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Oct.
2016
Yellow

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/ 15 Oct. 2016 (Sat.) 「魔女の季節へようこそ」

翻訳メモ。

ブログ( blue)のほうに翻訳記事「『 Mysticore』こそ新たなフツー:文化にあまねく呪文をかける、そのトレンドの内側」を掲載。発端は児玉(悟之)君とのこちらのやりとりだ。やりとりいうか、児玉君の個的なつぶやきにわたしがリプライする、いつもの感じ。

@kodamasatoshi: あー、これの翻訳記事どこかで見たんだけど、どこだったっけな…。
http://www.salon.com/2016/08/23/mysticore-is-the-new-norm-inside-the-trend-thats-casting-its-spell-over-the-culture/
2016年10月13日 12:17

@kodamasatoshi: いくら探しても見つからない。勘違いだったかも…。
2016年10月13日 12:51

@soma1104: @kodamasatoshi おれも探しちゃったじゃないか。
2016年10月13日 14:01

@kodamasatoshi: @soma1104 すいません…。すいませんついでに、ちょっと翻訳しといてください…
2016年10月13日 14:29

ちなみに「おれも探しちゃった」というのはほんと。このままわたしは何も返さず、いったん会話は終わるのだが、その後こそこそと翻訳していたという次第。

相馬さんとのやりとりは、基本的にふざけないといけないことになっている1/引用者註]ので、「すいません…。すいませんついでに、ちょっと翻訳しといてください…」とリプライで軽口を叩いたのだったが、相馬さんは(なぜか)本当に翻訳してくれたのだった。
(2016.10.15 Sat) - Kodama Satoshi

とは児玉君の(いい)で、むろんそれが軽口だということは了解していたが、「これでおれが翻訳したら面白いだろうな」というただその一点でもって翻訳したわけだ。いや、べつに翻訳しなくたっていい(翻訳しないのは面白くないってわけじゃない)んですけどね、したほうが「より面白い」という、ただそれだけ。

1:相馬さんとのやりとりは、基本的にふざけないといけないことになっている

そうだったのか。

で、翻訳してみたらこれがかなり面白い記事だった。わたしに可能な範囲でちゃんと訳しているので、詳細はぜひ翻訳記事にあたっていただきたいが、おもにはファッショントレンドの文脈から現在の魔女/魔術ムーブメントについて触れた内容である。(元)記事それ自体の位置付けついては、たとえばここらへんのツイートが端的に解説・評価するとおり。

@bangi23: この記事の秀逸なのはVogueを動かしたシンクタンクK-Hole, ハッシュタグカヴンWitches of Bushwickを拾っている点。この衝動に素早く反応できる経路がほぼファッションしかなく、他の経路は日本ではほぼ死んでいる。 https://twitter.com/TokyoRitualJp/status/768099792329150464
2016年8月24日 0:06

@TokyoRitualJp: 2010年代の現代魔術と魔女ムーブメントが、ファッショントレンド分析という分野から再話されたという事実は示唆的。音楽でも現代美術でも哲学でもなく、そのどれもと相互浸透し、情報を身体に還元するファッション=グローバル記号装置は、演劇=儀式を媒介する新たな魔術武器かも https://twitter.com/soma1104/status/787161081147863040
2016年10月15日 14:43

 てなわけで翻訳記事はその @TokyoRitualJpさんにリツイートされたわけだが(っていうか例によって、記事告知ツイートのさいにこっちからメンションを送ったわけだが)、さらに @TokyoRitualJpさんはわたしの訳文のなかから、末文にあたるここを引用してツイートするのだった。

@TokyoRitualJp: 「魔術は〈カタチを変化させるもの〉」と彼女は言う。「それがどんな形態をとるかは問題ではない。ただ絶え間なく動くものでありたいと魔術は願っていて、そうであることを知っていてもらいたいと願っている」 https://twitter.com/soma1104/status/787161081147863040
2016年10月15日 16:12

 うん、ここ、いいですよね。訳文もとてもいいと思うんだ。いや、たぶんこういうことを言ってると思うんだけど、原文はこうで、

“Magic is a shape-shifter,” she said. “It doesn’t care what form it takes. It just wants to flow and be known.”

“It” は “Magic” でしょ? だから願っている主体は Grossman (she)ではなくあくまで Magicで、やや長ったらしくなるけど拙訳のようなことになるわけだよね? なんか勘違いしてたら恥ずかしいけど。
あとわたし、こうもツイートしたんだけど、ひょっとして誤解の余地のある書き方だったかとしばらくして思い至る。

@soma1104: そんなわけで東京リチュアルさん @TokyoRitualJp にリツイートされたわけだが、その直後にリチュアルさんがリツイートしたサイゾーウーマンの記事、もしやと思えばやっぱり、あのひと(知人)の記事だった。奇遇。
2016年10月15日 16:48

 そのサイゾーウーマンの記事っていうのはこれですが、わたしの知人なのはインタビューされてる魔女の B・カシワギさんではなく、インタビューしてる石狩ジュンコのほうです。おそらく。「石狩ジュンコ」っていうのが「ニコラ・ブルバキ」2]のような、複数の執筆者によるペンネームだったりしないかぎりは。

2:ニコラ・ブルバキ

ニコラ・ブルバキ(仏: Nicolas Bourbaki, ブールバキとも)は架空の数学者であり、主にフランスの若手の数学者集団のペンネームである。当初この数学者集団は秘密結社として活動し、ブルバキを一個人として活動させ続けた。と、ウィキペディアより。

本日( 15日)の電力自給率:86.9%(発電量:15.3kWh/消費量:17.6kWh)

Walking: 27 meters • 41 steps • 49secs • 1 calories
本日の参照画像
(2016年10月17日 12:25)

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/ 14 Oct. 2016 (Fri.) 「ナイジェリアに来ております」

こちらがカノ首長、サヌシ・ラミド・サヌシの公式ポートレイト。

べつの写真だとこんな感じ。

「世界のタイムラインから」。きょうはナイジェリアに来ております。いいところですね。

@UsmanNasiru17: Unbelievable! Read what Emir of Kano said about Jesus Christ https://www.naij.com/1007332-unbelievable-read-emir-kano-said-jesus-christ.html via @naijcom
2016年10月14日 4:26

 @UsmanNasiru17さんはそのプロフィール欄によれば、「ザリアにあるアフマド・ベロ大学の学生で、マス・コミュニケーション専攻。読むことと書くことが好き。ナイジェリアのニジェール在住」。アフマド・ベロ大学は、アフリカではカイロ大学に次いで 2番目の規模をもつ大学です。
 ツイート本文は、リンクされている記事ページ「 Nij.com」というナイジェリアのニュースメディアのもの)に用意されているツイートボタンを押すと自動的に生成される紹介文なので、@UsmanNasiru17さん本人の書いたものではないですが、

信じられない! イエス・キリストについてカノ首長が述べたこととは……

といったところでしょうか。
 カノ首長というのは、ナイジェリアがイギリスの植民地となる前に存在した「カノ」という国(現在はナイジェリアの州)の首長で、その首長は現在でも伝統的に、直接的な統治者ではないものの存続していて、ソコトのスルタン(同じく植民地化前にあったソコト帝国の君主)に次ぎナイジェリアのイスラム教聖職者中 2番目の高位にあたり、イスラム教徒が大半を占めるナイジェリア北部においてたいへん大きな影響力をもつ人物/役職です(で、ナイジェリア南部ではキリスト教が支配的であり、数々の深刻な紛争は両者の対立が招いています)
 現在のカノ首長はサヌシ・ラミド・サヌシで、大おじにあたる前職のアド・バヨール── 1963年からその死まで、51年にわたって首長をつとめた──に代わり、2014年6月8日に即位しています。
 このサヌシ・ラミド・サヌシさんが 13日、自身の Instagramに、

というような画像(「わたしはムスリムであり、イエス(彼のうえに平安あれ)を愛している」)を投稿し、

Many people are unaware of the fact that one cannot be a Muslim without loving Jesus (Peace be upon him) known in Arabic as (Alayhis Salam).

「イエス(彼のうえに平安あれ)1]を愛することなしにムスリムであることはできないという事実に、多くの人々が気づいていない。」
Emir of Kano publicly declares love for Jesus Christ ▷ NAIJ.COM

というキャプションを添えたというのが、リンク先の記事が伝えるニュースなのでした。

1:彼のうえに平安あれ

Peace be upon him(彼のうえに平安あれ)は、預言者の名を口にしたときに続けて唱える決まり文句で、その英語版。同じくそのアラビア語版が末尾にある Alayhis Salam。原文の “known in ...” 以下は “Jesus” ではなく “(Peace be upon him)” に係る説明だろうと判断して訳している。

 ただ、いま現在はなぜか、(その他の投稿もおもに平和を訴える内容のものではあるものの、)当該の投稿そのものは削除されているようで、確認できませんでした。

ってこれはつづくのかね、今後も、このシリーズは(ちなみに知るまいが、「世界のタイムラインから」は今回が第4回だ)
いや、きのうの日記で〈世界の全ユーザーのつぶやきがそこに流れるタイムライン〉を探していると書いたのは、これがやりたかった──もしその〈完全タイムライン〉が参照できるなら、そこから無作為に抽出したツイートを扱いたかった──からだが、でもねえ、完全無作為となるとけっこうな確率でただのド「エロ」ツイート(画像付き)とかにあたるような気が──じっさいに世界のタイムラインを眺めていて──するのだし、エロでないにしても「ちょっとどうなのか」というツイートはちょっとどうなんだという案配で、けっきょくある程度選んでしまうかたちになるのだったが、ま、なるたけね、無作為な感じでやっていけたらこれさいわいだ。
お前の日記はないのか、お前の。
本日( 14日)の電力自給率:37.7%(発電量:7.9kWh/消費量:20.9kWh)

Walking: 4.3km • 5,614 steps • 1hr 1mins 58secs • 204 calories
Cycling: 1.2km • 6mins 18secs • 26 calories
Transport: 71km • 1hr 28mins 28secs
本日の参照画像
(2016年10月18日 14:41)

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/ 13 Oct. 2016 (Thu.) 「一緒です」

ポシュテ。7歳。手が長いらしい。

『 WIRED』VOL.25「 The Power of Blockchain ブロックチェーンは世界を変える」

未明、知らないけど芝居の打ち上げがひと息ついた頃合なのか、山村(麻由美)さんから「それがわたしです。」という、日記( 11日付「『是でいいのだ』を観る / それが山村さんだ」)を読んだよの意のメッセージが届いていた。
で、朝、そのわたしの日記へのリンクを添えつつ、山村さんが Facebookで「舞台公演が終了しました」という報告と感謝の投稿をするのだけれど、ま、Facebook側の処理で自動的にそうなってしまうのだからしょうがないとはいえ、例の「タグ付け」ってやつがなされて、「山村 麻由美さんは相馬 称さんと一緒です」と表示されるのはなんだか恥ずかしかった。えーとね、いないですよ、一緒には。そんな時間に。
あ。でもあれだな、さらにはこれを「一緒にいる」とは解さずに、字義どおりふたりが「一緒」=「同じ」なのだと早合点するひとがいないともかぎらない1]わけで、そのひとは

山村 麻由美さんは相馬 称さんと一緒です。

と言われ、面食らうだろう。いや、日頃からそういうふうにそれを捉えているんだとすると、Facebook上ではかなりな確率で自分の知り合いたちがみな同一人物なはずであり、「おれ、友達ひとりだったのかあ」といった気分にさせられているのではないかと想像するところだ。

1:早合点するひとがいないともかぎらない

いない。

ところでかつて、初期のころ(?)のツイッターには〈世界の全ユーザーのつぶやきがそこに流れるタイムライン〉を見られるところがあったと思うんだけど──なかったっけ?──、いまはもう、さすがに(トラフィック量も当時とは桁違いだろうし)、そういったものはなくなってしまったのかな。ちょっと探したけど見当たらなかった。あるいはどこかで、非公式なかたちででも見られるのだろうか。見てどうする? という話は措いておいて。
いま出ている雑誌の『 WIRED』 を買う。「ブロックチェーン」特集号。こちらのツイート経由で知ったものだ。

@fermat1665: なので繰り返すけど、感覚的にはブロックチェーンの到来って、インターネットの可能性を好き放題に語っていた95年頃にとても似ている。少なくとも欧米での扱いはそれに近い。なんだかヘンテコなものが現れそうだけど、とりあえず有る事無い事、今のうちに語っておこうぜ、ってペテンな感じも。
2016年10月11日 18:56

@fermat1665: 要するに、ブロックチェーンって、アメリカ、あるいはヨーロッパ的には、90年代初頭の「あのインターネット」の時代の再来なんだよね。その分、超盛り上がっている。
2016年10月11日 18:58

@fermat1665: 不思議なのは、95年の頃は、その高揚感は日本でも共有できていたのだけど、今回は、その高揚感は日本では感じられない。それはなぜかといえば、端的に90年代は日本企業も、その高揚感を共有できる一大プレイヤーだったから。要するにパナソニックやソニーなどの家電産業に勢いがあったから。
2016年10月11日 19:00

この前後にまだまだ連投は広がっているのだがそれは直接参照していただくとして、ブロックチェーンについてはほぼ理解していないわたしだ。このあとちゃんと読みます。
ぜんっぜん関係ないけど、景気づけに(?)、丹生谷貴志さんのこちらのツイートも引いておこう。

@cbfn: 「ローラースケートを履いてでよければルーヴルに行ってもいいわ、これ、これ、これって時々指差しながら走り抜けるのよ」とヴォネガットの姉アリスは言ったという。ポンコツのルノーを運転しながら喧ましく嗤い喋り続けるフーコーの姿を彼の従兄弟?から聞いたことがある。フーコーの書く「歴史」・・
2016年10月13日 9:31

 あ。「ぜんっぜん関係ない」とは書いたものの、このヴォネガットの姉・アリスの姿はちょっと(矢内原)美邦さんを想起させなくもなく、いま「烏鎮演劇祭」に参加するために──そこで『桜の園』を上演するために──中国に行っている美邦さんや笠木(泉)さんたちのことをいま、思った。いや、「着いた」とかのツイートをただ読んでるだけですがね、こちとらは。で、美邦さんといえば、ちょっと前にあったこのツイートは笑いました。〈内容〉もだけど、〈言説〉と〈語り〉のレベルで非常に「らしさ」の詰まったツイートだなあと。

@392mikumiku: ランウェイを歩く人とMYPの稽古場で叫ぶ人..なんだかかんだと同じにみえる私はおかしいらしい。華やかというのは一瞬だし、長い目で見ると綺麗なことカッコ良いことはブサイクとカッコ悪いと同じ同じみんな負けず嫌いだし今日、明日と東京でできることはすべてやって大阪に移動して中国に飛びます
2016年10月10日 7:49

 いや、これちょうど 140文字なので、ツイッターの字数制限がこうさせているという面もあるんだろうけれど、にしても、全然詰め込められてないですよ、美邦さん。
本日( 13日)の電力自給率:8.9%(発電量:1.7kWh/消費量:18.9kWh)

Walking: 4.8km • 7,043 steps • 1hr 11mins 12secs • 229 calories
Cycling: 2.6km • 12mins 40secs • 57 calories
Transport: 104km • 2hrs 7mins 37secs
本日の参照画像
(2016年10月17日 19:47)

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/ 12 Oct. 2016 (Wed.) 「ジャメビュとデジャビュとオシャビュと……チビ太」

ジェラール・ジュネット『物語のディスクール』(水声社)。

オシャビュ大洗は、天然温泉と眺望を楽しみ、豊かな海の幸を満喫できる宿だ。

いやー、やりました。追いつきましたよ日付。これいま、〈きのうの日記を書いている〉状態です。どうですか?
とはしゃいでいたのも束の間、「 12日」はすでに遠い彼方へ去ってしまった。油断した。いま、それは〈四日前〉の話だ1]

1:四日前

この「四日前」を指して、いま「やのおととい」と書こうとして──脳裏にあるは「やのおととい/さきおととい/おととい/きのう/きょう/あした/あさって/しあさって/やのあさって」という拡がりだ──、やめてみた。それが〈全国区〉な言葉でないことはもともと弁えてもいたのだが、うっかりネットをめぐるうちに(ここここなど)、そもそもわたしはその言葉をどこで仕入れてきたのか──地域的な語彙として取得したのか、親など〈特定の誰か〉の語彙だったか、はたまたかつて同じような調べ物をしたときにネットから仕入れてきたのか──ということが判然としなくなって、ひいては「おれ、やのおとといなんて言ったことあったっけ?」という気分にさせられて、「やのおととい」という語がジャメビュを起こしたような次第だ。

 いや、読む側におかれましては、この文章が捧げられるところの(日記上の)日付も、捧げているいまの(書く現在の)日付も、きっとどうでもいいことだろう──そもそもがわたし〈日記っぽいもの〉を書くことのほうがまれですし、いまもけっきょくここまで書いてきて/読んできて、まだ「日記」が書かれる気配はゼロですし──と思うのですが、それでもやっぱり書く側として日付を意識してしまうのは、ひとつには日記というジャンルの要請──日付があるかどうかのみが、日記とそれ以外のテキストを分かつということ──があり、もうひとつには「書く現在」とか言ってるのが単純にたのしい2]という、おもにジェラール・ジュネットの物語論の影響だろう、書き手・相馬の気質の問題があるのだと思っていただきたいところです。

2:「書く現在」とか言ってるのが単純にたのしい

ジャメビュにつづいてはデジャビュ。この「『書く現在』とか言ってるのが単純にたのしい」っていうの、前にもまったく同じことを書いたなあと思い、何度も同じ話ですいませんという気持ちで書いていたのだったが、探してみるとどこにもそんなことを書いたページがなく、おどろいている。さらには「 site:http://web-conte.com/ ジュネット」で Google検索すると何も出てこず、これもおどろき。

というわけで 12日の話を。
小田亮先生の Web連載(毎週水曜更新)「第2回:『TOKYO0円ハウス0円生活』を読む。」は「ブリコラージュ」についての解説的文章。連載の〈核心〉のようなものはまだまだ先にある印象だが、そこへむけ、小田先生は一歩ずつ行く。
夜遅くに 11日付の「『是でいいのだ』を観る / それが山村さんだ」を更新。しばらくして、@HRAK_GMさんからはこんなリアクション。

@HRAK_GM: 相馬さんには時折こうしてぎくりとさせられるのだった。いろいろ回答すべき(回答したい)ことをここには書いていただいたが、あの山村さんに「石の人」として知られていたこと(どう思われているかは問わない)を胸に抱いてひとまず今日はいい夢見ます。 https://twitter.com/soma1104/status/786216056830341120
2016年10月13日 1:48

奇しくも、わたしが長々とそれを書いていたちょうどそのころ、児玉(悟之)君もまた長々とその日記( 12日付分)を書いていた。ということになるらしい。

@kodamasatoshi: 例えば、先天的に「すべての性」を具有した状態で生まれる。じょじょにどちらかの性を失ってゆき、その流れから、その不足を補完するために無意識に異性の他者を求め始める。ところが、実はその補完方法は、他者に頼らなくてもよく、且つ、非常に多様である、ということが顕在化してきた時代なのでは?
2016年10月11日 0:34

@kodamasatoshi: そう考えるに至ったのは、ある個人的体験としての「性の不在」が理由であることは明確だが、そのことに気が付いたのはついさっき。反応を観察したことから、作用の正体を掴んだ様相。これについては、本質的なことであるが故にある種ノイジーに語らなければ間違えそうなので、日記にまとめようと思う。
2016年10月11日 0:52

と先般ツイートしていた、その日記である。なるほどなあと読んだ。最後に出てくる、「そうでないと嫌だ。」という言葉の響きが、なんだかとてもぐっときたのだった。
でもってつい出来心で、山村さんの声を借り、その声に「ほんで何が言いたいねん」とも言わせてみた。試しにね。試しに。
とか書いていたら意外に長くなり、六つ子のうちの残り四人を紹介する紙幅も尽きた。というか、その四人のことはあまりよく知らないのだが、ここでもまたネットに頼った結果ひとりはすぐに見つかったので、それを最後に記しておこう。オシャビュである3]

3:オシャビュ

オシャビュ(洋視感)においては、海がよく見える。オシャビュ大洗オシャビュはまゆうなど。

本日( 12日)の電力自給率:70.8%(発電量:12.9kWh/消費量:18.2kWh)

Walking: 3.4km • 4,426 steps • 45mins 42secs • 163 calories
Cycling: 1.3km • 6mins 54secs • 29calories
Transport: 35.6km • 57mins 18secs
本日の参照画像
(2016年10月16日 16:46)

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/ 11 Oct. 2016 (Tue.) 「『是でいいのだ』を観る / それが山村さんだ」

えー、お便りを二通── 一通は封書ですね──いただいてます。前回の日記(「入れ分けたい、昔気質なおれ」)について、「昔気質」の言葉の使い方をまちがっているのではないか、というご指摘。ありがとうございます。えー、はい、まちがえました。以降は気をつけます。

夜、新宿眼科画廊で小田尚稔の演劇『是でいいのだ』を観る。山村(麻由美)さんが出演。
「小田尚稔の演劇」シリーズは山村さんが出ていることもあり過去二作品(『簡単な生活』『凡人の言い訳』)とも観ていて、山村さんのひとり芝居だった前作『凡人の言い訳』の折りなどはかなり早い段階で公演情報に触れ、作品のモチーフになるというプラトンの「ソクラテスの弁明」を事前に読みもした(三嶋輝夫訳、講談社学術文庫)のだったけれど、今回はまったく迂闊に過ごしていたところを Facebookに教えられた次第で(誰々がこれこれのイベントに参加しますよというあのリマインダー。つまり公演初日に、山村さんはきょうこれに参加しますよと教えられた)、直前も直前、山村さんにチケットを頼んだのだった。
作品については @HRAK_GM( nekooto)さん1]が連投ツイートで激賞しており、それがわりと言葉を尽くしている感があるのでまずそれをまとめて引用したい。

1:@HRAK_GM( nekooto)さん

IDのほうは「ひらけ、ゴマ」かな? 以前の表示名が「 nekooto」で、いまは「 SUZUKI(nekooto)」になっている。「ネコオトさんが激賞してたよ」と終演後の山村さんに言うと、「ネコオトさん? あ。あー、ネコオトさん。知ってます、石のアイコンのひとでしょ?」と言うので「そうそう」と応じたわたしだったが、いまあらためてアイコンを見るといつのまにか前と変わっていた。桃? 一見して桃のようだが、オリジナルサイズの画像を見るとちょっと質感がちがうようにも思える。なんだこれ。これも石? か?

@HRAK_GM: 小田尚稔『是でいいのだ』とても良かった。当パンにあるのでネタバレにはならないと思うが、『三月の5日間』へのオマージュとして東京の土地を描写したこのアプローチは見事。とにかくも役者さんが全員素晴らしいが感想はまた後ほど。(また酔ってる)
2016年10月9日 20:14

@HRAK_GM: 小田尚稔『是でいいのだ』@新宿眼科画廊。5人の登場人物の自制〔おそらく「時制」だろう/引用者註〕が微妙に曖昧なモノローグ。人物造形は類型化されている。それは200年以上前のカントの生を肯定する思考がホロコーストという人類の禍根をくぐり抜けたフランクルの体験を経てなお現代に繋がるものとして対照される。→
2016年10月9日 23:10

@HRAK_GM: →類型化によって200年の時間は過去と未来にわたっていまの私たちの物語と接続するのだがその作劇と演出の手際は極めて繊細だ。役者の身体を通じて血肉化され、彼らの物語として生々しく痛々しく、そして愛おしくそこに出現する。この愛おしさは人類史を通貫するような気さえ起こさせる。→
2016年10月9日 23:21

@HRAK_GM: →作者が目論んだ『三月の5日間』へのオマージュは東京というトポスとして現れる。『三月の5日間』は遠い国の戦争と渋谷のホテルという日常と非日常が混濁した場の時間と距離を対比させた物語ではなく、いまこの場所で体感されるリアリティをポンっと置くように描いたものだと思っている。→
2016年10月9日 23:34

@HRAK_GM: →だから今作で執拗に描写される東京の具体的な風景、移動する視点と心象風景を語る様は、それが『三月』におけるイラク戦争と六本木〜渋谷に対する311の震災後のものとして、東京で「被災」した私のリアリティとも重なり強い共感を持った。→
2016年10月9日 23:45

@HRAK_GM: →自分が観てきた限りでは『三月の5日間』への批評的な作品として、震災を描いた作品として、ベストのものだったと思う。5人の役者全員の素晴らしさがそれに寄与している。言ってみれば、全員が松村翔子演じるミッフィーちゃんのようだった。
2016年10月9日 23:56

@HRAK_GM: 酔っているのでちょっとばかり大げさに書いてしまったかもしれません。でも『是でいいのだ』とても良かったです。台本も買ったので後で読みますが多分台本では今作の良さは半分くらいしかわからないと思う。体調の悪さ押して観に行ってよかった。
2016年10月10日 0:08

@HRAK_GM: @HRAK_GM 「震災を描いた作品としてベスト」という表現は謹んで訂正します。『是でいいのだ』は「震災を描いた作品として個人的に最も共感できるもののひとつ」です。
2016年10月10日 17:55

 あと、ついでにこちらも。

@HRAK_GM: RTした犬飼勝哉『サークル』稽古場日誌より。〔リンクは引用者〕
〈以前からモノローグ多めの演劇をやっているけど、今回はその度合いはかなり高い。気を抜くとただセリフを言ってるだけの状況に陥る〉→
2016年10月12日 1:37

@HRAK_GM: →〈それが「演劇」になるためには、セリフを言う時の(またはセリフを言っていない時の)意識の体重移動のようなものが必要で、それが繊細に決まれば、それだけである程度の見世物になると思う。〉
2016年10月12日 1:38

@HRAK_GM: →他作で大変恐縮ですが、小田稔尚の演劇『是でいいのだ』を観ている時に感じたことがこの文章に表現されていると思った。
2016年10月12日 1:43

 いやあ @HRAK_GMさん、しますねえ、言語化。もうね、このあとになんのわたしの感想が要る? ってな感じですが、@HRAK_GMさんも書いている「時制が微妙に曖昧な」というところが戯曲としての仕掛けになっていることは、ちょっとわたしからも指摘しておきたいところだ。
もちろん、時制を曖昧にしている最大の要因は女 3(豊島春香)の存在である。2011年3月11日の地震発生以前の時間からはじまり、男女 5人の物語があたかも同時並行的に進むかに見える(/見えた)この舞台において、そこに差し挟まれる時制の〈ずれ〉を大きく、はっきり意識させられるのは、たとえば 5分の休憩を挟んだ後半開始時、女 2(山村)と男 1(細井準)のシーンが震災から 1年半が経過した 2012年秋という時間に一気にジャンプしているのにたいして、それにつづくシーンの女 1(板橋優里)は依然、震災当夜の「帰宅」途上にある──休憩前の「南阿佐ヶ谷」から、いまやっと「吉祥寺」まで歩いてきた──というその箇所だろうけれど、しかしそれよりもはるか前から、女 3だけがまったくべつの時間を生きている──彼女だけが(少なくとも劇中では) 3月11日の地震を経験していない──ことは、いくつかのセリフからあきらかだ。国分寺に住む女 3はその初登場シーンで、

女 3
今はもう、北口周辺は再開発が進んでいるからなにも無い。

と言うのだが、国分寺駅北口の再開発が着工するのは(はっきりとは調べられなかったが少なくとも)2013年以降のことであり、「なにも無い」ことからすればもっとあと、2014年か 2015年といった時間に彼女はいることになる。
 そんな女 3が、あたかも他の登場人物たちと同時並行的に存在するかのように錯覚させるセリフのひとつはたとえば、

女 3
あ、横に住む女の子は大学生で、最近は就職活動で忙しいみたい、リクルートスーツなんかも着ちゃって、カツカツ足音を鳴らして、慌しく、毎朝早く出ていく。

というようなもので、「横に住む女の子」がすなわち女 1であるかのようにそのセリフは響くわけだが、しかし、〈彼女はひとり、はじめから震災後を生きている〉という前述の事実を優先させるならば、「毎朝早く出ていく」その女の子は女 1とはまたべつの就活生であるという、単純な結論に至らざるを得ない。
 同様にして、女 3の思い出語りに登場する「彼」はときに男 2(橋本清)を思わせ(「岩崎邸」での思い出、「六本木」のクラブでの思い出など)、さらには男 1さえもダブらせる(「あー、、カラオケにもよく行ったし、映画が好きな男の子だったから、彼がお勧めする DVDを借りて一緒にみたり、」)のだったが、それらもまた、東京におけるありふれたデートスポットで似たような経験をもつ、それぞれべつの男女なのだと考えるのが妥当だろう。
 ちなみに「岩崎邸」での思い出について言えば、男 2の語るそれと女 3の語るそれは微妙に描写が異なっており、

男 2
俺、あの、建築物観にいくの好きだったから、夢中になって観てたら、そこ、土足厳禁だったらしくて、俺全然、気付かず靴履いたままで、そのときチアキちゃんにめっちゃ注意されたな、、、

とここでは土足の男 2を注意するのがチアキちゃんであるのにたいして、

女 3
で、その彼、そこ土足厳禁なのに、警備員の人に注意されるまでそのことに全然気付かず、靴を履いたまま、建物のなかを熱心に見学しているのが、みていて可笑しかった。

と、女 3の彼を注意するのは警備員であり、「気付かず、靴を履いたまま」の彼を女 3はほほえましく見ているだけなのである。
 ここでまたもや他人のツイートで相撲を取って恐縮なのだけれど、

@keredomo_: 「西新宿のマクドナルド」の侘しさから始まって、デートの場所としての「森美の展望台」も「スタバ併設の六本木TSUTAYA」も「旧岩崎邸庭園」も、東京に暮らしていれば誰かと何かしらの思い出が付着している場所で、その「誰でも性」が演劇の時間と舞台の中で明らさまにされていて、人間、と思う
2016年10月11日 18:56

 つまりは、こういうことではないかと思われるのだ。
 そしてそれは、劇中で引用されるカントの『道徳形而上学の基礎づけ』の一節、

道徳法則一
「あなたの行為の〔習慣〕が、あなたの意志によって、あたかも普遍的自然法則となるかのように行為せよ」

と、それを補足して男 2が言う、

男 2
そう、この文章、は、「いつでも、どこでも、だれにでも」当てはまるように、人は行為せよ、って言ってるんだけど、〔後略、太字強調は引用者〕

というセリフとに、(カントの意図を超えて)つながってくるように思われるのだ。
いや、えーとね、ほんとはこれらの〈指差し確認〉を経て、この地平から論をスタートさせなきゃいけないところなんだけど、時間切れです。それはまたいつか。誰かが。

で、山村さん、当パンに載っていたけども 12月に京都で「 chikin」の公演をやるんだね。って観たことないですけどね、chikin、わたし。でもって行きませんけどね、さすがに、京都は。ってな話を終演後に振ると、「じゃあ口で説明しますよ、こう、スマホで写真見せながら〈こんな感じで、これがこうなって〉っていうのを」と、本公演後の「スマホ公演」開催を約束してくれる山村さんなのだった。楽しみだな、スマホ公演。
別れしなに「また何か誘ってください」とも言われ( 7月に桂南光の独演会に誘い、観に行った)、折しも「卓球問題」の日記を書いている途中だったわたしがつい「卓球どう?」と言えば、「やりましょう」と即応する山村さんだ。なにせ山村さんはたいていのことに「やりましょう」と言ってくれるのであり、たまに「やですよ」とも言う。それが山村さんだ。
本日( 11日)の電力自給率:29.2%(発電量:4.8kWh/消費量:16.4kWh)

Walking: 5km • 7,194 steps • 1hr 13mins 31secs • 236 calories
Cycling: 1.1km • 6mins 15secs • 23 calories
Transport: 71.8km • 1hr 29mins 23secs
(2016年10月12日 23:36)

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/ 10 Oct. 2016 (Mon.) 「入れ分けたい、昔気質なおれ」

これ、知らなかった。iOS10。日本語入力のときに、全角と半角とがある文字の全角のほうに「全」の印が表示される。すごく便利。「()」とかは全角と半角とでその形状の差がわかりやすいからもともと困らなかったんだけど、わかりにくかったのが「?」や「@」だ。困るのが全角を入れたい場合で(半角を入れたい場合は英字入力にすればいい)、変換候補として出てきたときに「@」はどっちが全角だったかを毎回忘れてしまうし、「?」は端的に見分けがつかない。ま、こればっかりはね、きちんと入れ分けたいじゃないですか、昔気質なおれ、なんでね。
きょうもほぼ家から出ない一日。ドラクエ 10。わたしと妻、Aちゃん、Aちゃんの旦那さんの四人でレベル上げ。「テンの日」のアレで、メタキンに行った。と書いてもなんのこっちゃわからない読者が大半でしょうが、その世界の〈了解事項〉について「稀代の説明人」ぶりを発揮しようとするとちょっとたいへんなことになりそうなのでそこは割愛。「魔法使い」「パラディン」「スーパースター」の 3職業が Lv.96になる。
iPhone 7。どうせまだ買い替える時期じゃないしなあと思い、まったく食指を動かすつもりもなく過ごしてたんだけど、よくよく考えたら「時期」だった。iPhone 6からもう二年が経っていた。あいだに iPhone 6Sが挟まってるわけで、そりゃそうか。きっちりしてやがんなあ、サイクルが。昔気質だからなあアップルも。
てなわけで、ちょっとだけ考えたりもするのだった。iPhone 7。
本日( 10日)の電力自給率:25.6%(発電量:4.2kWh/消費量:16.4kWh)

Walking: 14 meters • 29 steps • 19secs • 1 calories
Cycling: 603 meters • 2mins 58secs • 13 calories
(2016年10月12日 13:00)

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/ 9 Oct. 2016 (Sun.) 「シティ派の油断」

ピー。13歳。かゆいらしい。

6日付の日記(「右派の『歴史戦』と、歴史教科書問題」)きのうの日記(「卓球問題」)との、この落差はいったい何事かとわれながら。でも、どっちもいっしょうけんめい書いてます。日記の更新再開からひと月が経って、再開当初よりかは書くのに時間がかからなくなっている。

写真は飼い猫ピーの後ろ足。ちょっとどうなってるのかわからないほどに密生した毛が肉球よりも先に地面に接するので、肉球がその役を果たさず、リビングのフローリングをつるっつるいいながら歩いている。猫として、ちょっとこれはどうなのか。油断か。シティ派の猫の油断か。ずいぶん油断したなあ、お前。
ずっと家にいる一日。家にいると自然 iPhoneを携帯しないことになって、Activity Summaryも計測結果ゼロ。もっぱらドラクエ 10をやっていた。先日配信のあったバージョン 3.4のストーリーを妻と、あと福岡にいるAちゃんといっしょにクリア。
本日( 9日)の電力自給率:13.5%(発電量:2.5kWh/消費量:18.5kWh)

Walking: -
本日の参照画像
(2016年10月12日 09:35)

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/ 8 Oct. 2016 (Sat.) 「卓球問題」

テイクアウトを待つあいだ店内で飲むチェリービール。

飲んだ。

きのう会った島(周平)君には、「卓球、年内目標で、やりましょう」と言われる。なんの話かとお思いだろうが、われわれ(石原裕也君、島君、わたし)のあいだではかねてより、「卓球やろうぜ」という話になっているのだ。いや、そこにはなんの障壁のあるはずもないので「やれよ」という話なのだけれども、それが「年内目標で」と設定されてしまうあたりにわれわれの怠惰が現れている。去年の 5月にわれわれはテニスをやり(当日の日記にリンクを張りたいところだが書いてない)、それはもう非常に楽しかったものの、「じゃあまた、次回」と言ったっきり季節ばかりが過ぎていくなかで、石原君が言い出したのが「卓球どうすか」という話だった。石原君自身は会社の同僚などとしばしばやっているらしい。「やろう」とわたしは即座に提案に乗る。会話を思い出そうとすると浮かんでくるのは駒場東大前駅のホームから見た景色なので、それ、今年の 3月の話(『子どもたちは未来のように笑う』のワークインプログレスを観た帰り)じゃなかろうか。その日は石原君が吉祥寺の古本屋に寄るというのでわたしも付き合った。二軒ぐらい巡ったうちの一軒でわたしはジョン・バースの『キマイラ』を買う。その後、ビールの専門店というような居酒屋でふたり、一杯飲みもした。「卓球はすぐできますしね」と石原君。テニスのように前もって公共コートの予約をがんばる必要がなく、店に行けばいいだけだからラク、という意味だ。「だね」とわたし。卓球なら暑さ寒さにもさほど影響を受けないしね、と。
3月のその会話に端を発するところの「卓球問題」を、ぜひとも、年内には解決したいと思っているわれわれである。いや、石原君と島君のふたりだけならすでに何度かやったと言ってたっけかな。とすれば、残るはわたしの怠惰だ。やるのだろうかほんとうに。
夜は近所にある「 cherry」という手作りハンバーガー屋でテイクアウト。うちの近所というだけで、べつにアクセスのよい駅前とかでもないので「立川の店を勧められてもなあ」というところだろうけれど、ここ、うまいよ。すごく(といっても度を超さない程度に)辛い「クレイジーチキンバーガー」(わたし)と、チーズバーガー(妻)。それとオニオンサラダ。それらのテイクアウトを待つあいだ、チェリービールなるものを飲む。このチェリービールがまたうまい。立地もあり、けっして大繁盛とは見えない店だが、なくならないでほしいなあと切に願うところなのだった。店の来歴については「ハンバーガーストリート」というブログのこの記事に詳しい。
やるよ、卓球。
本日( 8日)の電力自給率:14.2%(発電量:2.5kWh/消費量:17.6kWh)

Walking: 621 meters • 708 steps • 10mins 29secs • 29 calories
Cycling: 1.3km • 7mins 27secs • 30 calories
Transport: 13 meters • 36secs
本日の参照画像
(2016年10月11日 22:17)

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/ 7 Oct. 2016 (Fri.) 「渋谷で牧村憲一さんの話を聞く」

イベント冒頭の風景。

21:26
あーおもしろい。

夜、渋谷の LOFT9で「宮沢章夫、牧村憲一に質問する~70年代日本ポップス史を聞く~」。着いて客席を見回すとやはり島(周平)君はいて、だから今夜語られるいろいろの、その精確なところはこの博聞強記の頭に収まってくれるものと安心し、わたしはごく気楽にビール 2杯とフィッシュアンドチップス。だから感想も雑だけれども、つまりは「あーおもしろかった」という 2時間半。
宮沢さんも書いているように、「話し手として牧村さん」がとても面白く、かつ心地よい。大瀧詠一さんと三木鶏郎さんの話(両人と関わりのあった ON・アソシエイツ音楽出版の大森昭男さんによる大瀧さん評の話)はとりわけ感動的だったな。あと、一連のトークから「じゃあここで、ミカバンドを聴いてみましょう」と「タイムマシンにおねがい」につながった、あの流れはね、見事でしたね。
本日( 7日)の電力自給率:65.2%(発電量:10.9kWh/消費量:16.7kWh)

Walking: 6.8km • 7,437 steps • 1hr 29mins 54secs • 324 calories
Transport: 75.3km • 1hr 34mins 20secs
本日の参照画像
(2016年10月10日 14:04)

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/ 6 Oct. 2016 (Thu.) 「右派の『歴史戦』と、歴史教科書問題」

山口智美ほか『海を渡る「慰安婦」問題──右派の「歴史戦」を問う』(岩波書店)。

@nogawam: 〈時代の正体〉 あすヤマ場の副読本問題 「朝鮮人虐殺」記述どうなる http://www.kanaloco.jp/article/204007 #神奈川新聞
2016年10月6日 14:51

7月ごろに読んだ本だが、山口智美、能川元一、テッサ・モーリス−スズキ、小山エミ著『海を渡る「慰安婦」問題──右派の「歴史戦」を問う』(岩波書店)はとても興味深かった。右派の「歴史戦」をめぐるはじめての学術書。
「歴史戦」とは右派が用いはじめた言葉で、近現代の歴史認識を争点に、日本の「名誉」を守るためになされる戦いのことを言う(まっとうな言葉に置き換えるなら要は「歴史修正主義」である)。それをもっぱら戦ってきたのは右派だが、しかし彼らにとって、それは「〈外側〉から仕掛けられた戦い」として認識/設定されているという指摘がまず重要だ。

 すなわち「歴史戦」とは、中国、韓国、および『朝日新聞』が日本を貶めるために、歴史問題で日本を叩こうと「戦い」を仕掛けている、そして今、その主戦場がアメリカとなっており、日本は対抗せねばならないということなのだろう。右派は、「慰安婦」問題に関しては国内では勝利したと考える一方で、海外では負け続けていると認識している。「仕掛けられた歴史戦」に負け続ける被害者としての日本が強調され、こうした状況をつくっているとして、国内の左派や『朝日新聞』に加え、外務省も右派の槍玉にあがり、叩かれてきた。
山口智美「はじめに──海外展開を始めた日本の歴史修正主義者たち」、『海を渡る「慰安婦」問題』p.vi、太字強調は引用者

 「私たち四人が揃って指摘したように、日本軍『慰安婦』問題に関する日本の右派の主張が国際社会に受けいれられ、『歴史戦』がその戦略的な目標を達成する現実的な見込みは存在しない」(能川元一「おわりに」p.138)という(問題の一側面についての)総括にはついつい笑ってしまうものの、しかし真の問題はむしろ(というか、もちろん)国内のほうにあって、海外における「歴史戦」の連戦連敗(それ自体も非常に迷惑な話ではあるものの)が、国内においては「『仕掛けられた歴史戦』に負け続ける被害者としての日本」という構図とメンタリティの強化に貢献してしまうその循環構造こそが、「歴史戦」をめぐるより重要な問題であるように思われる。そして、他国のなすメディア戦略/イメージ戦略によって日本は不利益を蒙っているのであり、なんとなれば孤立化を謀られている(!)のだというその空疎な物語(それが空疎であるのは、語る者ら自身の鏡像であるからだ)を培養する素地となっているのが歴史的事実についての無知(もしくは無知のままでいたいという欲望)なのだとすれば、やはり事は歴史教科書問題へと直結するのである。
わたしもまた不勉強なので、「そういうことかあ」とあらためて教えられ、おどろくのは、「教科書検定に関する新基準」てやつがどういう手なのかを説明するつぎのくだりだ。

 この欺瞞〔 1993年8月4日発表の「河野談話」にかんして「同日の調査結果発表までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」とする、2007年・第一次安倍内閣当時の「閣議決定」。いわゆる「スマラン事件」にかんする資料や、河野談話発表以降に研究者らによって発掘された多くの資料を無視することで成り立っている/引用者註〕は二〇一四年に導入された教科書検定に関する新基準により、歴史教育の場にも持ち込まれることとなった。一五年に検定を通過した中学校の歴史教科書で唯一、日本軍「慰安婦」問題に関する記述を行ったことで注目を集めた「学び舎」の教科書は、「閣議決定その他の方法により示された政府の統一見解〔中略〕が存在する場合には、それらに基づいた記述がされていること」とする新基準により、「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような資料は発見されていない」と付記することを余儀なくされた。
 新基準による介入はこれにとどまらない。関東大震災時の朝鮮人虐殺や南京大虐殺に関する中学、高校の教科書の記述が「近現代の歴史的事象のうち、通説的な見解がない数字などの事項について記述する場合には、通説的な見解がないことが明示されている〔中略〕こと」という、南京大虐殺などを狙い撃ちにしたとしか思えない新基準によって、後退を強いられる事態になっている。
能川元一「おわりに──浸透・拡散する歴史修正主義にどう向き合うか」、『海を渡る「慰安婦」問題』p.141、太字強調は引用者

 素朴なわたしなぞはつい、(少なくともカルロ・ギンズブルグ並の精緻な手順を抜きに)歴史なんてどうやって書き換えられるんだ? というふうに内心思っていたところがあるが、なるほどね、これは巧いというか、非常に不味いよ。
てなわけで、話は冒頭にツイートを引用した横浜市の歴史副読本問題へと還ってくる。リンク先の「カナロコ」の記事がていねいに説明してくれているので詳細はぜひそちらを読んでもらいたいが、うーん、と思わせられるのだ。どうしたもんかと。で、こんな日記(日記かよ、これ)を書いてもいるのである。まあ、続報(下記)があったとおり、横浜市ではよい判断がなされたようでそれはほんとうによかったが、事はね、それだけじゃないからね。

@ishibs_kanagawa: カナロコに速報を出しました。原案から一転、朝鮮人虐殺が記載される方向になりました。【速報】「朝鮮人虐殺」記載へ 横浜市教委の副読本 http://www.kanaloco.jp/article/204327 @カナロコ・神奈川新聞さんから
2016年10月7日 15:42

大坂の松本工房から、アンダースロー(合同会社地点)発行の雑誌『地下室』の草号が届く。まだざっと読んだだけだけど、面白いですね。ところでこの草号、最初に地点がツイートしたときにそのサイトで見た画像がこれで、

この、中央の白い部分がそのまま「背」になるのかと思い、またこれ分厚いのつくっちゃったなあ、すげえなあと勘違いしていたのだけど、ちがいましたね。そうじゃありませんでした。
本日( 6日)の電力自給率:81.2%(発電量:13.9kWh/消費量:17.1kWh)

Walking: 4.5km • 5,964 steps • 1hr 21mins 27secs • 216 calories
Cycling: 2km • 9mins 22secs • 43 calories
Transport: 33.3km • 49mins 21secs
本日の参照画像
(2016年10月11日 13:37)

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/ 5 Oct. 2016 (Wed.) 「小田先生、連載開始」

いやー、ついに来ましたね。ツイッターの検索メモにキーワードを保存して1]、日々「小田亮」を検索してきた甲斐があったというものです。

1:ツイッターの検索メモにキーワードを保存して

保存してあるキーワードはほかに「古井由吉」「志ん好」「yuki naito -ドリコム」など。最後のはテニスの内藤祐希選手のことを報じる海外ツイートを捕捉するためのものだが、「yuki naito」だけだと同訓の名前であるドリコム社長をめぐるスパムのごとき(というかスパムな)大量のツイートが検索結果を埋め尽くすので、「-(マイナス)」で除外している。この註、要るか?

 弘文堂のアカウントという、ちょっと思いがけない方向からそのニュースはやってきた。第一報を受けて、わたしはかなりはしゃぐ。

@soma1104: わ!わ!わ! RTするよ。いい? いまからRTするよ。
2016年10月5日 15:24

@koubundoucojp: 【弘文堂スクエア*新連載開始!】本日10月5日より、小田亮先生(首都大学東京・教授)によるWeb連載「はぐらかし・やり過ごし・じゃれ合い的生活のすすめ―人類学をいかして生きる《入門編》」を開始いたしました! http://www.hyj-susume.com/entry/2016/10/05
2016年10月5日 11:39

 いったいどういう経緯で弘文堂の Web連載なのかということについてはちょっと勝手な想像をしないでもないところで、たとえば、弘文堂にたいして年来単著の約束があったもののいっこうに原稿が進みやしないので、「じゃあ、それはそれとして連載はどうですか、Webで」ってな具合に水を向けられたんじゃないかとか、思ってみたりするのだけど(はい、勝手な想像です)、もしそうだとするならばファンとして、こうも言っておくべきかと思う。
単著のほうもお願いしますぜ。待ってますぜみんな。
最初にできたサイト「小田亮の研究ホームページ」から枝分かれして一時期はわりあい精力的に書かれていた「小田亮のブログ『とびとびの日記ときどき読書ノート』」が 2009年11月の記事を最後にぱったり更新が止み、くわえて、おもに論文や発表原稿のアーカイブ機能を担っていた「研究ホームページ」のほうも 2012年ごろにサイト自体がなくなって(そこに載っていた論文等の大半はいま、有志の手によってここに救い出されている、むろんツイッターとか Facebookとかやるようなひとじゃない2]し、だからこちらから会いに行かねばなと、2013年には首都大学東京社会人類学研究会での発表を聞きにいったり、ゼミの授業に一度おじゃましたり、はたまた伊東の旅館に二泊三日するゼミ合宿に参加したり3]していたが、ここしばらくはそういったこともしてなかったので、どうされてるかなあ、全然出やしねえなあ単著(書いているが遅れている、という話を聞いたのは 2009年のことである)、と思っていたのだった。

2:ツイッターとか Facebookとかやるようなひとじゃない

ブログがいまに至るまで更新されないその理由がもし、はてなブログのログイン ID・パスワードを忘れてしまったという(ほぼ理由になっていない)ものだったとしてもわたしはおどろかない。

3:ゼミ合宿に参加したり

このへん当時日記化してないので補足すると、ゼミ合宿は 2013年8月18日〜 20日、静岡県伊東市の山喜旅館というところに二泊三日した。日曜〜火曜なんで、有休取ってますな、これ。ネグリ/ハートの『コモンウェルス』を読むという内容で、わたしは「 5-1 経済的移行の管理運営」のところの発表を担当。そのとき用意したレジュメはこちら。とにかく三日間、ただひたすら発表と討議で、そりゃたのしかったですよ。

で、今回はじまった Web連載「はぐらかし・やり過ごし・じゃれ合い的生活のすすめ」。いま気づいたけどこれ、この連載用に独自ドメイン取ってサイト作ってるんですな。ちから入ってますよ、弘文堂。

 この連載は、現代社会を少しでも楽しく生きていくために役に立つ文化人類学のもつ独特の「視点」や「考えかた」をわかりやすく示し、皆さんに身につけてもらうことを目的としています。そのために、現代のさまざまな問題に触れた、一般向けの本(新書や文庫になっているものに限定しました)を人類学的に読み解いていくことによって、人類学的視点とはどういうものかを示していこうというやり方を採ってみようと思います。
第1回:人類学で現代社会をやり過ごす? - はぐらかし・やり過ごし・じゃれ合い的生活のすすめ

 初回から 6回にわたってはまず坂口恭平さんの『TOKYO 0円ハウス 0円生活』を読むとのことで、さらには以降、同様にして何冊かの本を扱う構想と見え、実現すればかなりボリューミーなコンテンツになりそうだ。「第1回:人類学で現代社会をやり過ごす?」は導入の導入という感じながら、連載の中心的主題である「人類学的視点」とは何かについて、文化人類学の学問としての「生い立ち」というところから語りはじめていて、たいへん興味深い。これはその後段のほうにある一節だけど(ここだけ抜き出すのはやや不適当かもだけど)、面白いよね。

 また、たとえば野宿者(ホームレス)のフィールドワークは、社会学者も人類学者もしていますが、そこでもその方法に違いが見られます。大学院生などの若い社会学者は、たとえば彼らを支援するNPOの一員になり、ふつうに家から通って、彼らにインタヴューをするといった調査をするのが一般的です。ところが若い人類学者は、たいていホームレスになるのです!
第1回:人類学で現代社会をやり過ごす? - はぐらかし・やり過ごし・じゃれ合い的生活のすすめ

 あはははは。
ほんと、楽しみな連載がはじまりましたぜ。
本日( 5日)の電力自給率:16.0%(発電量:2.8kWh/消費量:17.4kWh)

Walking: 3.8km • 5,231 steps • 59mins 23secs • 182 calories
Cycling: 2.4km • 11mins 5secs • 51 calories
Transport: 69.8km • 1hr 32mins 24secs
(2016年10月10日 09:32)

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/ 4 Oct. 2016 (Tue.) 「消えゆく洗濯バサミ」

志ん好から届いた案内ハガキ。

まずは「世界のタイムラインから」のコーナー。といってもごく近い。近場だ。

@s_ken1: 小物干しの洗濯バサミたちが、次々と脱落していく……。こんな時こそ、あの名台詞をつぶやくべきなのか。「まだだ、まだ終わらんよ!」
2016年10月4日 15:20

@soma1104: @s_ken1 脱落しますよねー、あれ。
2016年10月4日 15:40

@s_ken1: @soma1104 ひとり落ちると、もうだめだね。我も我もと。
2016年10月4日 17:16

 「脱落しますよねー、あれ。」などというと、さもわたしは家事において洗濯、もしくはそれを干したり畳んだりなどの工程を日常的に担当している者であるかのように映るかもしれないものの、まったくそんなことはないのでお恥ずかしい。で、であるからこそ、言いつけられ、ほんとうにたまさか小物干しハンガーに触れたその折も折、パキッというほどの派手な音もなく洗濯バサミが崩れもげると「あっ」と思うわけで、妻にたいし、意味もなくこそこそもするのだった。動揺がわたしから判断を奪い、「もろくなっているのだ」と認識を新たにするよりも先につぎのそれに手をのばすようならもうだめである。「あっ」「ああっ」。
それはそれとして。先のコーナーにご登場いただいた鈴木謙一さんが演出(いつもは作も)を担当する演劇ユニット「ラストソングス」の、新作公演の告知がきょうあった。12月にやるという。前回が 1月だから、今年 2回目の新作公演。精力的である。しかも今回はメンバーの上村(聡)君、鈴木将一朗にくわえ、牛尾(千聖)さんが客演し、かつまた作家として笠木(泉)さんを迎えるという、なんと言うんでしょう、強欲なまでの布陣だ1]

1:強欲なまでの布陣

言いたいことはわからないではないが、きっとなんか、言い方をまちがってると思う。

『再訪』

笠木泉
演出
鈴木謙一
出演
上村聡
鈴木将一朗
牛尾千聖
日時
12月3日(土)15時/20時
12月4日(日)14時/19時
場所
風知空知(下北沢駅南口 徒歩3分)
料金
予約 2,000円/当日 2,200円
1drink付

 「来月初旬より予約受付開始!! ご予約方法は追ってお知らせ致します」とのことなので、まずはそのツイッターアカウントをフォローしておくのがいいんじゃないでしょうか。参考までに(?)前回公演『暗い町』の感想はここに、もっと前の『ラストソングスの脱出』を観たときの日記はここにあります。
そしてもういっこ。これもきょう、こちらはハガキで案内が届いた。「第一回廓話研究会/志ん好・馬治二人会」。ネタ出しは志ん好が「五人廻し」、馬治が「お直し」。

「第一回廓話研究会/志ん好・馬治二人会」

日時
11月7日(月) 開場 18:30/開演 19:00
場所
らくごカフェ
東京都千代田区神田神保町2-3 神田古書センター5F
出演
古今亭志ん好
金原亭馬治
料金
予約 2,500円/当日 3,000円
予約
チケットのご予約は「ご希望の落語会と日付」「お名前(フルネーム)」「ご連絡先(携帯電話等)」「ご必要枚数」をお書きのうえ、 『らくごカフェ』の下記アドレスまでメールをお送りください。
rakugocafe@hotmail.co.jp
お電話でのご予約は 03-6268-9818までお願いいたします。(平日 12時~18時受付)

 志ん好、じつはもう一年かそれ以上聴いていないのだった。はたしてどうなっているか。どうもなっていないか(笑)。しかしねえ、こんな会を立ち上げるだなんて、なんだかめずらしく強い気持ちを感じないでもない。

古典の本格派の二人が廓噺に取り組む会を始めます。まずは、志ん好「五人廻し」、馬治「お直し」に挑戦します。江戸情緒溢れる廓の世界に皆様をご案内いたします。

という案内は当人が書いたものではないだろうし、謳い文句としての「本格派」も「江戸情緒」もどうでもいいのだが、でもちょっと期待しちゃうなあ、廓話研究会。
本日( 4日)の電力自給率:68.1%(発電量:12.0kWh/消費量:17.6kWh)

Walking: 2.6km • 4,067 steps • 37mins 42secs • 125 calories
Cycling: 2.7km • 13mins 35secs • 59 calories
Transport: 69.4km • 1hr 19mins 53secs
本日の参照画像
(2016年10月 8日 11:36)

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/ 3 Oct. 2016 (Mon.) 「有明へ。ATP World Tour 500, Tokyo」

われながらまったく意味のない写真を撮ったものだという話で、これ、いつだっけ、たぶん第三試合が終わったあとの試合間のコートを写したもの。このまま行くと何も撮らないまま終わるなと思って撮った一枚だ。

有休を取って一日、有明。楽天ジャパンオープンの本戦初日を母と観戦。去年につづいて二度目。
初日と二日目にはシングルスの一回戦が組まれるが、テニスのドローや試合進行スケジュールというのは直前(スケジュールは基本的に前日)にならないと決まらないので、前売りでチケットを買うにあたっては「その日、誰の試合があるか」はわからない。だから、きょうの第四試合で(錦織)圭君が観られるというのはまったくのラッキーである(ちなみに去年も初日を観て、同様の幸運に巡り会ったわれわれだ)──さらにまあ、いま、書いている現在( 7日)の時間まで含めていえば、ほんとうに残念ながら圭君は二回戦の第1セット途中で(臀部の痛みにより)棄権となってしまったわけで、初日の一回戦を観られたのはまったくラッキーきわまりない事態となってしまった。
11時スタートの第一試合のアタマから観る。会場に着くころには雨も上がり、以降はさほど降っていない(コート 1の試合も進行してた)と思うが、直前まで降っていたからだろう、可動式の屋根は開始からずっと閉めたまま試合進行。

ジョアン・ソウザ (POR) d. マルティン・クーリザン (SVK) 4-6 6-3 6-3
マリン・チリッチ (CRO) d. ブノワ・ペール (FRA) 6-0 4-6 6-3
フェルナンド・ベルダスコ (ESP) d. 添田豪 (JPN) 6(2)-7 6-3 6-3
錦織圭 (JPN) d. ドナルド・ヤング (USA) 4-6 6-2 6-2

と、第四試合までがすべてフルセットに及んで、圭君の試合が終わった時点でもう 20時近かった。母の電車の都合があるので、最後のダブルス(ダニエル太郎、内山靖崇が出る)を観るのはあきらめ、申し訳なくもここで退出。われわれと同様、圭君の試合が終わったところで観客の多くがどっと席を立ち、会場をあとにしたようだったが、ちょこちょこ参照していた 2ちゃんねるのスレッド(スポーツ実況板)を覗くと「これでも他の大会と比べてダブルスにしては客いる方なんだぞ」という書き込みがあり、ちょっとほっと(?)する。
この日は圭君の試合に間に合うように来るお客さんも大勢いたので(チケットは完売ながらも)第二試合ぐらいまではだいぶ空席も目立ったが、それでも、ふだん TennisTVで中継を見ている同クラスの大会なんかもっとガラガラだったりするわけで、「 500の大会の初日、平日」ってことを考えるならば、世界的に言っても充分「入ってるほう」なんじゃないかという入りだった。もちろん圭君の試合開始時にはすっかり満員。すごい。
ちなみに圭君の試合、当初組まれていた相手はニコラス・アルマグロで、当日になりアルマグロが体調不良により棄権、入れ替わりにラッキールーザーとしてヤングが対戦相手となった。アルマグロの棄権は第一試合の途中で決まったらしく、会場では第一試合終了後にアナウンスされた。一回戦なので不戦勝とならなかったのは不幸中の幸いながら、でも、観たかったなあ、アルマグロ。
で、あたりまえながら、生はやっぱりいいのだった。去年はじめて生で観戦するまでは、テレビを見ていて、これ、生だとテレビほど試合を俯瞰できず、むしろテレビのほうが大局をつかめて面白いんじゃないかと訝っていたのだったが、とんだ杞憂で、生、すごくいい。
こんどさあ、来年だけど、誰か──ってむろん、石原(裕也)君と島(周平)君しか頭に浮かぶひとはいないのだが──、東レ行きませんかね、東レ。ねえ。
本日( 3日)の電力自給率:5.2%(発電量:0.8kWh/消費量:15.3kWh)

Walking: 8.1km • 10,047 steps • 1hr 56mins 5secs • 386 calories
Cycling: 1.4km • 7mins 50secs • 30 calories
Transport: 105.4km • 2hrs 28mins 20secs
本日の参照画像
(2016年10月 7日 15:14)

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/ 2 Oct. 2016 (Sun.) 「しちゃうんだよなあ、説明」

いろいろ買い物。
こないだ VHSからデータ化した『トーキョー/不在/ハムレット』のビデオを、ネットを介し、藤松(祥子)さんに貸す。うまく再生できたようでよかった。どういう手を使っているかは各自ご想像ください( YouTubeとかの動画共有サイトに上げたわけじゃないですよ)。「上村さん若いーー!!」と藤松さん。
日付変わって未明の、(家鴨田)家鴨さんのツイート。きのう更新した日記( 9月28日付「あひるー」)でわたしがおもむろに家鴨さんのことを取り上げたその応答で、カウンターとして返されたわたしの紹介。

@ahirudaahiru: 01稀代の説明人・相馬さんに何割増しかでこの日記を説明されてしまい滝の汗をかいた。ありがたし。おことばを返すようだがこちらこそ到底かなわないと思う書き手がふたりいてそのひとりが相馬さんだ。ものごとの説明がていねい。真似できない。もうひとりはヤスノリさん。とばっちりで失礼ながら。
2016年10月3日 2:44

 われわれはかつて「(しかく)リングス」というよくわからないコミュニティで盟友だった者同士でもあり、仲間内のごく狭いところで褒め合ってるような感じがしっかり漂ってしまうとしても否定できないけれども、しかし、「あっ、ありがとうございます」というこちらの顔の火照りをよくよく鎮めて読んでみれば、なんのことはない〈いつもの調子〉のツイートであることはわかって、これ、おれ、全然褒められてないんじゃないのかという強い疑念が頭をもたげるのが面白い。
「稀代の説明人」と紹介されたことにたいし、妙に反省させられてもいるところのわたしだ。しちゃうんだよなあ、説明。ま、説明は大事だし、説明が説明を呼んでどんどん話が逸れていくという醍醐味もいっぽうではあるものの、ただただ「クセ」でつい説明してしまっているときがあり、しばしば、書くほうも読むほうも前段としての説明だけでもう疲れちゃうということになっていやしないかと反省する。むろん、そんなことではだめなのだ。「希代の説明人」(ところでこれ、「じん」なのかな「にん」なのかな)と異名をとるからにはもっとこう、説明を説明と感じさせないような、そこはかとなく説明が薫るというような、それでいてけっきょく何もわからないというような、そんな文章が書きたいのだった。
精進しよう。もっともっと。
本日( 2日)の電力自給率:78.5%(発電量:15.0kWh/消費量:19.1kWh)

Walking: 2.1km • 3,004 steps • 35mins 50secs • 99 calories
Cycling: 2.1km • 17mins 54secs • 60 calories
(2016年10月 6日 08:46)

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/ 1 Oct. 2016 (Sat.) 「いとうせいこうフェスの二日目」

みうらじゅん氏による「いやげもの」は、アライグマのせいちゃん。一日目にはこれの色ちがい(青)が配られた。

いとうせいこう & リビルダーズ『再建設的』

ぜいたくをさせていただきました。
「いとうせいこうフェス~デビューアルバム『建設的』30周年祝賀会~」の二日目。千駄ヶ谷の東京体育館。16時半スタートで、終わったのが 22時20分ごろ? かな。「転換に 10分くらいかかります」と案内があったときに一度トイレに立った以外はずーっと観ていた。下手側、いちばんステージ寄りなあたりの 3階席。斜め後ろの席が石原(裕也)君だった。
細野(晴臣)さんの「ろっか・ばい・まい・べいびい」で泣いてしまったのは、たぶんフェスの文脈とはまったく関係のない、何かだと思います。
だってさあ、

泣かないでさ これからはダイナ、君といつも一緒だよ

とか言うんだもんさあ。
細野さん、いとうさん、MEGUMIさんでやっていたコントはこれ
やっぱり中津川ジャンボリー君(竹中直人さん)。接触不良がどうのこうのいう歌。笑った。声出して笑ったのは中津川ジャンボリー君と、ユースケ・サンタマリアさん。ケラ(リーノ・サンドロヴィッチ)さんと犬山イヌコさんを引き連れて「 JOE TALKS」を歌うんだけど、ケラさんと犬山さんの本名(でたらめ)を紹介するところは笑った。犬山さんがなんだっけ、「谷やすえ」だっけ。あはははははは。すごくよかった。
やっぱり(高橋)幸宏さん。鈴木茂さん、岡田徹さん(シンセサイザー)、沖山優司さん(ベース)とともにいとうさんのボーカルで「なれた手つきでちゃんづけで」を。アルバム『再建設的』は遅まきながらフェスのあとで買ったんですが、セルフカバーであるところの「なれた手つきでちゃんづけで」は、ちょっと〈高橋幸宏の 30年〉も感じさせつつ、そして新しくて、すごくいいですね。そのあと、いとうさんがコーラスにまわり、鈴木茂さんが歌う「花いちもんめ」も。
やっぱり「東京ブロンクス」。ヤン富田さんと高木完さん。ヤンさんが圧巻。そのあとの「だいじょーぶ」では藤原ヒロシさんも出てきて、タイニー・パンクスが揃う。
えー、あとはですねえ。LASTORDERZのギターとボーカルでゴーバンズの森若香織さんが。配布物のなかにゴーバンズのライブのチラシが入ってた。ちょっと悩む。Sandiiさんのパートもよかった。そのパートでフラのチームのひとりとして出ていたらしい米倉(アツコ)さんは見つけられず。東葛スポーツはラップと映像サンプリングで「東洋の魔女」という演し物。ウケてましたねえ。なによりです。きたろうさんはいとうさんとふたりで「ピアノの粉末」(シティボーイズライブ『愚者の代弁者、うっかり東へ』内のコント)。大竹(まこと)さんは「俺の背中に火をつけろ!!」。聴いてるこっちはさして気にならなかったけど、最初の歌いだしをちょっと早く出てしまうという当人にとっては痛恨のミスがあったらしく、歌い終わって逃げるようにハケていったのはそのためだとか。ちなみに、ひとり欠席(中村ゆうじさんは一日目のほうに出演してる)の斉木(しげる)さんは、きのうきょうと札幌で舞台公演があった由。あ、フェスの公式サイトには各界から寄せられたお祝いメッセージが載っていて、どれもみな素晴らしいんだけど、斉木さんのメッセージもすごくいいのだった。

いとうせいこう君へ

30周年か。そのままのつき合いになるね、私達とは。
今、一番に思うのは、君に対する感謝だよ。
溢るる「才」を惜し気もなく提供してくれた。どれ程助けられたことだろう。
君は、きたろう氏を師匠と呼ぶが、イヤイヤ逆だろう、君が我々の師匠なんだと、私は心の底から思うのだよ。
同じ時代に生まれ、多くの優れた友人達と共に同じ土俵に立っていることは、何と幸福なことであろうか。
むろん君はまだまだつっ走るだろう波頭の上を。息抜きが必要となったら、やや枯れぎみの我々だが、止まり木くらいにはなれそうに思うんだ。
斉木しげる (シティボーイズ)、お祝いメッセージ | いとうせいこうフェス~デビューアルバム『建設的』30周年祝賀会~

 ま、斉木さんのあの声で再生させつつ読むと、全文ふざけてる(もしくは、ただただ芝居が大きい)としか思えないのもさすがですけども。
で、これは翌日だったか、

@soma1104: けっきょく口ずさんでるのは夜霧のハウスマヌカンかよ。
2016年10月2日 11:29

とつぶやいたのにたいして、Facebook経由で「いいね」をくれたのは小中同級と、高校同級のふたりだった。ふたりとも、フェスの文脈(トップバッターでややさんが「夜霧のハウスマヌカン」を歌った。これ、作詞がいとうさん)を共有してるとは想像しにくいひとたちなので、単純に「夜霧のハウスマヌカン」は '75年生まれにけっこう刺さってるのかあ、と思ったり。'86年の歌なので、われわれ、小学 5年生。刺さるお年頃。1コ下の妻は「知ってるな。なんだっけ?」と言っていた。
思いつくままに書いていったらいろいろ抜けましたね。そのほかの出演は敬称略で、須永辰緒(客入れ DJ)、奥泉光(映像)、みうらじゅん、バカリズム(映像)、サイプレス上野とロベルト吉野、KICK THE CAN CREW、かせきさいだぁ&ハグトーンズ、DUBFLOWER、ゴンチチ、上田晋也、久本雅美、勝俣州和、蛭子能収、テニスコート、ナカゴー、スチャダラパー、ロボ宙、SUBLIMINAL CALM(いとうせいこう&藤原ヒロシ)、岡村靖幸、東京パフォーマンスドール、水道橋博士、田中知之(客出し DJ)、などなど。
と締めるつもりが、やっぱりこれも特筆しとくべきだなと思いまして。岡村靖幸(ピアノ)+東京パフォーマンスドール(踊り)+いとうせいこう(歌と踊り)による「 HEALTHY MORNING」。すごくよかった。踊りもそうだけど、ボーカリスト・いとうせいこうをいちばん攻めさせていた気もした。

本日( 1日)の電力自給率:27.8%(発電量:4.6kWh/消費量:16.5kWh)

Walking: 1.9km • 3,437 steps • 36mins 53secs • 92 calories
Cycling: 2.6km • 15mins 28secs • 57 calories
Transport: 68.7km • 1hr 9mins 16secs
本日の参照画像
(2016年10月 5日 14:23)

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