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Apr.
2015
Yellow

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/ 2 Apr. 2015 (Thu.) 「春」

40代前半の米朝。かっこいいんすよ、とにかく。

リハビリ、リハビリ、書くリハビリ。
web-conte.comで使っているサーバを引っ越した。数ヶ月なんの更新もなかったので注目する向きもほぼなかったろうが、ここ二日ぐらい表示がおかしかったり、アクセスできなかったりしたのはそのためだ。きょう無事完了、したはず。
(長兄の長女)がこの春から大学生。美大に受かった。キャンパスまでの電車の便がわりといいということで、試験期間中は一週間ほどうちに泊まり、各試験会場に通っていたが、春からの部屋もけっきょく立川で借りて、うちからごく近いところにこないだから住んでいる。
せんだっては牛尾(千聖)さんがうちに来た。新しく起ち上げる個人サイトの相談。行ったところでほんとにまだなんにもないけれど、ushio-chise.comというドメインだけひとまず用意した。そのうち、ここで何かがはじまる予定。
春をすこしだけ前に、(桂)米朝が死んだ。忙しくしていた日で、訃報が世間をひとめぐりしおえたぐらいに後れてニュースを知った。

 前にも、「落語は正面きって述べたてるものではない」と書きましたが、汗を流して大熱演する芸ではないのです。……実際は、汗を流して大熱演していても、根底の、そもそもが、「これは嘘ですよ。おどけばなしなんです。だまされたでしょう。アッハッハッハ」という姿勢のものなのです。
 芸人はどんなにえらくなっても、つまりは遊民(何の仕事もしないで暮らしている人)なのです。世の中の余裕──おあまりで生きているものです。ことに、落語というものは、「人を馬鹿にした芸」なのですから、洒落が生命なのです。
 わたしがむかし、師匠米団治から言われた言葉を最後に記します。
『芸人は、米一粒、釘一本もよう作らんくせに、酒が良えの悪いのと言うて、好きな芸をやって一生を送るもんやさかいに、むさぼってはいかん。ねうちは世間がきめてくれる。ただ一生懸命に芸をみがく以外に、世間へのお返しの途はない。また、芸人になった以上、末路哀れは覚悟の前やで』
桂米朝『落語と私』(文春文庫)

「末路哀れは覚悟の前」なのだし、往生にもとより過不足のあるはずもないものの、とにかく不足なく、全うして逝ったという印象だからさほどの動揺はなくて、訃報に触れ、「あっ」となったのちにやがて寄せてくるのは静かな感慨のようなものだ。いまはただ、その最晩年にすべり込めたことをひとえにありがたく思うばかりであり、大阪・京都まで追いかけた当時のわたしの〈熱〉と〈浮かれ〉について、あらためて自慢したい思いだ。

  • 古手買い、肝つぶし ( 2001.5.3、大阪・トリイホール)
  • 天狗裁き、たちきれ線香 ( 2001.11.30、東京・日経ホール)
  • 風の神送り、まめだ ( 2002.6.1、京都府立文化芸術会館)
  • 足上り、崇徳院 ( 2002.8.28、京都府立文化芸術会館)
  • 抜け雀 ( 2003.1.11、滋賀・近江八幡市文化会館)

生で観たのはこの 9席。とりわけ「肝つぶし」と「まめだ」、「足上り」が強烈に印象に残っている。

▼かつて我々が「プロレス」だと思い、それゆえに「プロレスが好きです」と言ってきたものが、今となって実は「猪木」だったと分かるように──喩えて言えばそういうことなのだが──、ひょっとして我々が「上方落語」だと思っているものは「桂米朝」なのではないか。そう思ってしまうだけの名人が、目の前なのだった。「上下〈かみしも〉を切る」ことによって突如そこに構築される空間と時間が、ちがう。ちがうと言うか、なんだこりゃだ。問題は圧倒的に、「ナマだ」ということの方にあるだろう。「ナマだ」ということに比べれば、おそらく、「大阪だ」ということはちっちゃな要素にすぎない。(というのはしかし、「大阪で」「ナマで」見た人間の言い草でしょうか。)「東京で見る」ことのデメリットは実際、「大きいホールになってしまいがち」ということの方にあるんではないかね。トリイホールはまったく、こぢんまりしていてよかった。詰まるところのアドバイスはまあ、「急げ、急ぐんだ、みんな。」ということであって、それはもう変わりようがない。『米朝全集』等のパッケージで馴染みのある姿が早もう十年近く前のものであって、うん、そうだよなあというお歳なのだった。
web-conte.com | Red | コーナーの日記/2001年GW特別篇「今しばらくの、うわの空」

ところでさっき引いた、米朝が師匠・米團治に言われたという言葉だけれど、これ、いちばんの要は「むさぼってはいかん」てところなんだろうなあ。前後の文脈からは「芸をむさぼるな」という意味に取れるが、それ、簡潔ながらとてもむつかしいことを言ってるような気がするよ、米團治は。
2012年8月の「米朝一門夏祭り」で、併催されていた「桂米朝展」の、こともあろうに年譜のパネルでもってちょっとうるっときてしまったのは、1953(昭和28)年、米朝 28歳の欄にこういう記述があったからだ。

2月、二代目桂春團治が死去。新聞に「上方落語はこれで、実質上滅んだといってよい」と書かれる。

あー、(桂)南光が観たいよ。という、春。
本日( 2日)の電力自給率:62.8%(発電量:16.8kWh/消費量:26.8kWh)

Walked 6km • 8,811 steps • 1hr 40min • 284kcal.
Cycled 1.8km • 8min • 40kcal.
本日の参照画像
(2015年4月 3日 17:27)

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