6
Jun.
2009
Yellow

最近のコメント

リンク

広告

/ 30 Jun. 2009 (Tue.) 「六月はほんとよく書いた」

27日付の「精力的な一日」に、京都の児玉君からコメントをもらう。

日記を読ませてもらい、同居人が「地点」の公演に出演したことがあることから、すぐさま「制作の田嶋さんはかわいいのか?」と訊ねたところ、「かわいい」との返答を得て、「そうかー」と思った次第です。それだけで申し訳ないのですが。
あ、御存知かもしれませんが、こちらに田嶋さんのインタビュー記事があります。

 そのインタビュー記事は知っていた。写真が載っているのだが、先日お会いしたときの印象よりもぐっと「若いなあ」って感じで写っていて(記事は「2006/秋」のものらしい)、いやその、いま「若くない」って意味じゃないけども、ちょっと印象がことなるのだった。
あ、そうそう、インタビュー記事の写真でもなんとなくわかってもらえるかもしれないが(って、わかるのは一部の知り合いだけだが)、先日お会いした田嶋さんは、わたしの知人(上山恭子さん)にちょっと似てもいたのだった。というわけでどうだろう恭子ちゃん、『あたしちゃん、行く先を言って太田省吾全テクストよりの本公演はまず今年の九月に京都であり(東京公演は来年一月「吉祥寺シアター」)、それ、行っちゃおっかなあと思いつつあるわたしがいるわけだが、恭子ちゃん(愛知県在住)もそれなら行けたりするんじゃないのか(回によっては託児サービスもあるよ)。いや、誘ってるのはべつに「似てるから」じゃなくて(それも大きいけど)、舞台がきっとおもしろいからだ。上山君はどう? 永澤は?
山本(圭祐)君のブログに、こう書かれてあったのはわたしもうれしい。

相馬さんと少し仲良くなれた事を嬉しく思う。意外と人見知りせずに喋れた。聡明な方だ。
お:「五人姉妹」ありがとうございました。

 はっはっは。古い友人たちにはすっかりバレているように、じつをいって「褒められたがり」なのがわたしだ。褒められると、よわい。すぐバカになる。まず二時間は口あけて空見てるね。映画『ルパン三世 カリオストロの城』のなかで次元大介が口にする、「次元サマだと」の口調でもって、「聡明な方だと」とつぶやきかねない。目の前には、婚礼用の白いドレスを着た山本君がいるだろう。いるのかあ。そうかあ。どうしたもんかな、それ。
いやまったく、六月はよく書いたね。刺激的な舞台や映画を多く観たってことがやっぱり大きいだろうか。猫たちもいろいろあった。結婚記念日も今月だったが、もうだいぶ前のことのように感じる。七月はどうだろうか。量はともかくとして更新を切らさない方向でひとついければと思うが、どうなるかはわからない。急にウィンドサーフィンに目覚めないともかぎらないのが人の常だ。そうなったらさっぱり更新しなくなるかもしれない。あるいは風と波のことしか書かなくなるかもしれないが、そうなったとしても変わらずご愛読いただければさいわいだ。
というわけで、もう一回ぐらいやってみましょう。これがよかったって回があれば投票をお願いします。

本日の電力自給率(6月30日):30.4% 六月通算では「54%」。

(2009年7月 1日 23:25)

関連記事

/ 29 Jun. 2009 (Mon.) 「『五人姉妹』雑感」

いまになり『五人姉妹』の当日パンフレットに目をとおす。読んでいなかった。
表紙に柱時計のイラストがある。針は10時10分から11分のあいだぐらいを指していて、針のかたちがもっとも美しいとされる「10時10分」から僅かばかりずらされることによってそこに動きが──不可逆の動きが──刻印されている。はじまりのときは〈すでに〉過ぎたのだ。もはやはじまりのときではない。そして、静止するイラストがたくまずして示すように、はじまりのときは〈つねに〉過ぎるものでもある。つねに過ぎるものがあるとすれば、それはつねに呼び返されるものでもなければならないだろう。くり返し反復される〈時間〉こそが『五人姉妹』の世界なのだと、イラストは示すものである。
先日の本公演が〈白が黒になる(までの)物語〉であった以上、それは〈黒になって以降の時間〉を描いた準備公演の手前に、象徴的に位置するものだ。ずれと反復の過剰さのなかで、目指されるのは原初の時間である。習慣が習得される以前の時間。それはあるいは中原中也の言う、

「これが手だ」と、「手」といふ名辞を口にする前に感じてゐる手

なのかもしれない(『芸術論覚え書』)。しかし、そんなものに──まったき〈はじまり〉に──生身の人間が触れうるはずもない。
芝居の稽古もまた、〈ずれと反復〉のようなものとしてある。そして目指されるのは、あたかもいまだ台本を目にする前であるかのような〈新鮮さ〉だ。
習慣とは反復のことである。だが、それが習得されうるのは、逆説的ながら、その反復にずれが含まれているからなのかもしれない。不可避にずれが含まれてしまうのはもちろん、生きているからである。
〈生/反復/ずれ/五人姉妹〉と〈死/一回性/固定/大伯母〉。そんな図式化にいったい何の意味がある?
劇中で物語の反復性を保証するもののひとつが、翌朝、前言をひるがえしてけっきょく姉妹のもとから去ることのない執事である。ラストシーンのその朝はたしかに翌朝であるにもかかわらず、執事が「去らない」ことによって、あたかもまた同じ一日のくり返しがはじまるかのような錯覚が与えられる。去るはずだった執事は、彼女らのもとを去った〈死者〉たち──母、大伯母──の列に連なるはずだった者である。姉妹を経済的に支えているところの大伯母の会社を継いだ長女は、その代償であるかのようにして異常に長い睡眠──いわば〈仮死〉──を身に抱えてしまう(じっさい妹たちは何度も「死んでいる」のではないかと疑い大騒ぎする)。しかし執事は去らず、長女はまた目を覚ます。生きているからだ。〈仮死〉を抱える長女だが、彼女を直接的な〈事故死〉から救ったのが母なのだとすれば、母という項を単純に〈死〉の側に置くことは妥当だろうか。死者もまた反復する、などと書けば、たんに論が立たなくなるだけか。死の回帰が生の反復にずれを与えるということはあるものか。
舞台を二度支配する「暗闇」をどう考えればいいか。差し挟まれる〈仮死〉。長女が目覚める直前の、まさしく原初の時間を思わせるその闇はしかし空虚ではなく、それこそ開闢のときの宇宙がそうであったろうように高密度な何かである(じっさい、何も見えないなかで役者たちは必死に、明るくなるまでに奇跡的な段取りをおこなわなければならない)
つまるところ〈黒〉が喪服なのだとすれば、なんだ、「ひとは生まれて、死ぬ」ってことか。つまらない読みだよ。けれどそれ以外に、では、何がある?
〈輪廻〉。彼女/彼らはまた、いつかことなる舞台のうえにことなる生をうけ、輪廻するだろうか。たいへんだなまったく、役者は。
記憶では、準備公演の舞台上、背後の壁にはちょうど当日パンフレットのそれのような大きな時計が存在した。そして、本公演の舞台にそれは存在しない(少なくとも、文字盤をうかがい知れない腕時計のサイズにまで小さくなって存在した)。おそらく、もはや〈時間〉を示す装置は必要なかったのだ。それこそ稽古のたまものか、彼女/彼ら自身が〈時間〉となったのである。

本日の電力自給率(6月29日):96.8%

(2009年7月 1日 12:34)

関連記事

/ 28 Jun. 2009 (Sun.) 「土俵とラーメン」

きのうの日記を更新したあとで、あ、忘れたと思ったのは稲毛(礼子)さんのことだ。飲んだあと、大半のひとと吉祥寺駅で別れてから稲毛さんとふたり下りの中央線で帰ったのだった。なんだかんだいって稲毛さんとゆっくり話すのはこれ、はじめてじゃないのか。「がんこでしょ?」「がんこですよ」などと(って、そんな抜粋もないもんだけど)いろいろ話した。いや、それだけである。たいした話ではないのだが書いておこうと思ったのだ。初日に観たときの感想を日記にアップしてあるよと伝えると、「いや、こわいので公演が終わってから見ます」と言っていたが、そんなもうね、最近はほぼ役者を励ますことしか考えてないようなサイトですようちは。
町内会の「体育部」という組織で「副部長」の役をもらってしまっていて、それで今朝はちかくの神社へ行き、二週間後ぐらいにある地域の少年相撲大会のための土俵造りと、造ったあとにその土俵を祓い清めてもらう土俵祭りとに参加する。造るといっても土俵自体はすでに(というか通年で)屋根付きのしっかりしたやつが境内にあって、その俵の内側の土をメンテナンスするのが主な作業だ。なかなかに歴史は古いと見え、要領を得ている各年代の大人たちが集まっていて、わたしはもっぱら竹箒でまわりの落ち葉掃きを担当する。竹箒は(というのはつまり砂や砂利を掃かずに落ち葉だけ掃くのは)なかなかにコツがいり、その感覚を思い出すのが楽しい。「竹箒の魔術師」と、いつかは呼ばれてみたいものである。さすがに昨今は下火になりつつあるようだが、少しさかのぼりさえすれば少年相撲はなかなかに盛り上がったイベントらしい。昼前にすべて終わって、ビール一缶といなり寿司とをもらって帰る。
そのいなり寿司のしたたるような油にやられたか、腹が痛いと妻が言い出し、遅めの昼食はひとりで外に食べに行く。ごく近所で老夫婦がいとなむ中華の定食屋にはじめて入った。悩んだ挙げ句に「ラーメン 500円」を注文。うまかった。実家に帰ったときにしばしば食べる出前のラーメンとほぼ同じ味。チャーシューこそ豚であるものの(と言っても伝わらないだろうが、実家で出前をとる店はなぜか鶏肉なのだった)、そのほかの印象はほぼいっしょである。ただ、そのラーメン一杯がなかなか出てこない。ふと目を上げて厨房を見ると、ラーメンのどんぶりを前におやじさんが何ごとか指さし確認している。しかしだ、出てきたラーメンはうまかった。「レシピ」ってやつの堅牢さを思う。あるいは、ここで指さし確認をするといったことも含めて長年かけて形成されたひとつづきの動作の記憶なのかもしれない。ともあれうまかった。
夜、『ブルース・ブラザーズ』のDVDを見る。どんな話だったかというのをいろいろ忘れている。
本日の電力自給率(6月28日):21.1%

(2009年6月30日 01:21)

関連記事

/ 27 Jun. 2009 (Sat.) 「精力的な一日」

ずいぶん精力的な日だった。
まず午前中はロビンを病院へ。あまり尿が溜まっていない状態だったので注射での直接採尿がむずかしく、カテーテルをとおしての採尿となる。白血球の量など尿の成分数値はかわらず。膀胱を包む何層かの膜の、深いところの細胞が剥がれ落ちて尿に混じっているのが確認された。あるいは細菌性の膀胱炎ではないかもしれないとのこと。年齢的なこともあり、腫瘍ができている可能性も否定できない。オスの場合、はっきりこれが原因であるという確定診断をおこなう(膀胱内にカメラを入れる)のがじっしつ不可能なので、超音波検査や尿検査などをもとに疑わしいところを疑っていくしかないといい、「重度の膀胱炎」と「腫瘍」の二方面にかまえたうえで、ひとまずは予定どおり、もう少しだけ細菌を疑ってみることになる(で、きょう直接採取した尿は菌の培養検査にまわす)。といっても、ロビン本人はいま、いたってご機嫌に暮らしている。またちがう抗生物質(四種類目)が処方され、例の「すごくにがい錠剤」は飲まなくてよいことになった。
診察から帰って30分ほど休憩したのち、ふたたび出かけて、新百合ヶ丘へ。「地点」の三浦基さん構成・演出による舞台『あたしちゃん、行く先を言って太田省吾全テクストより行程2』(7月3日〜5日、川崎市アートセンター)の、「公開ゲネ」に参加する。「地点」のサイトで告知されていたのを見、申し込んだ。15時開演で作品は75分ほど(だったかな? 時間のことをよく覚えていない)、終演後に「座談会」があって、三浦さんをはじめ出演者・スタッフのおそらくほぼ全員が参加するかたちで観客との対話をおこなう。
その座談会なのだけど、これ、公開ゲネのことを告知しているのが「地点」のサイト内だけで(たとえば「川崎市アートセンター」の公演情報ページなどには案内がなくて)、そのことをかんがみても「こりゃ、相当覚悟がいるな」というか、かなり参加意識高くして臨まないとだめなんじゃないかと(勝手に)考え、観終わってすぐに何か言葉を発せられるようにという頭でもってもう必死になってゲネを観たのだった。むろんメモこそしなかったものの、いつもの倍は集中したね、わたしは。
はじめに配られた紙には座談会の進行について、ダンスの世界で採用されている「クリティカル・レスポンス・プロセス」という方法を借りるとあり、

  1. ご参加のみなさまから 作品をみて、心に残ったこと
  2. 作り手より 作品について、みなさんにお聞きしたいこと
  3. ご参加のみなさまから 作品についての質問
  4. ご参加のみなさまから 作品についての意見

という具体的な流れが記されていて、最初の「作品をみて、心に残ったこと」というのを、まあ「じゃ、端から順にどうぞ」となるのを覚悟し、休憩の10分のあいだにばーっとメモしてまとめる。で、じっさいには「では、発言されたい方は挙手で」となって、だれもほかに挙げないようなので先に手を挙げ、メモしたことを──例によってわたしの場合、(舞台上のいろいろをテクストのように受容したうえでの)テクスト読解的な〈読み〉が主体になるのだけど、そういったものを含めて数点の感想を──だだーっと五分ほど(もっとだったかな?)一気にしゃべったのだった。
それがはたしてうまく「口火を切る」かたちになったか、はたまたある種の発言を抑圧することにつながったかは(結果的にそういった印象はまったくなかったとはいえ)わからないが、全体的に熱心な参加者が多かったのはたしかで(『be found dead』に出演した村尾さんの顔もあった)、その後ぽんぽんと発言はつづく。終了予定時刻の18時まで(だから、一時間半ぐらい?)、たっぷりの対話が行われたのだった。
あ、その場でしゃべった舞台の感想については「ゲネ」だってこともあるし割愛。わたしからは「ただただ刺激的だった」ということだけお伝えしておきたい。
それでもってそそくさと会場をあとにし、新百合ヶ丘を18時09分発で出ると、下北沢で乗り換えて18時50分に吉祥寺に着く(じっさいには混雑による自然遅延?があって53分ごろ着)。「吉祥寺シアター」まで走って、二回目の『五人姉妹』観劇。ね、精力的でしょ、きょうは。
もう一度観ようと思ったのはべつに「より物語を理解しよう」とか、「初日とどう変わっているだろうか」といった興味からではなくて、たんに(同語反復で答えになってないけど)「もう一度観ようと思ったから」だ。言ってみれば、(もう会えないだろう)舞台上のあの六人にもう一度会っておきたかったってことですかね。「地点」の公開ゲネおよび座談会からつづけてなので、疲れた状態で観ることになるかなあとも思ったものの、「地点」からの連続だったことは逆にポジティブにはたらき、なんというか「フラット」な心持ちで客席に座ることができたのだった。ただただ開演を楽しみに待つという状態で数分間、真正面のセットを見つめる。
きょうは観ながら、途中、「ドリフでいえば誰が誰か」という問いを思いつき、しばらく考えたものの、まったく何も有意義な答えを得ることはなかった。その場合もちろん六人目の山本君(「執事」役)「すわしんじ」ということになるのだが、しかし劇中、まったくストレートに「志村!うしろ!」という構造になるシーンで志村の位置にあるのは山本君だ──などなど、いちおう考えはしたものの、なにひとつ得るものはなかった。終演後に笠木(泉)さんに聞いた話では、(鈴木)謙一さんは「スマップでいえば誰が誰か」という問いを立てていたそうで、なるほど、そっちの問いのほうがまだ有効だったなと感じ入る(この問いも「六人目」を扱うことができるしね)
って、きょうの感想はそれだけかよとお思いのむきもあるかもしれないが、まあいいじゃないかきょうのところは。そうそう、前回の感想で書いた〈白が黒になる(までの)物語〉〈はじまりの時間へと向かう冒険〉という読みをきょうの終演後に映像の高橋(啓祐)さんに話したらとても面白がってくれた。まあ、あれのつづきも書けたら書きたいけれど、それはまた後日。つまりあれですね、どんなに(矢内原)美邦さんが「物語がわからない」ことを悩もうが、受け手はそれこそ〈わるいクセ〉のようにしていかようにでも物語を紡いでしまうってことですね。まったくわるいクセです、わたしのは。
終演後には出演者らも含め、わりと大勢で飲みに行く。翌日(楽日)にむけては唯一山本君のノドだけが心配されたが、さて、山本君の声はなんとかもったろうか。
本日の電力自給率(6月27日):100%

(2009年6月29日 14:27)

関連記事

/ 26 Jun. 2009 (Fri.) 「さまざまな訃報」

会社帰りにTSUTAYAで『ブルース・ブラザーズ』(ジョン・ランディス監督、1980年)のDVDを借りた。しばらく前に夕食の席で、「パート3」の制作が決まったという『ゴーストバスターズ』の話題をもちだすと、「わたし『ゴーストバスターズ』って見たことない」と妻が言い、「うん、ぼくも見たことないんだけどさ」とよくわからない会話になったが、そもそも、(ビル・マーレイはわかるが)ダン・エイクロイドがぴんと来ないと妻はいい、「あれだよ、前に見せた『サタデー・ナイト・ライブ』のビデオで、スティーブ・マーティンとふたりで『チェコのバカ兄弟』というネタをやってた背の高いひとだよ」というわたしの説明がまったく親切なものでないことはさておき、『ブルース・ブラザーズ』も見たことがないのだという。それは知らなかった。結婚六年目にしてはじめて知ることというものはあるものである。
そのときの会話を思い出し借りてきたのだが、それがまったく思いがけず、ごくごく遠回りな追悼行為にあたることになるというのは、監督のジョン・ランディス(『サボテン・ブラザーズ』の監督でもある)が、なんと「スリラー」のPV(1983年)のディレクターでもあるからなのだった。とあるブログの記述でたまさか知った。(ちなみにそのブログでは最近、古本屋で見つけてまとめ買いしたらしい1977年〜78年の『少年チャンピオン』から『マカロニほうれん荘』の表紙イラストやカラー扉などを掲載していて、それがなつかしくてしょうがない。)
さて、マイケル追悼ということでいえば、身近では熊谷(知彦)さんの、

当たり前のことを言い過ぎた。

で締め括られるこの記事がなんだかやけにかっこよかった。さすが、舞台上でふと見せる表情がときおり石坂浩二に似ていたりするひとの言うことはちがう。
また、次兄(そうまあきら)「それとは別の訃報」という記事を書き、スカイ・サクソンの死について触れていた。

マイケルの陰に隠れたうえに、ファラ・フォーセットの陰にも隠れて、どこも取り上げてくれない気がするので、ここに書いておきます

スカイ "サンライト" サクソン氏が亡くなりました

この二月のラックス・インテリアの訃報に続き、またしても「ボクのアイドル」的な人が亡くなりました 15分で作ったという名曲はこちら↓↓↓

ところで、やっぱりヤホワ13は買わないといけないのか? そんなことはないか?
それとは別の訃報 | 制作日記ブログ | 『不思議の国とアリス』 - ニブンノイチケイカク

 弟(わたし)はまったく知らない名前なのだが、いったい〈誰〉なのかはこんど兄に聞くことにしよう。

本日の電力自給率(6月26日):89.9%

(2009年6月28日 09:37)

関連記事

/ 25 Jun. 2009 (Thu.) 「咀嚼」

『五人姉妹』準備公演時の宣材写真。ここに切り取られているのは、あるいはまだ母と暮らしていたころの〈純白のとき〉かもしれない。

しかし、準備公演の彼女たちは黒かった。

そしていま、彼女たちはふたたび白い。

タイトルについては、なぜきょうの文章にそんなタイトルが付けられているのか、いっさい問わないでもらいたい。諸事情だ。諸事情があるのだった。あるいは書いているうちに、奇跡的にタイトルと符合するような内容にならないともかぎらないけれど、あらかじめ言っておけば、そうなったとしてもまったくの偶然でしかない。
会社をほぼ定時にあがって吉祥寺へ。「吉祥寺シアター」で『五人姉妹』の初日を観たのである。
というわけで、わたしの立場がどのようなものであろうと、否応なくこれは「ネット上の評判」という恰好になって、たとえば「五人姉妹 感想」といったキーワード検索でもって「よかった」のか「わるかった」のか探りを入れに来るような、そうした読み手の欲望にもとうぜん開かれているものとしてこの文章はあるが、じゃあ先に、そういった人たちのための答えを書いておこう。よかった。以上、そういった人たちとはここでお別れである。ばいばい。
さて、では、と先を書きすすめようとしてまず念頭に置かなくてはならないのは「初日」だということであり、あと4ステージ(日記がアップされるころには3ステージかもしれないが)残っていて、「これから観る人」のことは多少なりとも考慮しつつ書かなければならない。小屋入りして以降なおもつづく「変更につぐ変更」こそが日々舞台を支配しているらしい(そして、していくだろう)今作においては、逆説的ながら「初日」や「楽日」といった言葉が意味をなさず、全ステージがそれぞれ(あたりまえながら)一回性のものとして、あるいは単独性のものとして存在し、その本番四日間の挑戦をたんに進化論的な流れのうえに語ることがさほど適切ではない(忘れてはならないが、ダーウィンの進化論はつねに退化論とセットである)ことがまず言えるとして、で、それなにが言いたいかというと「初日を観ただけじゃまだなんとも言えない」といった言い方がこの舞台においてははなから成立しないだろうってことだけれども、それはそれとして、ともあれ「これから観る人」のことを考え、おのずと感想は抽象的なものになるだろうし、なによりいま(この下書きをノートに書いているのは26日未明、帰りの中央線のなかだが)、わたしは酔っ払っている。終演後に、観に来ていた高橋(明大)君、いせ(ゆみこ)さんらと連れだって居酒屋に入った。舞台の感想についてはそこでいせさんが熱っぽく語っていたところのものにまったく同意する。それ以上わたしが付け足すことなど何もないと言ってよく、いせさんがほぼ言い尽くした。惜しむらくは読者のみなさんがあの居酒屋にいなかったことだが、なぜいなかったのだろうか。いればよかったのに。感想のことならわたしの分も含め、いせさんに訊いてくれと言いたい。そして、高橋君の顔の大きさがだいたいどのぐらいあるかについてはわたしから答えよう。1メートル弱だ。
観はじまってからはなるべくそうしたことを考えないようにしていたものの、事前に、少しは「この日記にどういう切り口で書こうか」と戦略を練ってもいて、あまり時間をおかずに更新しなければならない日記にある程度まとまった文章を載せるためにキーワードのアタリも付けていたのだったが、まあ、たいしたことではなく、かなり容易なところの予想だとはいえ、その予想がかなりあたってしまったことにわれながら少し驚いているということがある。つまりわたしは本公演にさいして、おそらくそれは〈白と黒をめぐる物語〉になるだろうと思っていたのだ。
というのも、準備公演にさいして撮られた宣材写真には白い衣装を着た五人が写っていて(また、チラシの写真も白っぽい服装だった)、そのつもりで行ったところが、いざ幕を開けた準備公演の五人の衣装は黒だったということがまず印象としてかなり残っており、そして今度、その黒のイメージ──本公演のチラシにある姉妹の横顔のイラストもまた、ニブロールのサイトのFlashを見るとよくわかるようにそれは、それぞれ微妙に異なる色彩をもった五人の顔が重ね合わされることによってそう見えているのだが、黒い──をひきずりつつ本公演を待っていると、ふたたび、直前に撮影されて(矢内原)美邦さんのブログなどで紹介された写真(公演中、劇場にて写真展のようにして展示されている)では、やはり、満を持したように五人は白い衣装をまとっているのだった。
そういったわけで、本公演は〈白と黒をめぐる物語〉になるだろうという単純な予測を立てたわけだが、中盤、映像とともに中原昌也さんの音楽がかかるところで遅ればせながら気づいたというのはつまり、これが〈白が黒になる(までの)物語〉だということである。
だとするならば、とさらに考えれば、「準備公演」と「本公演」との時間軸上の関係を逆転させることがとうぜん可能になるだろう。つまり、〈黒になったのちの時間〉としての準備公演が想定可能なのであり、それがどういうことなのかといえば、本公演は、より〈原初〉へ、〈はじまりの時間〉へとさかのぼる冒険として機能するということだ。そしてそのことが、戯曲上で言われる〈宇宙〉という言葉とも符合していくことについてほんとうはこのさき論を進めていきたいところだが、それはまた公演の終了したころに、あらためて書くことにしよう。なにせ酔っ払っていることだし。
本日の電力自給率(6月25日):37.9%

本日の参照画像
(2009年6月26日 18:01)

関連記事

/ 24 Jun. 2009 (Wed.) 「きっと大丈夫ですよ」

なるべく手短にいきたいと思っている。慣れはおそろしいもので、どんどん書いてしまうのがいけない。奇しくも『五人姉妹』は「習慣の習得」をめぐる物語であったわけだが、ほら、こうしてまた書くつもりのなかった話に接続しようとしているのがいけない。なるべく手短にいきたいと思っている。
夜、寝室の床まである窓を細めに開け、網戸にして風を通そうとすると、ポシュテがその網戸をのぼっていく。いつのまにか網戸の最上部まで行ってしがみついている。破かれては(そうして外に出られては)困るのですぐに下ろし、窓を閉めざるをえなくなって不自由だ。ここのところ妻は昼夜が逆転気味なのだが(なんとはなしにサイクルがずれていった結果そうなっているようなのだが)、きょうの明け方ちかくにふと目を覚ますと、妻がものすごいいきおいでポシュテを叱っていた。なにかしたらしい。
妻はよく夢を見、ときたまその夢を報告してくれるのだが、きのう寝るまえに聞いたそれがやたら可笑しかった。布団のなかでとろとろしつつ聞いたせいか爆笑してしまった。なんだったっけかなあ。あそうだ、家に泥棒が入った話だ。
まあ、長い夢で、紆余曲折ヘンな要素はさまざまあるのだが、それでいよいよ妻が警察に電話をかけ、いまうちに泥棒がいることを通報した。ばらばらとパトカーが何台も駆け付け、二、三十人もの警官がわが家のまえに集まったのだが、見ると、全員婦人警官なのだという。
本日の電力自給率(6月24日):31.2%

(2009年6月25日 16:18)

関連記事

/ 23 Jun. 2009 (Tue.) 「ロビン、調子に乗ったり泡を吹いたり」

『太田省吾の世界』[DVDボックス]

買ってしまいました、『太田省吾の世界』。そのなかから1996年の『更地』(作・演出:太田省吾/出演:岸田今日子、瀬川哲也/於:藤沢市湘南台文化センター)を見る。NHKが収録し、「芸術劇場」の枠で放映された映像らしい。先日の『更地』を演出した阿部初美さんは1992年、『更地』の初演のときに客として太田さんの舞台にはじめて出会ったそうだが、映像にはその阿部さんの名前も「音響」としてクレジットされている。ああ、生で観たかったものだと思うが、ともかく「観てない」んだからしょうがない。1996年といえばちょうどこの(むろんこんなかたちはしてなかったが)サイトをはじめた年である。わたしが個人サイト運営をはじめたその年は、こんな年でもあったのかと、『更地』を見つつ想う。
瀬川さん演じる「夫」(戯曲上は「男」)もまた、やっぱり「ばか」だった。先日の日記に書き漏らした感想をいくつか思い出したというのは、つまり言葉のつよさということだろうか、役者や演出、美術のちがいを超えてほとんど同じ印象を抱かされた箇所があり、ひとつにはやはり、「夫」の「夫」ぶりに対応する「妻」の「妻」ぶりだ。セリフで言うならば「そうなの?」である。

「安全であることがわかっている棲家から、動物は飢えの恐怖や性の欲求に促されて、死の危険を孕む空間に出てゆく。それが旅であり、それがそのまま生きるということなのである」……旅とはそういうことなんだ、すごいじゃないか。
そうなの?
なにがだい。

『更地』「2 住居跡」(『太田省吾劇テクスト集(全)』p.494)

 役者による発話が伴わないとなんともニュアンスが伝わりにくいとは思うが、夫の言葉を承け、疑問形で返された「そうなの?」はそのじつ強い合意と納得の調子を響かせるのであり、響かせるからこそ、その合意が孕む夫との解釈のずれを決定的に露呈させる。そうなのです、そのずれ──他者性──の露呈においてこそ、「妻」はじつにいとしいのです。

日曜日(21日)にまたロビンの尿を採取し、病院へもっていった。直前の二日間ほどは、療法食のカリカリをほぼ口にしなかった。飽きたのである。ウェットタイプのそれはすでにその前に飽きていて、加えて二度ほど、食べた直後に吐くということがつづいたので与えるのをやめていた。カリカリ一本にしぼり、そう簡単に折れるわけにもいかないのでほかのエサは与えずに、なんとか空腹に訴えようと図るが、ほかの二匹はちがうものを食べている(=このカリカリしかないわけではない)ことがバレバレであることもあってか、がんこに食べない。体調がわるいわけではなく、食欲があるのはあきらかで、「これじゃないあれ」を催促して顔を輝かせている。金曜にはいよいよ(こちらが)折れて、市販の「シニア」用カリカリを療法食に混ぜたが、「混ざっている」というのがまずお気に召さないらしく、けっきょく「シニア」だけ選り分けてやっと何粒か食べる程度である。
採尿はふたたび難航。あまり食べていないせいかまとまった量の尿をしてくれず、したらしたで、しっかり砂の上にして採取できない。ようやくゲットしてもっていったが、あまり晴れやかな検査結果ではなかった。尿石(結晶)などは生じてなく、pH値も「6.5」と落ち着いていてその点ではいいのだが、例の膀胱炎のほうがほとんど改善せずであるらしい。ここ何日かはトイレに行く回数も減ったように感じられ、粗相も(ゼロではないが)減って、はたで見ているぶんにはだいぶいいのかと思っていたのだったが、数値的には変化が見られないという。来週はロビン本人も連れてきて、(余計な細菌が混ざらないよう)膀胱からの直接採尿をおこない、尿中の菌を培養してどの抗生物質が効くかを見きわめる検査にまわしたほうがいいかもしれないということになる。で、ひとまずまた種類のちがう抗生物質を一週間分処方されたのだが、この薬(錠剤)が、「すごくにがい」のだという。いっしょにオブラートも渡された。
食餌のことを相談すると、では、市販の缶詰に療法食のカリカリを混ぜて与えてみてください、ということになった。尿石ができやすいということで言えば、市販のカリカリがいちばんよくないのだそうで、市販食で比べるなら缶詰のほうがいいらしい。また、これまで試していない(前のときはサンプルの在庫がなかった)カリカリがあり、「フィッシュテイスト」とパッケージに書かれたそれは比較的うまいらしく、「これなら食べる」という猫も多いとのことでそのサンプルをもらって帰る。
というわけで、「調子に乗った」というのも「泡を吹いた」というのもなんとなく察していただけたかもしれないが、まず後者からいけば、「オブラート!? それって逆に飲ませづらくない?」という妻が、その錠剤を(ほかの薬でやっているように)そのままロビンの口に押し込んだのだった。みるみるうちに、大量のよだれが泡状になってあふれ出る。薬はすぐに吐き出し、ものすごい泡と粘りのよだれを垂らしながら、それをまき散らして部屋を右往左往するロビンだ。いやあ、そんなにがいのかあ。申し訳ない。大人しくオブラートに包めばよかったといたく反省する(包んで丸めてから指で水を含ませるとうまい具合に固まる)
さすがにちょっとションボリしていたロビンだが、しかし、「調子に乗る」までにさほど時間はかからなかった。なにせ、要は「市販の缶詰解禁」である。病院の帰りにダイエーで、「11歳からの」「7歳からの」と謳われた高齢猫用のそれから、汁気の多そうなものを選んで十種類ほど買ってきてある。よりどりみどりなのだった。
というわけで、日々(一日一回、1/3錠ずつ)にがい薬を飲まなければならないことをのぞけば──オブラートにさえくるめば基本問題ないのだが、一度、うまく与えたつもりがどこか口のなかに引っ掛かっていたか、しばらく経ってから泡を吹いたことがあって、なかなか油断がならない──、いたってご機嫌に暮らしているのがロビンである。ふがふが食べている。もうすっかり気をよくしたのか、療法食のカリカリも(飽きていたやつを含め)しっかり食べているのだった。
そしていま問題なのは、去勢後もちっとも性格の変わりゃしないポシュテの、夜な夜なの乱暴狼藉ぶりなのであるが、その話はまた後日ということで。
本日の電力自給率(6月23日):73.0%

本日の参照画像
(2009年6月25日 12:37)

関連記事

/ 22 Jun. 2009 (Mon.) 「吉祥寺で会おう」

ミクニヤナイハラプロジェクト『五人姉妹』(6月25日〜28日/5ステージ)はいよいよ間近に迫っている。わたしがここに書いたところでどれほどの影響力があるかわからないが(知人たちの多くはあらかじめ行く予定でいるだろうし)、ま、行ってみてはどうかと思うのだ。吉祥寺である。いい街ですよ。ついでに吉祥寺でうまいラーメンでも食べていけばいいと思うのだが、わたしの知る、吉祥寺にあったほんとうにうまいラーメン屋はもうずいぶん前に閉店してない。その場所にはいまべつのラーメン屋が入っているが、比ぶべくもないふつうの味だった。ほんとうに残念であり、あのラーメンが食べられないのだったら、いったい吉祥寺に行く意味とはなんなのか。
「レンガ館モール」の2階にあるレンタルビデオ屋の「DORAMA」はどうだろうか。そこにはそのむかし、『怪奇大作戦』の第24話「狂鬼人間」──現在欠番扱いで、近年出されたVHS・DVDには収められていない(1995年のLDボックスには収められたが、はたして収められたためだろうか、発売日当日に店頭から回収、そのまま廃盤になった)──が入った、古いVHSのテープがあり、借りることができた。言うまでもなくこれは貴重だ。わざわざ吉祥寺まで行く甲斐があるというものである。ただ、「DORAMA」にはもう何年も立ち寄っておらず、DVDすら全盛をすぎたこのご時世に、いままだ置いてあるのかは知らない。ないんじゃないかと思う。そしていま、その「狂鬼人間」は海外の動画共有サイトなどで見ることが可能だ。じゃあべつに、吉祥寺に行かなくてもいいじゃないか。
十五秒ほど、いったい何の話だったろうかと考えたのだった。『五人姉妹』である。ちょっと上を見たら書いてあった。
出演する笠木(泉)さんには少し前、「おれに(感想を)A4四枚は書かせろ」と書いて激励のメールを出したが、いまのうちに言っておけば、そんなには書けない。ずいぶん書いたと思えるきのうの日記が、しかしプリントアウトすればA4二枚であり、そんなものかと思ういっぽう、じゃあ字数はというと4,037文字あり、単純計算で原稿用紙10枚だ。舞台の感想を書いた日記のなかでいちばん長いと思われる『125日間彷徨』のときのそれがA4三枚、5,378文字で原稿用紙15枚だから、まずまちがいなくA4四枚は無理である。
とはいえ、でかいことを言ってしまった手前もあり、舞台がすばらしかったという場合、ではほかにどういう手があるかというと、ひとつ考えられるのは「沈黙する」ってやつだろう。「いかなる言語化も受け付けない作品をまえに、沈黙を余儀なくさせられる」ってかたちだ。観てしまったらもうなにも書けない。その日以降、ぱったりと更新は止む。更新のないままひと月ほど経って、いったいどうしたのだろうと訝った知人がまずメールすると、わたし宛のメールは User Unknown で返ってきてしまうのだった。携帯にかけてもつながらず、いよいよ心配になって家を訪ねてみると、相馬さんなら、もう二十日も前に引き払ったわよと近所の者が言う。どこに越したかを訊いてみても、庭掃除の手を休めず、みな、一様に首をひねるばかりだ。
すごくたいへんなので、ここはひとつ「書く」って方向でいきたいと思う。
いや、きょう、ほんとは「ロビン、調子に乗ったり泡を吹いたり」というタイトルを考えていて、ロビンのその後のことを書くつもりでいたのだ。ほんの挨拶のつもりで書きはじめた話があれよあれよという間にこんな長さになってしまった。というわけでロビンの話はまた後日。元気ではあるから安心していただきたい。
くりかえすが、『五人姉妹』は6月25日から28日まで全5ステージ、吉祥寺シアターにて。チケット好評発売中である。

本日の電力自給率(6月22日):16.9%

(2009年6月23日 18:08)

関連記事

/ 21 Jun. 2009 (Sun.) 「『更地』とそのアフタートーク」

『太田省吾劇テクスト集(全)』(早月堂書房)
『プロセス太田省吾演劇論集』(而立書房)は、『飛翔と懸垂』『裸形の劇場』『劇の希望』の三冊から主要な文章を集成したものとのこと。

午後、新百合ヶ丘にある「川崎市アートセンター」で『更地』(作:太田省吾/演出:阿部初美)を観る。アフタートークには今作を演出した阿部初美さんと、今作につづき「太田省吾へのオマージュ」という括りのもと再来週上演される舞台を構成・演出する三浦基さんが並んだ。舞台には感動させられ、単純に「あっ」と思わせられたし、アフタートークには(というか三浦基さんには)ただただ圧倒させられた。これ、このサイトの現在の読者ではたぶん二、三人にしかつうじないだろう譬えを用いますが、三浦さんを見ていてわたしは、なんだかウジイエさんのことを思い出していました。
もう公演日程を終えているので説明してしまってもだいじょうぶだろうと思い、書けば、第一にその舞台美術が──それを基点にして演出そのものが生まれていると言ってもいいほどに──とにかく美しいということがあって、劇場のなかに踏み入り、開演前から舞台上に見えているそれらを見おろした瞬間にまず「きれいだな」と思わせられる。それらを除けば〈なにもない〉黒い空間の全面に、タテヨコ9列ずつ、81個の──いや、こりゃあ日記に描写が必要だなと思って数えましたがね──生活用品というか、家にあるモノたち(小引き出し、バラの刺さった花瓶、黒電話、フライパン、洗濯ホース、五月人形の兜、開いたMacBook、トイレットペーパー、窓枠、シャケをくわえた木彫りの熊、などなど)が、ひとしく膝元ぐらいの高さに浮かんでいる。はじめ、下から支えられて浮かんでいるのかと思ったそれらは着席してよく見るとワイヤーで上から吊られていて、それらが──のちに気づくことになるのだが──、劇のあいだじゅう、ほぼ一定のスピードをまもって、ほとんど気づかないほどわずかずつ、上へあがっていくのだった(!)
もちろん、客席のわれわれはそのことに、それらのモノと役者の身体との相対的な位置関係によって気づかされることになる。はじめの気づきは、膝元ぐらいの高さにあったはずのそれらがいつのまにか役者の腰のあたりの位置まで来ていると知って訪れるのだが、そのときは、開演ほどなく舞台上に役者が現れたさいに多少の照明変化があったことが思い起こされて、そのタイミングで、すっと一気に上げたのかなと思っていたのだった。そしてつぎに、ふと、それらが役者の顔の位置にあることに気づいた瞬間、「ああ! もういいよ、もうわかったよ!」と叫びたくなるような驚きが身を包む。
なんとこれ以上ない〈説明〉だろうかと思う。つまり、役者の顔(/腰/はるか頭上)の位置まで来たときのそれらモノたちこそが〈劇〉なのであり、いっぽうそれ以外の──たえず動いているにもかかわらず〈劇〉が立ち現れるまではまったくその動きが意識にのぼらず、「なかった」にひとしいとされるような(事実そうだった!)──モノたちのあり方、それが〈毎日〉なのだ。

あたし、欲しいの、たくさん、たくさん……本当にあったんだってこと。生まれてきて……いなくなるんですもの。
だから、あったじゃないか。ほら、キスしたじゃないか、十六の夏にさ。あいつとも棲んでいたんだし、おれたちの夏もあった、蝉が鳴いた夏だ。そして、子供が生まれて……
本当にってことよ、あたしが言っているのは。戦争はあったんです、年表にも教科書にも載ってるわ。でも、そんなことじゃないの。あたしの欲しいのは、そういうものじゃない。本当にってことは、ほとんどなかったかもしれないようなことのよ。あたし、ほとんどなかったかもしれないようなことがいっぱい欲しい。ほとんどなかったようなことがいっぱいあれば……なんでもない日のなんでもないことがいっぱいあったことになって……そうよ、なんでもない日のなんでもないことがちゃんとあることになれば……どうなるんだったかしら。

『更地』「7 黄金の時」(『太田省吾劇テクスト集(全)』p.506)

固有名を与えられていないこのたったふたりの登場人物は夫婦であるとされ、夫を下総源太朗さんが、妻を佐藤直子さんが演じる(ちなみに、観てないけど太田さん演出の初演時には瀬川哲也さんと岸田今日子さんが演じており[1992年]、比べて今作はぐっと若い夫婦ということになる)
下総さん、よかったなあ。それこそ「男の子よ!」じゃないけど、「ほんっと、だっめだなあ、夫」ということを下総さんは見事に体現していた。ノートに書き取ったらしい本の言葉──「人間の精神には、旅立ちを促す機構とでもいうべきものが最初から組み込まれている」──を口に出し、出してみて何の発見があったかは知らないが、「促されたってわけだ!」とひとりうれしくなって反芻してみせるこの「ばか」ぶりこそが、「夫」以外のなにものでもないということをわたしは知っている。また劇なかばで、「なにもかも、なくしてみるんだよ」と言った夫がレインコートを頭からすっぽりかぶり、横たわって、ことによるとただ寝てしまったんじゃないかと思わせるほどのあいだ動かずに、なにもしゃべらない(その間にしゃべり動くのは妻のみ)というシーンがあるのだったが、その「寝てしまった」下総さんを見ていて、感情移入するというのともやや異なり、「あ、おれがいる」と思ったというのは、じつになんでもない話、わたしが、妻と同時にふとんに入るとぜったい先に寝てしまう(らしい)者であるからだ。
そうした(?)劇をいままさに観終わったばかりの(今作に関してはきょうはじめて観たらしい)三浦さんは、アフタートークで開口一番、「重いなあ」という印象を口にする。なんとも感動的なラストのセリフ──女の言う、「はじめてね、ここから夜空見たの」──をたったひとこと言わせるためだけに、劇はこれだけの言葉と時間を重ねなくてはならないのかと(発言を補足するように)述べた三浦さんの「重いなあ」はつまり、おそらくまず、太田省吾さんが1992年に書いた戯曲そのものが一面で孕む「重たさ」について言及していて、そのうえで、その重たさにじつに〈優しく〉寄り添ってみせた阿部さんの演出についても同様の言葉を投げているのではないかと思うが、いや、このへん(というかアフタートークについてはまるきり)発言の意図を取り違えている可能性が大いにあるのでどうかその前提でお読みいただきたいのだけれど、三浦さんはまた阿部さんの演出を指して、「優しいなあ」「(再来週のぼくのはそうなってないけど)これはほんとにオマージュになってるよね」という発言も併せて繰り返し、そして、それらを総合するような言葉として、〈近代劇〉という呼び名を用いるのだった。
質疑応答に入り、客席の女性がじつに素朴な感想──「これだけやりあって、日常的に言葉をぶつけ合っているこの夫婦は、きっとこの先もうまくいくのではないかと羨ましく観た」──を述べたのにたいして、「それはおかしいよ。だってこの夫婦に未来はないんだもん、死んでるんですよこのふたりは」ときっぱり言ってのける三浦さんだが、つづけて、こうも発言する。
 「でもさ、あなたはそうやって感情移入して観たんだよね。それが〈近代劇〉だよね。そりゃぼくだって感情移入しないわけじゃない。ラストのセリフなんてほんと感動しますよ。あれなんか、(忌野)清志郎さえ浮かぶよね。でも、だったらぼくは清志郎を聴くよ。だって五分で済むもんそれなら。演劇は一時間、二時間観なきゃなんないんだよ。そこを、〈近代劇〉は感情移入させることでもたせるわけ。でもさ、むかしのそれこそ〈近代劇〉のやつらなんて、平気で三時間、四時間やるんだよ。で、あなたも『それはさすがに長い』って思うはずだよ。そういうことですよ。」(以上、大意、のつもり)
 この「そういうことですよ。」には、いや、その真意を掴み切れた自信はないのだけれど、とにかく戦慄させられた。
あるいはアフタートークの前半で、阿部さんから(今作の舞台ではなく)太田省吾さんそのものについての考えを訊かれた三浦さんが言う、「ぼくは、沈黙劇には言葉はなかったと思ってる」という発言は、ものすごく刺激的だ。沈黙劇と称される太田さんのいくつかの舞台には、その制作過程において、じつは裏側に(彼らはこうしゃべっていると)設定されたセリフがあったということがエピソードとしてしばしば語られるらしいのだが、そのような〈言葉〉は、存在はしたのだろうが作品にたいしてはあくまでモチーフの役割をはたすのみのものであると三浦さんは指摘し、そのような〈言葉〉はたとえば、「私は、私のからだのなかにひとりの姉を住まわせている」とダンサーである土方巽が原稿に書くときの〈言葉〉と同様のものであり、はたまた、最近ダンサーのひとと作業する機会が多いという三浦さんが、よく彼らに言われるというのが「もっと言葉をください」なのだそうだが、彼らがまさにそこで欲しているものこそが同様の〈言葉〉なのであって、それらの〈言葉〉と、舞台上における俳優の行為としての〈発話〉とをすぐさまつなげて考えるわけにはいかないと三浦さんは言う。言うまでもないことだが、それらの発言を聞きながらわたしは、さて、『五人姉妹』の言葉は?と考えていたのだった。
客席には黄木さんの姿もあり、帰り道にいろいろ話をする。あたりまえ(?)だが、黄木さんは演劇にくわしいのだった。くわしいというか、好きなんだろうなあ、ほんとに。いやあ、比べるにわたしなんてねえ、さっぱりですよ。黄木さんが「MUST」というような舞台の多くを観てないし。基本わたし、そんなに好きじゃないんじゃないかとさえ思いますよ、演劇。って、こんなに書いといてあれですけどね。その足で新宿まで出て、『太田省吾劇テクスト集(全)』『プロセス太田省吾演劇論集』、ついつい買っといてあれですけどね。

本日の電力自給率(6月21日):24.6%

本日の参照画像
(2009年6月23日 02:37)

関連記事

/ 20 Jun. 2009 (Sat.) 「64 for Suu again」

きのう19日は友人である上山君の奥さん、恭子ちゃんの誕生日だった(そうだということをmixiに教わった)のだが、その同じ日、ビルマでは、依然インセイン刑務所に勾留されたままであるアウンサンスーチーさんもまた誕生日を迎えられていた。この誕生日に合わせ、64歳になるアウンサンスーチーさんに「64語のメッセージ」(や、動画、画像、Twitterによるメッセージなど、要は何でもいいのだが)を送ろうという世界的なキャンペーンが展開されていることは以前にも書いたとおり。キャンペーンを知ってすぐ、わたしも「64文字の日本語」でメッセージを投稿し、

送ってしまってから、こりゃちょっと、「なに衒ってんだよ」と思われてもしょうがないメッセージだなあ、もっとべつのことを書きゃあよかったと反省しているのだったけれど、つまりまあ、「64文字で書く」という不自由さのなか、しかし「何を書いても(書かなくても)いい」という自由がわたしにはあるのだなといったことを考えていたら、つい、こんなものを書いてしまった。
web-conte.com | Yellow | 2009年06月11日「64 for Suu」

とその日の日記で反省したのが、このメッセージだ。まあね。やっぱり衒ってるよね。

六三文字までで止め、残した一文字分の自由をあなたに?いや、私は私の自由を使い切ろう。あなたの自由のためにも。ハッピーバースデイ!
http://www.64forsuu.org/word.php?wid=7874

 六四文字目が「!」であり、それがなくても文意がまったく変わらないことがメッセージの前半部分と整合するってことも含めて、そりゃ伝わんないっすよ、これじゃ。じっさいのサイト「64 Words for Aung San Suu Kyi」/寄せられたメッセージは「Gallery」で検索・閲覧できる)で見てもらえばわかるように、各メッセージの下には「I like it」というボタンが付いていて、共感したメッセージにたいし閲覧者がその意を示せる仕組みになっているのだけれど、まあその、上のわたしのメッセージが、いつまでたっても「0 people like this.」のままであるということに、じつのところ、そうはいっても、こういっちゃなんだが、じつにションボリしていたのがわたしだ。あーあ。
 日本語のテキストのみであるから英語圏の人たち(というか日本語圏以外の人たち)にいっさい伝わらないということがまずあるのだが、日本語圏の人たちにもきっと、「は?」とか「けっ」とか思われているにちがいないと想像する。あーあ。
 で、あんまりさみしいものだから(ってことばかりでもむろんないけど)、やっぱりもう一度、こんどは英文で、多少説明的に書き換えたものを(そうしないと英訳できないってこともあり)送ろうと考え──64メッセージはさいわい、何度でも送ることができるようだ──、そう考えたところで田中夢のことを思い出す。
 急いで下の日本語文を考え、田中夢にメールして、とくに説明も加えずに「英訳してくれない?」とたのむ。

64語ちょうどで文章を書くというのは不自由ですが、その64語で何を書いてもいいという自由がわたしにはあります。その同じ自由があなたに与えられていないことを思いながら、わたしは自身の自由を行使し、書きます。

というこれが、いちおう前掲のメッセージの〈言い換え〉のつもり。
 で、翌日のきょう、田中夢から英訳のたたき台が来る。それをもとに少し変え、また前後に付け足しをして、完成させたのが以下。文法的にちょっとどうだろうかという部分もあるものの、まあ言わんとするところは伝わるんじゃないか。もちろん、ちゃんと 64 words である。こちらは現在「4 people like this.」で、ひじょうに気をよくしているわたしがいると思っていただきたい。ありがとう、田中夢。

Dear Aung San Suu Kyi, Congratulations on your 64th birthday. It is very hard (and unfree) to write sentence with just 64 words, but I am free to write anything I want with 64 words. I do write using my freedom to write while I am thinking you do not have same freedom as I have. so, Free Burma! Free Aung San Suu Kyi!
http://www.64forsuu.org/word.php?wid=14880

 誕生日の19日は過ぎたものの、まだまだ64メッセージの受付は閉じられていない。というのも、世界的な注目をビルマに集めつづけることが目的のひとつであるからだ。

 有罪なら最低3年の禁固刑となる。軍政にはスー・チーさん不在の中で総選挙を有利に展開し、選挙後も権力を維持するという狙いがある。

 批判が高まる中で、スー・チーさんの裁判は6月1日に予定されていた最終弁論が何度も延期され、結審や判決の日程は見通しがつかなくなっている。外交筋は「しばらく時間を稼ぎ、国際社会の関心が薄れてきたタイミングで有罪を言い渡すのではないか」と分析している。
asahi.com(朝日新聞社):スー・チーさん、獄中の64歳誕生日 解放へ展望開けず - 国際

 軍事政権よ、世界なめんなよ。

本日の電力自給率(6月20日):89.2%

(2009年6月21日 23:28)

関連記事

/ 19 Jun. 2009 (Fri.) 「男の子よ!」

きょうも「お料理見学隊」の方々が夕食準備を見守る。視線の先にはキッチンがある。

日本ユニセフ協会・マンスリーサポートプログラム

ビルマ(ミャンマー)のサイクロン災害のときにユニセフをつうじて募金して以来、ユニセフからの定期的な案内が郵送されてくるわが家だが、先日届いたそれは「女の子の登校率が上がると、子どもの死亡率が下がる。女の子に学ぶチャンスを!」というものだった。

世界ではいまだに1億人を超える子どもたちが小学校に通えません。そして、その半数以上が女子です。貧しい家庭では子ども全員を学校に通わせることができず、男子が優先されることが多いのも大きな要因です。
案内に同封の、ユニセフ事務局長 アン・M・ベネマンの挨拶文より抜粋

 「半数以上」という微妙な言葉づかいがなされるために、それ、男女比としてはそこそこ妥当ってこと?とつい思ってしまうわたしはやはり決定的に〈遠くに〉暮らしているが、もちろん受け止めるべきはそうした相対的な数字などではなく、ひとり、いままさにどこそこの誰々が学校に通えずにいるという絶対的な数字であるだろう。(ちなみに、最新の『世界子供白書2009』英語版オリジナルで「サハラ以南のアフリカ」の数字を見ると、女性の総就学率が初等教育で対男性比93%、中等教育で対男性比84%となっている。)
 伝統的な女性観による差別や習慣、圧倒的な貧困──学校が無料化されていても、文房具が買えないために通うことができないといったことがあり、また、家庭内で「すべての子どもを学校へはやれない」となったときのしわ寄せは、やはり女子に向かいやすい──、あるいは学校に男女別のトイレがなかったり、女の子が差別を受けたりするなどの学校自体の居心地の悪さ、家から学校までが遠く、しばしば危険な区域を通らなければならないために家にいることを親が望むなど、さまざまな要因によって彼女らは教育機会から遠ざけられている「どうして学校に行けない女の子が多いの?」
 そうしたなかユニセフは、たとえばこのようにして「女子教育の大切さ」を訴えるのだった。

女の子たちは学校で学んだことを家族やコミュニティに広めます。

手を洗うと病気にならないんだって!
トイレの後は手を洗う、汚れた水は飲まないように、食べ物は栄養を考えて学校で学んだ命を守る方法を、女の子たちは家族や周りの人たちに広めていきます。

女の子たちが、次の世代へ伝える「生きるための知恵」
学校に通い、生きるために欠かせない知識を学んでいく女の子たち。その知識は、家族へ、社会へ、そして次世代の子どもたちへと受け継がれていきます。小学校を出た母親の子どもは、5歳の誕生日を迎えられる可能性が2倍になると証明されています。あなたのご支援は、世代から世代へと子どもたちを守り続けていきます。
ユニセフの印刷物より抜粋

 この(「事実」ではなく)「文面」の上に、それこそある種の固定的な〈性役割イメージ〉を読みとることもできるだろうが、さしあたりそれはどうでもよくて(と書くとどうしても「段階論」的になるのがいやだけど、でもどうでもよくて)、やはり「述べられているような事実」はきっとあるのだろうと読むとき、しばし募金のことなど忘れて笑ってしまうのは、「おいちょっと、男の子たちよ」ってことである。
 かりに男女が学校で同じことを教わっているのだとして(それはそうでなければならないだろう)、上の文章が言うのはつまり、いっぽうでは男の子が、学校で学んだことを家族やコミュニティに広めて「いない」ってことじゃないか。だっめだなあ、ほんと、男の子。っていうか、そう、わたしのことですけど。

スーダンの少女リハナは小学4年生。学校が終ると急いで家に帰ります。水くみやヤギの世話をしなければならないからです。リハナは、忙しい火事の合間に弟や妹、近所の子どもたちに学校で習ったことを話してあげます。トイレの後は手を洗うこと、池の水は虫がいるから飲んではいけないことなど。時々村の大人たちも足をとめて聞いています。
リハナや村の女の子たちが広める生きるための知識のおかげで、最近、病気になる子どもが減ってきています。
同上

 ああ、男の子よ! そこの大人たちよ!

本日の電力自給率(7月19日):77.2%

本日の参照画像
(2009年6月20日 15:55)

関連記事

/ 18 Jun. 2009 (Thu.) 「デュシャン!」

松倉如子「くだもの」PV

げ。おとといの日記、吉祥寺・スターパインズカフェでの松倉如子のライブの日付を間違えていた。ただしくは7月30日です。訂正のうえお詫び申し上げます。
右のでかいバナーは「くだもの」のプロモーションビデオにリンクしている。写真はレコード会社のアーティストページにあったもの。ロケーションはやっぱり井の頭公園だろうか。善福寺公園ではあるまい。また、アルバム収録曲の「くだもの」はいま、期間限定(6/18~6/25)でこちらよりフリー・ダウンロードが可能とのこと。
きのうの「なぜ、ですます?」だけど、あれはつまり、「おれ、ですます体でもわりといけるよ」ってことを示したかったんじゃないかな。で、示したね、おれは。うへへ(©冨永昌敬
きのうでかいバナーを貼ったとおりで、『シャーリーの好色人生と転落人生』は27日から、大阪・福岡での上映がはじまる。でかいバナー(このサイズのものは「blue」側の各ページ右側に表示されます)を作ったはいいが、大阪・福岡の情報に関してはここに飛ばせばいいなという適当なリンク先がなくて、ひとまずの詳細ページも自分で用意した。
『更地』をどの日に観に行くかでずっと悩んでいた。いや、それほどの悩みじゃないすけどね。日曜に行くことにし、出演される下総源太朗さんにメールでチケットをお願いする。
長く個人サイトをやっていれば、そりゃ、各方面へご迷惑をおかけすることも増えてくる。またぞろ Google 検索の話であれだが(そんなものは拾っていけばいくらでもあるわけだが)、きょう知ったのは「デュシャン」だ。いま「デュシャン」でイメージ検索をすると、もう十年以上も前、1998年にわたしが「Red」に載せた「デュシャン!」の画像が、あろうことか一ページ目にリストアップされるのだった。それはこんなものだが、ほんとうに申し訳ない思いでいっぱいなのである。

デュシャン!

本日の電力自給率(6月18日):27.5% 雨こそ降らなかったが雲が厚かったか、成績ふるわず。

(2009年6月19日 20:04)

関連記事

/ 17 Jun. 2009 (Wed.) 「なぜ、ですます?」

クロード・レヴィ=ストロース『生のものと火を通したもの (神話論理 1) 』(みすず書房)

小田亮『レヴィ=ストロース入門』(ちくま新書)

『シャーリーの好色人生と転落人生』@大阪・福岡

深夜、いせ(ゆみこ)さんのブログが更新され、池袋シネマ・ロサで『最後の怪獣』を観た日のことが書かれていました。そこに、

上映後にも、観に来てくれた遊園地再生事業団で世話になった相馬さんと「表現すること」について少しお話。
シネマロサにて-Suimire

とあるのを読めばなんとも面映ゆいのですが、まあ、そうした話をしたことはたしかです。いせさんのどういう質問がきっかけで話がそちらへ向かったのだったか、すでになかば忘れているわけですが、たしか、本を読むことと文章を書くこと、いわばインプットとアウトプットの対応関係のような話から「表現すること」そのものへと話題が及んだように記憶しています。
 とはいえ、いせさんのアタマにははじめから「表現」の問題しかなかったようにも思え、その証左としていせさんは何度もわたしを「表現者」呼ばわりするのですが、そうしていせさんの口をついて出る質問たちが、あくまで「表現」にまつわるあれこれであるにもかかわらず、同時に、いわば「人生相談」めいた響きを漂わせてしまうことにわたしは相手をしつつ興味が湧き、また瞠目していたというのはつまり、一般論における安易な同一視としてではなく、そのとき、そこ(わたしのとなり)にはやはり、「表現すること」がいかんともしがたく──かつ、いたって自然に──「生きること」を巻き込んでしまうような、そうした特別なひとが出現していたのだということです。みなさんがかつて出会った「いせゆみこ」もまた、そうした存在として、舞台やスクリーンで笑っていたのではないでしょうか。
 問題は「なぜ、ですます体なのか」ですが、いまさら訝ってみてもはじまりませんから、先をつづけましょう。

「表現すること」
それは何かを感じる事。でしょうか。

感動したり、うれしかったり、悲しかったり。

感じる心の強弱が、エネルギーの強弱なのか、
それはわからないけど、感じることは何かを
作り出す力になるのでしょうね。
感じたことを変換する、その形がどうであれ。

感じる事は時に疲れます。
だけど感じた事を変換できる喜びは、何ものにも
代え難いもので。あー、そうだなぁ。
シネマロサにて-Suimire

 まったく言葉の連想だけでもって話をつなぎますが、やはり、構造主義の用いる「変換」という概念のことを思わずにはいられません。レヴィ=ストロースの言う「構造」は、一般に誤解されているような〈静的なもの〉でも〈固定的なもの〉でもなく、「変換」というある種人為的な操作を加えることではじめて浮かんでくるような──そして、加える変換が異なればそのつど異なる構造が現れてくるというような──〈動きの連なり〉としてあります。
 たとえばここに、ベニヤ板で作ったひとつの三角形があります。それを太陽にかざして、地面に影を作れば、その影も三角形になります。かざす角度をさまざまに変えれば、さまざまなかたちの三角形が地面にできます。つまりこれがひとつの変換であり、変換をとおしても変わらない構造──あらゆる三角形が共通でもつ構造──がそこに現れます。
 では、その三角形をゴムの上に描き、ゴムをさまざまに伸ばしてみるとどうでしょうか。これもまたべつの、ひとつの変換であって、この変換ではさきほどとちがい、円を含む、あらゆる閉じた図形が現れてくることになります。
 「構造は変換のなかにしか現れない」というわけです。
 そのような変換の操作を介して、レヴィ=ストロースの研究があきらかにするのは、人類は誕生以来、ずっと変わらぬやり方で思考してきたのだということです。

 レヴィ=ストロースが長年の研究を通じて伝えているのは、人類の誕生以来の思考の仕方は変わっておらず、それは、他者とのあいだの無意識の交通、つまり「思考の交換と変換」によるのだというシンプルなものでした。その不変の思考のやり方が「構造主義」と呼ばれるものです。そのような無意識の思考を、「言葉にできないもの」とか「形にならないもの」と神秘化せずに、形式化によって明らかにしたところに、レヴィ=ストロースの天才があったのですが。
[日記] 祝クロード・レヴィ=ストロース100歳の誕生日

 レヴィ=ストロースがおもに研究対象としたのは「神話」ですが、そのことに関して、彼はつぎのようなことを言うのでした。

わたしは、ひとが神話の中でどのように考えているかを示そうとするものではない。示したいのは、神話が、ひとびとの中で、ひとびとの知らないところで、どのようにみずからを考えているかである。
『生のものと火にかけたもの』

 これはちょっと、すごいですね。

 いせさんをはじめとする知り合いの役者たちを思い浮かべながら書きはじめたつもりが、なんだかよくわからないことになりました。いったいどうしてこんなことを書いているのか、しかも「ですます体」なのはなぜなのか、いっさいは不明です。ただ、不明ながらも、表現者としてのいせさんはきっと、神話の大地に触れうるだろう。そのように思うのです。

 以下は、ちょっと長いですが(というかすでに充分長いですが)、上に引用したレヴィ=ストロースの言葉について解説する、小田亮さんの文章です。では、また明日。

 神話的思考の意味は、語っている人々が頭の中に所有しているのではないと同時に、分析しているレヴィ=ストロース自身も所有してはいないのです。さらに、それは、神話の中にもありません。それは、「神話のあいだの交通」においてしかなく、誰も所有できないのです。

 これは、とても奇妙なことに思えるかもしれませんが、人類にとって、なにも奇異なことではありません。たとえば、ドラゴンズの荒木選手と井端選手が、二遊間に飛んだゴロを、荒木選手のグラブトスを受けた井端選手が一塁に投げて打者走者を刺すプレーを例にすれば(なんで野球の、それもドラゴンズの譬えなんだと思ったあなた、最後まで読みなさいね)、このプレーは高度な能力なしにはできません。しかし、この「能力」は、井端選手も荒木選手も「所有」できません。じつは、人間の思考も能力もその多くが(頭の中だろうとからだの中だろうと)、自己所有できないものなのです。それは特定の他者との交通のなかにしかないからです。
[日記] 祝クロード・レヴィ=ストロース100歳の誕生日

本日の電力自給率(6月17日):88.1%

本日の参照画像
(2009年6月18日 22:27)

関連記事

/ 16 Jun. 2009 (Tue.) 「缶詰はぱかっと開く」

あす、というか書いている現在ではきょうだけど、松倉如子のニューアルバム『パンパラハラッパ』が発売である。アマゾンでも手に入れることができる(2,500円)し、なんとなれば iTunes Store 松倉如子 - パンパラハラッパ でも購入可能(1,500円)。なのだが、願わくばライブにも(/にこそ)来てほしいというのが松倉の思いだという。発売記念のライブツアーでは全国各地(日程順に、浜松、盛岡、神戸、京都、名古屋、吉祥寺、別府、福岡、小倉、札幌)をまわる。都心では7月10日7月30日、吉祥寺「スターパインズカフェ」だ。
わたしはいま、(同時購入した『渡辺勝』とともに)日々聴いている。音楽を褒める言葉にはあまり持ち合わせがなくて相済まない。「ビートがきいてる」とかね、「全休符が粒立つようだ」とか、たまにはそうしたことも口にしたいのだが、わからないことは言わないほうがいいだろう。CDJournal.com に「音楽が生まれてくる瞬間に立ち会っているかのような、生々しい感動を感じさせてくれるシンガー、松倉如子の歌世界」というインタビュー記事が載っているので、併せて参照いただければと思います。
連日、夜は雨。
ロビンがついに、療法食に飽きた。カリカリも、ウェットタイプのそれも食べない。カリカリはもう一種類用意があって、そちらを開けて与えると、「お? ん?」といった感じでまあ食べた。食欲がないわけではなく、「わしゃもうすっかりいいんだがね、ヒロイさん」といった顔で妻を見ている。なにより、食餌のときいまはロビンだけ洗面所に隔離して与えているのだが、扉のむこうからはどうしても(ほかの二匹に与える)缶詰の「ぱかっ」と開く、なんともジャンクな音が聞こえてくるから、そっちが気になってしょうがないロビンである。いっぽう、ポシュテもまたロビンだけがもらっているらしい何かが気になってしょうがない。うっかりすると、ちょっとした隙に、ロビンが残した療法食を平らげてしまうポシュテだ。知らんぞ、ばかものが。
というわけでひきつづき、まったく盛り上がらないだろうことは覚悟のうえ、「二〇〇九年六月上旬アワード」開催中です。
本日の電力自給率(6月16日):33.5%

(2009年6月17日 16:04)

関連記事