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Jul.
2009
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/ 16 Jul. 2009 (Thu.) 「民主党とは誰か」

というわけで、さしあたり何を導き出したいわけでもないが、ここから何かを考えられるだろうかと調べ、視覚化してみたのだった。現時点で民主党の常任幹事会に名を連ねる面々が、それぞれどこからやってきたのか、多少厳密でない部分もあるかと思うが、基本は国会議員としてのキャリアをスタートさせたときの居場所が表のカッコ内である。で、「竹下派」は面倒なので「竹下派」でひとまとめに。ここにはおそらく、たんに「寄り合い所帯」と呼ぶのでは足りない、何かがあるはずなのだ。(各議員の名前はウィキペディアの項目にリンクします。)

民主党常任幹事会 (2009/05/19付)
最高顧問 羽田孜(竹下派) 藤井裕久(竹下派) 渡部恒三(竹下派)  
代表 鳩山由紀夫(竹下派)  
代表代行 小沢一郎(竹下派) 菅直人(社民連) 輿石東(社会党)  
副代表 前原誠司(日本新党) 川端達夫(民社党) 石井一(竹下派) 高木義明(民社党) 北澤俊美(新生党)
円より子(日本新党)  
幹事長 岡田克也(竹下派) 代理 野田佳彦(日本新党) 平田健二(新進党)  
政策調査会長 直嶋正行(民社党) 代理 長妻昭(維新の会) 福山哲郎(旧民主党)  
国会対策委員長 山岡賢次(福田派) 代理 安住淳(旧民主党) 簗瀬進(河本派)  
常任幹事会議長 中井洽(民社党)  
総務委員長 千葉景子(社会党)  
選挙対策委員長 赤松広隆(社会党)  
財務委員長 佐藤泰介(社会党)  
組織委員長 柳田稔(民社党)  
広報委員長 奥村展三(さきがけ)  
企業団体対策委員長 前田武志(竹下派)  
国民運動委員長 小沢鋭仁(日本新党)  
代議士会長 小平忠正(民社党)  
常任幹事 北海道 松木謙公(自由連合) 東北 黄川田徹(自由党) 北関東 細川律夫(社会党)
南関東 広中和歌子(公明党) 東京 鈴木寛(民主党) 北陸信越 羽田雄一郎(民主党)
東海 藤本祐司(民主党) 近畿 土肥隆一(社会党) 中国 三谷光男(民主党)
四国 小川淳也(民主党) 九州 古賀一成(安倍派)  

 さて、これをみて「寄り合い所帯」と評するのはもちろん簡単なのだが、でもそれ、何も言ってないようなものじゃないかというのは、ひとつに、自民党がそもそも「寄り合い所帯」であるからだ。
 そしていま、その「ふたつの大きな寄り合い所帯」による二大政党制を到来させようとしているのが「小選挙区比例代表並立制」だが、そもそもこの選挙制度の導入をもくろんだのは(一般に解説されるところによれば)、当時まだ自民党にいた小沢一郎である。湾岸戦争をきっかけにより強く打ち出されることになる小沢のいわゆる「普通の国」構想の、その二本柱が「PKO法案」と「小選挙区制」であり、小沢は当初それを自民党政権内で成立させようとするのだが、「小選挙区制」のほうは自民党内部の反発にあい、いちど廃案になっている。
 廃案となった(時流もあって内閣はそれを成立させようとするも、党内をまとめられずだめだった)のが最後の自民党単独政権である宮沢内閣のときで、その廃案を機に野党が内閣不信任案を提出、竹下派から分裂した小沢・羽田グループやその他自民党議員の一部(武村正義ら)が同調して不信任案は可決、解散。新生党や新党さきがけが生まれて迎えた総選挙で自民党は単独過半数を失った(「55年体制の終焉」と呼ばれるのがこれで、以降、どこかと連立を組むことでしか自民党が政権を維持できていないのはご存知のとおり)
 竹下派分裂 宮沢内閣不信任 細川・非自民連立政権といったその紆余曲折のなかにあって、小沢一郎の行動指針には「念願の小選挙区制導入」があったとされ、当時、ゼネコン疑惑や金丸スキャンダルとあいまって噴出した世論の「政治改革要求」は、小沢らの手によりたくみに「選挙制度改革」へと接続されていく。で、選挙制度改革法案は細川政権下、衆院で可決、参院で否決されるが、自民党の側も「非政治改革」的立場とみなされるのをきらい、両院協議会の場で双方の妥協がはかられたうえ、その修正案が両院で可決されたのだった。
 「小選挙区制の導入」について、小沢一郎のねらいのひとつはじっさい「政党本位、政策本位の政治システムをつくりあげる」ことにあったとされるが、と同時に、当時の左翼政党にたいしてこの制度が大きな打撃を与えるだろうことも小沢は強く期待していた。(で、後者の目的がさきに達成されたのはたとえば社民党のいまの議席数をみればわかるとおり。)
いや、べつにその、「小沢一郎という人」みたいな文章が書きたかったわけじゃないのだが、まあ、指差し確認するように書いていたらそうなってしまった。
もちろんわたしは次の総選挙にかんして、大勢としては民主党が勝つべき(だし、まあ勝つだろう)と思っている者だが、ここ数日の自民党のドタバタぶりから、大敗した自民党が下野することすらできずに分裂し、「選挙後の政界再編」といったものがもしまた起きるのだとすれば、それ、どうなのだろうかと思う。(というのはいま、あくまでもかりに二大政党制を是とする視点に立った場合の言い方をするのだが、)だってそれ、「結果的に国民はまたも〈選択〉をさせてもらえず、二大政党制はふたたびおあずけ」ってことになるだろうからだ。再編にあたってのタテマエとしてはまあ、「ついに政策本位で争うための、確固たる二大勢力の形成」といったことが言われるにきまっているけれど、しかし現象としてみれば逆に、「どだい二大政党制にはむかない政治風土なのだ」ということをこそ意味するのではないか。
でまあけっきょく、二大政党制ってどうなのよという話だけれど、かりに二大政党制がこのまま是とされていくのだとして、それはこの国の政治風土のなかにあってむしろ、「ふたつの大きな寄り合い所帯」による二大政党制である「べき」なのではないかとさえ思える。
なにより、まずいけないのは「二大」という言葉の「大」であって、そして「二」とは、もっとリズミカルで、豊かな数字であるはずなのだ。

 《二》は単一性でも多様性でもない。それは、《一》からの偏差・ずれを端的に表す。《一と多》の対立は、この《二》の両端に作られる幻想の対立なのである。セールが「乱流」によって語っているのは、このような偏差としての《二》に他ならない。ノイズの海に消えて《多》となるか、偏差とともに《一》に限りなく近づくか、いずれにしろその境界に位置する「乱流」は、自/他を隔てる場としての自己の比喩となる。《一》に統合している大括弧や小括弧を外して、性急にあるがままの多様性を見ようなどとしないほうがよい。そこには「あるがままの多様性」、バック・グラウンドとしてのノイズなどないのだから。おそらく、社会形式においても思考形式においても、つねに/すでに「原概念」・「原国家」(ドゥルーズ=ガタリ)としての《一》はある、ただし、つねに/すでに偏差・ずれとともに。
小田亮『構造主義のパラドクス──野生の形而上学のために』(勁草書房) p.19

 ひゃっほー。
寄り合い所帯である民主党を、もっと雑多で、もっと豊かな寄り合い所帯にしていくこと。最善手であるとは思わないし、うまくいくかもわからないが、ひとつにはそうした夢想の仕方があるのではないかと思うのだ。
本日の電力自給率(7月17日):75.6%

(2009年7月17日 16:44)

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