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Apr.
2006
Yellow

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/ 24 Apr. 2006 (Mon.) 「『MOTHER3』はすごく面白いから是非やりなさい、と妻は言う」

猫を乗せ、妻は『MOTHER3』。
もう一匹の猫。きのうの「赤い写真」は、後ろに写っている電気スタンドのカサです。

いったい何を言いだすのかと思われるだろうが、私はプロレスが好きだ。「落語が好きだ」や「小説が好きだ」と同様、世間でそう呼ばれるジャンルまるごとを無条件に受け入れるものではないその一方で、「落語が好きだ」や「小説が好きだ」がそうであるように、ジャンルそのものに対してそう叫びたい気持ちもある。リアルタイムで(とはいえ主にはテレビで)観ていたのは、「落日の闘魂」と呼ばれ出して以降のアントニオ猪木である。あと、前田日明のリングス。ジャンルそのものに対して好きだと叫びたい思いとは裏腹に、好きな範疇はじつはぐっと狭い。猪木とリングスだ。ニュアンス以上のものではないが、「猪木と前田」ではなく、「猪木とリングス」である。人名で揃えるなら「猪木とヴォルク・ハン」のほうが適切かも知れない。会場まで足を運んだのは3度。猪木の30周年記念大会(猪木・シン組対ベイダー・浜口組)と、猪木の引退試合、それと前田日明のリングス・ラストマッチである。最近のことは知らない。
自分で「ワールドプロレスリング」(新日本プロレスという団体の試合を放映するテレビ朝日の番組)を見はじめたとき、かろうじてそれはまだゴールデンタイム枠に残っていたが、すでに実況アナウンサーは古舘伊知郎ではなかった。いま思えば、なぜそれで「猪木ファン」になれたかが不思議なほど、私は遅れてきた世代なのだが、しかし決定的なことに、10コ上の兄がプロレスファンだった。兄の上京後に残された子供部屋には村松友視の『私、プロレスの味方です』があったし、「ワニの豆本」シリーズのレスラー名鑑もあった。兄が当時の「ワールドプロレスリング」を録画したベータのテープを、文化保護のためのちにダビングして1本のVHSにまとめたそのテープはいま立川にある。あとから別の試合が重ね録りされたため途中からはじまっている猪木対タイガー・ジェット・シンの試合は、しかしそのことでかえって奇跡的と映るほど、すぐれて劇的なワンシーンが上書きをまぬがれ、10コ下の弟の記憶となった。重ね録りの切れ目を示すノイズの向こうから立ち現れるのは、すでにリング下に降りていて、エプロンをめくり凶器をさがしているタイガー・ジェット・シンである。おそらくはその直前にリング上で猪木に強いダメージを与えたシンは、猪木がのびている隙にリングを降り、手ごろな凶器がないかと物色している。猪木はすでにリング上で立ち上がっているがいまだ意識は朦朧としていて、目を閉じているようにも見え、眉間のあたりを親指で押しては首を振っている、とこれは見事な演技である。リング下のシンの行動には気づいていない、という素振りを猪木が(シンと観客に対して)見せるなか、救護用の水が入ったビール瓶を見つけたシンがそれを手にリング中央に戻ってくるその瞬間、その位置のままジャンプした猪木が延髄切りを見舞う。猪木の延髄切りは当然美しいが、何よりも、シンの手を放れて宙を舞うビール瓶が美しい。クライマックスはしかしその技の瞬間ではない。形勢逆転した猪木はリング上に転がったビール瓶を掴むと、逆にこれでやってやる、と大見得を切る。少したっぷりと見得を切りすぎたためシンに反撃の隙を与えてまた試合は動き出すが、おそらくこの「大見得」のなかにこそ猪木がいたし、この試合のクライマックスがあった。そんな「スポーツ」のあろうはずがないじゃないか。
ついついまた見たくなり、先日、だいぶひさしぶりにそのテープを引っ張り出してきたのだった。妻に、プロレスは不評である。「八百長なんでしょ?」という妻に、「演劇だと思って見てほしい」と返すものの、それではどうにも言葉が足りていない。とはいえ、そのビデオを「いまの演劇」として機能させるだけの言葉を見つけるのは困難だ。つきつめていけばノスタルジーなのだろうな、と思うのだ。妻からは、「なんで倍賞美津子が猪木と結婚したのかがわからなかったが、昔はかっこよかったんだ」という感想を引き出しただけでよしとしなければならない。
ところで古舘伊知郎は「ワールドプロレスリング」のレギュラー実況を退いたのち、2度、猪木の重要な試合に呼ばれて実況をつとめている。ひとつは引退試合だが、もうひとつが1988年8月8日の対藤波辰巳戦。弟子である藤波の持つベルトに猪木が挑戦するという構図で、この試合も、当時「負ければ猪木引退か」という空気が漂っていた(結果は60分フルタイム引き分け)。その試合中盤、ノリノリになった古舘がしゃべる次のくだりが、やはり一番ぐっとくることはたしかなのだ。(それもまたノスタルジックな感性に訴えるものであり、オーラルなものとナショナリスティックなものが結びつく、そのあやうい魅力を抗しがたくたたえている。)

 思えば戦後の敗戦、焼け野原にプロレスの炎がともって、高度経済成長の波とともに、この猪木の闘いが花開いていったのであります。そんななかで、大人の人気者はジャイアント馬場、われわれ少年の人気者はこのアントニオ猪木だったのであります。(猪木が)弓矢固め、弓矢固め、弓矢固め。さきほどはブリッジで弓なりになった猪木の身体、今度は藤波を弓なりにしている。エビのように反ってしまった藤波辰巳。
 かつての少年たちの人気者アントニオ猪木、歳月は流れました。しかしながら脈々と、そのかつての少年たちの胸に、アントニオ猪木のこのひと文字が息づいています。
 われわれは思えば、「全共闘」も「ビートルズ」も、お兄さんのお下がりでありました。「安田講堂」も「よど号ハイジャック」も「あさま山荘」も「三島由紀夫の割腹」も、よくわからなかった! ただ、金髪の爆撃機ジョニー・バレンタインとの死闘、あるいはクリス・マルコフを卍固めで破ってワールドリーグ戦に優勝した、この、猪木の勇姿はよくわかりました!

本日の参照画像
(2006年4月26日 16:02)

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