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Jun.
2009
Yellow

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/ 14 Jun. 2009 (Sun.) 「高橋明大監督の『最後の怪獣』を堪能」

上映前には「松倉如子 with 渡辺勝」のミニライブがあり、『最後の怪獣』主題歌の「雲」、ニューアルバム表題作の「パンパラハラッパ」を含む四曲を披露した。で、こちらが松倉如子ニューアルバムの『パンパラハラッパ』。6月17日発売。会場で先行販売されていたのを買う。

こちらは同じく会場で先行販売していた、6月24日発売の『渡辺勝』(これがCDタイトル)。買いました。8年ぶりのオリジナル・アルバムで、よく見たら「松倉如子プロデュース」とある。ほんとかよ。(ほんとだそうで、「いっぱいいろいろ言ったよ、あたし」と松倉。)

本日の電力自給率(6月14日):88.9% 発電量はたいしたことないのだが、ほとんど出掛けていて使用量が少なかった。
午後出掛けて、多摩モノレールと京王線を乗り継ぎ「三井アウトレットパーク 多摩南大沢」へ。多摩モノレールを利用するのは二度目で、長い距離を(って、基本ゆっくり走るからじっさいの距離はそんなでもないのかもしれないが)しみじみ乗ったのははじめて。ユナイテッド・アローズのアウトレット店でシャツを四着買う。たしかにまあ安い。都合でほかの店にはほとんど入らずに、シャツをまとめ買いするという目的だけ達してそそくさと帰途についた。
夜、「高橋明大2days」の二夜目、『最後の怪獣』(65分/2007年)を池袋シネマ・ロサで。これも当方、初見である。
いやあ、よかったね。終映後の打ち上げの席でいせ(ゆみこ)──いせは『ある光』のほうを未見だそうなのだが──『ある光』とどっちがいいですかと訊かれたときには、選べと言われればまあやっぱり『ある光』かなと答えたものの、もちろん容易に優劣を言えるような二作品ではなくて、『最後の怪獣』は『ある光』ともまたはっきり異なったありかたをする作品であるのと同時に、『ある光』の監督がその二年前に撮った作品として──あるいは、これを撮った監督がその二年後に『ある光』を撮ったのだということについて──ひじょうに納得させられる作品であった。
これも打ち上げの席で、柳沢(茂樹)君が「友だちに勧めやすいのは『最後の怪獣』かな」と言っていたのはなんとなくわかる気がする。つまり、さまざまなレベルにおいて『ある光』よりも〈わかりやすい〉のが『最後の怪獣』であるからだ。まずあれですね、『最後の怪獣』のほうが、「この監督、じつはすげえうまい」ということがよくわかると思う。はじまってタイトルが出るまでのところなんか、それこそ〈娯楽映画〉としても完璧じゃないかと思わせるようなスムーズさでたたみかけ、ぞくぞくさせられる。そして、物語としても『最後の怪獣』の場合、最終的にどうなればこの作中の人物たちが救われるのかということがはっきりしていて、その意味でも観客の意識は〈結末の予感〉へむけて集中しやすいということがあるだろう(いっぽう、どうなれば救われるかが皆目わからない物語として『ある光』はあらかじめ設定されている)
しかし、である。そうした物語であるからこそかえって、ラストシーンにむけ、安易に盛り上がる(解決へ登りつめる)ということを演出が拒否しているということもまたわかりやすく見てとれるのであり、ここに、まちがいなく二年後の『ある光』への萌芽があることをわれわれは知る。『ある光』のときと同様、「お、これは何か起きるぞ」「さあこっから盛り上がるぞ」とはっきり思わせるシーンがありながら──それは終盤、柳沢君がいせの携帯電話に公衆電話からかけるところで、けっきょく何も言葉を発せずに通話を切った柳沢君が電話ボックスから出たあとの、その電話ボックスの「ドアが閉まる音」である。これ、あきらかに「ゴジラの咆哮」だろう。いや、じっさいにゴジラのそれを用いているかはわからないが、その音ははっきりと、志村喬らが山あいに出現したゴジラに遭遇し、はじめてその姿を目撃するシーンの、あのゴジラのコントラバスの音色を想起させるのだ!──、しかし映画は、ほとんど肩すかしを食わさんばかりのリズムでもって、そこからラストへむけ、単純な盛り上がりを周到に迂回しながら進んでいくのであり、そしてまた、観客がはじめに予感したものとは微妙に異なるものであるだろうあのラストカットが、しかしあれで充分すぎるほど〈解決〉なのであり、言ってみればこれよりほかの〈解決〉などあるだろうかということを、周到に納得させていくのである。
いやあ、よかったね。もうね、(書くの疲れたし)あとはばかみたいなことしか言わないよ。いせゆみこがすげえかわいい。大好きだ。足立(智充)君すげえいい。上村(聡)君は、ああした(悪役ではないけど)悪意のある役をやらせるとすばらしいね。南波(典子)さん、よかった。終盤の上村君とのやりとりには、なにやら「ロマンス」さえ発生しかねないほどのかわいさがあった。松永(大輔)君と持山(優美)さんはすごくずるい(ま、ずるいのはおそらくああいうかたちでふたりを配してくる監督なんだけど)(鈴木)将一朗の笑顔なしにこの映画のラストはありえなかったし、笠木(泉)さんはなんだよ、あれだ、集会が終わって帰る(カメラにむかって歩いてくる)ところがやけに印象深かった。そしてもちろんわたしは、関(寛之)君のことを忘れているわけではない。元気かな、関君。きょう会ったけど。でまあそうだな、柳沢君は、なんでしょう、今度野球でもしましょう。俺ぜんぜんできないけど。

本日の参照画像
(2009年6月15日 14:42)

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