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Jul.
2008
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/ 18 Jul. 2008 (Fri.) 「なぜかセーラー服の話」

セーラー服を着た、エドワード皇太子(1846年)。「子供服としては、一八四六年夏に、当時五歳の皇太子(後のエドワード七世)が王室所有のクルーザー、ヴィクトリア・アンド・アルバート号でアイルランドを訪問した際、同号のクルーの制服を模したセーラー服を着たことが最初の着用例と言われている」(p.184)。

夏である。だからなのかわからないが、「競泳水着」で検索し、やってくる人が激増中である。むろんひっかかるのはこのページ [Red | 心霊写真 | おっぱい!!]だ。まったく申し訳ないよ。

三坂(知絵子)さんが女子高生の恰好をして、宮沢(章夫)さんの見舞いに現れたという話は笑ったなあ[aplacetodie/ツイノスミカ » お見舞い/女子高生]。笑ったというか何というか。
それでというわけではないが、坂井妙子『アリスの服が着たいヴィクトリア朝児童文学と子供服の誕生』(頸草書房)を買い、その「第五章 セーラー服」を読んで「あ、そうか」といまさら思うのは、女子高生のそれへとつづく子供服としてのセーラー服が、その誕生時においてそもそも「コスプレ」だったということである(どうでもいいことながらちなみに、いせ(ゆみこ)さんのほうのブログを見るかぎり三坂さんの着てきた制服はセーラー服ではなかったようだ)
十九世紀後半、国際情勢が変化してその優位が急激に失われるなか、イギリス国内では海事への関心が高まった。それまで伝統的に「使い捨て同然の労働力」として存在し、劣悪なその就業環境(懲罰としてのむち打ちが存在した)もあって実質浮浪者とならず者の集まりでしかなかった「水兵」(海曹以下、見習い水兵までをひとまとめに指し、海軍のなかでもっとも低い階層である)の質と量の改善は急務となり、彼らが海軍によって大切に扱われるようになるなかで水兵の制服も規定された(1857年)が、子供服としてのセーラー服の流行において、まず直接的に関係したのは「海岸でのリゾートの発達」だったと同書は説明する。

一八六〇年代までには、多くの人々が海岸へ出かけるようになった。家族連れもビーチを訪れ、子供たちは膝まで水に浸ったり、砂浜を駆け回ったのである。当然、そのような活動に適した服が必要になった。セーラー服は、この新たな需要を満たす子供服として人気を集めたのである。(略)近代的な子供の遊び着の必須条件であろう、値段が安いこと、洗濯ができるために衛生的であること、直線縫いのために家庭でも簡単に制作できることに加え、少しの手間で、最新流行の装いにすることができたために、セーラー服は夏のリゾート着として定着したのである。
坂井妙子『アリスの服が着たいヴィクトリア朝児童文学と子供服の誕生』(頸草書房)、p.186

 やがてそれは「季節を問わず、T・P・Oを選ばない」「ジェンダーさえ超えた万能子供服」として市場に投入されるが(もちろん先に男児用として用いられ、加えて女児用、幼児用が開発された)、商品としてのそれに加えられた要素が「本物らしさへのこだわり」である。

 ユニセックスな子供服というだけで、当時としては画期的だったが、一八七〇年代末以降、洋品店は英国海軍の水兵の制服を真似たセーラー服を展開し、イデオロギー戦略に打って出た。
同、p.190

 本物志向はますます顕著になった。海軍式のハンカチーフの結び方を伝授する記事や、少年用セーラー服についての細かなアドバイスがファッション誌を賑わせたのは、このことの現れである。「私は『アワー・ボーイ』社でセーラー服をあつらえ、シャツは海軍の洋品店で購入することをお勧めします。中途半端な海軍の真似ほど、まずいものはありません。しばしば間違ったスタイルであるし、生地も違っています。」などである。
同、p.192 - 193

 で、「パクス・ブリタニカ」再現の夢もむなしく衰退の一途をたどる大英帝国のなかで、しかしそれゆえにこそ過去の栄光や、「大英帝国を守る小さな水兵」というイデオロギーを扱う表象が多く生産されていったことを本書はつぶさに見ていくのだが、なかでも笑っちゃったのはこれだなあ。引用ばっかりであれだけど、これは同書に紹介される、W・M・ロウ社のセールスカタログ兼、セーラー服の歴史を書いた出版物『セーラー服物語』(1900年ごろ)の一節である。

ユニフォームには様々な色とスタイルがありますが、世界中で知られ、存在を認められ、尊敬され、賞賛されるのはただ一つです。海岸沿いのアフリカの部族はそれを知っており、日本の沿岸でも中国の海でも、太平洋の島々でも、それはよくある光景です。ヨーロッパとアメリカでは、その着用者が心から歓迎されない港は一つもありません。それは英国海軍の青いセーラー服で、着ているのはわれらの「陽気な水兵」です。

 このあとつづけて、

イギリスの少年少女たちがこの着心地よく、魅力的なユニフォームに身を包んで、誇らしく思うのはもっともです。このユニフォームは、我が国の栄光と誇りの典型なのですから。

とあるのを読めばかえってもう哀しくさえあるんだけど、でも、「われらの『陽気な水兵』です」はないじゃないか。そりゃ陰気にされてもこまるだろうけど、べつに陽気だとことわる必要もないのではないか。

俺、詰め襟着ていこうかなあ。

本日の参照画像
(2008年7月19日 15:53)

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