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Jun.
2007
Yellow

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/ 22 Jun. 2007 (Fri.) 「日々に遠のく」

猫封じ。

パセリの上のかまきり。

「すいか」DVD-BOX (4枚組)

ご無沙汰です。
幾度となくペンを握ってはノートを開くまでに至らず、それを繰り返しては、書こうと思う事柄の日々に遠のくにまかせる。あれもこれも、もう取り立てて書くまでもないことばかりであるように思えて、しかしその繰り返しがやがてまた巡ってくる。「あれもこれも」を引き連れてどんちゃんどんちゃん、やってきたのだ。ご無沙汰ですと書き出して、その遠い騒ぎを見遣っている恰好になる。書き終わってみればどれもこれも、書きたいことはやっぱりこれではなかったろうという顔をしてこちらを見ている。
6月2日は豪勢で、観たい映画の初日が三つ重なった。渋谷でモーニングショーの『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』(藤原敏史監督)を観、立川にとって返して『監督バンザイ!』(北野武監督)を観る。『大日本人』(松本人志監督)を翌週にまわすつもりでいて、結局未見のまま梅雨に入った。
『映画は生きものの記録である』の初日舞台挨拶には土本典昭監督も姿を見せた。本編中の土本監督はいっさいタバコを喫っていないが、じつは二年の撮影期間のなかばでやめたのだという。それまではインタビューを受けているときもひっきりなしに喫っていたから、「映画が全篇こんなに煙っていて大丈夫だろうか」とよくわからない心配もするくらいのものが、たまさか途中でやめ、さらにたくまざる編集の結果、やめて以降の取材テープのみが残ったために画面は一貫して澄んでいることとなった。
5月10日の日記に書いた『水俣患者さんとその世界』についての記述を宮沢(章夫)さんの「富士日記2」で取り上げてもらい、あまつさえ「いい文章だった」と言われてしまったことに対しては、まずもってこの日記のなかで素早く応答したいところだったけれど、それももう無沙汰の彼方だ。いまさら書くけれど、うれしかった。いま日記を書いている自分に提案があるのだが、その宮沢さんの言葉をここに引用して、いま一度うれしさを噛みしめてみるのはどうだろうか。あらためて引用してみて、ひょっとすると、やっぱりそれほどうれしくもないなということになるかもしれないけれど、そうなったらそうなったで私はいっこうにかまわないと思っている。

相馬のブログが久しぶりに更新されおり、土本さんの映画を観にアテネフランセに行ったのを知った。いい文章だった。僕も行きたかったが家で仕事をしていた。その仕事っていうのが、土本さんについて書く原稿で、なんだかよくわからないことになっていたのだ。「富士日記2」2007年5月12日付

 やっぱりうれしいよなあ、これは。なにしろ宮沢さんだ。「ただのファン」としてはこの更新しないったらないサイトをそれでも定期的に覗きに来てくれているというだけで充分にうれしい事態なわけだが、加えて「いい文章だった」である。どうしよう。もう一回引用しようか。
それもただの宮沢さんではない。当時「土本さんについて書く原稿」でうんうんうなっていたところの宮沢さんだ。釈迦に「いい説法だね、それ」と言われているようなものじゃないか。釈迦そんな口調かよとも思うけれどそれはそれとして。ことのついでに自慢しておくけれど、以前、ひょんな流れから宮沢さんに私の書いたコント台本を読んでもらう機会があって、これはメールで「すごく面白い」と言われたのだった。宮沢さん自身の仕事が絡む状況下でのことだからまるきりのお世辞でもあるまい。これはうれしかった。そしてそれと同様、今回もうれしかった。(ところで宮沢さんのほうの「土本さんについて書く原稿」は『映画は生きものの記録である』のパンフレットに収まっている。もちろん本文もよかったが、なによりそのタイトルにやられた。これは近年の宮沢さんの文章のなかでも出色のタイトルだ。「あの五年間に」。多少の予備知識があることも手伝ってピンと来るから、もう、タイトルだけでおなかいっぱいである。)
さて、宮沢さんからそんな言葉をもらうとはつゆ知らず、ひきつづく5月11日の日記では呑気に「立ち喰いそば」の話など書いていた。その日記に、高校同窓の永澤のブログからトラックバックをもらう。自身のブログに「立ち食いといえば」という記事を書いてくれたのだが、それと同じ日に更新された別の記事の、次の文章に笑ってしまった。

ああ,なんて70-90年代前半の音楽は気持ちが落ち着くんだろう.時々の紬:ネーミング

 広いよ、範囲が。
4月1日付の日記には、「というわけで禁煙して二週間になる」と書いた。その記述を頼りにいまさら算出するところたしか3月19日の月曜だったはずだが、その朝出掛けに家で喫った一本を最後に、まる三ヶ月、私はほんとうにタバコをやめていた。禁煙したと書いた日記の日付が日付だけにひょっとして嘘だと思われているかもしれないという偶然に気づいたのは日記を更新してしばらく経ってからのことだ。今年のエイプリルフール、妻はごく親しい女性の友人に「妊娠しました」と携帯宛のメールをもらい、そのニュースを私に報告したすぐあと、ひきつづいて着信したメールに何と書かれていたかは知らないが、「まただまされた!」と叫んでいた。その友人には毎年嘘をつかれ、そのたびにだまされているのだという。
アマゾンから「まだ商品の調達ができておりません。現時点でこのご注文をキャンセルいただくこともできます」という案内をもらい、しかしキャンセルはせずにいて、忘れたころにまた同じ案内をもらう──それを数度繰り返して二ヶ月ばかりが過ぎていた『地球防衛少女イコちゃん・コンプリートDVD』が、届いた。ついつい注文してしまったのだ(作品自体は学生時代に見て知っている)。なぜ注文してしまったのかという話だけれど、たぐりよせていけば植木等さんの訃報にまでさかのぼる。追悼の一環で、「オヨビでない奴!」のDVDボックスを買い、そこからの流れ(つまり「磯崎亜紀子つながり」)である。
その「オヨビでない奴!」ボックスは、何度か高橋良明ファンであることを表明している笠木(泉)さんに貸した。貸したのはあれは『ニュータウン入口』のリーディング公演のときだが、いまだブログで話題にしていないところを見るとあれやこれやでなかなかゆったりした時間がとれず、楽しみはあとに回しているのだろうか。それとも乙女はひとり静かに高橋良明を楽しんでいるのか。
『廻罠』のリーディング公演の帰りには、出演していた笠木さんと上村(聡)君、見事に声を嗄らしたことで知られる實光(ちなみに「じっこう」と読ませる)君、それと観に来ていた鈴木(謙一)さんとでごはんを食べた。そういえば先日笠木さんの出ている『ファイナルファンタジックスーパーノーフラット』を観に行ったが、そこでも實光君と顔を合わせた。
neoneo坐での特集上映「映像作家・土本典昭 発見の旅」(6月16日、17日)はどちらか一日だけでも行けたらと思っていたが、結局だめだった。家でずっと、とある仕事をしていた。ちなみに『ドキュメント路上』だけは、『映画は生きものの記録である』の劇場ロビーでDVDを販売していたので買ってあるのだったが、特集上映を観に行くつもりでいてまだ見ていない。その「とある仕事」がなかなかはかどらずにいるうち、ついつい「行っちゃおうかな」という考えも頭をもたげたけれど、まあ、やめておいた。「とある仕事」は、それはそれでとても光栄な、楽しい仕事である。いずれ明るみになったら詳しく書こう。
もう終わってしまったが、ドラマ「セクシーボイスアンドロボ」の話。あれ、もう「中学生」という設定もいじってしまっていいから、いっそのこと「ニコ」役、市川実日子じゃどうなのかと思ったのは、これ、どうやら「すいか」(2003年、日本テレビ)と同じスタッフが集まって作っているらしいからだ。いや、ちゃんと調べてないんだけど、とりあえず脚本(木皿泉)と演出(佐藤東弥)、プロデュース(河野英裕)が同じ人である。キャストでかぶっているのは、レギュラー陣だと浅丘ルリ子、片桐はいりだけだが、白石加代子がゲスト出演した回があり、それを見ていて「あれ?ひょっとすると?」と気づいた。その後、小林聡美、ともさかりえ、もたいまさこ(いずれも「すいか」レギュラー)がゲスト出演する回があり、「すいか」ファンの妻をにんまりさせる。その第9話のラスト、桜吹雪にはやられたなあ。筋でもって物語が進むのではない、なんというか(なんとも吟味し切れていない言葉で恐縮だが)「鈴木清順的リアリズム」といった言葉が浮かんだ。原作は原作でむろん大好きだが、それとはまた異なる佇まいの作品になっている。まあ、原作はつまるところ「借景」程度のものなのだろう。それにしても、なぜ市川実日子が「喰いタン2」にいて、ここにいないのか。

本日の参照画像
(2007年6月23日 13:32)

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