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Nov.
2008
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/ 27 Nov. 2008 (Thu.) 「何も共有していない者たちの共同体」

今福龍太『ブラジルのホモ・ルーデンス——サッカー批評言論』(月曜社)。帯のうしろには、「歴史として捏造されたにすぎない勝利や戦術といった概念に、サッカーのすべてを売り渡してしまう必要はないのだ。」の一文。表紙写真は森山大道さん。

今福龍太さんは新刊ラッシュだ。『ブラジルのホモ・ルーデンス──サッカー批評原論』(月曜社)がアマゾンから届く。『フットボールの新世紀』以来ひさびさのまとまったサッカー批評であり、一連の新刊のなかではじつをいってこれが一番読みたかった。「プロローグ」がいきなり(添えられている附言も含めて)感動的である。興奮のあまり全文を引用したいくらいだけれどそれは差し控えておこう。
話は変わるが、アマゾンからいつもの、「おすすめの商品があります」というメール。読むとこうあった。

以前に『小鳩の会の日本の歴史』をチェックされた方に、『巨乳素人 限界着エロ 03 あきこ(22才) メートル超えの超巨乳「私、脱がなくても凄いんです」』のご案内をお送りしています。

 どう見てもエロDVDをすすめられているわけだが、それがどう「小鳩の会」の冗談映像作品とつながるのかまったくわからない。いやというほどに長く実直なその作品タイトルからは思いもつかないような何かつながりがあるのかもしれないと念のため商品ページを確認してみるものの、『巨乳素人 限界着エロ 03 あきこ(22才) 〜』はほんとうにただの(AV扱いでこそないが)エロイメージビデオらしく、

街にいる普通の女の子を口説き、限界ギリギリの着エロに挑戦してもらうシリーズ第3弾。普段はアイドルやタレントのメイクを務める巨乳美女・あきこちゃん。モデル未経験の彼女だが、気の知れたカメラマンとの撮影でちょっぴり大胆なポーズを披露。

というのがその内容だという。いよいよ関連がわからない。いや、「ここまでふつうのエロをよそおっておいてじつは冗談」といったような作品なのかもしれず、ことによるとこの「あきこ(22才)」なる人物を演じるのもまた私のよく知る誰か(鈴木謙一さんとか)だったりするのかもしれないのだけれど、とすればさすがここまでまったく「ふつう」をよそおってすきを見せない作品だけに、これ以上はちょっと買って見てみないとなあ、わからないな。謙一さんならいいのに。「あきこ(22才)」を演じるのが謙一さんであるという一点を除いて、まったく主旨に忠実なエロイメージビデオであるという作りがやはり好ましいのではないかと思うが、それ、たんに詐欺か。
話は変わるが、小田亮さんのホームページにある口頭発表原稿「共同体と代替不可能性について」を読んだ。

 今年の6月下旬から7月上旬にかけて、3つの研究会で発表したものを1つにまとめたものです。そのためにちょっとつながりが悪いのですが、11月25日に刊行される『思想』のレヴィ=ストロース特集に寄せた論文(「真正性の水準について」)と併せて読んでいただけたら、このところの研究テーマである「真正性の水準という視点からの『共同体』概念の再構築」についての目下のところの最新版が示されているはずです。
[お知らせ] ホームページ更新のお知らせ

というものである。小田さんのこれまでの主張にたいし決定的に新たな何かがそこに加わっているわけではないけれど、しかし読むことで次第に私にもわかってくることがあり、たとえばそれは、小田さんが「〈顔〉のある関係」というときの〈顔〉とは、ところで何なのかということだ。それをようやく掴みかけたような感触がある。おそらくこういうことだ。共同体の真正性を保証するところの〈顔〉とはつまり、非真正な社会における代替可能で比較可能な役割関係を超えてにじみ出てくる(にじみ出てきてしまう)関係の過剰性や複数性のことであり、それってほかでもなく、われわれが〈顔〉を合わせたとたんに発生する、あの〈関係の面倒くささ〉のことである。といった私なりの理解から出発し、さしあたりまずは「共同体の真正さとビデオコメントの可能性」といった文章をものしたい思いに駆られるものの、それはちょっと待ってくれ、すぐにはうまく書けない。
ほかにも、「何も共有していない者たちの共同体」である「もうひとつ別の共同体」が〈贈与〉の概念と結びつけられるという話、そしてその〈贈与〉のひとつの特徴が「譲渡不可能なものの譲渡」にあるという点の確認は、とにかく示唆的だ。興奮する。
あ、そうそう、宮沢(章夫)さんの書く、Keynoteのスライドメモをどう用意するかという話「富士日記 2.1」2008年11月26日分]だけれども、それ、Keynoteについている「発言者ノート」機能ではだめなのだろうか。まあその、メモの分量がどれだけあるかにもよるのだけど、ある程度だったら、「発言者ノート」欄に書いたものを「配付資料」形式でプリントするという方法でそれをメモにできるんじゃないかと思う。「そんなことは知っているし試してもみたが、やりたいことはそうじゃないんだ」と言われる可能性は大いにあるものの、一応説明しておけば以下のような具合。
発言者ノートはツールバーの「表示」>「発言者ノートを表示」でスライドキャンバスの下の領域に出てくる。ここに書いたものはプレゼンテーション画面には現れず、また、操作している発言者側のディスプレイだけにはプレゼンテーション中でも表示することができるというのが発言者ノートだ。で、ここにメモを書く。各スライドにたいするメモとしてならば以上で充分なわけだが、この場合必要とされているのはスライドの「順番」も含めたメモらしいので、この発言者ノートをプリントアウトすることでその用途を満たしたい。「ファイル」>「プリント...」で印刷ダイアログを出し、その「Keynote」に関する設定項目の右下、「プリント:」とあるなかから「配付資料」を選ぶ。で、1ページにいくつのスライドを含めるかを決め、「ノートを追加」にチェックを入れる(ほかの項目はお好みで)。印刷プレビューで見ていただければと思うが、こうして印刷すると、左にスライド画面のサムネイル、右にそのメモというかたちで、設定したスライド枚数分(最大6スライドまで)が1ページに印刷される。最大の利点は、そもそもメモがスライドに付随するかたちなので、スライドの順番を入れ替えてもまったく問題ないというか、メモの順番も勝手に直ってくれるということ。ただ、これも印刷プレビューを見てもらえばわかるとおり、印刷したときに含まれるメモの量には物理的に上限があり(「1ページに4スライド」の場合なら用紙を4等分したものが1スライド分)、そこからはみ出した分は印刷されないため、あんまり長いメモだと用をなさないということはある。ちなみに発言者ノートは画面で打ち込んでいるフォントサイズがそのまま印刷サイズになるから、打ち込みにくくない範囲であらかじめ小さなフォントサイズを設定しておくのがよいかと思う。
といったところですが、これでは(宮沢さんの場合の)用途を満たさなかったりするでしょうか?

本日の参照画像
(2008年11月28日 17:56)

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