7
Jul.
2007
Yellow

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/ 6 Jul. 2007 (Fri.) 「反省しているのだったが」

ブログ的というか、ウェブ的な筆法のひとつに、「一文ごとに改行する」というやつがある(一文が長い場合はその途中でも改行するし、意味段落の場合は一行アキになる)。知り合いで言うとたとえば「北。」の北田(弥恵子)さんがそうだし、また、この筆法の見事な使い手としては相馬美絵という人を知っている(まあ、うちの兄嫁ですがね。で、かつてウェブ上にあったその日記はいまなくてリンクを張れない。たぶんmixiとかで書いてるんだと思うけど、mixiを見てなくて知らない)
あれはどっから出てきたんだろうか。ここではひとまず「デジタル啄木方式」と呼びたいと思うが、むろん「ブログ」以前のインターネット黎明期からそれはあった。って、いま命名してから気づいたけど、その「啄木」が答えなんじゃねえのか、そもそもの起源てことで言えばさ。しまったな、終わってしまった。
いやまあ、気を取り直して行くけど、何が言いたいかというと、「たしかにあれ、読みやすいという面はあるよね」ということだ。ちょっと意地悪に言えば、「流し読みに適している」というか。自然縦には長くなるけれど、右側に用意された余白が視線に余裕を与え、圧迫感がない。もともと〈スクロールするメディア〉であるウェブにおいて、読者はほとんど苦にせず、するするっとスクロールするだろう。
それで私はというと、あれが書けないのだ。書けないってこともないだろうけど、うまく使えないからひどく時間がかかるだろうし、時間をかけてみても、どうにも抜きがたいこの文体がもとよりあのかたちにそぐわないのであって、言ってしまえば「むいてない」。いやね、きのうの日記のあのびっしりの文字に、更新したあとで、われながらちょっと反省しているんですけどね。
たとえば上に書いた文章(用語を命名してみたらいきなりそれが結論を含んでいて瞬時に論が終わってしまうというネタ)であれば、テキスト系のサイトでよく見かけるようなかたちで、もっと多く改行を用いつつ、「あ」とか書いたのちにたっぷり空け、「啄木って答えじゃないの?」のところだけフォントサイズをでかくするとか(ちょっとことさらつまらなく書いてますけどね)、そういう手があると思うんだけど、それがなあ、できないんだよなあ。恥ずかしくて。それをやると、どうしたって「一回性の面白さ」という面が作りの上で出てしまうから、やっぱり「再読に耐えるもの」と考えると、できないのだ。いや、はたして人は再読してくれるのかって話ですけどね、そもそも──あと、「で、じっさいのところ再読に耐えるものになってるのか」ってのも置いとくとして。そういえば以前ある人が(次兄ですけどね)、この「一回性の面白さ/再読に耐える面白さ」を落語の流派になぞらえて「林家的なるもの/古今亭的なるもの」と評していたな(評していたっていうかただの悪口か、それ)
あ、もちろんあれですよ、そういうアクロバティックな改行とはまた別に、見事なデジタル啄木方式というのはあって、うまい人は読ませますよ、きっちり。ってことを言い出せば結局、いいものもある、わるいものもある(©スネークマンショー)ってことになりますけど。
いいものでありたいなあ。ありますように。
またもや「それ日記かよ」ってことになってますが、今日はこのへんで。ではまた。

(2007年7月 7日 11:06)

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