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Oct.
2009
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/ 23 Oct. 2009 (Fri.) 「小田亮先生に会いに。あるいはフラクタルな感動の瞬間」

この日の小田亮先生である。首都大学東京大学院社会人類学研究室のサイトから拝借。

むずかしいぞ。そしてかっこいいぞ。リンク先のアマゾンに行っても「出品者からお求め」いただくしかないのだけれど、ともかくおすすめなのはこの一冊である。小田亮『構造主義のパラドクス野生の形而上学のために』(勁草書房、1989年)。

手に入りやすさ、とっつきやすさで言えばこれだろうか。小田亮『レヴィ=ストロース入門』(ちくま新書)。そういえばレヴィ=ストロース、もうじき一〇一歳なのだなあ。

夜、会社を少し早めに退けてから京王線で南大沢へ。以前一度だけ来たことのあるアウトレットパークのその背後に、首都大学東京の南大沢キャンパスはあるのだった。学祭まであと何日というような看板を横目に、五号館三階の集計作業室というところをめざす。いくつもの研究室が並ぶフロアにある「なるほど、集計作業室か」という案配の部屋だった。廊下にわらわらと学生たちが溢れて準備をしているそのなかに、小田亮先生もいた。大学を卒業して以来だから、その顔を見るのはもう十年ぶりぐらいになるはずだ。
「東京都立大学・首都大学東京 社会人類学研究会」という長い名前の会がここで開かれており、今回招かれて発表をするのが小田先生だということをネットで知ったのがしばらく前のことだ。研究室のサイトに仮題として載っていた題目は「ネオリベラリズムと二重社会論」。「どなたでも参加できる、オープンな研究会です」とサイトの案内にはあって、これはちょっと行かねばならないだろうときょう、心待ちにしていたそれへ馳せ参じたというのが前段の描写である。レジュメをもらって隅のほうのパイプ椅子に座る。レジュメに印刷された題目は「二重社会論あるいはシステムを飼い慣らすこと」。
「行ってよかった」と、会がはね、南大沢の駅まで戻ってきて「これから帰る」と妻に電話したあとで(「はあ?何してんの?」と妻)、Twitterで思わずそうつぶやいた。あの場に居合わせた学部生や院生の方々にとってどれだけピンと来る話だったかはわからないものの、わたしはとにかく興奮していた。とくに、質疑応答のなかで小田先生が口にしたいくつかの事柄がたいへん刺激的だったのだ。
小田先生の言う「二重社会論」についてはたとえばこちらを参照していただきたいが、その理論的枠組によって示されるところのものは、どうやら、ひどく単純で、ごくごく基礎的な〈何か〉──ものの見方、態度、あるいは希望それ自体──であるように思われてならない。

 「真正性の水準」とは、レヴィ=ストロース自身のことばによれば、「3万人の人間は、500人と同じやり方では一つの社会を構成することはできない」という、一見素朴で単純な区別である──だが、この単純さが重要となる。
小田亮「『二重社会』という視点とネオリベラリズム──生存のための日常的実践──」『文化人類学』第74巻2号(2009年9月)

 最近のいくつかの論文を読めばわかるように、小田先生はそれらのなかでくり返しくり返し、基本的にはただひとつのことを述べている。いや、「最近」どころか、少なくともこの十年、小田先生は同じひとつのことをめぐって、それを言葉にしようとしてきたはずだ。本質主義批判をつうじて登場した〈文化相対主義〉と、それへの批判として現れた〈戦略的本質主義〉との応酬に、それこそ「単純な」解を差し出そうとした「真正性の水準による区別の導入」というアイデアは、すでに十年前、成城大学の教室でわたしが耳にしていたものである──いま思えば、当時はまだそれにたいして「二重社会論」という呼び名が与えられていなかっただけで、そのアイデアから二重社会論まではあと半歩もないような距離だった。
以来、ホームページに掲載された大部の草稿「Web版『日常的抵抗論』」をはじめ、2006年にはじまったブログのいくつかの記事、去年『思想』誌のレヴィ=ストロース特集号に掲載された論文「『真正性の水準』について」、今年行われた講演の発表原稿「社会の二層性あるいは『二重社会』という視点──小さなものの敗北の場所から──、そしてつい先日『文化人類学』誌に載った論文「『二重社会』という視点とネオリベラリズム──生存のための日常的実践──(この日先生から一部いただいた)と、そのつど小田先生はその〈何か〉の輪郭を描くために外延を丁寧に辿り、問いを微分し、微分することによってときに対象の全体像そのものからは後退もしてみせつつ、論をすすめてきた。そしてその過程に付き合うなかで、わずかながらわたしにもその〈何か〉が掴みかけてきたように思うというのは、フラクタルな文様がそうであるように、微分されて全体から遠く隔たったはずの細部が、瞬間、全体と重なり、全体を照らしていることに気づかされるからである。そのときになってはじめて、すべてはあの十年前の教室のなかにもあったのだということに思いが至ることになる。こう言ってよいなら、それはとても感動的な瞬間なのだった。

時間的普遍性

話をきょうの発表にもどそう。
鍵概念となるのは、「一般性 − 特殊性」と「普遍性 − 単独性」というふたつの軸である。「一般性 − 特殊性」の軸は「非真正な社会」(法・貨幣経済・マスコミュニケーションといったメディアを介して想像された関係、あるいは〈システム〉)の側に寄り添い、いっぽう「普遍性 − 単独性」の軸は「真正な社会」(〈顔〉のある関係のなかで結ばれ、想像されるつながり)の側に重なる。
 たとえば「個性」というものを考えてみよう。「個性を育てよう」などと使われるところの個性だが、それはけっして代替不可能な何かではなく、他人との比較によって規定されるところの属性のことであって、その個性をもつことによって生まれるその人の「特殊性」は、同じ個性をもつ他の誰かによって替えがきくのである──「役者」も「うまい役者」もこの世にはあまたいるのであり、たとえ「世界でいちばんうまい役者」であったとしても、その人が死ねば、「世界でいちばんうまい役者」には他の誰かがなるだけのことなのだ。つまりそれは、その人がもつ複雑さを数量化し、「一般性」という土台(その代表が法であり貨幣である)に載せて比較できるようにしたうえでの「特殊性」なのである。だからたとえば、男で、日本人で、三十三歳で、会社員で、ウェブデザイナーで、異性愛志向で、既婚で、三男で、遊園地再生事業団というものにかかわっていて……というような属性をどれだけこまかく挙げていっても、その人のもつ「単独性」=「個のもつかけがえのなさ」には到達することがないのである。
 そのいっぽうで、個がそれぞれにかけがえのない存在であることはあきらかだ。それは「特殊性」によっているのではなく、「単独性」によってそうなのである。その人がかけがえがないのは、「世界でいちばんうまい役者」だからでも、「世界でいちばん速く走る」からでもない。そうした属性にかかわらず、人は、〈顔〉のある関係のなかにおいて互いにかけがえがなく、代替不可能なのである。
さて、質疑応答に入ってはじめに出た質問は、「一般性 − 特殊性」という軸は理解できるし、「特殊性」にたいする「単独性」もわかるが、では、「単独性」と対をなすものとしての「普遍性」とはいったい何のことなのか、というものであった。そのことに関してはわたしも発表を聴きながら同様の問いを頭に浮かべたのだが、そのとき考えてみたのはこういうことである。
 つまり、「単独性」が「個の代替不可能性」のことを指すのだとすれば、それにたいする「普遍性」とは、「個の〈根源的な〉代替可能性」のことではないのかということである。やや思考実験めいた話になるのだけれど、個が根源的に代替可能なものであるというのはつまり、〈わたし〉は〈彼/彼女であったかもしれない者〉としていまここにいるということである。生まれる時と場所がちがっていれば、あるいはほかの何かちがっていれば、当然のことながら〈わたし〉は〈彼/彼女〉として存在していたはずなのだ。そして、「にもかかわらず〈わたし〉である(わたしはいまここでわたしであり、彼は彼である)」ということのいわば奇跡が、返す刀で「個の代替不可能性」を生むことになる。その意味で、まさしく普遍的な事実であるところの〈どの生を生きる可能性もあったわたし=普遍性〉こそが、〈この生を生きるわたし=単独性〉を生む地平なのではないか。
 ──といったようなことを、わたしは質疑応答の最後で手を挙げ、発言したのだったけれど、それにたいする小田先生の指摘がまたぐっとくる。
 そもそも小田先生の使う「一般性 − 特殊性」と「普遍性 − 単独性」という用語は柄谷行人の議論(『探求 II』)から借用したものであり、また、「個の根源的な代替可能性」とそこから生じる「個の代替不可能性」との関係性についても、基本的には柄谷のその論のなかにある考えなのだけれど──そしてそれは基本的に「おっしゃるとおり」なのだけれど──、今回「単独性(=代替不可能性)」を説明するにあたってそれらの議論を用いなかったのは、つまり柄谷の論では、つきつめていくと「〈他者〉が要らなくなってしまう(「個」だけでもって「単独性」が成立してしまう)」懸念があるからだというのである。なるほど。
 だからこそ──と、わたしはいまひるがえって整理するのだけれど──、「にもかかわらず〈わたし〉であること」の奇跡は、つねに同時に、「にもかかわらず〈彼/彼女/あなた〉であること」の奇跡を目の前にしつつ感得されなければならないということではないだろうか。
もうひとつ。質疑応答のはじめの質問(「普遍性 − 単独性」の軸における「普遍性」とは何か)に答えて、「たぶんいちばん正しい答えはこれですね、『普遍性』は要らない(笑)。『一般性 − 特殊性』と『単独性』だけでいい。いや、論理としてね、もういっぽうも対になってると美しいから入れたんだけど」と、じつに痛快な答え(それこそまさに〈範列的言説〉!)を披露していた小田先生だけれども、そのあとにふと付け足した、「普遍性という言葉でぼくがイメージしているのは、〈いまこの時代に世界中のどこででも見られる〉というような空間的普遍性ではなくて、〈歴史上すべての時代において見られた〉というような時間的な普遍性だということです」というひとことにも、わたしはじつにはっとさせられたのである。

……)けれども、二重社会という視点からとらえる希望はもっと単純なものだ。それは、直線的な時間軸による〈もう − ない〉という見方そのものを拒否する。それは、非真正な社会における見方である。つまり、「問題 − 解決」型の思考が役に立たないことを認めつつ、非真正な社会のシステムから浸透してくる「自己選択」や「新しさ」や「オーディット文化」のもつ時間軸を、真正な社会において「つねに − すでに」という時間的普遍性の軸へとずらし、その強迫性を無にしてしまう実践にこそ、「希望」があるとするのである。
同上

いいかげん長いよ

会の終了後、小田先生に挨拶して少し話をする。さすがにわたしの顔を覚えてはいなかったが、石原ゼミにいたこと、ブログに何度かコメントした者であることを言うと、ああそうだったんだということになる。控え室がわりの研究室で一服しながら世間話。
単著を執筆中であると五月ごろにブログで報告していた小田先生だが、その作業は予想どおり遅滞しているという。単行本だそうで、来春ぐらいに上梓できればいいのだがという目下の見通し。たとえば『崖の上のポニョ』が、公開にさいして〈『風の谷のナウシカ』から二十四年〉といった謳われ方をしたように、それが〈『構造主義のパラドクス』から二十一年〉というような本になることをわたしは勝手に期待する者である。
ほとんど唐突な最後の引用は、たんにここに書き写したいがための引用である(ほんとうは流れのなかでそこまで話をもっていきたかったが、さすがにちょっと憚られる日記の長さになってしまった)
システム(この場合には貨幣)を飼い慣らす実践の一例として、小田先生が紹介するのがアフリカ・スーダン南部のヌアー社会における、〈貨幣の「牛−化」〉というひどく魅力的な事例である。ヌアーでは「1980年代に牛が商品化された」が、そこで起こったことはたんに一方的な「牛の商品化」だけにとどまらず、他方では商品の側が「牛−化 cattle-ified」され、さらには貨幣が「牛−化」されたのだという。いや、そう言われてもおそらく何を言っているのかわからないだろうこの〈貨幣の「牛−化」〉という事態は現象それ自体としても非常に面白いのだけれど、その解説はここでは省かせていただく詳しくはこちらを。ページの中ほどにそれに関する記述があります)

 貨幣を「牛−化」するというやり方は、グローバルな資本主義という巨大なシステムを前にすると、とるに足らないものであるかのようにみえるかもしれない。また、そのやり方がいつまで保持されるかもわからないし、それ自体はヌアーというローカルな社会でしか成り立たないやり方である。けれども、その区別によって、非真正な社会と真正な社会を区別しながら同時に、二重に生きることが可能となり、そのことによって非真正な社会に包摂されながらも、「ユニセントリックな」資本主義経済のシステムへの一元化を免れることが可能となっているのだ。それは、貨幣やシステムを追放することを夢想するのではなく、巨大なシステムに対抗するために同じ大きさや一般性を追求するのでもなく、媒体の変換によってそのシステムと真正な社会とのあいだの区分線をたえず引きなおし、そのあいだにグレーゾーンを生みだしながらその区別を維持していく日常的な実践である。あいだにグレーゾーンをつくることが、それを「同化的な接続」に見せてしまう理由となっているが、そのグレーゾーンや混合は、一元化を意味しているのではなく、ふたつの社会の様相を二重に生きることの結果であり、同時にその二重性を保つ方策でもある。
同上

本日の参照画像
(2009年10月30日 04:25)

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