/ 4 Feb. 2008 (Mon.) 「居残り佐平次考」
■夜、古今亭志ん朝の「居残り佐平次」をビデオで見た。もう何度見返したかわからないテープだけれども、今日になってふと、いまさらながらに合点がいくところがあった。「あ、そういうことか」と思う。というのはラスト間際、佐平次が若い衆に自身の素性(居残り商売であること)を明かすところに関してで、これ、ふつうに考えたらおかしいわけですよ。「俺の顔を覚えときな、居残りを商売にしてる佐平次ってもんだ」なんて正体明かしは、ほんとうに居残り商売なら、わざわざ自分の仕事場をせばめるだけの要らぬ行為になるわけで、悪党・佐平次としてはちょっと不用意すぎやしないかということになる。
■ひとつの説明としては、これ(居残り商売だというその素性)もまた、芝居がかった見得を切りたいだけの口からでまかせであるという可能性が考えられ、そうすると、いっしょに遊んだ友だちたちが佐平次の素性を知らない(居残りすると聞いて心配する様など、佐平次の居残り商売を知っているとは思えない)ことともつじつまが合うし(佐平次は若い衆に「ごく新しいお友だち」と説明しているがこれはまず嘘で、少なくとも「この金を俺のお袋んところに届けてくれ」という指示だけで通じるだけの付き合いはある)、これまではそのように解釈して納得していたわけだが、今日思い至ったのはまたべつの可能性、つまり、素性明かしがでまかせでない場合の解釈の仕方である。
■佐平次はかつてじっさいに居残りを商売にしていて、セリフにあるようにやがてナカ(吉原)でもどこでも相手にされなくなり、あるいは越しても来たか、以前の居残り商売のことは知らない友だちもできる程度に時間が経って……とすると、いったいなぜ敵(若い衆)に素性明かしをしたのか。それは、つまり「これを最後にもうする気がない」ということじゃないのか。(まあ多分に『幕末太陽傳』のイメージも影響してるのですが)やはりキーとなるのは胸の病(肺病)で、「品川も東海道のうち」と強がる佐平次もなんとなく、転地療養なんて医者は気休めを言うけれどどうやらこれは治らない、そう長くもない命と自身で感づいているフシがあり、よしじゃあここらでもう一度、河岸(かし)を替えて一世一代の大仕事に挑んでみようということだったのではないか。だから最後の最後、先のことを考えなくてもいい状況で、見栄も手伝っての「名乗り」だったんじゃないか──という読みは成り立つだろう。
■いや、あるいは「ナニいまさら言ってんのォ?」ってことかもしれないけれど。
■しかしなんだよ、ウィキペディアにある「居残り佐平次」の項〔 2008年4月20日 (日) 01:16 UTCの版〕はちょっと辞書的記述としてはいかがなものなのか。梗概を書くにあたって現・談志の話形をそっくりもちいているのは(談志の「居残り佐平次」の評価は置くとして、というかもちろん好きだけど)、辞書としてのバランス感覚に欠けるきらいがあるし、なにより、まず先に談志考案のサゲ(「旦那、どうしてあんなやつを表から帰すんです?裏から帰しゃあいいでしょう」「あんなやつに裏を返されたらあとが恐い」[※1])が紹介され、そののち「オチのバリエーション」として旧来の「おこわ」のほう(「ちくしょう、アタシをおこわにかけやがって」「旦那の頭がごま塩ですから」[※2])が書かれるのは、歴史的順序からいってどうなのか。また、「オチのバリエーション」という項を設けるなら、たとえば現・小三治のもの(「又、来るといってましたぜ」「冗談じゃない、二度も三度もこられてたまるか」「旦那が仏といわれてますから、『仏の顔も二度三度』」)なども扱ってもらいたいところだ。って、ウィキペディアなんだから自分で書き替えりゃあいいんだけどさ。
- ※1:「あんなやつに裏を返されたらあとが恐い」
廓で、はじめての店にあがることを「初会」、二度目に行くことを「裏を返す」、三度目以降を「馴染み」といった(くわしくはここなど)。
- ※2:「おこわにかける」
人をだますこと(狭義では美人局のこと)をいう。明治末のころにはすでに死語だったろうと言われる。
■で、話はちょっと逸れるが興に乗ってしまって、「居残り佐平次」のさらなる別のサゲを考えてみたりした。おはずかしい。条件としては「マクラで言葉の意味を説明する必要のないもの」。どうでしょう、これ。サゲに至る手前の部分はちょっと説明過多かとも思うし、「おこわ」からこれに替える積極的な理由があるかというとそれほどなかったりもするのだが。
- 若い衆
- 旦那、行ってきました、たいへんですよ。
- 旦那
- どうした、捕り物にでもなったか。
- 若い衆
- そうじゃあないんですよ、それもあいつの嘘なんです。
- 旦那
- 嘘?
- 若い衆
- 悪事に悪事を重ねたなんて口からでまかせ、旦那から路銀やなんかせしめるための脅しだってェんです。
- 旦那
- そォかい。
- 若い衆
- でね、ほんとうは居残りを商売にしてやがるんですよ。
- 旦那
- 居残りを?
- 若い衆
- 余所じゃあらかたやっちゃって、もうナカでもどこでも相手にしてくれないから、はじめて品川でやったんだそうです。
- 旦那
- あいつがそう言ったのかい。
- 若い衆
- もう悔しいったら。旦那の悪口まで言って大見得切ってましたよ。
- 旦那
- うーん、そうかい。しかし名乗っていくなんて悪党らしくもないがなあ。
- 若い衆
- そうすかあ?
- 旦那
- これでアタシたちが触れて回ったら、もう品川でも仕事はできないってこったろう。
- 若い衆
- あ、そっかあ。え?…じゃあ、ことによると居残り商売ってのも嘘すかあ?
- 旦那
- どうだろうなあ、思い返せば、まんざら嘘だとも思えないけれど。
- 若い衆
- (自分に)え?何だよ?何なんだよあいつ?(旦那に)ねえ、なんなんすかあ?
- 旦那
- アタシに聞かれたって困るよ。
- 若い衆
- ちくしょうまったく、旦那、一杯食わされるってこたぁ言いますけど、何杯食わされたかわかりませんね。
- 旦那
- ばかやろう、日に三膳、食わせたのはこっちだ。
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