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Nov.
2008
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/ 26 Nov. 2008 (Wed.) 「句会近づく」

DSソフト「レイトン教授と最後の時間旅行」。

いまは光文社文庫や知恵の森文庫といったものに収められている『頭の体操』シリーズの第1集。カッパブックスのそれはたしか第20集ぐらいまであったんじゃなかったか。

岩波書店が出している雑誌『思想』12月号はレヴィ=ストロース特集である。小田亮さんがそこに「真正性の水準について」という論文を寄せているらしいことで知ったのだが、小田さんのブログには11月25日刊行とあり、で、そこそこ早く帰れそうだったから夜九時までやっている立川の本屋に事前に電話し「置いてあるか」と確認したところ、「最新号はあさっての発売で、2冊入荷予定です」という答えだった。なんだ、まだ出ていなかったか。というか、「あさって」って「誕生日」だろ。そういうことなのか、岩波書店。
在宅仕事で依然忙しい妻だが、明日(27日)発売のNintendo DS用ゲーム「レイトン教授と最後の時間旅行」はしっかりアマゾンで予約済みだ。その方面にまったく興味のない人のため一応説明しておけばこのゲームは、大枠としてのストーリー要素とそのアニメーションとが加味され、DSという舞台も得て〈いま風〉になったところの『頭の体操』である(クレジットには監修としてしっかり多湖輝の名前があり、またじっさいシリーズ前作にはいくつかの「過去問」も収録されていた。って、『頭の体操』や「多湖輝」にこそ説明は要らないのか)。これまでに二作品がリリースされていて、謎解きの天才である「レイトン教授」とその助手「ルーク少年」のコンビがシリーズをとおして登場、今作「最後の時間旅行」は完結編と銘打たれた三作目である。で、「10年後のルークから助けをもとめる手紙が届き、未来のロンドンへタイムスリップ、シリーズ最大の謎と敵がふたりを待ちかまえる」といった展開らしいのだけれど、そうした梗概だけをネットで読み知った妻は、「それ、最大の敵ってどう考えても10年後のレイトンでは?」と食卓で漏らすのだった。そうだなあ、その前振りならまあ、そうなるかもしれない。
ひさびさポシュテの話。くりかえすように妻が忙しくしていて、妻のほうも平日に動けないということがあり、回虫のその後の経過を診てもらいに病院へ連れて行くのが延びている。というわけでポシュテにはまだ基本的に専用の部屋ですごしてもらっているのだが、夜など少しの時間、先住猫もいるリビングに解放して自由にさせてもいる。ポシュテとの接触において一歩リードしているかに見えたピーだが、その後、いかんなく発揮されるその臆病ぶりのためにまったく関係に進展がないというか、リビングではポシュテに追いかけ回され、巨体をおどらせてただ逃げ回っている。威厳ゼロだ。それに比し、一方のロビンがここへ来てすこぶるいい具合なのはさすが年の功か、そのすらっと長い尻尾にじゃれついてくるポシュテをしたいままにさせ、わざと尻尾を動かして遊ばせているようでもあるのには感動すら覚えるし、また、いよいよ五月蝿いというところまで来て一喝するから威厳も充分だ。なんだこのちがいはとも思うものの、まあ、ロビンにしてみればかつて、この姿勢でもってピーの存在も受け入れたのだろう(ロビンとピーの場合、お互いに引っ越し先で顔を合わせたということがあり、年の差はあれど〈先住者 − 新入り〉といった関係性が存在していなかった点が今回とはちがうが)
これは専用の部屋での話。部屋には例のケージがあるわけだが、ケージにはキャスターが付いていて床とのあいだに隙間がある。数種あるボール系のおもちゃがみなその隙間より小さいから、ポシュテが転がして遊ぶうち、ほどなくその下に入れてしまい自分では取れなくなってしまう。エサを与えにいった折りなど人間が気づいて出してやるが、またすぐに入れてしまうというくりかえしであり、いいかげん面倒なので最近は放っておくことが多いのだが、すると、いよいよ遊ぶものに事欠いたポシュテは固くなった自身のウンコをトイレから拾い出し、それを転がしているらしいのだった。エサをあげにいくとしばしば、ウンコが床に転がっている。で、今日部屋の掃除をしたさいにケージを動かしたのだが、その下からは取れなくなったボールとともにウンコも現れたのだった。まったく。「日記に書いて世間の人に読んでもらうからな」と脅して私は叱るが、聞いているふうではないポシュテだ。
今週末、日曜日にまた例の「句会」が予定されているのだった。今回はほとんど吉沼まかせで、私はまだなんの準備もしておらず、あやうく予定さえ忘れかねないありさまだ。今回のお題は「年末」「旅」「歴史」。やる場所がすごいよ。われわれ〈エセ俳句同人〉からすればアウェイもアウェイ、江東区にある「芭蕉記念館」だ。敵の本拠に乗り込むと言えばいいか、あるいはまた「ついに本場までやってきた」というような高揚感がただよいもして、吉沼のメールにあった言葉を借りれば、「それは渋公なのか、武道館なのか」ということである。ま、どっちでもないし、それはただ「江東区芭蕉記念館」なわけだけれど。

本日の参照画像
(2008年11月27日 17:56)

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