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Jan.
2005
Yellow

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/ 23 Jan. 2005 (Sun.) 「終わった気がしない」

打ち上げは朝の4時に、その店がその時間で閉まってしまうので終わり、むろんまだ電車は走っていないのでそれまで残っていた人の多くはデニーズに流れて始発までの時間をすごし、それで「ではまた京都で」と別れた。
まったく終わった気がしないというのは、まあ京都公演(2ステージ)が残っているのであたりまえといえばあたりまえだが、はたしていざその京都公演が終わったとして終わった気がするものなのか、するのかもしれず、おそらくそれはじわじわと襲ってくるだろうと想像はするものの、どうなるかまったくわからないというのはやはりまだ「終わっていない」からだと堂々めぐりをしつつ、どこか祝祭的でありながら、しかし確実に〈地続き〉な京都公演という時間のことを考える。
そしてしかし、無事、東京公演は終わりました。ご来場いただいたみなさん、ありがとうございました。

いつものように12時すぎに前日のだめ出しがはじまる。それまで舞台上で約1時間のストレッチをしていた役者さんらがそのまま集まり、宮沢さんが客席の前から2列目の中央に座って、私はその右脇、同じ列の端のほうに腰を下ろす。「だめ出し」と呼ばれる時間ではあるものの、ここ数日来舞台はすっかり安定し、個々の演技に対する細かいだめはほとんど何もない状態がつづいて、ただ「いかに集中力を切らさず、いかに自身のなかでの(やることに対する)鮮度を保つか」といった注意点だけがくり返し言われてきた。そしてこれもまたその文脈のなかにあって、「いまここを大事にする」ということ以上の意味はもたないのかもしれないが、開口、「京都はあるけれども、それはべつとして、まあいわば今日に照準を合わせてこの1年やってきたわけで」と宮沢さんは言葉にする。どうやらついに、その感慨深い時間を迎えてしまったらしいという空気の訪れ。ぽつりぽつりと宮沢さんは言葉を継いでいく。くり返し語られてきた現在の演劇状況に対する違和にはじまり、漠然とながら感じつつある、「1年かけてやってきた」ということの意義(のうちの、いくつかの顕れ)について、本番前のだめ出しとしてはいつもより長い、20分ほどの時間がそこに流れた。
今日の楽日の公演には、知り合いでは妻と、吉沼夫妻が観に来てくれ、「あ、来ているな」というのは調光室のガラス越しに確認していたが、見れば吉沼はなぜか京都の観光パンフレットを手にしている。一見、当日パンフに挟まれた折り込みチラシを手に取っているかのようだが、そこにはひどく賑やかな「京都」の文字と大型バスの写真がおどっていてそれとはちがうとわかり、開演前の客席にただひとり「物見遊山的なる気配」をただよわせた男が座っているのであって、ひどく気が和む。
説明すると、今回の舞台のカーテンコールはこれも生中継カメラを使ってひとりひとりのバストショットをスクリーンに映すのだが、その際、それにあわせて役者の名前をひとりずつ映像にかぶせているのが私で、その私にとっては最後の最後に「楽日問題」とも言うべきものが控えていて緊張を強いられていたというのも、楽日は特別に「最後に宮沢さんも出る(かもしれない)」ということがあるからで、なにしろ厄介なのはその「かもしれない」というところであり、出ると決まっていれば(またその出方が決まっていれば)そのように用意しておけばいいだけの話なのだったが、よく知られるように宮沢さんは照れ屋だ。事前に「出ますか?」「どういうふうに出ますか?」「大河内さんと並んで出ますか? それともひとりで映りますか?」と様子を探っても──あるいは探ると逆に──、「俺、出るのやめようかなあ」と急に言葉を濁し、結局そのときになってみないとどうなるかわからないということになって、私は可能性の高いいくつかのパターンを想定し、テロップを何種類か用意してそのときを待つことになる。まず、宮沢さんだけが出る場合とそれに加え演出協力の矢内原美邦さんも出る場合が考えられ、それぞれひとりずつカメラに映ったとき用に個別のテロップと、ふたりが並んで同時に映る場合に出せる両者を並べたテロップ──そしてその並び順が逆だった場合のテロップ──、そして宮沢さんひとりだったときに大河内さんと並んだ場合のもの。表示領域の都合で名前を並べられるのは2人までなので、もし大河内さんも入れ3人が並んだ場合は以上のものの組み合わせを使い、途中で切り替えて対応することにする。で、結局、最終的にその3人が並ぶパターンになったわけだが、カーテンコールがはじまるや、となりにいる浅野さんと調光室に居合わせた小浜さんがスリット奥の様子を脇で逐一実況するのであり──「宮沢さん出てきた」「あ、宮沢さん帰っちゃった」「あ、美邦を連れてきた」「どうするんだ」「宮沢さんが左、宮沢さんが左」「入れ替わった、宮沢さんが右」「どっちにするんだ」「早く決めろ」「あ、3人だ、3人になった」──、その声にも当然気を取られつつ、しかしとりあえず目下の役者さんらのテロップ操作に間違いがないようにと私は必死になっていた。カーテンコール終了直後、「相馬さんに拍手!」と浅野さんが声を掛け、調光室で私はふたりのあたたかい祝福を受けながら、東京公演を無事終えたのだった。
打ち上げでは出演者とスタッフに大入り袋と『be found dead』のDVDが配られ、それが宮沢さんの手からひとりひとりに渡されたが、DVDの入った袋にはそれに加え、例の(?)宮沢さんから個々に宛てて書かれた手書きのメッセージが入っているという趣向で、配り終え、ひと仕事を終えた宮沢さんは座ってあたりを眺めるのであり、メッセージを読んで目頭を熱くする者、また滂沱する者の続出するありさまを見遣ってはあたかも「成果をたしかめる」というふうに、いたずら好きの子どものような顔で役者たちの様子を目に収めていたのだったが、そうして成果をたしかめるふうにする宮沢さんの目元もまた、どこか泣き出しそうなあやうさをただよわせているように私には見えたのだった。
で、私はといえば、そのメッセージを速読するように一読し、そこに仕掛けられたいたずらっ子による「私への作戦」をなるほどと読み取ったようなつもりでそそくさとまた袋に戻したのだったが、公平さを期して書くならば、朝の中央線各駅停車の座席でふたたびメッセージカードを袋から取り出して読み、また読んで、何度も読み返していたことを最後に付け加えておきたい。

(2005年1月26日 01:39)

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