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Apr.
2008
Yellow

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/ 28 Apr. 2008 (Mon.) 「またも過日の話」

またこれも過日のこと。それももう一ヶ月も前の話だ。たまには日付に即した近況を書きたいが、書くと約束してしまったこともあり、ちょっとこのことを書いてしまわないと落ち着いて次へと移れない気分なのだった。近況はといえば、私は元気だ。背もかなり伸びた。座高がすごいことになっているから、いま、ちょっとモニタが遠い。
書くには書くけれども、こういうものはやっぱり日の経たないうちに書いておかないとだめだと、そのことはあらためて強く認識したしだいで、だいたいね、当日ノートに書き留めていたメモの、その意味がもはやよく掴めないことになっている。だからこのレポートはさっぱりだ。さっぱりだけれども、書かないよりかは何かを生むだろうという、そうした程度のものと思って読み進めていただきたい。
何の話かというと、「ネグリ来日中止」という大きな奇禍に見舞われるなか3月29日(土)に開かれた、東京大学創立130周年記念事業/アントニオ・ネグリ氏講演会「新たなるコモンウェルスを求めて」である。つまりまあ、それに行ってきたよ、という話。シンボリックなその会場は安田講堂。
安田講堂の前に着くと、入り口付近には花咲政之輔さんらがいて、例のごとくビラを配っていた。花咲さんのほうから声をかけてきてくれたが、どうも会話がちぐはぐだと感じていたところ、私をまったく別の誰かと間違えてしゃべっていたと最後にわかる。まったくもう。ビラの内容(タイトル部分)はこうしたものである。

洞爺湖サミット警備を口実としたネグリ来日妨害糾弾!
安田講堂・東大130周年記念事業利用したネグリの闘争性の換骨奪胎・政治的回収を許すな!
早大ビラ撒き不当逮捕・東大駒場寮廃寮を正当化する「反体制」大学人を許さない!

会場は、満員とまではいかないものの一階席はほぼ埋まり、二階にもそれなりに人が入っている状態で、のちに登壇者の誰だったかが発言したところによると「700人」という数が(ネグリのいない)安田講堂に集まったという。前段で言い訳したとおりで事細かに会の流れを追えないから、渡されたプログラムを(登壇者の肩書きを省略して)引用してしまうが、だいたいこうした流れだった。

13:00開会の辞
吉見俊哉
13:10アントニオ・ネグリ氏講演原稿の代読映像
「新たなるコモンウェルスを求めて」
13:45報告
姜尚中/上野千鶴子
14:25休憩
14:45ディスカッション
姜尚中/上野千鶴子/石田英敬/鵜飼哲/アントニオ・ネグリ(電話による交信を予定。気象条件などにより不可能な場合があります)
16:20閉会の辞
姜尚中
ドンデン返しへまっしぐら
木幡和枝

ネグリとの交信に関してはむろん、はじめに検討されたのはもっといまどきな手法で、たとえばSkypeなどを使ったビデオチャットが当然のように案として上がったらしいが、ネグリの住まいというのがとにかく辺鄙な場所にあるらしく、説明されていたところによると「インターネットに接続できる場所に出るのに車で20分」、時差の関係で向こうは早朝でもあり、なんやかや現実的でないということになって、結局せいいっぱいのところが電話回線による交信だったとのこと。で、交信にあたっては事前に、四問からなる「問いかけ」がネグリのもとへ送られており、基本的にはその問いに電話口で答えてもらうというかたちになっている。その問いかけというのがこれ(質問者は上野[Q1〜3]、姜[Q4])

Q1)
歴史的にみて、マルチチュードの運動は、資本と権力の新たな編成に対応するという以上に、これに先んじ、時代を先取りしてきたのではないか。
Q2)
マルチチュードの実践は法を超えるというとき、その非合法の実践の中に「暴力」が含まれるというなら、それはいかなるもので、それを肯定するのはなぜか。
Q3)
マルチチュードの実践が「権力奪取」でないなら、何がゴールか。「権力なき社会」は想定可能か。現実の抑圧的な〈帝国〉の権力にどう対抗するのか。
Q4)
イラク戦争以後、アメリカの国力の失墜は著しいが、このことは逆に〈帝国〉への移行がより現実化しつつあることを意味しているとも解釈できるか。

 なかなか興味深い問いかけが並んだわけだが(とくにQ2)、結局、ネグリとの交信はあまりうまくいったとは言えない結果に終わる。電話は別段問題なくつながったものの、そこから先の段取りがあまり練られたものではなく(というか、それが電話の限界なのかもしれないが)、まずネグリがまるまる30分ほどの時間、途中の通訳を挟まずに延々としゃべりつづけるのをわれわれはただ聞いているということになってしまい、で、それを中央大学の三浦信孝さんという方がこれまたずっとメモを取りながら舞台脇で聞き取っていて、最後に(かつ直後に)三浦さんがネグリの30分もの発言をまとめて翻訳/要約するという離れ業をやることになる。いや、ものすごいことをさせられてるんだと思いますよ、これ、三浦さんは、たぶん。
ネグリは結局、Q1とQ2に答えるのに30分を使い果たし、そこで時間切れ。で、ネグリのフランス語というのがかなり訛りを含んでいて発音がよくないらしく、加えて電話回線ごしであるという悪条件が重なって、三浦さんをもってしても、要約の冒頭で「正直、聞き取れない箇所がずいぶんあった」ことをことわらざるをえない結果となる。そして、なにより大きいのはネグリがQ2の質問意図を勘違いしてしまったことで、つまりQ2はマルチチュード側の用いる「抵抗暴力」についてネグリの見解を問うているのだけれど、電話口のネグリは「国家の行使する暴力」について延々としゃべっていたのだった(で、その内容は、この会場にいるような人たちにとっては了解済みなことの繰り返しだった)
とはいうものの、その後のディスカッションで上野千鶴子さんが今回の交信の成果をまとめていたように、やはり話し言葉で語ってもらうと多少なりともわかりやすいということはあって、三浦さんの超人業のおかげもあるけれど、あらためて理解したことはあった。たとえば(これも上野さんが着目し、交信ののちに触れていた点だが)、「マルチチュードとはつまり社会の初源的なかたちのことであり、それは権力に先立ってある」(よってマルチチュードに「合法/違法」の尺度は用いることができない)という点などは、マルチチュード理解の大きな第一歩になる気がする。

といったところでレポートをそつなく終わらせてもいいのだが、これだけだとちょっと片手落ち(?)になってしまうのが今回のイベントである。話はネグリとの交信の前にさかのぼるが、まず、もっとも印象的だった上野千鶴子さんの言葉を紹介するところからはじめよう。
冒頭の「報告」と題されたセクションで、上野さんがまず言及したのが「68年」と「72年」というふたつの楔のことであり、言われてああそうかということになるが、今年は「68年革命」から40周年ということになるのだった(で、コロンビア大学だかどこかでは40周年記念の大会が開かれるのだとか)。また折しも若松孝二監督による『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』が公開されるなどするなか、上野さんが壇上で紹介したのは、漫画家の山本直樹さんが連合赤軍について語ったという次のような言葉だ(下の文章は私が理解した範囲のその大意で、正確な引用じゃありません)

かつて60年代は、何かを言うことがかっこよかった。それが72年、連合赤軍のあの失敗のあとで、何も言わないことがかっこいいという時代(シニシズム)が訪れ、そしてそれがあまりにも長くつづいた。もう何か言わなくちゃ、というときになって、自分たちが〈懐メロ〉しか口ずさめないことにわれわれは気づき、唖然としたのだ。

 これは示唆に富むというか、素直にうーんと思わされた。そしてその一方で上野さんが強調したのは、「68年」という試みが40年かけて、いまたしかに一定の成果を示しているのだということ──だからこそ、いま40年目にここ「安田講堂」で、「東大130周年記念事業」の名のもと、「在日と女の東大教授」がこうして壇上にいるのだということ──である。
さて、姜・上野の「報告」が終わって休憩を挟んだのち、そこに鵜飼哲さん、石田英敬さんのふたりが加わって「ディスカッション」となるが、事件はそこで起こった。石田さんが発言をはじめてしばらくたったとき、突如会場から野次が飛んだのである。聞き取りにくかったのではっきりはわからないが、たしか「何がマルチチュードだ!」とか、「これなら木幡先生にしゃべらせたほうがマシだ」とか、そういった内容のようだった。で、これに壇上の姜さんが断固とした姿勢と強硬な態度をみせたのである。相手にして時間をとられるまでもないといった顔つきで発言をつづけようとする石田さんをいったん中断させてまで、姜さんは野次を発したグループへと向き直り、執拗に注意を繰り返す。「そういう不規則発言は、今回時間的制約の都合上認められないからやめるよう、最初に言ってあったでしょう」と低く諭すような調子からはじまり、しかし野次はやまずに何度か応酬があったのち、ついに壇上から降りた姜さんは彼らの席へと詰め寄り、態度と言葉で威圧して、そうして彼らがもっていた(イスのそばに置いていた?)トランジスタ・メガフォンを手にすると、それを床に投げつけたのである。「暴力じゃないか」「それがマルチチュードを語る態度か」といった反駁の声はむろん彼らからあがったものの、そのまま、しばらくして場は一応収まったのだった。
でまあ、その、彼らというのが花咲さんたちである。これはあとになって(イベント終了後の彼らのアジ演説を聞いて)わかったのだが、その直接の標的は石田さんであり、彼らの説明するところによれば、この石田英敬という人は例の東大駒場寮廃寮に際して当局側に立ち、「運動弾圧の尖兵として大活躍した輩」なのだそうで、その同じ人物が一方ではネグリを論じ、あまつさえマルチチュードを語っているというその大学の状況に対する素朴な疑義と、強い危機感が行動の根底にはある──で、ビラにある文句、「早大ビラ撒き不当逮捕・東大駒場寮廃寮を正当化する『反体制』大学人を許さない!」につながるわけだ。
会場はというと、おそらくその大半が姜さんの主張(まさしく「プレカリアート」たる大学院生たちの、身体をこわすほどの献身的努力がこのイベント運営には払われており、そのことを思ったとき、私はどうしてもそれに報いてやらなければならなかった)のほうに賛意を示していたように見え、そして、それこそネグリによって否定される、旧態依然とした党派的左翼活動家の悪弊というイメージを、一方の野次とアジテーション、ゲバ文字の書かれたばかでかい立て看板とお膳立ての揃った彼らの姿に重ねているように思えた。で、私はというと、やはりつい口をついて出かかるのは「まったくもう」という言葉だけれど、しかし、ここで(笑いを含んでであれ)「まったくもう」と発言することは、とりもなおさずある一方の潮流へと加担することにほかならないわけで、だからことは厄介である。
たしかに「在日と女の東大教授」は生まれたのだし、そうして彼/彼女らが大学の公式事業としてネグリを安田講堂に招くことの皮肉的勝利は、まず第一に勝利であるだろう。けれどその勝利は、あの〈無事〉に終わった場において、とうてい勝利とは呼べないような抑圧的空間へと簡単に変質してしまってはいなかっただろうか。あるいは少なくとも、それが簡単に変質してしまうものであることへの無自覚さが、露呈してしまってはいなかったろうか。
いや、そう問うだけなら簡単なのだな。あー、むずかしいなあ。「あそこに、ネグリがいたらどうなっていただろうか」といった想像は、おそらく根本的な解決を提示するものではないだろう──とはいえ、やっぱりあそこにネグリはいるべきだった。あー。うー。
ま、だからいろいろあれだ、ひとの振り見て我が振り直せってことでどうだろう。どうだろうじゃないよなあ、まったく。

(2008年4月29日 05:37)

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