回目の食事のあとにもポシュテはトイレでウンコ。食べ終えて少し動くうちにやがて足取りがあやしくなり、軽く声を上げるのが前兆。白くがらんとした四角い部屋はまだ充分に方角を把握できていないらしく、四隅を順に駆けていくから、中央で見守る妻が「あっちじゃないかな」と指さすとその先のトイレに無事駆け込んで用を足す。
トイレに関する不安が解消されたので、ポシュテを放して自由にさせたまま部屋を出ることができるようになった。夜、しばらく放っておいて妻が部屋に戻るとポシュテがいない。本棚の四、五段目、目の高さのあたりまで登っていたという。
夜はやはりカゴで寝てもらう。電気を消し、われわれが部屋を出て行くととたんに鳴き出すが、これは部屋に放してやった状態でも変わりがなく、とにかく「寂しい」という訴えであるらしいので現段階ではどうしようもない。まずはコロナウィルスの検査結果を待ってからだ。ネットで注文した猫用ケージは本日発送した旨を知らせるメールがあり、明日には届く見込み。

(2008年11月12日 17:05)

関連記事

10 Nov. 2008 (Mon.) 「ポシュテ、病院へ行く」

てっきりメスだとばかり思っていたポシュテはオスだった。病院での検査中に判明した。
病院は「ダクタリ動物病院 国立医院」。電車で隣駅の国立へ行き、そこから徒歩5分程度のところにある。立川にも動物病院はいくつかあるもののいずれも家からは遠く、徒歩で30分はかかる距離だから気分的な「近さ」はさして「国立徒歩5分」とかわらず、すると、安心感の点で「ダクタリ」が一歩リードするのは、荻窪に暮らしたころ近所にあって世話になったのが「ダクタリ荻窪動物病院」だったからだ。朝電話をし、午後、妻がポシュテを連れていく。
前夜上京する電車に揺られたさいと同様、今度の移動中も、また病院に着いてからも、ポシュテはひどくおとなしくしていたそうだ。それどころか、検査中はほとんどひっきりなしにゴロゴロと喉を鳴らしていたといい、聴診器を当てて体内の音を聴こうとした先生は「ゴロゴロがうるさくて聴き取れやしないわ」と思わず笑う。採血のための注射にも騒がなかった。「一般に、茶トラには性格のいい猫が多い」とはその先生の言だそうで、その言葉の当否は知らないものの、たしかにポシュテの振る舞いと面差しには、緊張と怯えさえ取れれば、じつに単純に「いい子」であるのかもしれないと思わせられるところがある。
血液検査のうち、エイズと白血病はすぐに結果が出て陰性、コロナウィルスは結果が出るまでに5日ほどかかるので追って連絡をもらう手筈だ。ノミ・ダニの駆除と寄生予防には「フロントライン」という薬を付け、これは先住猫にたいしても帰宅後に同じ薬を付けてくれと言われる。さいわいなことに耳ダニは寄生していなかった。病院で丁寧に目ヤニなど取ってもらうと、ポシュテはすっかりきれいになった。鼻の頭らへんに黒いシミがあり(きのうの写真参照)、そういう柄なのだろうと思っていたものもじつは汚れで、手間を掛けて拭くうちに落ちてしまった。唯一耳のなかを掃除されるのだけが嫌だったようで、掃除が済んだあと、しばらく耳をぺたっと伏せるようにしていたのがかわいかったと妻は報告する。
生後二ヶ月であるとの判定。であるからワクチン接種も可能ではあるのだが、今日は「フロントライン」を付けた直後であり、併用すれば身体への負荷が高いのでワクチンはまた日をあらためてということになる。昨夜の騒動でしたウンチがひどくやわらかかったため整腸の薬を5日分処方してもらったが、あるいはこれは極度の緊張による一時的な下痢であるかもしれない。
整腸剤は缶詰のエサに混ぜて与える。与えるエサの全部に混ぜてしまうと食事全体が薬の味を帯びて食欲を削ぎやすいから、薬は少量のエサにたいして混ぜて与え、それから薬の入っていない残りの分を与えるのがコツだと病院で説明を受けて、夜そのとおりにしたが、はたしてその手間は必要だったのかというほどにポシュテはがつがつと缶詰を平らげる。食べ終えたポシュテを黙って見守っていると、やがて迷いのない足取りで彼が向かったのはなんと、きのうからそこにあって使用されることのなかったトイレである。砂の上に座り、気張るような姿勢になったものだから飼い主ふたりは固唾をのむ。と、そんなタイミングで例のピーだ。ドアのレバーハンドルに飛びかかり、外でがしゃんという大きな音を立てポシュテを驚かせる。反射的に逃げ、トイレから飛び出してしまったポシュテはそれですっかり便意を喪失してしまった。きのう、本棚の裏に排泄したポシュテに比し、「ちゃんとトイレでウンコをする」という一点でもって飼い主からの評価を上げたピーは、いまやすっかり「ピーのばか」呼ばわりである。そののち、ふたたび催したらしい変な足取りになったポシュテを掴まえて砂の上に置くと、そのまま、ついにトイレでおしっこをした。
さらに夜中になり、なにやらしきりにカゴのなかから鳴いているので妻がカゴを開けてやると、自らトイレへと歩き、そこでもう一度おしっこをした。ものすごく褒められるポシュテ。
あとはウンコだ。下腹部をさわるとパンパンであり、下痢から一気に便秘になったかと思うような按配。下腹部をマッサージしたり、ティッシュで肛門を拭き刺激を与えたりしてから砂の上に置いてやるがなかなかしようとせず、すぐにトイレから出てしまう。そうして部屋をふらふらするうち、最終的には例の本棚の裏のほうをめざす。何もないがらんとした部屋で〈遊び場〉となるようなものはたしかにその本棚しかないから、そこへ向かうのもたんに遊ぶためなのかもしれないものの、一度ウンコをトイレでしてくれるまではやはりどうしても不安がよぎる。本棚はすっかり掃除したつもりだが、あるいは猫レベルの嗅覚には依然匂いが残っているかもしれず、おしっこはあそこの砂の上、ウンコはあそこの裏というふうに認識してやしないかという変な想像が組み立てられなくもない。
結局ウンコはしないまま、今夜もポシュテはカゴで就寝となる。

(2008年11月12日 01:03)

関連記事

9 Nov. 2008 (Sun.) 「三匹目の猫」

081109_poshte.jpg

妻とふたり、伯父の四十九日法要のために前夜から下館(茨城県)の実家に帰省していたが、今夜、東京へと戻るその妻の手には思いがけず、子猫の入ったカゴが提げられているのだった。前夜にそのような計画はつゆもなかったが、ごくごく急な展開でそうなった。
この夏、実家で18年飼われていた犬二匹があいついで大往生を遂げたが、その晩年、もはや自分が犬なのかどうかさえあやふやとなったような彼らの老境に滑り込むようにして、貫禄たっぷりの野良猫が一匹あらわれた。犬たちが残したエサをさらい、あまつさえ犬小屋に同衾するふてぶてしさを見せたそのオス猫は、実家の者らから「ビービー」という名前をもらい、犬たちの死後も姿を見せては庭でエサを与えられ、しばしば犬小屋をねぐらとして使っていたという。いつからか、そのビービーがお腹の大きなメス猫を伴ってエサ場にあらわれるようになったと思っていると、やがてメス猫のお腹がへこみ、犬小屋のなかに子猫が四匹確認された。が、運悪く、夜のあいだに野犬に襲われるかしてうち二匹が命を落とし、あとの二匹と、すでに「シロ」と呼ばれるようになっていた母猫とが逃げのびた(むろんビービーも無事だ)
さて、こっから先の説明が厄介なのだけれど、二匹に減ったと思っていた子猫の数が、しばらくするうちに増えている。もとから四匹以上産んでいたのかとも思えたが、どうもまたべつの(こちらは家猫から産まれて捨てられたかした)、シロの子ではない兄弟たちのようにも見受けられ、たまさか巡り会ったシロに実子ともども面倒を見られているのではないかというのが実家の者らの見解である。シロと子猫たちはときおり犬小屋近辺に姿を見せるほかは、もっぱら寺の本堂の縁の下に隠れているらしいが、つまるところ、そこにいまいったい何匹の子猫がいるかわからないというのが実家の状況なのだった。法要のあとの食事の最中、シロと子猫(のうちの何匹か)が庭にあらわれたのを、妻と私、姪っ子たち、というか家の者らほとんど全員で、こっそり様子を窺う。ビービーを例外として、野良たちは人にまったく馴れておらず、ことに子猫らは人が近づくやすぐに四散してしまうから窓のこちらから見守るのだが、そこでの目視情報を加えるに、シロの実子が最低二匹、実子でないと思われる一派がこちらも最低で三匹いる計算になるという。
晩になり、どれか一匹、立川に連れていって飼おうということで相談はまとまった。思いも寄らぬ展開だから私たちに用意はなく、カゴと、子猫用の粉ミルク缶とを兄から借りる。晩のエサをもらいに集まってきたところを捕獲する作戦で、こちらの相談がまとまろうにも掴まえることができなければ今晩はあきらめざるをえないが、母(毎晩エサを与えていていちばん油断してもらいやすい)が見事に茶トラを掴まえカゴに入れる。これは実子ではないと思われるほうの一匹である。母の手に掴まれた瞬間子猫はギャーギャー声を挙げ、近くにいたシロが最後に「シャー」と母を威嚇したが、騒ぎはほぼそれだけで収まった。カゴでしばらくするうち子猫は鳴くのをやめ、外の猫たちはまたごはんへと戻る。怯えが収まったのか怯えきってしまったか、水戸線、宇都宮線、埼京線、武蔵野線、中央線と乗り継いで立川へと揺られるあいだ、カゴのなかの猫はまったく鳴かなかった。
さて周知のとおり、わが家には「ロビン」(12歳)と「ピー」(6歳)という二匹の先住猫(ともにオス)がいる。彼らに何の相談もなく事が運んでいるのはもちろんながら、そもそも何の病気をもっているかわからない子猫は当分彼らと会わせられず、隔離せねばならない。また、子猫をさわったあとはすぐに石鹸で手を洗って、そうして先住猫の相手をするようにしないといけない。
家に着いたらカゴからダンボールへ移そうと考えていた。しかしそう大きなダンボールは用意できないから飛び越えてしまわないともかぎらず、やはり部屋自体も閉めきるようにしないといけないだろう。部屋の扉のほとんどはレバーハンドルのついた片開き戸だが、困ったことに先住猫のピーが、この扉を自力で開けることができるのだった。何の拍子に覚えたものか、ジャンプして前足をレバーハンドルにかけ、落下に任せてハンドルを下げる。それで扉は少し開くので、あとは頭をねじ込むように出入りする。寝室のとなりの部屋は二方向に扉があるが、寝室に通じるほうは引き戸でこれは彼にも開けられず、もう一方の片開き戸は前述の手順で開けることができるはずだが、しかしここは(ピーにとって用途がないためか)あまり開けて出入りしている印象がない。そうだな、寝室のとなりの部屋がいいだろうと電車のなかでシミュレーションを組み立てるが、もくろみは次々と崩れていく。
ここに至るまでまったくおとなしかったにもかかわらず、カゴから出した子猫は興奮ぎみで、力は弱いものの暴れ出し、用意したダンボールなど軽々飛び出てしまう。と、ドアのハンドルががたんと下ろされる音がして、ピーがさっそく入ろうとしている。あわててドアを押さえ、手前に雑誌など積み上げて開けられないようにする。ドアはそれで(ピーはまだがたんがたんやっているものの)解決だが、ダンボールのほうは絶望的だ。これは部屋に放してしまうか、カゴに戻すしかない。いったんカゴに戻し、部屋に放してもいいよう、物置状態になっていた荷物の一切合財をべつの部屋に移動する。スチール本棚だけが残った何もない部屋にしてから子猫を出す。愛想もなく一目散に駆け出し、スチール本棚と壁(正確には、寝室に通じる引き戸の片側)のあいだに隠れてしまったが、まあよしとして、すでに日付も変わっているので人間は寝ることにする。寝る前にネットで動物病院を調べ、楽天でスチール製の猫用ケージを注文。
布団に入ってしばらくすると、となりでガサゴソする音がし、やがて「ブリッ」というような音が聞こえた。いっしょに寝ていた先住猫が気づき、起き出して扉の前に集まる。はじめは音に異変を察したのかと思っていたが、そのうち人間の鼻にもくさい匂いが届く。しやがった。しかも状況や音からして本棚の陰に隠れたまましたらしい。先住猫たちを寝室から出してとなりを確認すると、案の定、本棚の裏(引き戸の片側を開けてすぐのところ)にウンチをしている。しかも下痢気味でやわらかく、あまつさえ自分でそれを踏んだ上に、一段目の雑誌類の上に飛び乗っているからこれはもう猫を洗うしかない。
ついでだからとノミ取りシャンプーも使い、洗面台で全身を洗うが、思いの外いやがらず、洗われるにまかせて途中からはグルグルさえ言い出した。野外生活でかなり汚れていた毛も多少きれいになる。ドライヤーで軽く乾かして部屋に戻したが、今夜は、ひとまずカゴですごしてもらうよりない。カゴに戻して一息つくうち、「ミルクあげるか」という話になった。粉ミルクをぬるま湯に溶かし、弁当箱に入れるようなサカナ型の醤油入れを使って(つまりそれをスポイト代わりにして)口に運んでみるが、味や温度のせいか緊張のせいか、あまり喜んではくれない。はっきりと生後何ヶ月かはわからないが、すでにカリカリや缶詰も口にするし、離乳を果たしていてもおかしくない大きさではある。
翌朝、見てみるとカゴのなかでまたやわらかめのウンチをしていた。まあ、閉じ込めたのだからしょうがないが、狭いなかでのことなのでまた自身の足にウンチを付けている。また洗面台に連れていき軽く洗う。先住猫に与えている缶詰から少しもらい、与えると、じつによく食べる。ただ、食べ終えるとどうもきのうウンチをした本棚の裏へ向かうような素振りを見せるから、やはりいったんカゴへ戻す。注文したケージが早く届くといいのだが。今日(10日)は妻が病院へ連れて行くので、もろもろの見通しはそれが済んでからになるだろう。
名前は「ポシュテ」にほぼ決まった。(「ポシュテ」はアッバス・キアロスタミ監督の映画『友だちのうちはどこ?』に出てくる地名。)

(2008年11月11日 14:33)

関連記事