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Jan.
2014
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/ 10 Jan. 2014 (Fri.) 「おくればせ新年の挨拶に、たまった日記も添えて」

あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。
今年の賀状がこれですが、真似たのでもなんでもなく、そのまんまの「コウガグロテスク」(平野甲賀さんの描き文字から作られたフォント)です。「平野甲賀の仕事 1964-2013 展」の図録を買ったら付いてきたもので、このような場面でないとおよそ使う機会もないだろうし、また、「賀正」の二文字だけならまだなんとか手に負える(?)かと、思い切って使ってみました。というかまあ、いよいよ押し詰まった 31日の未明に、エイヤッとこしらえたという、そういうことでございます。

12月21日(土)

夕方から出かけて武蔵野美術大学へ。国分寺からバス。駅前の案内版に従ったつもりが迷い、バス停探しで予定外に時間をロスした。大学内にある美術館で「平野甲賀の仕事 1964-2013 展」。閉館の一時間前ぐらいにすべり込む。
すごかった。めんどくさがらずに来てよかったとつくづく。図録には載っていないのだが、順路のまずしょっぱなに「演劇センター」時代の公演チケットがいろいろ並べてあり、それがいちいちかっこいい。しびれる。ほんとは三時間ぐらいかけて見ないといけない──というか、そのぐらいの時間、身を置いていたい──のだがあいにく閉館まで一時間しかなく(しかも今日が最終日)、書籍の装幀はすっぱりあきらめて(それらは図録にたよることにして)、もっぱら演劇のポスターを見ていた。B全サイズのでかいポスターたち。その熱。『チャンバラ 楽劇天保水滸伝』の、清水綋治さんのかっこよさ。
とにかく、まだまだできることはあるなと思わされた、そのことが何よりの収穫。

前回の更新が 12月11日付の日記。それを 23日に更新したのが去年の最後で、以降ぱったり途絶えているうちに年もあらたまってしまったわけだが、いっぽう、前に話題にした児玉(悟之)はというと、きれいさっぱりリセットされたそのサイトにて元日からの日記がしずかに書かれはじめ、継続中なのだった。えらいなあ。日記たるもの、かくありたいよ。

12月12日(木)

正月の歌舞伎か相撲を観に行こうと母から電話があったのがおとといぐらいで、きょうが「壽初春大歌舞伎」のチケット一般発売日だった。10時ちょいのアクセスで、松竹のチケット販売サイトにて無事に買えた。
タイムラインに促されて文芸誌の 1月号を買い、ちょっとした年末感を手に提げて歩く。『群像』と『文學界』。『群像』では古井由吉の隔月新連載がはじまった。「躁がしい徒然」。この連載は〈連作短篇〉になるのだろうか、それとも〈長篇〉か。会社ちかくの小さな本屋に行ったのだが、『新潮』だけ棚になかった。
帰宅時、風に吹かれたかして散らかった頭髪がなかなかにみすぼらしかったらしく、妻は念の入った声で言う。
「ハゲてるよ」
「えぇっ!?」
「照れちゃう?」
「照れちゃうなあ」

その妻は 12月13日が誕生日だった。お祝いはタイ屋台料理屋「カオマンガイ」のテイクアウトと、若干のケーキ、それとクリスマスローズの鉢。ポシュテ(猫)が食べようとするのでクリスマスローズは早々に浴室に移された。

12月14日(土)

都立家政で鍼。「ぼく、時代劇好きなんですけどね」とおもむろに言うその鍼の先生は、テレビ東京の「新春ワイド時代劇」の放送時間枠が年々短くなっていくこと──長らく「12時間超ワイドドラマ」と題されてそのとおり 12時間放送だったものが 2001年に 10時間に短縮、2007年からは 7時間になり、今年の「影武者 徳川家康」はついに 5時間となった──を嘆いていた。でも、「影武者 徳川家康」は楽しみにしているという。
銀座へ移動して床屋。髪を切る。有楽町でひさびさ眼鏡の調整。で、EXシアター六本木にて、CSS(Cansei de Ser Sexy)のライブを観た。

12月18日(水)

わたしは行かなかったものの、遊園地再生事業団プロデュース『ヒネミの商人』はきょう稽古初日。
秋葉館オリジナルのワイヤレス角マウスが発売。「いま角マウスの復刻版を作るならどの機能がほしいか、あるいはいらないか」という製品化アンケートが今年の 2月ごろにあり、それに回答していたため発売の案内がメールで来てすぐに知った。ちなみにそのアンケートでは

  • ワイヤレス
  • 2ボタン(左/右クリック)
  • ホイール
  • ダミーボール(ボールマウス特有のゴロゴロ感を再現)

を要望したが、それでいくと製品ではダミーボールのみ不採用となったかたちだ。ダミーボールは、ゴロゴロ感はまあオマケとして、「重さ」の確保のためにもあったほうがいいのではないかと思われた。

スクロールホイールは本体側面に付いた。なかなかのアイデアというか選択だと思うものの、写真を見るにその位置がちょっと手前すぎやしないかということが気にかかる。いや、これはマウスの持ち方の問題なのだと思うけれど、わたしは掌でマウス全体を包み、小指球と母指球(手首にちかい膨らみの小指側と親指側)のあたりがマウスのお尻(あ、ケーブルをネズミの尻尾に見立てるならアタマ)に触れるように持ちたいたちだ。で、アップルの Magic Mouseの登場ではっきりしたけれど、どうやらこの持ち方〈=包み型〉はいまの時流ではないようで、本体の後方をつまむようにして持つ〈つまみ型〉こそがいま求められているマウスの持ち方らしい。でもなあ、こと角マウスにかぎって言えば、あのフォルムは〈包み型〉のためにこそあると思うけどなあ。
とか、いろいろ思いつつとりあえず商品は注文。
夜、下北沢の「B&B」で佐々木敦さんと宮沢(章夫)さんのトークショーを聞く。会場で佐々木さんの新著『シチュエーションズ──「以降」をめぐって』(文藝春秋)を買おうと思ったら、1,000円も持っていなかったわたしだ。

12月20日(金)

夜、KAATでチェルフィッチュ『地面と床』を観る。うかうかしていたら前売りが完売していた。当日券に並ぶ。会場で、こないだ買い損ねていた『新潮』1月号(『地面と床』の戯曲が載っている)を買った。
『エヴリシング・オア・ナッシング:知られざる007誕生の物語』をテレビ録画した DVDを小笠原(悠紀)にあげる。誕生日プレゼント。

12月22日(日)

ふたたびの EXシアター六本木は細野晴臣さんのライブ。妻と。終演後の会場で「高橋幸宏with 小山田圭吾× 砂原良徳× TOWA TEI× ゴンドウトモヒコ× LEO今井」(1月17日)と「ROCKADELIC ENSEMBLE 高田漣」(1月18日)のチケットも買ってしまった。
立川にもどり、「五楽」という焼き鳥屋で食事。

12月23日(月・祝)

よみうりホールで「今年最後の立川志らく独演会」。粗忽長屋/志らく、やかん/志らく〈仲入り〉芝浜/志らく。

@tatekawashiraku: 談志が亡くなってから代わりに始めたよみうりホールでの年末芝浜の会。三年の約束。今年が最後。芝浜以上に目玉が「やかん」、談志の聖域。談志とはかなり違う「やかん」が誕生する。
2013年12月14日 18:51

というこのツイートを見、わりと直前になってチケットをとった。ついでに当日パンフレットの文章も紹介しておくとこんな感じ。

 談志が亡くなった直後に始めた年末の「芝浜」の会。約束は三年。今年で最後。
 来年からの年末はまだ企画を模索中だが、Twitterやホームページでリクエストを募集して上位三席を高座にかけるという会にしようかと考えている。
 今年の会はなんといっても「やかん」。究極の談志イリュージョン落語。まだちと早いと思うが、この噺を十八番に出来れば志らくの落語家人生目標達成である。
 「そこつ長屋」は談志がいなくなってから自分の作品に出来た噺。なんのかんの言って、未だに談志で落語をやっている。私だけ上納金を余計に納めないといけないか。一時は卒談志をテーマに掲げて落語をやっていたが、最近は生きている談志がテーマになっている。もう少しお待ちを。来年 6月の演劇らくご「芝浜」をきっかけに脱談志を目指します。今年の「芝浜」はその前哨戦になります。
立川志らく「今年最後の立川志らく独演会」当日パンフレット

 おととしの、談志の亡くなった直後のこの会を観ており、二年ぶり。「芝浜」は、二年前のそれと大枠では変わらず、こまかにチューニングが施されているという具合か。涙点はやはり、「魚屋が魚売らなくなるのもよくないこった!」(だっけか。ちょっとうろ覚え)だ。談志版「芝浜」の一大革命である「大家えらい」──あれは 2001年のよみうりホールだったろうか、その革命の瞬間にわたしも居合わせた──も、そこまで主張しないかたちで、もはや話形の一部として控えめに組み込まれているのが好ましい。
ところで古今亭系の「芝浜」は、起きた亭主が河岸へと出かけたあとの、財布を拾うまでの場面を演らない。そこを省略して財布を拾った亭主が家にもどってくるところへつなぎ、帰ってきた亭主の口から河岸で何があったかを説明させる。「浜での描写を直接こまかに演ったのでは、あとで夢にならないじゃないか」という理屈で、意外に思われるかもしれないが(5代目古今亭)志ん生のリアリズムの発露とされる演出だ。もちろん、志らくの「芝浜」では浜での描写が克明になされるのだが、しかしそこにおいても同様に、「いかにしてアレを夢にするか」というその一点──そして、ソレがついに〈夢=ファンタジー〉になったその瞬間に、「夢ンなるといけねえ」のひとこともまた結実するという仕掛け──にむかってすべてが組み立てられていくという意味において、またことなるリアリズムが採用されていると言えるのかもしれない。ファンタジーと、それに奉仕するリアリズムの、そのバランスとアンバランスのごく近くに、ひょっとすると〈イリュージョン芝浜〉の可能性も佇んでいるのかもしれないと、ふと思う。そして、そうしたなかで、亭主が夢だと納得するところでの最後の「ウミウシ」だけが、もうひとつ惜しいというか、もうひと越えした組み込み方があるのではないかという印象が残る。

って長いよ。落語だからって何を興奮してるんだわたしは。「やかん」についても書きたいが、それはまたの機会に。で、あらためて比較検討の資料にと、志らく独演会の翌日、というのはクリスマスイブの夜だが、「やかん」(2005年10月12日、国立演芸場)と「芝浜」(2006年12月2日、三鷹公会堂)の高座が収められている『映画 立川談志 ディレクターズ・カット』のブルーレイも買ってしまった。
そして、年末に不意にやってきたのは「安倍首相が靖国参拝」のニュース。

12月26日(木)

disappointed. まさに「がっかり」。
菩提寺へ行けよ、と思う。個の追悼を奪うな、とも思う。靖国という〈国家装置〉の成り立ちと性格を考えるなら、首相による参拝が、とりもなおさず「そこに祀られるべき新たな死者を予定する」という行為になってしまうことはいかんともしがたい。「予定せざるをえないじゃないか。国家とはそういうものじゃないか。犠牲なき国家が存立不可能(少なくとも実現困難)であるという〈絶対的犠牲の構造〉のなかで、それは正当化されてしかるべきではないか」という、もう一歩進んだ(?)問いを措定したうえでもなお、わたしはこの高橋哲哉さんの言葉、そして高橋さんが引く魯迅の言葉をここに引いておきたい。

 私の認識はこうです。あらゆる犠牲の廃棄は不可能であるが、この不可能なるものへの欲望なしに責任ある決定はありえない、と。
 (中略)
 かつて魯迅は『狂人日記』のなかで、「人間が人間を食って」生きている社会の戦慄を描きました。もっとも戦慄すべきことは、「人食い」に戦慄する自分自身がその「人食い」の社会のなかで生きてきたこと、また生きていることでした。「絶対的犠牲」の構造とは、私たちの生と社会のいたるところに「人食い」があるということを意味しています。魯迅はしかし、「人間が人間を食う」社会に絶望しつつ、しかし希〔まれ〕な望み=希望への問いを最後に発したのでした。

人間を食べたことのない子どもがまだいるかもしれない。
子どもを救え!

 私たち自身のなかに、「人間を食べたことのない子ども」への問いを見出すこと。「人間を食べたことのない子ども」への希望を目覚めさせること。
高橋哲哉『国家と犠牲』(NHKブックス)〔太字強調は原文〕

靖国問題については小泉首相当時の 2005年の日記に、これこれこれというふうに連続して書いているので、お時間のあるかたはそちらも併せて参照していただければと思います。あと、ここのコメント欄ではそれらの日記をめぐって、兄弟三人で会話もしています(「ま」という署名が長兄、「あ」が次兄。ちなみに「ま」は住職)

ふたたび、12月26日(木)

夜、『ヒネミの商人』の稽古後に開かれた懇親会に途中から参加。スーザン・ソンタグの新刊(『こころは体につられて』)が出ていることをタイムラインで知る。

12月27日(金)

トム・コンティ

夜、渋谷へ。オーディトリウム渋谷で『戦場のメリークリスマス』(大島渚監督、1983年)だ。予定よりもぎりぎりの時間になってあわてつつ、渋谷地下街の「ありいづみ」で刻み煙草の「小粋」を買い、ブックファーストでソンタグの新刊と、ついでに(たぶん家にあるんだけどさ、の)『反解釈』を買って、あと『ハイスコアガール』の 5巻も買って、それで劇場にすべりこむ。
いやー、安倍(晋三)さんなあ、せっかくちょっと顔はトム・コンティっぽいのになあ。あと、デヴィッド・ボウイはいくぶん、戸浦六宏に似てないだろうか。
で、帰宅後に、録音しておいた TBSラジオ「林美雄 空白の3分16秒」を聴く。

12月30日(月)

こまごまとした買い物など。年賀状、プリンタインク、エアダスター、ポチ袋。あと、テレビ録画用のハードディスクも買い足した。といって、年末年始に録画予約したのは WOWOWの「帰ってきたウルトラマン」だけだけど。

こうしてさも、日々の日記の(更新していなかっただけの)下書きがあったかのように書いているけれども、じっさいには全部いま書いている。出来事の参照に用いているのはツイッターのつぶやきのほか、「Moves」(歩計・移動記録アプリ)「Active Money Pro」(家計簿アプリ)「Day One」(日記・メモアプリ)といった外部記憶たちだ。で、ごくたまにしか使っていないその「Day One」の 12月31日のメモには、ただこう記してある。

3:07
ブロークンフラワーズ。

 31日の未明に、日本テレビの「映画天国」枠で『ブロークン・フラワーズ』(ジム・ジャームッシュ監督、2005年)をやっていて、風呂に入り、置いてある防水ワンセグテレビを点けたらそれがはじまったところだったという、ただそれだけのメモ。なぜそのことをメモする必要があったのかわからないというのは、なにせ相手はポータブルの、電波状況もさほどよくないワンセグで、さらには風呂から上がり、居間や寝室のテレビに移動してそれをしまいまで見たということですらなかった。ただ、そのぼやんとした液晶のなかのビル・マーレイはやはりかっこよかったし、ワンセグを介した『ブロークン・フラワーズ』との一瞬の邂逅が、いよいよ押し詰まった暮れの空気にどこかなじんでいた。

12月31日(火)

朝、「大滝詠一死んじゃったよ」と妻に iPadを差し出され、それで訃報を知った。部屋の BGMには『NIAGARA CALENDAR』。まさかなあ、「Rock'n' Roll お年玉」に目を潤ませられる日が来るとはなあ。大学時代のある時期、わたしの日々は『NIAGARA CALENDAR』とともにあったと言っても過言ではない。合掌。
午後に出発してわたしの実家(茨城県筑西市)へ帰省。一泊だけして元日に帰京。
この暮れ、まさに Facebookユーザー冥利に尽きるといった事態が起きたのは、小中同窓のHさん(旧姓Oさん)から友達リクエストが届いたことだ。まあその、初恋のひと(実ってはいない)ってやつですね。いや、こまかなことを言うとほんとうの初恋はHさんではなく、その前に、たしか「大森さん」じゃなかったかなあというひとを好きになっているのだが、なにせ、ほんとうに「大森さん」だったかということすらいまとなっては曖昧なうえ、顔もほぼ覚えておらず、ただ「Hさんの前にもうひとりいた」ということだけが記憶にはあって、思い出そうとすれば手前に花壇、奥に校舎、そのあいだにぼんやりと女の子という、まったく情報量がないにもかかわらずそれはそれでもう二十年以上変わらぬ情景が浮かんでくるという、いわばそれは〈伝説上の初恋〉だから、このさい便宜上、Hさんを初恋のひととしてもいっこうに差し支えはない。
何の話だ。
あ、そうそう、実家のリビングダイニングからは冷蔵庫の背が見えていて、そこに姪の描いた絵や習字作品が貼られているのだが、そのひとつに「軽い荷物」と書かれた習字があった。おそらくはたんにそれが課題の言葉だったのだろうと思うが、いや、楷書でしっかり書かれてみれば、なんだかいい言葉だなあと思うのだった。

1月3日(金)

こんどは妻のほうの実家(埼玉県北本市)に帰省し、たらふくもてなされる。こちらも例年どおり一泊して帰京。

1月6日(月)

軽いお姫さま。

1月7日(火)

妻が髪を切る。夜、ルアプルのミーティング。

1月8日(水)

きせる掃除。Mac Proをふと。

最後、雑じゃないか?

(2014年1月11日 18:21)

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