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Nov.
2005
Yellow

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/ 27 Nov. 2005 (Sun.) 「同窓会のこと」

これは実家の猫。「マメ」ちゃん(♀)。
そのアップ。もうだいぶいい歳である。

きのうの同窓会に来ていた田宮さんにはしゃべる早々「結婚おめでとうございます」と言われ、結婚したということはその席ですでにべつの友達にしゃべっているし指輪もしているしで、そういう情報の流れかと一瞬は思ったものの、次いで田宮さんの口から「ホームページ見てます」と聞かされたときは少なからず驚いた。なんとなく恥ずかしい。ああ、そうでしたか。そうだよな、同窓生やその他の旧い友達がこちらに知られずここを見ているという可能性はままあるよな。それならそうと、早くメールをくれればいいじゃないか。田宮さん、見てますか?
同窓会は「千石ヤ」という居酒屋できのうの夜8時からはじまり、20人ほどのクラスメイトと担任の宮川先生が集まる。同窓会は数年前にも催されたらしいが、そのときは時期が正月で、私は行っていないからこの面子と会うのは成人式以来になる。卒業から数えれば15年ぶり。当たり前ながら同い年であるみんなは揃って今年30歳になるわけで、ひとつその節目の年に集まっておこうじゃないかという企図になる。出掛ける前に、実家で卒業アルバムを引っ張り出して「予習」を行ったのははたして顔や名前の記憶がつながるかどうか、そこのところをまったくこころもとなく思っていたからだが杞憂もいいところである。なぜ、君たちはそんなに昔のままなのだ。「そうちゃん(※私のことである)も変わらないね」と何人かから言われ、すると私も「昔のまま」そこに座っていたのだろう──「何が」ということになれば、つまるところ、みんな「顔が」ということになるんだろうけど。
もう閉店になる12時過ぎまでその店にいて、二次会にはそこから半数ほどが残り、カラオケ屋へ。3時過ぎにいよいよお開きになり、最後に堀江君、伊藤君、篠崎君、牛久君、鈴木君、私の6人はラーメン屋に入った。堀江君の車で送ってもらい、家に着いたのが今朝の4時のことである。
ラーメン屋を出たときに堀江君──愛称は下の名前の「トモユキ」だが、当時から私は一度もそう呼んだことがなかったと記憶している。いつも私は「堀江君」とばかり呼んでいた──が、「そうちゃんとかはちがうだろうけど、地元はだいたい(いつも)こんな感じだから」と言う。「うん、そうなんだろうね、きっと」という意味を込め、私はただ笑っていた。
いきなりそんなことを書かれても、同窓以外の大半の読者にはどう想像をふくらませればいいか途方に暮れるだけかと思うけれども、伊藤君は面白いよ。しかもおそらく、その面白さは私以外のほとんどの者がそれを発するところの「訛り」の魅力とどうにも分かちがたく結びついていて、さらに文章で言及するのはむずかしい。じつのところかなり自覚的にサービス精神旺盛なのが伊藤君だが、自覚しきれる程度の旺盛さではないと言いますか。まあいわゆる「人気者」。「人気者」をあなどってはいけないのだった。伊藤君にはすでに子供があって、「子供は似てるのか」という宮川先生の質問に「似てる」(より忠実には「似でる」)と答えた伊藤君は、さらにつづけて、「だっで、(子供のすることを)見でてわげわーがんねえもん」と言う。「自分が『訳わからない』ってのは自覚してんだ?」と瀬畑さんが的確な応答をすれば、それに対して「おお。俺、わげわーがんねえもんなあ」。
と、こうして描写してみれば「馬鹿なのではないか」という方向で読者の伊藤君に対する想像はふくらんでしまうかもしれないけれども、むろんそんな伊藤君が馬鹿でないわけがないじゃないか。もうこれはほんとうに「褒め言葉」というか、あるいは「(評価をはなれたところにある)ゼロ度の言葉」としてネット上では受け取られてほしいところだけれども、言うまでもなく伊藤君は馬鹿なのだった。そうした伊藤君と瀬畑さんのやりとり、あるいは伊藤君と堀江君のやりとり、交わされる呼吸が、なんとも「昔のまま」なのであり、そういえば私もまた当時から、そうしたやりとりの端にいてニカニカニカニカ笑いながら、「生徒会長」なるものをやっていたのではなかったか。
それと、これは同窓のなかでは誰も指摘する者がないと思うので書いておくが、堀江君はなんだか「トニー谷」に風貌が近づきつつあるのではないか。堀江君もまた真の「人気者」のひとり。カラオケ屋を出るときに握手したら、やたら手が分厚いので驚いた(あ、いや、昔も同様に驚いたことがあったんじゃなかったかといま思い出した)。

本日の参照画像
(2005年11月29日 11:55)

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