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Nov.
2009
Yellow

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/ 30 Nov. 2009 (Mon.) 「12月へ」

「ウルトラマンレオ」より、円盤生物・ノーバ。

同じく、円盤生物・アブソーバ。

同じく、円盤生物・シルバーブルーメ。

「じゃれている最中にいきなり固まってしまうかわいい子猫の動画」という見出しをきょう、ニュースサイト「GIGAZINE」のRSSに見つけ、あらためて、Twitterのもつ「速度」ってやつを体感することになる。
案の定、「GIGAZINE」のその記事が紹介しているのは右掲のYouTube動画なのだが、この動画のことはすでに27日、Twitterのわたしのタイムライン上に流れてきていたし、直後にわたしもつぶやいて傍流(またべつの、誰かのタイムライン)へと放っていた。思えばこれまで、(まあべつに熱心に探したりはしないので)こうした面白動画的なものはたいてい「GIGAZINE」でまず知っていたわたしが、「GIGAZINE」が記事にする三日も前にそれを知るということがまず単純な驚きとしてあり、その驚きはべつだん目新しい驚きではないものの(「GIGAZINE」もまたかつてのある時点においては、それ以前の情報伝達の位階を崩した存在だったはずだ)、「ああ、そうなんだなあ」というふうな感慨はあるのである。
いや、そうなってくると今度は「速度の質」のような話になって、いきおいTwitter論のようなものへと接続したくなるのが人情だが、それには準備が足りなすぎ、猫はかわいすぎ、いまはただ「ああ、そうなんだなあ」という年の暮れである。
28日の夜はJCBホールでムーンライダーズのライブ。ムーンライダーズのよい聴き手ではちっともないし、そのライブへ足を運ぶのもはじめてだが、ふと先日ニューアルバム『Tokyo7』(9月発売)を買って、まあ、そのいきおいである。よかったなあ。オープニングのおそらくは「粋な」演出が、じつに「くーだらないことしてる」ように映るあたりはやはり年の功、あるいは人徳ってやつだろうか。
「新世紀エヴァンゲリオン」のTVシリーズを1話〜4話まで。妻が見てみたいというのでDVDを借りてきたのだ。深夜の再放送が話題になっていたころに見、一作目の劇場版も観に行ったはずだがいろいろ忘れている。3話目ぐらいで妻が、「この敵(「使徒」一般を指して)は、何なの?」と訊く。何だろうねえ。うーん、まあひとまず「円盤生物」みたいなものとして捉えてみたら?──と、なんーの考えもない喩えが一瞬浮かんだけれど、まったく説明になっていないと気づき口には出さず。
で、12月に突入した午前0時26分、これはほんとうに何の意味もない動画。

本日の参照画像
(2009年12月 1日 16:37)

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/ 26 Nov. 2009 (Thu.) 「深夜二時、渋谷NUTSで」

というわけでこれなのだ。生で観たんである。聴いたんである。平日深夜二時の渋谷。わたしもこの場にいた。上村君は叫んでいたらしい。

前日に、そうはいってもひとりは心細いだろうか(なにせクラブというところに行ったことがなく、ライブの前後の時間をひとりではたしてやり過ごせるのか)と上村君に声をかけた。若干予定を調整してくれたようで、急な誘いで申し訳なかったが、「行けそうです!」と朝、上村君からメール。
動画の冒頭でもZEEBRAがしゃべっているが、会場である「渋谷NUTS」は年内で閉店なのだそうだ(1997年に六本木でオープン)。で、今夜は、ZEEBRA × 高木完がプレゼンターをつとめてきた「HARDCORE FLASH」という定期イベントの(NUTSでの)最終夜にあたり、そういったこともあっての、このライブゲストということらしい。
会場のオープンが夜の11時で、Twitter情報によるといとうさんたちの出演は午前2時ごろ。11時に上村君とおちあって、さきに渋谷NUTSの場所を確認してから(これがけっこう探してしまった)、12時すぎまでマクドナルドで時間をつぶす。渋谷NUTSの入口は住所の番地と照らし合わせてようやくそれと知れる、看板も何もない、ビルの通用口のような佇まいの鉄のドアである。入場時には年齢確認のため、顔写真付きの身分証明書の提示が必須で、上村君とわたしはともにパスポートを出す。で、ボディチェックを経て、入場。中はまだがらがら。

入場。それなりに時間をつぶしたつもりがまだ早かったな。何しろこれから出るってつぶやいてるし。
12:27 AM Nov 27th from Keitai Web

 でまあ、コロナビール一杯だけたのんで、隅のほうのテーブルで上村君とずっとしゃべる。いやほんと、ふたりで来といてよかった。上村君とゆっくり話をするのもひさしぶりである。いつしかすごい人混みになっており、2時もちかくなったのでメインフロアに移動。すいません、すいませんと、わりと前方のほうに身体を滑り込ませると、すでにDJブースのむこうに腕組みしたいとうさんがいる。「ピテカントロプス・エレクトス」のTシャツを着ている。
「噂だけの世紀末」MC「ヒップホップの初期衝動」「東京ブロンクス」で、それはものの10分の出来事だった。ライブは、動画としてアップされているのがほんとにまるごと全部である。いや、尺としては「全部」なのだが、これっぽっちも「あの夜の全部」ではないと、言わずもがなの註を付けておくのがあの場に立ち会った者としての責務だろう。こんなもんじゃなかったのだ、生はすごかったと、ばかみたいにあたりまえのことを言い、ただ自慢する者へとわたしは甘んじて成り下がろう。とにかくただ、いとうさんを観ていた。コールへのレスポンスもせずに、ただただいとうさんのことを観ていたのだ。
NUTSの夜はおそらくまだまだつづくのだが、お目当てが終わってわれわれは会場を出る。入口のドアを抜けて歩道に出ると、てっきり楽屋にでもいるのだろうと思っていたいとうさんが帰り支度をしてそこに立っている。目が合うと「おう」という顔をされたので、「おつかれさまです」とだけ声をかけた。上村君はすぐに帰れるように自転車で渋谷まで来ており、じゃあわたしは会社までタクシーで戻ろうかと事前には考えていたが、興奮を持て余したふたりはすっかりばかになっており、「いいですよ、付き合いますよ」と上村君が言うので、てくてく、四ツ谷まで歩いたのだった。

余韻というもののなか、上村君と話しながら四ッ谷三丁目まで歩く。自転車の上村君とそこで別れ、わたしはもう少し歩いて会社をめざす。いま牛鮭定食。
4:09 AM Nov 27th from Keitai Web

 ああ、牛鮭定食のなんてうまいことか!

(2009年11月30日 22:26)

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/ 25 Nov. 2009 (Wed.) 「もろこしか、麹町のSALか」

amadana SAL

Apple iPod nano

Flip mino HD

amadana(アマダナ)

じゃあ、まずこれを。

 画面左隅に映るミカンがやけにしなびてはいないだろうかということはともかく、これがamadanaのポケットビデオカメラ「SAL」で撮った動画だ。まあこんなもんかという画質。とりわけこの場合は暗めの部屋で撮影していることで圧縮ぶり(低画質のJPEGのようなガビガビ)が目につくが、総じて、まあこんなもんかってところである──そうそう、公式サイトにあるサンプル動画もよくよく見れば同程度の画質なのだが、ぱっと見にはけっこうきれいな印象を受け、それって、明るい屋外で撮られていることと同時に、被写体や背景のチョイスがかなりうまいってことがあるのだなあと気づかされるのだ。
右上に貼った縦長のアフィリエイトバナーをとあるサイトで目にしてクリックし、ほぼそのまま購入にまで至ってしまったというわたしはなんてチョロい消費者なのか。ばかではないのか。冷静になれば、比較検討すべき商品としてひとつにはいまやムービーが撮れる「iPod nano」があるわけで、Macと組み合わせた場合の使い勝手が圧倒的にまさるだろうことは当然ながら、容量やバッテリーの保ちといったスペック面、価格面でもいちいち「nano」に軍配はあがるのだった。でも、「nano」が一刀両断のもとにだめなのは色とデザインだ。だめってこともないのだろうけど、まったくのところ好みでない。
だから、じっさいのところ脅威となり得るのは「Flip mino HD」のほうだろう。なにせHD画質だし、はなから「SAL」に勝ち目はない。で、逆に言えばつまり、「SAL」が戦略的にもつのはおそらく「QV-10」的な在り方ではないか。機能面でのもろもろの「至らなさ」が、かえって人を「撮る行為そのもの」へと向かわせるといったような、そうしたあれである。
「SAL」ではじめに戸惑うのは「電源オフ」についてだ。どうやら、基本的には「電源をオフにできない(しないで使う)」ものらしいのである。「オン」の状態で電源ボタンを2秒間押すと「スリープ状態」になるのだが、「SAL」においてはそのスリープ状態が「電源オフ」にあたるようで、スリープ状態のままさらに4時間操作がない場合に自動で電源が切れることを除けば、それ以外に、能動的に「電源を完全に切る」やり方はない(いじってみたかぎりはそうなのだった)。そういうものだと知れれば、べつにそれで文句もストレスもないのだが、取扱説明書の書き方がややあいまいなため、はじめ、「電源の切り方」を探して時間をとられてしまった。
あと、これは「10.6以降でのみそうなる」とか、ことによったらわたしの環境でだけそうなのかもしれないが、本体のUSBでMacにつなぎ、マウントさせた「SAL」のアンマウントができないのである。「は?」って話だろうが、そうなんだから仕方がない。デバイスを選んで「取り出す」と、いったんはアンマウントされFinderから消えるものの、消えたのも束の間、一拍おいてまたマウントされてしまうのである。何度やってみてもその繰り返しであり、いろいろ試してだめなので、けっきょく、「再度マウントされる前にすぐに抜く」というひどく肉体的な対処法でしのいでいる。
いや、だからこそわたしは、当分「SAL」をポケットにしのばせるだろうという話。

本日の参照画像
(2009年11月27日 23:57)

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/ 23 Nov. 2009 (Mon.) 「きょうもまた池袋へ」

こちら『時間のかかる読書』に。

こちら『アタとキイロとミロリロリ』に。

池袋のコミュニティ・カレッジ(西武池袋本店別館9F)で、「宮沢章夫 × いとうせいこうトークショー」。雑誌『一冊の本』に十二年に亘って連載された「文学でゆく 『機械』」をまとめた、宮沢さんの新刊『時間のかかる読書──横光利一『機械』を巡る素晴らしきぐずぐず』の発売を記念したイベントだが、同時に、手渡された参加チケットなどにはこうも冠が付けられていた。

「リブロ池袋本店改装記念」

 なにしろきのうの今日であり、時を同じくして『4.48 サイコシス』の楽日公演は行われているわけで、なんとなれば三時間前ぐらいから並んでそっちを観るという選択肢も浮上してしまったがため、前夜なかなか悩みはしたものの、やっぱり──〈行く末〉のことは知らず、〈来し方〉を見つめるならば──わたしは「こっち」なんだよなあと、そのスリリングな改装記念イベントのほうへ足を運ぶ。
行きの電車では「青空文庫」からプリントアウトした横光利一の「純粋小説論」(この評論のなかで突如、横光は「四人称」ということを言い出す)を読み、念のための予習。あ、なぜそれが「予習」になるのかについては、雑誌『文藝』の二〇〇九年冬季号を手に入れていただき、いとうさんが書かれている『時間のかかる読書』の書評をお読みになってもらえればと思いますが、まあそれはそれとして、そもそもこうした近代文学の「評論」たちはそれ自体で面白いのだった。何言ってるんだかさっぱりわからなくて面白い。

でまあ、時間は飛んで右はイベント終了後にいとうさんがTwitter上に貼っていた写真だが、いとうさんのiPhoneを渡され、撮影したのはわたしである。──そのことに驚くというのもかえって失礼な話なのかもしれないものの、まったく、いとうさんが完全にわたしの顔と名前を一致させているというのが、(わたしの側からすると)あらためてびっくりなのである。
もらいましたよ、サインも。宮沢さんのほうは当のその『時間のかかる読書』でいいとして、いとうさんにサインしてもらう本をどれにするか、家を出るさいに少し悩んで、結果、(『幻覚カプセル──絶望居士のためのコント』『ゴドーは待たれながら』などの候補を押さえ)『アタとキイロとミロリロリ』を持っていく。何がどうというのは書かないでおくが、これ、なかなかに個人的な思い出のある一冊なのである。

打ち上げにも参加。早稲田の学生であるイシハラ君ともしゃべった。「ここではありません」の米倉さんと、さらにはきょう、このトークショーのために静岡から日帰りで上京し、ことあるごとに「東京はたのしい」としみじみしてみせる木下君もいて、ふたりとは打ち上げのはねたあと、さらに新宿の椿屋珈琲店で小一時間ほど過ごした。そこでは米倉さんにたのまれ(自分でやると必ず手ぶれるのだそうだ)、レアチーズケーキを撮影するわたしである。
で、いや、肝心のトークショーの中身はレポートしないのかよって声もあろうかと思うが、

いとうさんと宮沢さんの、身をもって語る「リズムアナリシス」面白い!
8:14 PM Nov 23rd from Tweetie

と白水社のWさんがつぶやくその意味において、べつに、中身はどうだっていいのであった。

本日の参照画像
(2009年11月25日 04:35)

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/ 22 Nov. 2009 (Sun.) 「観られなかったという話」

寝ている妻を家に置き、東池袋へと出かけたのは『4.48 サイコシス』の当日券の列に並ぶためだが、まあその、だめだったのである。
販売開始の一時間前(開演の二時間前)に着き、それで二〇番目ぐらいだった(「ぐらい」というのは、どうやら一人二枚まで買えるらしいからだ)。当日券は「若干枚」という触れ込みだったからこの時点でもう、ああ、だめかあとあきらめかけたのだけれど、その後もどんどんと後続がやってくるのでひとまず並ぶことにする。途中で案内があり、係の人から「これ以降のお客様は、並ばれましてもご覧いただける可能性がきわめて低いです」と説明を受けて帰っていった人も含めると、ざっと八〇人ぐらいが並んだんじゃないか。
根拠もなく、ただなんとなく「寒空に並ぶ」というような絵を思い描いていて、すると一時間以上はつらいかなあという計算だったのだが、並ぶ場所は室温も快適なロビーで、しかも先頭の二五人ぐらいは床に座っていられるので、これだったら二時間前でもよかったんじゃないかとただそこが悔やまれる。本を読もうと持っていったのだけど、けっきょく一時間ぼーっとして過ごしてしまった。
販売された当日券はおそらく一〇枚程度、それ以降の一〇人ぐらいがキャンセル待ち扱いになってそれ用の紙を配布されていたが、その配布もちょうどわたしの前の人まででばっさりと終了。「ご入場いただいて、舞台装置などのインスタレーションを開演間際までご覧いただくことは可能です」と言われ、ちょっとぼんやりしていると、おや、そこにいるのは江尻君ではないか。『トーキョー/不在/ハムレット』の一年に亘るプロジェクトをともに演出助手仲間として過ごした江尻君である(最終的にかれは生中継カメラマン助手として本公演に臨んだ)。ほんと、あれ以来ぜんぜん会っていなかったから五年ぶりにちかい。思いがけぬ邂逅に気分も一転し、観られなかったことのもやもやが霧消するといったことは、残念ながらこれっぽっちもなかったものの、まあ、懐かしい人に会ったのだった。かれも当日券目当てで来てだめだったクチとのこと。
会場内のインスタレーションを眺めつつ、しばし江尻君としゃべる。聞けば、いまは早稲田にあるお寺に住み込みで働いていて(かれもわたしと同じで寺の息子だ)、劇作家協会の戯曲セミナーを受講したり、小さな舞台に出たりしてわずかに演劇の世界ともつながっているのだという。もちろん開口一番にちかく、「(鈴木)謙一さんはお元気ですか?」と訊く江尻君である。「元気だよ」と答えると「よろしくお伝えください」とのことだったので、よろしくお伝えしたいと思う。そうそう、ここもたまに読んでいると言っていた。で、話しているとそこへふと現れ、「相馬チケット取れたの?(「取れなかったです」)そうか。ぼくはね、取れたんだよ」と言って去っていった人があった。見たことのある顔だった。
会場をあとにしようとすると今度は、エレベーター脇に立ち、道案内役をしている丸瀬君にでくわす。「当日エキストラも募集中なんですよ。もしよかったら」と言われ、本気で少し悩んだ。終演三〇分前ぐらいに集合し、ラストの場面で大勢いっせいにわーっと舞台に出ていくのだという。そうかあ、このさいそれもいいなあと悩んだ末、けっきょくよすことにして帰途についた。

脈絡がなくてあれだが、そう、22日付の「LOSCO」(児玉君の日記)にあった、この言葉がとてもよかった。

とはいえこうして書いている。そういうものにこれはなったのだろう。

 これはちょっと、いい言葉だ。

(2009年11月24日 20:54)

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/ 21 Nov. 2009 (Sat.) 「エレキコミックのライブへ」

木曜の夜ぐらいから妻が風邪で寝ている。小康。「風邪」ってことでいいのかわからないが、熱は出ず、腹などに来ているらしい。
夜、エレキコミックのコントライブへ。六本木、俳優座劇場。何人かで観に行ったのだけど、そのうちのひとりである今野君から、

前の席で見ていた相馬さんがどこで笑うのかとかが気になってしまった。
バストリオ、書く! 六本木

というふうに見られていたとは思わなかった。まあね、あるよね、そういうことは。ちなみにわたしの前の席の田中夢はとてもよく笑っていた。
 わたしはあれだな、最後のコントの「ニャンパラリン」だな。たとえばこの「ニャンパラリン」の前半部がライブの冒頭にあって、後半部が最後にあるというような、そのぐらいの構成でもよかったんじゃないかとそんなことを思う。
その後、観に行ったメンバーとウェンディーズで長話をして帰った。
おお、なんて日記らしい日記。

(2009年11月23日 12:21)

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/ 20 Nov. 2009 (Fri.) 「いい年をした男が呻吟して書く日記である」

帰宅後、DVDで米朝の「まめだ」を聞き直す。

ビクター落語シリーズ『八代目 林家正蔵(1)』は「中村仲蔵」「火事息子」「一眼国」を収める。

こちら先代(八代目)、林家正蔵。

18日は誕生日だった。一九七五年生まれ、三十四歳である。釜山の射撃場火災のニュースに際してその被害者が「三十七歳の同窓生グループ」だったと聞けばそこはそれ、「もうだいぶいい年をした男たち」の顔を思い浮かべていきおい「三十七」を見上げるような恰好になるけれど、そう、あんまり変わらないっちゃあ変わらないのである。わたしも「いい年」なのだろうか。あるいは「男盛り」ってやつ。「男盛り」はいやだなあ。どちらかといって、できれば男盛らない方向でゆきたいと願う。ただ、ハゲはかなり進行している。「あちゃー」と上から覗いた妻は言うのだ。
その18日の午前中、会社へ来てから児玉君の日記を読み、デーデの死を知る。デーデは、児玉君の同居人によって拾われて9日にかれらの家にやってきた仔猫だ。9日の日記ではまだ名前がなく、「名前はデーデに決まった」と報告されたのが11日の日記、先住猫のもきちとひとつのフレームに収まったモノクロの写真が添えられた12日の日記を経て、四度目の日記で、デーデはかれらとわれわれのもとを去っていってしまった。児玉家の新入りのことはわが家でも毎日話題にしていたので、その死を妻に報せようとメールのウィンドウにむかう。本文には17日付のその日記のURLだけを貼り、タイトル欄には「無題」と書いた。いかんともしがたいそのときの気分がわたしに「無題」と書かせたが、いざ、送信ボタンを押そうとして「そんなばかな」と思いとどまる。タイトル欄を「デーデ」と書き直してから妻に送った。そんなばかな、無題ってことがあるかよ、「デーデ」だったのだ、その猫はたしかに。
19日には当代の(ってあたりまえだけど)林家正蔵を観た。ほんの数時間前までちっとも予定していなかったことだが、降って湧いたように観に行ったというのは会社から歩いて十分もないところの、「紀尾井小ホール」が会場だったからだ。「秋の正蔵 其の四」と題された独演会。「『らくだ』と、もう一席」と事前に演目が案内されていたが、思いがけず、そのもう一席というのが「まめだ」だった。泣いたのだった。わたしはこの噺にめっぽう弱い。二〇〇二年の六月に、京都で桂米朝のそれを聞いたが、そのときも泣いて京都をあとにした。デーデのことも、少しあったかも知れない。
紙切りをはさんで二席目が「らくだ」。こちらは幾分もの足りず。悪いってことはなく、当代正蔵のもつ「型」のようなものに噺はおさまっていたけれど、「この噺を正蔵で聞く意味」があるとはまだ思えない出来。場面々々にあまり深入りせず、ポイントからポイントへあっさりつないでいくような運びだったからてっきりこれはサゲまで演るつもりなんだろうと思って観ていたが、ヤクザ者と屑屋との関係が逆転したところで切った。切るところのリズムがなんだかヘンで、うーん、演るつもりで高座にあがったものの出来やなにかから判断してやめたんじゃないかと、これは勝手な想像。
ところで正蔵は、わたしのまわりでめっぽう評判がわるい。先日友人宅に人が集まって鍋を囲んだときも、(どういう流れだったかは忘れたが)正蔵の話題になり、それはつまりテレビで司会やなにかをしている正蔵(というかまあ「こぶ平」)の話なんだけど、みな口を揃えて「だめだ」と言うし、いま、これを書いているのを脇から覗いた妻も「そりゃそうだよ」とばっさりだ。わたしは逆にテレビの正蔵をあんまり知らないので、まあ、きっとだめなんだろうと想像するだけの話だ。ただ、落語にかんしては擁護したいし、なんというか、見守る甲斐はあるとみる。
当代のことはそのぐらいでいいとして、いま、わたしが声を大にしたいのは先代のことだ。この日、わたしははじめて先代の良さを知ったのである。前夜に買った落語のCDのなかから、先代正蔵の「中村仲蔵」を仕事中に聞いていて、泣いてしまったというと大袈裟だけれど、ちょっと泣きかけた。ぞくっときたのだ。あれ、クライマックスは仲蔵でもそのおかみさんでもなく、失意の仲蔵が町で耳にする江戸っ子たちの会話である。一九六五年の録音で、正蔵七〇歳、木久扇らの物真似によってパブリックイメージとなったあの調子よりも口調はまだ速く、なるほど、こういうことだったのかとわかる音源。つづけて「火事息子」。これも六四年の録音で、すばらしい。
先代の桂文楽がどこまでも〈調子〉の人だったとすれば、先代林家正蔵は〈型〉の人だったんじゃないか。と、CD二席聞いただけで何を言ってやがんでいって話だけれど、で、その〈型〉の人という捉え方のうえに、先代と当代を通底させることができやしないかというのが目下の見込みだ。見込みは、えてして外れるものだけれども。
前夜に買ったと書いたCDは柳好二枚、正蔵一枚、可楽一枚、柳朝一枚(いずれも「ビクター落語シリーズ」)、そして「志ん生初出し」という七枚組ボックスだ。話ここへ至ってついにあきらかなように、いま、まさに落語ブームである。今回の発端はやはり、『落語研究会 八代目桂文楽 全集』をとうとう買ってしまったことにあるだろう。

amazonからのメールで『落語研究会 六代目三遊亭圓生全集 上』(DVD12枚組)を勧められる。そりゃまあそうなるだろう。こないだついに桂文楽全集を買った。小三治、志ん朝上下、文楽とここまでシリーズ皆勤。
12:35 PM Nov 17th HootSuiteで

なんとなく「圓生は(買わなくて)いいか」と思っていたのだけれど、こないだ思い至ったのは『十代目金原亭馬生全集』の可能性だ。待てば、かなりな確率で出るんじゃないのか。だから、それまではこのシリーズに好調を保ってもらわないといけないってことがあって悩ましいよ。
12:48 PM Nov 17th HootSuiteで

うーん、正蔵全集→小さん全集→馬生全集→柳朝全集ぐらいの順番かなあ。
12:58 PM Nov 17th HootSuiteで

本日の参照画像
(2009年11月22日 02:24)

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