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Jan.
2014
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/ 25 Jan. 2014 (Sat.) 「準決勝の録画を見る」

トリン・T. ミンハ『ここのなかの何処かへ──移住・難民・境界的出来事』(平凡社)
小森陽一『構造としての語り』(新曜社)

というわけでまんまと、ナダル v. フェデラーの結果を知らぬまま過ごした。いまでも知らずにいる──と書けば漱石の『こころ』めいてたのしい1]のだが、そうしていると次の決勝も見られないので録画を見ることにする。誰か v. バブリンカであるところの男子シングルス決勝は明日( 26日)の夜だ。

1:漱石の『こころ』めいてたのしい
「奥さんは今でもそれを知らずにいる」と「上 先生と私」の十二章にある。この記述が足がかりのひとつとなる〈手記を書く現在における「私」〉という問題こそが『こころ』を読む醍醐味だが、たとえば小森陽一「『心』における反転する〈手記〉」(『構造としての語り』所収)では、語る現在における「私」(=青年)と「奥さん」(=静)との〈共棲〉というあざやかな物語が読まれている。

ところでわたしはテニスにかんする日本語ニュースソースとして、これまでもっぱら「 tennis365.net」を参照していたのだが、先日来「 THE TENNIS DAILY」も読むようになってその記事の(というか多分に訳文の?)質の差に驚いている。前者の翻訳記事の投げやり感はかなりのものがあり、それに比すと後者にはだいぶ「記事」っぽさがあるのだった。
もういっぽうの準決勝をバブリンカが制したことで、もしフェデラーが勝てば「スイス・ファイナル」となる状況ができあがり、「ああ、それはいいストーリーだなあ」といった感慨と期待と願望とがどことなくただようのがこの準決勝(いや、だからきのうの夜に終わってるんだけど)なのだが、過去の対戦成績や昨年来の調子、贔屓目のないところに想定される現時点での「実力」ってことでいけば、やはりオッズが低くなるのはナダルのほうだ。ただ、ナダル側の唯一と言っていい不安材料が「マメがつぶれた左手のひら」で、痛み云々はともかく(!)、厚いテーピングをそこに巻くためにグリップを握る感覚に微妙に違和が生じ、それが試合にどう影響するかわからないという事前情報である。THE TENNIS DAILYの配信する記事もどことなく、スイス・ファイナルになれば面白いという興味からフェデラー寄りの視点でより多く書かれているように見えるその状況のなかで、だからこそ、記事のしめくくりにそっと添えられたこの一文にはぐっとくるものがあった。

 ナダルは左手のひらにできたマメに苦しんでいる。準々決勝でも22歳のグリゴール・ディミトロフ(ブルガリア)を相手に第1セットは落とし、第3セットでもセットポイントを許すなど苦戦した。彼は手に厚いテーピングを施し、サービスを打つのに影響があると認めている。
 だが、女子の準決勝に注目が集まる中で、彼は木曜日の練習ではテーピングなしで練習している。
まずはバブリンカが決勝に進出。次はナダルか?フェデラーか? [全豪オープン]|グランドスラム|ニュース|THE TENNIS DAILY

わたしもまたフェデラーに期待していた(というか、今大会の「期待できるフェデラー」にわくわくしていた)ひとりだったが、結果はナダル。フェデラーもけっしてわるくなかったのだが、これが相性というものかの 7-6(4), 6-3, 6-3 ストレートである。テーピングにかんしていうと、ナダルは試合途中にメディカルタイムアウトをとってマメの治療をおこなったあと、以降テーピングをせずにたたかった。
あ、前にも書いたけど、ナダルについてはその、どことなく顔が高校同級の永澤(悦伸)に似ているという一点でもってわたしは好きなのだった。がんばったな永澤。おめでとう。
トリン・T. ミンハ『ここのなかの何処かへ──移住・難民・境界的出来事』(平凡社)と、『天然生活』の 3月号、『となりの関くん』5巻、『ちはやふる』22、23巻を買った。

Walked 3.2km • 4,391 steps • 42min • 155kcal.
Cycled 3.5km • 13min • 74kcal.
本日の参照画像
(2014年2月 7日 12:10)

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