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Jan.
2005
Yellow

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/ 4 Jan. 2005 (Tue.) 「稽古再開」

これもみえさんから結婚祝いとしてもらった猫用の家は、すっかりピーのものとなった。いないと思えばここにいる、というような案配。

私がどうやら『トーキョー/不在/ハムレット』という舞台に参加しているらしいということはわかってもらえているとして、ではいったい何をしているのかというのがあまり伝わっていないのではないかというのは、つまりこれまで稽古期間中にほとんど日記を更新しなかったからで、いまさらながら説明すると、宮沢章夫さんの主宰する遊園地再生事業団の第15回公演がその『トーキョー/不在/ハムレット』で、それは目前にせまった本公演(1/9〜23:東京、1/28・29:京都)のほかにすでに終了した4回のプレビュー公演からなる1年がかりのプロジェクトだった(「だった」と過去形で書くのはむろんまだ憚れるが、「いまさら」の説明なので過去形にさせていただく)。そのプロジェクトに私は演出助手という立場で参加させていただいているのだった。
4回のプレビュー公演というのは「リーディング公演」(2004年5月)、「映像公演」(7月)、「実験公演」(9月)、「準備公演」(10月)で、「リーディング公演」のときにはひょんな流れから「ト書き」役を務めることにもなって舞台に立つことになり、「映像公演」(というか、5話オムニバス形式の自主制作映画)ではエンドロールなどを After Effects で作ったり、編集作業に軽く係わったりしていた。そのあたりから、まあその「Macが使える」ということで映像に関わる技術スタッフ的な立場にも立つようになり、「実験公演」では本番中「調光」と呼ばれるところに入り、Final Cutを使って PowerBook から映像素材を出していた(なお「実験公演」ではスタッフをすべて演出助手が担当し、村田さんが照明を、三浦さんが音響を、谷川君がスウィッチャーをやっていた)。「準備公演」でもひきつづき演出助手兼「映像出し」を担当。
去年の11月にはじまった本公演の稽古から、演出助手は私と村田さんの2人だけとなり、三浦さんは「稽古場助手」というポジションに変わって残った。思えば一番はじめの顔合わせのとき、演出助手は7人(!)もいたのであって、その1回目にしか来なかった人が1人、「リーディング公演」「映像公演」を経て1人減って、「実験公演」からは5人体制がつづいたが、その「演出助手が多い」という事態はずっと私を悩ませていたことのひとつで、つまり役者さんたちはみな基本的にオーディションを経て選ばれた人たちである──前回の公演である『トーキョー・ボディ』からひきつづきの人たちも、その『トーキョー・ボディ』の際にオーディションを通っている──のに対し、演出助手はとくに選別があったわけではなく、応募者全員がそのまま演出助手という肩書きを与えられていて、それでつまり、本公演に臨むにあたって私と村田さんの2人が「選抜」されたことには、「ああ、ここにいていいんだな」というふうにひどく気持ちを楽にさせられたのだった。
プレビュー公演のときからずっと世田谷区や杉並区の公共施設(「ナニナニ区民集会所」といったたぐいのところ)に稽古場をもとめ、日々転々としてきたわれわれだったが、11月の下旬からついにシアタートラムの地下にある稽古場に入った。地下2階にあるその「稽古場B」は広いように見えて狭く、むろんこれまでの区民施設に比べればずっとめぐまれた環境だが、それでも劇場のセットの実寸を取るには足らないのだった。2階部分にギャラリーがあって、そこにプロジェクターを置き、天井から吊った仮のスクリーンに映像を出す。トラムの稽古場に入って以降いよいよ「映像チーム」の一員としての仕事ばかりをするようになった私は、もっぱらその2階にいて作業をしている。

本日の参照画像
(2005年1月 4日 23:59)

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