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Oct.
2007
Yellow

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/ 30 Oct. 2007 (Tue.) 「ひきつづき句会のこと」

28日に開かれた句会だが、合評の模様を採録した冊子は作るつもりでいる。そうして参加者の面々に配ろう。今回はほとんどが初参加の人たちなので、前回・前々回のときの冊子もいっしょに渡せればいいのではないかと思うが、むかし作ったものは全部配ってしまって手元に在庫がなく、そのデータがどこにあるかというのも探してみないとわからないことになっている。
DVテープに録画したものを確認し、音声ファイルに書き出す。ただ残念なことに、途中テープ交換をすっかり忘れていて、合評のうち「宵いまだ黒ぐろとねる秋なすび」の途中から、「はなくちとおるきんもくせい」までの分がないのだった。これらについては吉沼と協力し、記憶をもとにおおまかなところを再構成してしのごう。
録音されたものを聞いていてあらためて思うのは、俺、発言の途中の間(ま)が長いよ。ほんと長い。長年の友人など、よくこれに付き合ってくれているなあと、なんだかありがたい気分にさえなってくる。途中で言葉を切って、さんざん待たせた挙げ句けっきょくしゃべらないこともあって、嫌だよ、そんな奴はさ。それでいてしゃべっているときは早口気味だし、典型的に語尾の音量がすぼまるタイプだから、不親切な話し手であることこのうえない。と、いま反省してみても、きっと直らないんだろうけどね。
句会の創設メンバーのひとりで、今回は「句のみ参加」だった大竹君からはメールで、私の

 万感を胸にこれから風邪をひく

がよかったと褒めてもらった。合評のさいも、私の提出した句のなかではいちばん反応のよかったのがこれだ。まあ、「ポジティブな姿勢で詠まれる病の句」というところから出発してこれになったんだけど、作っていて気づいたのは、これ、「これから風邪をひく」シリーズとでもいうか、前の八文字を替えることでいくつでも出来るということだ。

 金髪の美女とこれから風邪をひく
 玄関の横でこれから風邪をひく
 八年も待ったこれから風邪をひく
 正体を明かしてこれから風邪をひく

 いまさら有季定型であるかどうかを気にするような句でもないけれど、「風邪」が入っていることで一応すでに冬の句として成立はしているから、前の八文字には何を入れても大丈夫だという安心感があるのもいい。ぽんぽんできるのだった。
ちょっと触れておきたいのは、合評でも同じ話題になったけど、「句のみ参加」の佐藤君(南波さんと同い年で、私の1コ上にあたるそうなんだけど、なぜだろうここはひとつ「君」でいきたいという気分なのだった)の作品群である。

 ふとんのそと りんごかじる音
 はなくちとおるきんもくせい
 おなかのすみのさなぎ

 はじめ私は、これが〈佐藤流〉とでも言うべきスタイルなのだと受けとめて「ほう」と思っていたんだけど、途中、句を預かってきてくれた南波さんが話したエピソードによって明らかとなったことがあり、つまりこれ、じつは「放哉かぶれ」ということらしいのだった。句会があるということを南波さんから聞いた佐藤君が、しかし「俳句ってぜんぜん知らないからなあ」と応えたときに、南波さんが貸したのが手元に一冊だけあった尾崎放哉の句集だった。で、佐藤君はそれを読み、「なるほどこれが俳句かあ」と得心したらしい。
とそこで、「いや、あのさ」と言いたくなるのは、佐藤君の句、それほど放哉っぽくもないんじゃないかということで、そりゃあたしかに「短い」ものの、リズム的な印象でしかないかもしれないけど、ストレートに「放哉かぶれ」と呼ぶには、佐藤君のなかでの放哉の受容がちょっと私とかとちがうのではないかと思えるのだった。良く言えば「解体」はさらに進んでいて、放哉よりももっと先の自由を手に入れているのかもしれない。やっぱり、〈佐藤流〉と呼ぶのがふさわしい何かがここにはあるように思える。一応、大人として、「ちがうと思うけどね、俳句って」とも言い添えておくけど。
あ、そうそう、リズム的な印象ということでいえば、より「放哉っぽい」のはたとえば大竹君のこれですね。

 旅に病んでタクで帰る

 笑ったなあ、これは。一応解説しておくと、松尾芭蕉の辞世(と意識して詠んだわけではないらしいけど、結果的に辞世になった句)、「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」が下敷きになっている。あと、ついでに紹介しておくと、第一回のときの吉沼のこれが、放哉のパロディということでいえばすごく秀逸だった。

 車のシート豹柄になっている

 あはははは。

(2007年10月31日 22:36)

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