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/ 12 Mar. 2017 (Sun.) 「『 2020』と『いつ高』を観る」

ロビン。仕事用の椅子の上に寝る。2008年11月。

もう当分演劇はいいんじゃないか──アスレチックとか、もっとほかのこともすべきじゃないか──ってくらいのペースでここのところ観ているが、今日はまず下北沢「劇」小劇場。西尾佳織ソロ企画『 2020』。西尾さん作・演出のひとり芝居で、稲毛礼子、野津あおい、葉丸あすかという三人がそれぞれのバージョンを編む、そのうちの稲毛さんの回。すごーく面白かった。詳細は後段で。
観終わって駒場東大前へ。「いつ高」の vol.2を当日券で観ようと思っていたのだが、井の頭線の車中で「本日の vol.1、vol.2公演中止」の報を知る。おやまあ。で、選択肢としては下北沢に戻り、『 2020』の野津あおいバージョンを観るというのと、ぽっかり空いてしまった時間をただぼんやり過ごすというのがあり、悩んだ末に後者をとった。ぼんやりした。東大の構内を抜け、日本近代文学館のあたりまであてもなく散歩。ラーメンを食べ、カフェで一服。
そうして無為に過ごしたのち、これは予約してあった「いつ高」の vol.3『すれちがう、渡り廊下の距離って』をこまばアゴラ劇場で。大場(みなみ)さんと大村(わたる)君が出てる。これについてはまあ、「いったい白子は何を考えているのか──その傾向と対策」とでも題されるだろうところの文章をぜひ長々とものしたいところだけれども、えーとですね、その前に『 2020』の感想がねえ、長くなっちゃったんだなあ、これが。なので「いったい白子は〜」についてはまた今度、稿をあらためて書きたいと思う。
大場さんから、貸した本は返ってこず。2文字くらいしか読んでないらしい。
で、『 2020』に話はもどる。

2020……マレーシアが、「この年までに先進国入りする」と宣言した年。マレー語で「ドゥアプルドゥアプル」。
西尾佳織ソロ企画「2020」下北沢公演 | kaorinishio | note

 タイトルの「 2020」という数字に直接(?)含意されているのは上のとおりで、「ビジョン 2020」と呼ばれるこのマレーシアの国家戦略は 1991年、当時のマハティール首相が掲げたもの。つまり 30年計画。1985年生まれで「 5歳から11歳まで、マレーシアのクアラルンプールに住んでいた」という西尾さんは、まさにこの「ビジョン 2020」が掲げられてまもないマレーシアに暮らしたことになる。
「先進国」って何さ? という疑問はまず思うところだが、「ビジョン 2020」の実現を託されるかたちで 2010年に策定された現ナジブ政権の長期経済政策=「新経済モデル」( NEM、2011~ 2020年までの計画)では、「先進国=高所得国」ときっぱり定義し、具体的目標を「 1人あたり GNI(国民総所得)15,000米ドル」に置いている。と同時に、「経済面だけで発展すべきではない」ともしていたマハティールの「ビジョン 2020」は、複合多人種社会であるマレーシアの宿願(?)として、「バンサ・マレーシア(マレーシア国民)の形成」を構想するものでもあった。
というわけで、いきおい「マレーシアの労働政策中長期経済政策と労働市場の実態なる 2013年の報告書を読んでみてもいるわたしだが、そこにはこのような記述がある。

 2010年策定の NEMでは、「外国人労働者に頼らない経済」への転換を実現しない限り「先進国=高所得国」の実現はおぼつかないと強調。10MP(第 10 次マレーシア計画)では 2010年にマレーシアで就業する 310万人の外国人労働者を 2015年までに 150万人に半減するとの 数値目標を掲げている。NEMはマレーシアが「中所得国の罠」に陥り、ここから抜け出せないのは多過ぎる低賃金外国人労働者の存在が産業の高度化、高生産性経済への転換を目指すイノベーションを阻害しているからだと繰り返し論じている。
 だが、これまでは労働市場が逼迫し、製造業を中心とする企業が外国人労働者の増加を強く求めるようになると、政府はその都度、妥協を図り、結果として外国人労働者が増加してきた。この点は後ほど第6章の外国人労働者の項で検討するが、NEMが経済成長の牽引策として推進している 12の基幹経済分野( National Key Economic Areas: NKEAs)には鉄道建設などの大規模公共事業が数多く含まれている。建設労働者の多くが外国人であることを考えると、外国人労働者半減政策の実現は不透明といわざるを得ない。
独立行政法人労働政策研究・研修機構編「マレーシアの労働政策中長期経済政策と労働市場の実態、p.10

80年代はじめの工業化の推進は、同時に道路、ビル建設などインフラストラクチャー整備のための建設ブームを伴った。このため、日本でいうところの 3K職場である建設現場の労働力不足は深刻なものとなり、ここにもインドネシア人労働者が入り込むことになった。
同、p.110

 これを読み、劇中の「私(かおりちゃん)」が眺めていた建設現場の労働者たちは、はたしてマレー人だったのだろうか、はたまた彼の地における「外国人労働者」だったのだろうかということをふと思う。どっちだったらどう、という何かその先の考えがあるわけではない。また、あそこで語られる「マレー人=怠惰」というイメージは、「ビジョン 2020」へと向かうマレー人(の一部知識層?)が、そのある種オリエンタリズム的な眼差しをいったん自ら内面化したものでもあったはずだ。

経済的に取り残されたマレー人社会に変革の意識が欠けていることを問題にした後に首相になる政治家マハティール・モハマドの『マレー・ジレンマ』( 1970年)および経済的遅れを与えられた宿命として甘受しがちなマレー人メンタリティを変革すべきことを訴えた UMNO青年部編『精神革命』( 1971年)の二つは、5.13事件の直前に起きたマレー人の経済的後進性の非経済的要因(怠け者、イスラム論など)をめぐるパーキンソン×ワイルダー論争に対するマレー人側からの回答でもあり、ラザクらの NEP策定に少なからず影響を与えたといえよう。
小野沢純「ブミプトラ政策多民族国家マレーシアの開発ジレンマ」、『マレーシア研究』第1号( 2012年)、p.12

 ちなみに、マハティールの『マレー・ジレンマ』では、マレー人学生の成績が中国人(華人)学生にたいして劣っている要因を「遺伝」と「環境」の二側面に見いだし、遺伝の問題は解決困難だが、環境の問題は複雑ながらも解消が可能であるとして、マレー人のもつ遺伝的劣等性を逆差別的・保護的優遇政策によって補うという考えが述べられているらしい(「らしい」で申し訳ない。『現代アジア事典』他からの伝聞)。で、マレー人は近親結婚を繰り返してきたので遺伝的に競争に弱い、というのがマハティールの言う優生学的「遺伝」要因。
話が逸れた。(いや、べつに逸れてもいないんだけど、いきなりそんなところへ飛んで大半の読者の興味と読む気を失せさせる前に、もっと述べておくべき感想はあった。)
というわけで、「ビジョン 2020」に示された未来像に向け、直線的・進化論的に〈国のかたち〉を整え(られ)ようとするマレーシアの姿が後景にうっすら示されつつ、そこに重ねて、語り手である「私」の個人史──幼少期から現在にまで至る自己形成の刹那々々──が語られる、という舞台なのだが、そのマレーシア云々の部分についてははじめに引いた「 2020」についての註がなければほとんど気づかないほどのもので、戯曲の語りは終始、「私」の側に微視的に寄り添う。とはいうものの、西尾佳織の演出──もしくは不演出──のもとに三人の俳優が「西尾佳織」を演じるという企図それ自体のフィクション性により、当然ながらその「私」語りは「私」に収斂することなく、むしろ「私」の外延を曖昧で大胆なものにしていく。
そのことはテクストによっても補強されており、「語り手である『私』」というふうにさっきは書いたけれども、じっさいには複数の対象に焦点化されるかたちで戯曲は書かれ、テクストは複数の声をもっていて、それが「私」という枠をかろうじて保っているのはつまるところ俳優の身体によって──ひとりによって演じられているということによって──である。その意味で、「語り手である『私』」とはまず、ほかならぬ「稲毛礼子」のことでもある。その、〈ひと一人分〉よりもひと回りかふた回り外延が大きくなった「私」のなかに生起する複数の声を、あたかも身体の重心移動だけでもって往き来するように処理し、そこにある軸としての「私=稲毛礼子」を提示することで、結果、総体としての「フィクション=西尾佳織=私」を現出させえていた稲毛さんにまずは「すげえ!」と言うしかないのだったけれど、えーと、なんの話だっけ。

@reikoinage: 久方ぶりに演劇の稽古していて、なんで人前でこんなベラベラしゃべんなきゃならないんだと、嫌だよ恥ずかしいよ、俳優なんて神経がバカになっちゃってんだよ、って思って今日松村さんのモメラスを観に行ったら、神経バカになっちゃってる人がたくさんいて、楽しかった。
2017年2月23日 19:46

というちょっと前のツイートが印象的だったが、終演後にしゃべったときも稲毛さんはこの「なんで人前でこんなベラベラしゃべんなきゃならないんだ」という〈俳優の不思議〉を言っていた。その不思議のことも思う。それは素朴で、ごくまっとうな懐疑であるのと同時に、いっぽうで「なぜ俳優はそれを不思議だと思うんだろう?」という真逆の問い方がたぶん可能なところの、もうひとつの不思議とも表裏一体であるように思える。つまり、〈役を信じる/役を疑う〉という二項があったとき、両者はそれぞれ、お互いがお互いを内包するようなかたちでしか存在しえないのではないかということで、そのことを指して「脱構築」と呼んでしまうにはちょっと手続きが雑だが、〈信じる/疑う〉という二項をおのずとつなげ、媒介する回路として、〈演じる〉という行為はあるのではないかとひとまずは考えたい。
奇しくもたてつづけに観たふたつの舞台がどちらも「複数の声/話者の登場するひとり芝居」だったこともあって、おととい観た『ささやきの彼方』との差異と類似ということもつい思ってしまうところだ。たとえば両者ともに映像を用い、そのひとつは「走行する電車から車窓外の風景を撮ったもの」ということでも同じだったのだが、『ささやきの彼方』ではそれが横移動する風景だったのにたいし、『 2020』では進行方向に向かって前進していく角度からの風景だった。このちがいはいったい何だろう──何を読み込めるだろう──ということを思ったりしていた。

 自分の話をしたいわけではなく、自分なんてものがどこまで「どうでもいい、どっちでもいい」になれるのか、つまり、作品として現われるものの由来が誰にあろうと、本当だろうと嘘だろうと「どうでもいい、どっちでもいい」となるのが作品(フィクション、物語)をつくるってことなんじゃないかと思っているのだった。「当事者性」という言葉の指す範囲を引き延ばしたり、パタンと裏返したり、ウニャウニャ揺すったりするうちに、「当事者性」という言葉に感じるカクカク切り分けて分断してくる感じや、不適切を恐れて言葉や振る舞いをつい飲み込むに至らされてしまう感じ(いえ、人のせいにするわけじゃないんですが)を無効化してやりてえ、という気もある。
西尾佳織ソロ企画「2020」 | kaorinishio | note

 この、「当事者性」ということへの揺さぶり/引き延ばしということについてはなかなかに〈成功〉していたのではないかといまふと思ったわけだが、つまり、舞台を眼差す者であったわたしが影響され、こうしてマレーシアについての付け焼き刃的な知識でもってあれこれ取り留めもなく書いてしまっていることに、それは端的に現れているのかもしれない。なんてね。
いやーしかし、やっぱ観ときゃよかったかなあ、野津さんバージョン。

Walking: 7.7km • 11,821 steps • 2hrs 4mins 22secs • 365 calories
Cycling: 1.9km • 12mins 28secs • 43 calories
Transport: 62.4km • 1hr 48mins 57secs
本日の参照画像
(2017年3月25日 19:16)

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/ 11 Mar. 2017 (Sat.) 「撤収の報に触れて」

ロビン。2008年8月。

けっきょく夜までかかってずっと、丸一日というわけでもないがそれにちかく、「教育勅語」についての日記( 8日付)を書いていた。鍵付きアカウントなのでツイートを引用はできないが、ある知人が、森友学園のニュースとその受容のされ方をめぐって、post-truth的なものにたやすく無効化されてしまう言葉の側の無力っぷり(への諦観)みたいなことをつぶやいていて、それに動かされたのだった。こりゃ、言葉を信じる者として──はたまた稀代の説明人として、ニッキストとして──、ちゃんと書いておかないといけないのではないかと。で、なんとか夜に更新。
午後には先週に引き続いての庭仕事もちょっとだけ。たいしたことはしていない。
「南スーダン派遣の陸自施設部隊 撤収へ」というその第一報が iPhoneのディスプレイに飛び込んできたのはきのう( 10日)、『ささやきの彼方』が終演して機内モードを解除したときだった。まずは何より、政府が撤収の機を見つけられたことに安堵したいが、もとより「これですべてが解決」となるわけではない。また、たんに安倍政権だけを批判して済む問題でもなく、その点で伊勢崎賢治さんの苛立ちと問題意識にもなるべく寄り添いたいと思っている。

@isezakikenji: 自衛隊の命を守れと?
安全じゃないから撤退せよと?
ふざけちゃいけません。
安全じゃなくて住民が犠牲になるからそれを守るために国連PKOがいるのです
:南スーダンの自衛隊を憂慮する皆様へ〜誰が彼らを追い詰めたのか? http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49799 #現代ビジネス
2017年3月12日 12:23

たとえばこれ。

「治安悪化原因でない」=安倍首相、南スーダンPKO撤収で
 安倍晋三首相は13日午後の参院予算委員会で、南スーダン国連平和維持活動(PKO)に派遣している陸上自衛隊部隊を5月末をめどに撤収させる決定について、「治安悪化が原因ではない。一定の区切りを付けることができるという政策的判断だ」と述べた。共産党の山下芳生氏への答弁。
 稲田朋美防衛相も「PKO参加5原則は維持されている」と従来の政府見解を繰り返した。(2017/03/13-15:46)
「治安悪化原因でない」=安倍首相、南スーダンPKO撤収で:時事ドットコム

この、「治安悪化が原因ではない」という発言を安易に批判することはできないとわたしは受け止める。もちろんこの発言にはふたつの意味=メッセージの側面があって、そのひとつ、おもに日本国内にむけた「南スーダンの治安は悪化していない」というメッセージ(後段の防衛相の発言ともつながる)については大嘘だし、まだそれを言うのかよって話である。しかしいっぽうで、「(治安は悪化したが、)治安が悪化したから撤収するのではない」というメッセージについては、国際社会にむけたタテマエとして、それはそう言わなければならないということがあるのだ。なぜなら、南スーダンにおける国連 PKOの現在の筆頭任務が「住民保護」だからである(その意味で、防衛相の「PKO参加5原則は維持されている」こそは二重に嘘であり、批判されなければならない)
要は、PKOはもはやかつての(自らは交戦主体とならない)PKOではないということなのだが、その〈変化〉が PKOにもたらされたのは、2011年に当時の民主党連立政権で野田内閣が南スーダンへの自衛隊派遣を閣議決定するよりもはるか前、1999年のことである。そもそも PKOというものが生み出されたのは「内戦」という新たな戦争の形態に対応するためで、内戦においては旧来の「国家」対「国家」の戦争ではなく、その国の政権と反政府勢力との衝突になるため、その国の政権が「自国民」に──かつ、えてして無辜の住民に──牙を剥くという構図になる。「内政不干渉」を原則とする国連にとってそれは対応しづらい事態だったが、その内戦が国家間の戦争と同等の(ときにそれ以上の)被害を生む状況がつづくなか、「内政不干渉」と「人道主義」の双方に配慮するものとして編み出されたのが当初の PKOだった。それはあくまで中立的立場──自らが交戦主体=紛争当事者とはならない立場──を維持しつつ活動していたのだが、そのさなか、1994年の「ルワンダ虐殺」が起きてしまう。
虐殺の発生する前までルワンダの内戦は「停戦」の状態にあり、国連 PKOは、紛争の当事者である政権と反政府ゲリラの両者の同意のもとに、停戦を見守るという任務を帯びて同国に入った。しかしその停戦が破れ、政権側とそれに同調して暴徒化した多数派の部族住民が、対立する少数派の部族住民を虐殺する事態になる。PKOの部隊がそこで少数派部族を守れば、すなわち国連が交戦主体となって政権側と戦うことになってしまうため、彼らはそのとき何もできず(ニューヨークの国連本部がそれをさせず)、見守るうちに状況は手のつけられないところまで悪化して、各国の部隊は次々と撤退。結果として、約 100日間のうちにおよそ 80万人から 100万人が殺害されたとされるジェノサイドが起きた。こうして国連 PKOは、まさにその発生時に現場に居合わせたにもかかわらず、住民を〈見殺し〉にする経験をする。このルワンダのトラウマを経て、そして同様の悲劇を生む可能性の高い内戦が各地でつづくなかで、国連はついに、「住民の保護を任務とするため、交戦主体となることもいとわない」という大きな方針転換をするのだ。それが 1999年のことであり、アナン国連事務総長(当時)の告示としてはっきり宣布されている。
日本政府の言ういわゆる「 PKO参加 5原則」とは、

(1)紛争当事者間の停戦合意の成立(2)紛争当事者の受け入れ同意(3)中立性の厳守(4)上記の原則が満たされない場合の撤収(5)武器の使用は必要最小限
PKO参加5原則とは - コトバンク

だが、停戦が破れたまさにそのときこそ、そこにとどまり、住民を保護するために戦うことを決意しているのが現在の PKOであり、おもには(3)と(4)において、そもそもの原則がそぐわなくなっているのが 1999年以降の PKOなのである。南スーダンの状況下においてこの 5原則が守られているかどうかの話ではなく、1999年以降、PKOそのものの変質によって、原則自体が成り立たなくなっているのだ。PKO活動のなかに「後方」なる安全空間があるかのように語るのも日本でのみ通用するレトリックであり、前提としてもちろん、自衛隊は国連多国籍軍に「一体化」するのだから。
だから、もちろんこのまま自衛隊を派遣しつづけることはできなかった1]ものの、いっぽうで撤収の「機」を見ることは必要だった。むろん本来的には軍隊=自衛隊を送ることだけが国際社会への貢献ではないものの、いま・ここの(すでに派遣してしまっている)状況においては、国際社会にむけた何らかの撤収のタテマエがなければ、平和主義であったはずの「 9条」が「人道主義」と競合してしまうのである。

1:自衛隊を派遣しつづけることはできなかった

国連と現地国とが結ぶ「地位協定」によって、国連部隊は現地法から訴追免除されており、その国連部隊が国際人道法違反の行為を犯したときには、各部隊派遣国の国内法廷で裁くことになる。この国内法廷というのは一般には軍事法廷を指すが、「交戦しない」前提の日本には軍事的な過失を扱う法体系がなく、適用させるなら刑法しかないのだが、さらには刑法の「国外犯規定」により「業務上過失致死傷」などをあてはめることができないため、たとえば自衛隊員が過って住民を殺害してしまった場合などには「たんなる個人が行った殺人事件」としてしか裁けないことになる。この状況は派遣される自衛隊員にとっても、そして現地国のひとたちにとっても絶大に理不尽である。つまり厳密に言うならば、1999年の国連事務総長による告示以降、国内に軍法を持たない日本は PKOに参加する資格をそもそももたないのである。詳しくはたとえば「日本はずっと昔に自衛隊PKO派遣の『資格』を失っていた!(伊勢崎 賢治)」を参照。

と、ここまででこんなに字数を費やしてしまったが、ほかにも多岐にわたり、指摘すべき問題はある。朝日新聞のこの記事の後半、伊勢崎賢治さんからの聞き取り記事が多岐にわたる問題それぞれにかなり目配せよく、コンパクトに言及しているので、(そうは言ってもクリックしてくれないんだろうけどさ、)できればお読みいただきたい。有料記事のためログインしないと読めないのだが、無料登録すれば( 1日1本まで)読めるので、ま、できれば、はい。

Walking: 14 meters • 28 steps • 18secs • 1 calories
本日の参照画像
(2017年3月17日 13:23)

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/ 10 Mar. 2017 (Fri.) 「その夜高架下で、『ささやきの彼方』を観た」

戸のガラス越しのロビン。2008年6月。

夜、東小金井。中央線の高架下に位置するヒガコプレイスで、女の子には内緒『ささやきの彼方』を観る。ヒガコプレイスのなかにある、ふだんは「 ONLY FREE PAPER ヒガコプレイス店」──全国のフリーペーパー・フリーマガジンを専門に扱う、モノを売らないお店──であるところの小さなスペースが会場。舞台装置として使われていた大きな木のテーブルとはべつに、通常営業時にはもうひとつテーブルがあって、その上に(も)フリーペーパーが平積みになっている。それをどこかに片付けて、観客用のイスが置かれていた。舞台装置になっていたテーブルはもとからあの位置にあって、そっちは座って読むために設置されているものだ(バックナンバーなどの稀少なフリーペーパーは「店内閲覧のみ」になっている)。「ここでどうやって上演する/観るんだろう?」とも思っていたのだが、そんな感じ。
と、事前に一度会場を訪れていたのは、この『ささやきの彼方』の戯曲が全編掲載されているフリーペーパー『往復曲線』を入手するためだ。戯曲を先行発表することで観客とのコミュニケーション機会を増やし、あらかじめ戯曲の形態で読む体験と、舞台化された上演を観る行為(、そしてまた戯曲に戻る行為)というその複数回の出会いのなかに、いわば往復書簡のように時間的幅をもって生起する、受け手・送り手相互の物語への働きかけの〈往還〉を生むことができたら、という試みであるらしい(解釈ちがってたらすいません)
終演後、たんにハケる場所がないってことなのだろうが、ひとり芝居を演じ終えた高山(玲子)さんもそのまま客といっしょにいて、着替えたり、しゃべったり、金柑(だっけ?)配ったりしていた。高山さんについては先日「つぎのレイコはきみだ」( 6日付)を書き、それに本人から「いいね」はもらったものの、特段それ以上のリアクションがないなあと思っていたところだったが、高山さんとしては「日記には日記で(ブログにはブログで)応答しよう」と思っていて、でもけっきょく書けず、ということだったらしい。そうだったのか。
「いやー、ヤだなー、あたしバカみたいだよねえ」と笑い、やけに恥ずかしがる高山さんでもある。件のわたしの日記を読み、あらためて文章化されたかたちで自身の行動や言葉を目にすると、そういうふうに──バカみたいに──見えるということのようだ。いや、そんなふうに描いたつもりはまったくないんだけどね、「いやー」と高山さんは勝手に恥ずかしがっている。あと、「相馬さん、なんかいいよね」とも褒められた。例によってぐにゃっとした物言いで、自分で勝手に了解して口にするからいったい何が「いい」のかさほど把握しきれてはいないのだが──たぶん、文体というか、日記やツイッターでの振る舞い具合のことを指して言ってるんだと思うのだが──、ともあれ褒められたので報告しておきたい。「いい」らしいよ、おれ。
物語の核となるのは、駅のホームから電車に飛び込んで自殺するひとりの女性だ。その女性をひとつの基点にして、向かいのホームの女性、事故に見舞われることになるその電車に乗っていた女性、事故のために開かなくなってしまった踏切で足止めをくらう女性、踏切でうずくまるその女性を見かける帰宅途上の女性、……というふうに、あるかないかの一瞬の関係──相互的だったり一方的だったりする束の間の視線──の上に結ばれた女性たちが、高山玲子という俳優の身体に幾重にも折り畳まれていく。

女 E
その時やっと彼女が誰か気付いた。なんだ。私か。

 ひとりの人間の無数のバリエーションであるかのような彼女たちは、〈私〉という存在の普遍性と単独性を同時に示すものだ。〈私は彼女だったかもしれない〉という、個の根源的な交換可能性=普遍性にこそ根差して、〈にもかかわらず私である〉ことの奇跡として、個の単独性=交換不可能性=かけがえのなさ1]はある。

1:個の単独性=交換不可能性=かけがえのなさ

高山さんはかけがえのない存在だが、それは高山さんがかわいいからでも、いい俳優だからでもない。そうではなく、仮に高山さんがまったくの無個性であったとしても、われわれにとって、そもそも高山さんはかけがえがないのであり、それが個の「単独性」である。「かわいい」や、「いい俳優である」といった属性/個性は、そのひとの「単独性」ではなく「特殊性」にあたり、それは〈普遍性 - 単独性〉という軸とはべつの、〈一般性 - 特殊性〉という軸の上にある。世間が放つ「個性的であれ」という要求・命令ほど凡庸なものはない、でしょ?

モノローグによるポリフォニー。ポリフォニックなモノローグ。あるいはそれは、基本的に〈座〉のものとして作られる演劇が不可避に抱え込む多声性なのかもしれないものの、しかしそれにしても、今夜の高山さんは見事に──そう、@HRAK_GMさんの言葉を借りるならば──「無限で固有な〈私〉」だった。

@HRAK_GM: 女の子には内緒『ささやきの彼方』戯曲では有限で匿名だった〈私〉たちが高山玲子の身体を通って無限で固有な〈私〉に。誰に対してどのように話される言葉か、戯曲の要請に応じて話法は繊細に(演じ)分けられており、脚色も入った(てたよね?)ことで説得力が増。高山さんとても良い。
2017年3月12日 19:32

舞台上の高山さんを見つめることで自身も〈視線のつらなり〉に組み込まれることになる観客は、あるいはその脳内の往復書簡のなかでそれぞれに、またべつの彼女/彼たちを──〈街〉からも、ついには〈沿線〉からも離れて──書き加えることができるかもしれない。無限の眼差しに貫かれて〈世界〉の結節点となる高山さんはそのとき、まさしく等身大の祈りとしてそこに立つだろう。

あの時、あの場所にいた私たちは、これから一体どこに行くのだろう? もっと、他に道はあったんだろうか。行き先は決まっていても、そこから、また違う電車に乗れたんじゃないだろうか。もう一度、誰かに会えたのではないだろうか。たくさんの私が埋まっている街で、まだ歩き続けている人々へ、私は祈りを乗せる。

最後に言っておくが高山さんはかわいい。そのことについてはちょっと、あらためて念を押しておかなければならないと思わされた夜だ。でね、終演後にしゃべっていて、しばしば見せる表情が誰かに似てるなあと思っていたのだったけれど、わかったよ──いいですかー? 褒めすぎますよー、たぶん褒めすぎますからねー?──、相武紗季だ。
またね。つぎは体操教室かどこかでお会いしましょう。

Walking: 5km • 6,927 steps • 1hr 10mins 21secs • 235 calories
Cycling: 2.4km • 13mins 47secs • 53 calories
Transport: 114.9km • 2hrs 28mins 45secs
本日の参照画像
(2017年3月15日 00:55)

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/ 9 Mar. 2017 (Thu.) 「気持ちのいいひとたち」

ロビンとピー。2008年2月。

@ninety_deg: 平塚らいてうは高等女学校時代に修身の授業をばっくれる「海賊組」を組織していたとのこと。
2017年7月10日 0:06

リツイートされてきた上のツイートをきっかけに、この直角 @ninety_deg さんという方のツイートを全部── 230コくらいなのでたいした量ではない──読んだ。ファンになった。

@ninety_deg: 大学に入ったばかりの頃、講堂でビッグカツという駄菓子を食べていたら隣の席の人が「母に禁じられていたので食べたことがない」と言い出したので半分あげたんだけど、なんだかヘッセの小説にでもありそうな話だなと密かに思った。その場合は隣の席の人のほうが主人公で、私は話の中盤で放校になる。
2016年12月6日 20:12

@ninety_deg: 「ゼニガメ かわいい」と検索しようとしたら「ゼニガメ 可愛すぎ」とサジェストされて、むむむと思った。
2017年1月8日 20:58

@ninety_deg: 半ば冗談で「私の長所は勇敢なところかなあ」と言って「勇敢ってどういうこと?」と聞かれたとき、「恐れずに善を成すことだよ」と自然に口から出てきたのに自分でも笑ってしまった。登場人物か。
2017年1月10日 22:54

@ninety_deg: ぼんやりしていてスーパーのかごを自宅の前まで持ち帰ってしまい、誰か何か言ってくれよと呆れると同時に、誰も何も言ってくれなかったことが頼もしかった。
2017年2月8日 21:03

@ninety_deg: 志賀直哉に「出来事」という題の小説があって、それはそうだろうなと思った。
2017年2月9日 22:41

ところで、こうした〈報告形の短文〉というのはある巧さにまで足がかかった瞬間、急に既視感が湧く──つまり「ビックラゲーション」めく──のだったが、それはまあしょうがないことだろう。ビックラゲーションというのは雑誌『ビックリハウス』( 1974年〜 1985年)にあった読者投稿ページのひとつで、「最近ビックリした出来事」というのがお題。手元にあるものから引けばたとえばこんな感じ。

◎包丁を 2本買ってきた祖父が、柄のところに「マキノ 1号」「マキノ 2号」と書いていた
牧野恵美子殿(20歳)
青森県東津軽郡三廐村
「ビックラゲーション」最優秀賞、『ビックリハウス』 1982年12月(通巻 95)号

もちろん、直角さんの魅力は巧さだけにあるのではない。巧いんだけどね、でも、気持ちがいい。

@ninety_deg: 「その人のことが好きでね」「えっ、恋?」「違うよ、そういうんじゃなくて……なんだか気になるというか……好意を抱いているというか……」と言い淀みながら、この世では気になるも好意も恋の意味じゃないか、語彙が恋愛に侵食されていやがる!と歯痒かった。
2016年12月16日 21:10

@ninety_deg: 「違うよ、そういうんじゃなくて……」まで含めて恋愛のパターンの内だというんだから、まったく度し難い。あらかじめ言葉を奪われている。
2016年12月16日 21:22

@ninety_deg: 私が好きな人と言ったら好きな人なんだよ。わかっておくれ。
2016年12月16日 21:23

冒頭の平塚らいてうについてのツイートを引用リツイートして、わたしの目の前に運んでくれたのはイチカワユウ @yu_ichikawa さんだ。タイムラインでしか知らないがずいぶん前からフォローしていて、わたしはイチカワさんのファンでもある。直角さんとは全然ちがうタイプの、多弁なツイッタラー。多弁であるにもかかわらず、そのツイートはしばしば、気持ちよくわたしの不意をつく。かわいいのひとことで片付けるのはたいへん失礼ながら、でもかわいい。以下、最近の傑作選。

@yu_ichikawa: どうやって生きるかなんて個人の自由なんで、文句を言いながら我慢し続けるのもよいけど、どうせ明日死ぬかもしれないのなら、やりたいことをやり、言いたいことを言い、着たい服を着る、そして脱げべき時に脱ぐ。そんな毎日を過ごしたい。
2017年3月7日 17:31

@yu_ichikawa: 今日も一日楽しかったし幸せだったし充実してた!ご飯炊けてるから野菜と肉炒めでもして春樹の続き読もうっと!
2017年3月9日 13:13

@yu_ichikawa: 彼女が炊飯器のスイッチを切ってたので大喧嘩。
2017年3月9日 13:36

@yu_ichikawa: 突然だけど、わたしは妹を尊敬してんだよね。
2017年3月10日 7:19

@yu_ichikawa: 昨日Fちゃんと読心術のテストをしたけど、奇数を思い浮かべて!って言ってるのにFちゃんが偶数を思い浮かべるから当たらなかった。でも1違いだったけどね!わたしはこーゆー間違いをされるとかなりムカつく!ちゃんとわたしの話を聞いてくださいっ!
2017年3月12日 1:38

 「脱げべき時に脱ぐ」はすごくいい誤字だ。響きがいいよ。

Walking: 4.3km • 5,825 steps • 1hr 5mins 20secs • 203 calories
Transport: 71.4km • 1hr 26mins 50secs
本日の参照画像
(2017年3月13日 21:43)

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/ 8 Mar. 2017 (Wed.) 「教育勅語をめぐる言葉と欲望、そして 24条」

ロビン。2007年5月。

国際女性デー。
だからほんとはそっちの話題も扱いたいのだけれど、うーん、やっぱり何か書いたほうがいいですかね、「教育勅語」について。
というわけで、検討材料としてのテクスト──参議院・予算委員会での質疑──をまず。ニュース記事に載っているものだとどうしても〈要旨〉として編集された発言になってしまうので(もちろん、そりゃ要約しないと記事に載っからないよね、というやりとり具合であって、それ自体はしょうがない)、YouTube動画から自分で書き起こしたのが以下。

福島
〔引用者註:教育勅語の〕最後の一行まで全部、正しいと〔『 WiLL』 2006年10月号の新人議員座談会において〕おっしゃってますが、これでよろしいんですね?
稲田
私は、教育勅語の精神であるところの、日本が道義国家を目指すべきである、そして、親孝行ですとか、友達を大切にするとか、そういう核の部分ですね、そこはいまも大切なものとして維持をしているところでございます。
福島
ここ〔座談会のなか〕で、「〔最後の〕一行も含めて、教育勅語の精神は取り戻すべきなの……」とおっしゃっています。これも〔この考え方をいまも〕維持されるということですね?
稲田
いま答弁いたしましたように、教育勅語に流れているところの、核の部分、そこは取り戻すべきだというふうに考えております。

森友学園3/8稲田「教育勅語を取り戻す」福島みずほ質疑:参院・予算委員会 - YouTube、17′ 29″ ごろからの書き起こし、太字強調は引用者。

 ひょっとして何も考えていないのではないか、という感想もいっぽうにおいては抱くものの、しかし書き起こしのために何度も繰り返し聞いているうち、これ、よくできた発言だなあということにも気づかされて、ちょっと驚く。「よくできた」というのは、たぶん稲田大臣にとっては無意識のうちにだが、右派のレトリックがここに見事に凝縮され、マッピングされているということである。
最初に指摘しておきたいのは「道義国家」なる語で、書き起こした箇所以外でも稲田大臣は繰り返しこの言葉を用いるのだが、じつはこの「道義国家」ないし「道義」という言葉そのものは教育勅語に出てこない。それが出てくる(おそらく稲田大臣が読み、参照している)のは「国民道徳協会訳(佐々木盛雄の個人訳)」とされる教育勅語の現代語訳においてなのだが、その訳は全体をとおして相当な意訳──皮肉を込めて言えば〈戦後〉訳?──になっていて、冒頭の「道義国家」の箇所などはそれに対応する語が原文にないほどのものである。

〈原文〉
朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ德ヲ樹ツルコト深厚ナリ
〈国民道徳協会訳〉
私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。
〈現代語訳/拙訳〉
思うに、わが天皇家の始祖がはるかな昔に国をはじめられ、そこに代々の天皇が築かれてきた徳は、深く厚いものである。

 とはいえ、同時に、文脈を戦中・戦前の帝国主義的言説全体にまで広げるならば、「道義国家」というこの国民道徳協会訳の言葉は何ら唐突に出てきたものではなく、早川タダノリさんの指摘にあるように、それは敗戦以前の日本が行ってきた帝国主義的な振る舞いと深く結びついた言葉なのである。

@hayakawa2600: 「道義国家」アピールが出てくるのは、例えば「世界史の転換は旧秩序世界の崩壊を必然の帰趨たらしむるに至つた。ここに我が国は道義による世界新秩序の建設の端を開いたのである」(文部省教学局『臣民の道』昭和16年)とかなわけですね。東亜新秩序を道義を以て形成する、というときに使う。
2017年3月9日 2:05

@hayakawa2600: @hayakawa2600 大串兎代夫『大東亜戦争の意義』(教学叢書、昭和17年3月)のテキスト(一部)をリンク先に挙げましたが、公式イデオロギーでの「道義」の一般的な使われ方がこちらになります。これモロに帝国主義の論理なんすよ。 http://kyokounokoukoku.tumblr.com/post/158155198...
2017年3月9日 2:13

 むろん稲田大臣としてみれば、自身の使う「道義国家」にそのような意味合いはなく、ただたんに「道徳的な国家」という意味で言っているのだと説明するのだろうが、それは歴史を(都合よく)無視した態度なのであって、たとえば「八紘一宇」という言葉を使い、要は「国際協調」を言いたいのだと説明する態度と、さほど変わらないものである。
ということを見ておいたうえで、まずは「核の部分」──いったい教育勅語のどこを「核」とするのか──について。稲田発言では「親孝行ですとか、友達を大切にするとか、そういう核の部分」というふうに並べられ、つまり教育勅語の中ほどで列挙される道徳項目たちが核なのであるとしているように(も)読める。しかしながら、もちろん本来的な核はそこにはなく、その道徳項目をあいだに挟んで前後に述べられている天皇と臣民との関係、および道徳項目の最後に位置する「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」こそが核であるのは言うまでもない(だいたい、それ以外の道徳項目はフツーのことしか言ってないわけだし)。質疑のなかで福島議員が「最後の一文まで全部(含めて正しいとおっしゃるんですね?)」と繰り返し念を押しているのもそのためであり、たいする稲田大臣が終始その問いには直接答えていないことからもあきらかなように、稲田大臣はここで、けっしてそれを否定しないのである。さて、では、そこの国民道徳協会訳はどうなっているか。

〈原文〉
一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ
〈国民道徳協会訳〉
非常事態の発生の場合は、身命を捧げて、国の平和と、安全に奉仕しなければなりません。
〈現代語訳/拙訳〉
ひとたび危急の事態となったときにはその正義心と勇気を天皇に捧げ、永遠につづく皇室の運命を助けなければならない。

 はい。国民道徳協会訳においては、ほぼ、後半の「以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」が訳されていない(消されている)と言ってもいい内容になっている。また前半部、拙訳でははっきり「天皇」と訳したように、原文にある「(おおやけ)」はここにおいて天皇の意だが、それを戦後的な「公共」と読み替えることによって、「国の平和と、安全」という原文のどこにもない言葉が呼び出されてもいる。
教育勅語を擁護する向きにはまた、戦後、天皇は「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」となったのだから、教育勅語のなかの天皇/皇国の部分をそうした戦後的な意味で置き換えるなら(前述のように「おおやけ」を「公共」と読み替えるなら)、何ら問題のない教育方針として読めるではないかとする声があるようなのだが、その言い分にはちょっと、ほんとうに腹が立ってしまった。戦後処理における占領国の思惑も絡んだ──ふだんなら、同じ話者が「おしつけ憲法」と呼んでいるだろうところの憲法の──象徴天皇制を、そのように援用するのであれば、だったらこっちは天皇の戦争責任をこそ問いたくなるというものだ。
つづいて「取り戻す」。ここで引き合いに出したいのは教育基本法の第二条だが、この現在の教育基本法は第1次安倍内閣のもと、2006年に全面的な改正がなされたもので、その第二条を旧法のそれとともに並べるならばこのとおりだ。

〈旧法〉
第二条(教育の方針) 教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によつて、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。
〈現行法〉
(教育の目標)
第二条 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
一 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
二 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
三 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
四 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
五 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

 この、やけに長ったらしくなった第二条に掲げられている「教育の目標」たちのなかに、教育勅語にある徳目の大半は含意されているように思われ、またそれはじっさい、第1次安倍内閣が「教育基本法を改正し、占領政策で失われてきた日本の道徳や価値観を取り戻そうとし」(『 WiLL』 2006年10月号の座談会における稲田氏の発言)た結果の条文でもあるはずだ。であれば、何も教育勅語を持ち出すまでもなく、教育基本法で充分ではないかとも指摘できそうだが、しかしここでちょっと立ち止まって右派の気持ちになり、教育勅語の徳目にあって教育基本法第二条に欠けている(と右派が考えるであろう)最大のものは何かと考えたとき、それはたしかに、「親孝行」なのかもしれないと気づかされる。
教育基本法において、教育勅語の「親孝行」に対応するのはおそらく、「親」や「子」といった属性を離れてより根源的な理念に立ち返った、「個人の価値を尊重して」「自他の敬愛と協力を重んずる」という部分であろう。そこには、何よりも〈個人〉という考えを尊重する──それが親孝行という一局面における徳よりも先立ってあり、第一義的であるとする──日本国憲法的な価値観がいまだ保持されている。そう、そしてそれは、日本国憲法第24条と、その改正案(自民党草案)の関係──戦前の家父長制を否定するため、家庭生活における個人の尊厳と両性の本質的平等を定めた 24条と、それを書き換え、〈個人の尊重〉から〈家族の尊重〉へと条文をシフトさせようとする改正案の関係──とも重なるものだ。
その意味で、やはり「核」となるのは「親孝行」なのかもしれないと気づかされるのは、つまり、「いったい親とは誰か」ということがあるからで、言うまでもなくそこには、〈天皇=国民の父、国民=天皇の赤子〉という明治期に成立した家族国家観が容易に接続可能だ。そこのところはいっそ、右派自身に説明いただいたほうがはやいかもしれない。

@takenoma: 「臣民」とは、臣たる民のこと。総理大臣とは、臣の代表。憲法は「大臣」の文字を条文に用いている。臣民という発想は、現行憲法の理念に反しない。そもそも臣民は、天皇の所有物という意味ではない。天皇と臣民の関係は、親子のような絆で結ばれている関係。いわゆる国民は、現行憲法でも臣民である。
2014年2月21日 20:04

 ああ、やはり、レトリックはうまくつながっているのだった。
そしてこうして話はけっきょく、〈国際女性デー〉的な問題意識とも──哀しくも──つながってしまったという次第。
たしかにいま〈父〉は不在だ。象徴天皇制によって〈空位〉となったその位置に、巧妙に〈国家〉を滑り込ませようとする欲望が、これらのレトリックを動かしている。
まっぴら、ごめんなのである。(わたしはそのように言いたい。もし可能なら女性たちとともに。)

Walking: 3.1km • 4,016 steps • 43mins 22secs • 145 calories
Cycling: 1.2km • 5mins 19secs • 25 calories
Transport: 34.6km • 29mins 48secs
本日の参照画像
(2017年3月11日 22:28)

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/ 7 Mar. 2017 (Tue.) 「うっかりとあちゃー」

ロビン。これはかなり出てる。2007年3月。

そしてそのまま寝る。

うっかりしていたら──つぎは 3月20日からはじまるジュニアフェドカップのアジア/オセアニア予選かな? と思っていたら──内藤(祐希)選手が大会に出ていた。タイの Nonthaburiで今週行われている Grade 1の大会。iPhoneアプリの Resultinaがバナー通知で内藤選手の初戦(二回戦)敗退を教えてくれ、それで出場していたことを知る。はじまったと思ったら終わったというか、終わることではじまったというか。

シングルス二回戦
Mananchaya SAWANGKAEW (THA) d. Yuki NAITO (JPN) 6-1 6-1

 ありゃ、どうしたんだろうという一方的なスコアでの敗戦。内藤選手は第3シードなので、なかなかの番狂わせでもある。ちなみに、

@soma1104: あちゃー。
2017年3月8日 0:05

というこのツイートはその試合結果を受けてのもの。ご存知のとおり、ツイッター上においてはしばしば〈つぶやき派〉1]として振る舞うことのあるわたしだが、まあ、何がどう「あちゃー」なのか皆さんには知りようもないことなので、むだな想像のお手間をとらせていることもあるだろうかと多少は恐縮してもいるのである。

1:つぶやき派

いまわたしが勝手に名付けた流派だが、ツイッターにおいて、じっさいの「つぶやき」や「咄嗟のひとこと」を模し、発言のコンテクストをいっさい説明せずにツイートする流儀・作法・思想のこと。近年は「ツイートといえども公にむけた発言・発信である」という考えから、「わかるように話すのが基本」とする態度のほうがより支配的であるようにも感じられるが、そのいっぽうでやはり、ツイッターに出会って間もない頃のいとうせいこうさんがその魅力を「雑踏」に喩えていたように、雑踏のなかでふと背後から「いてててて」とか、「おっ、すげえ」とかいった声があがる面白さ、それでつい振り向いてしまう面白さが、ツイッターにはある。

で、Resultinaはシングルスの結果しか扱わないということを忘れてもいて、ダブルスのほうは勝ち進んでいることにはもう少しあとになって気づく。単複いずれにせよ、少しでも多くの試合をこなすということにいまは意味があるように想像し、ダブルスで残ってるならまあよかったよかったと軽く安堵する。
あと、児玉(悟之)君のツイートで知った「スラップスティック」Tシャツがとてもよかった。ほしい。

@kodamasatoshi: ひさしぶりにこのサイト見たけど、これは欲しいな…。 http://shop.pe/dqr9j
2017年3月7日 14:47

@soma1104: @kodamasatoshi あ、ほしい。
2017年3月7日 17:58

@kodamasatoshi: @soma1104 良いですよね、これ。他のヴォネガット×和田誠も家の本棚にあるやつは見てみたんですけど、これがいちばんでしたね。
2017年3月7日 18:03

Walking: 3.6km • 4,864 steps • 49mins 12secs • 168 calories
Cycling: 2.5km • 14mins 31secs • 54 calories
Transport: 69km • 1hr 13mins 16secs
本日の参照画像
(2017年3月10日 03:32)

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/ 6 Mar. 2017 (Mon.) 「つぎのレイコはきみだ」

封じられたロビン。2007年3月。

なかなかに力の入った、いい日記が二本続いたのではないかと、Diarist(ニッキスト)としては少しく満足するふうのわたしだ。と同時に、〈この事柄はやはりこの日付のもとに書いておこう〉と思っていたものたちがいまは手元になくなって、少しく手持ち無沙汰になるふうのわたしでもある。それはつまり、一般に言われるところの〈とくに(日記として)書くことがない〉状態なのだが、いっぽうで、そこからがニッキストの本領でもあるだろう。
すでにタイトルありきで書きはじめている今日の日記──つぎのレイコはきみだ──はつまり、きのうの稲毛「礼子」さんにつづいて、高山「玲子」さんについての何かになる予定なのだが、さりとて、今日の 3月6日という日付のもとにそれが書かれなければならない必然は、さしあたり何もない。
いや、はたしてそうだろうか? 何かあるのではないか? と思って高山さんのツイートをひもとく。今日あたり「小屋入り」してなかったっけと思ったが、それは 7日だった。6日はというと、あ、「体操教室」だな。って、それ、高山さんの日記じゃんかよって話だけど、ニッキストたるわたしが書きたいと願うものは、何もわたしの日記だけではないのである。
参加したことはないし、ツイートでその告知を目にするだけなので何も知らないっちゃ知らないんだけど、高山さんは去年から、西荻窪の区民センターの一室を使い、基本的には毎月曜の夜、ごくこぢんまりとした体操教室を開いているらしい。1時間の教室で、1回 500円( 60歳以上と小学生以下は無料)。予約も登録も必要なく、タオルまたはバスタオルと何か水分を手に、動きやすい恰好でふらりと行けばそこに高山さんがいるのだと思う。強ばった身体をほぐすストレッチ、的な、たぶん、そういうものじゃないかな。知らないけど。

この一月くらいでまた体操教室の取り組み方が変わった。わたしは人に体操を教えるわけじゃない。人の体に直接話しかけていく。それが伝わりフっと軽くなった時わたしの体も同じだけ軽くなるみたい。もう少し続けてやってみたい、また少し変化が起きそうな予感がする。
2.28 | TAKAYAMAREIKO

とは高山さんの謂だ。もう少し続けるらしい。というわけで、高山さんの体操教室が気になる方は、わたしの書くことなんか信用せず、高山さんのツイートなどにあたってみてもらうのがいいのではないか。もし万が一、「体操教室」云々というここまでの話がまるっきりわたしのでっち上げだったとすれば、なかなか体操教室について告知しない高山さんに焦れたあなたのほうから「あの、体操教室は?」とリプライを投げ、もちろん高山さんからは「は?」と返される可能性もなくはないものの、まさかねえ、そんなこともあるまいと思うのだ。ただじっさい、舞台の本番がはじまったりもし、このあとしばらくは開催がないかもしれない。
で、その舞台『ささやきの彼方』の本番は 9日から。14日まで。中央線は東小金井の、本来は劇場でもなんでもない「ヒガコプレイス」というコミュニティスペースでの上演。各回の定員が 10人という小さな会場である(といっても残席はまだまだある。と思う)。柳生二千翔さんによる短編戯曲(第4回せんだい短編戯曲賞大賞受賞作品)をもとにした、こちらも(稲毛さんと同じ)ひとり芝居。いま、世のレイコたちはひとり芝居の季節を迎えている。

夕方からヒガコプレイスで稽古。まだ身体の感覚がない、どうしようもなく冷える。今この体でやれる限りの確認をする。新しい景色や感情も見えた。これなら出来るだろう。わたしはこの作品とこの登場人物たちを愛せるだろう気がする。そして来てくれた人の前で彼女たちの言葉をしゃべろうと思う。
3.1 | TAKAYAMAREIKO

いやー。高山さんの舞台を観るのもほんとうにひさしぶりだ。というか、こちらも稲毛さんと同じで、2009年の『五人姉妹』以来になるんだと思う。不義理ばかり重ねていてまったく申し訳ない。ただ、今回は準備万端だ。戯曲(その全編を掲載した『往復曲線』というフリーペーパーが各所で配布されている)もすでに読んだ。タオルと水分(カフェモカ)も持ったし、動きやすい恰好でもあると思う。どーんとこいである。
ではまた。
──つぎのレイコはきみかもしれないゾ。

Walking: 3.3km • 5,122 steps • 53mins 7secs • 155 calories
Cycling: 2.6km • 14mins 32secs • 58 calories
Transport: 69.7km • 1hr 21mins 12secs
本日の参照画像
(2017年3月 9日 18:04)

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/ 5 Mar. 2017 (Sun.) 「つくづく稲毛さんである、たぶんあの、わたしの大好きな」

ロビン。わりと出てる状態。2006年6月。

昼間は庭仕事、と言うのか、十年住んでやっと導入することにした「防草シート」ってやつを敷く作業。今日は庭の片側だけ。シートを敷く位置に置かれていた、上部が朽ち果てて全く風雨をしのげなくなっている木製の物置を解体。あと、こちらも植えて十年、ほぼ手入れというものをしないままについに立派な実をたくさん付けるに至ったレモンの木を、ちょっとだけ、気持ち、手入れする(いよいよ邪魔な枝を少しだけ切る)。手入れをしなかったこともあって完全に横に倒れるように幹が育ってしまい、そこが厄介なのだが、その問題についてはびしっと来週に先送った。レモンも収穫。輪切りにして、紅茶に入れて飲み、そうして果肉も食べる。おいしかった。
その庭仕事の最中、ポケットに入れていた iPhoneが震え、見ると Facebookのメッセンジャーに稲毛(礼子)さんからお知らせが届いていた。そうなのだ。本番がもう来週に迫った稲毛さん出演の舞台『 2020』(鳥公演の西尾佳織さんが作・演出するひとり芝居)。予約の埋まり具合がどうも緩やかであるらしいことに甘えて、観に行く日をずっと決めかねたままにしてあるのだった。
それでけっきょく夜になり、日を決めて、稲毛さんに返信する。もらったメッセージが「今度ひとり芝居やります」というそもそものところからはじまるものだったので、「知ってますよ、日記でも紹介しました」と言い添えたのだったが、これが思いがけず、稲毛さんに大きなショックを与えたらしい。推し測りつつかいつまむと、「相馬の日記は日頃けっこう読んでたつもりだったのに、ここぞというところで見落としていたのがくやしく、かつまた、見落としに気づかないまま〈公演自体を知らないだろう──べつにアタシに関心は払ってないだろう〉前提のメッセージを送っていたのが恥ずかしい!」ということのようで、それら煎じ詰めて「そういうとこだよ、アタシ!」ってな感じの反省であるらしい。あはは。相当な動揺であったらしく、そうした趣旨の返信が届くより前に Facebookのメッセンジャーがまず、

稲毛 礼子さんからの電話に応答しませんでした。

と言ってきたときには何事かと思った。どうやら慌てるあまりに間違えて「通話」ボタンを押し、すぐ取り消したようだ。
いや、はたして稲毛さんに「そういうとこ」があるのかどうかは知らない──というか、そもそも稲毛さんとちゃんとしゃべったことなんて一度くらいしかない──し、「そういうとこ」がどういうとこなのかもいまいち掴みきれてはいないのだが、しかしそうしてショックを受けて彼方のほうまで落ち込む、その〈ひと思い〉なところ1]は、まさしくわたしが思い描く稲毛さん像に合致するのであって、ディスプレイのこちら側では人の気も知らず、「あー、稲毛さんだー」とつくづく感じ入っているのだった。

1:〈ひと思い〉なところ

物騒な文例で申し訳ないが、「もういっそひと思いに……!」とかの「ひと思い」です。

 と、そんなことをここに書いて、それ、ショックを受けている稲毛さんの傷をえぐってやしないのかとも当然危惧するわけだが、しかしですね、この〈ひと思い〉な状態の稲毛さんをですよ、なぐさめられるとも到底思えないわけです。「どうぞお気になさらずに」なんて言葉がね、わたしの大好きなあの稲毛さんに、効くわけがないじゃないですか。知らないですけど。
 というわけで今日はひとつ、稲毛さんの「そういうとこ」にたいし、わたし自身の「そういうとこ」をぶつけるかたちでよくわからない解決を図ってみた次第。
ときおり Facebookを通じて「いいね」をくれたりもして、稲毛さんが、どうやらこの日記の隠れ愛読者であるらしいことはうすうす感づいていたところだが、ほんとに、けっこう読んでくれているらしい。ありがたいかぎりだ。稲毛さんの心を掴むものが、わたしの書く文章に何かしらあるのだとしたら、それ以上のよろこびはちょっとない。なにせ、わたしは稲毛さんのファンだからだ。そして、そんな稲毛さんの舞台を観るのは、たぶん 2009年の『五人姉妹』以来。ファンにしてはずいぶん観ていないじゃないか。
いやー、『 2020』。楽しみ。
というか、稲毛さんの返信に元気よく書き込まれていた「最終日くらいにはなんとか、なるはずです」のひとこと(わたしは最終日の日曜を予約した)は、あきらかにツッコミを待っていると思うのでいまさらながらここに書いておくけれども、初日に間に合わせなさい。

Walking: 1.1km • 1,491 steps • 17mins 20secs • 50 calories
Cycling: 2.8km • 12mins 43secs • 60 calories
Transport: 3.3km • 3mins 30secs
本日の参照画像
(2017年3月 8日 18:02)

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/ 4 Mar. 2017 (Sat.) 「いつ高とわたし / Fools speak while wise men listen」

ロビンとピーとわたし。2006年5月。

アート・リンゼイ『 Cuidado Madame』

えー、今日の、むだに長いです。『 Fools speak while wise men listen』にかんする記述がお目当ての方は、中段以降ぐらいまで飛ばしてください。
日記の日付と書く現在時とがいよいよ乖離しつつあるので何日か割愛。2月28日〜 3月3日についてはとくに〈トピック〉めいたものはなく(ま、世間的にはいろいろあったかと思いますが)、どうやら日々、まじめに仕事に精を出していたらしいと想像していただけたらと思います。あ、トピックといえばひとつだけ、アート・リンゼイの今年出たアルバム『 Cuidado Madame』 を買いました。いいですねこれ。といってわたしはアート・リンゼイの何を知っているわけでもなく、アルバムも『 O Corpo Sutil / The Subtle Body』──デヴィッド・バーン『 David Byrne』のプロデューサーとしてその名前を知った当時に買った一枚──以来の二枚目ですが。
というわけで 4日の話。まずは午前(ひるまえ)に家を出て、駒場東大前へ。アゴラ劇場でロロ「いつ高」シリーズ(物語の共通舞台となる「いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三高等学校」を詰めて「いつ高」)の vol.1、『いつだって窓際であたしたち』を観る。大場(みなみ)さんが出てる。(ま、全員そうだけど)高校生役。
「高校生に捧げる」シリーズとも銘打たれた「いつ高」は、高校演劇(全国高等学校演劇コンクール)の出場ルールに則ったかたちで作られているのが大きな特徴で、上演時間 60分以内、舞台装置のセッティングは 10分以内に自分たちで行う(開演後に役者たち自身が行うそれを公開)、音響・照明の操作も部員または顧問が行う(その条件に準じ、演出家や演出助手が担当)、火や水、消え物(食べ物)を使わない(消え物がダメなのは東京都のルールとのこと)等のしばりをシリーズ全作において守っている。現在公演中の最新作は vol.4だが、くわえて期間中に何日か、一日で vol1〜 vol.4までを観られる「まとめ公演」の日が企画されており、今日がそれなのだった。──と、例によって知ったふうな様子で説明をしているわたしだが、「いつ高」シリーズを観るのはこれがはじめて。(いま、「そもそも『ロロ』を観るのがはじめてだ」とうっかり書き連ねそうになったが、それは嘘だった。1コ観てた。あぶねえ。)
さてわたし、じつをいって高校時代は演劇部に所属し、所属したばかりか部長だった者である。それでいて「あ、そうだっけ?」とすっかり忘れているのが舞台装置の仕込みのルールで、まあ、自分たちで仕込むというのはそれはそうだった(それ以外にないよなあ、たしかに)と思い起こされるものの、それが 10分以内と決められ、厳格に時間計測されていたような記憶がまるでない。というのはおそらく、〈どうやったって 10分もかからないような装置〉しか使ってなかったからだと思うのだが、さらにもう一歩踏み込んでいま疑問に思っているのは、〈装置、あったっけ、おれたち〉ということだ。いや、あったんだと思うんだけどね。なにせ、同級の部員、田村(彰啓)君は「大道具・小道具係」だったし1]、その田村君のご家族の協力を得てクルマで何か大きなものを運んでた記憶もあるのだが、それ、なんだっけ? 装置とか、おれたち必要だったっけ?
と、高校演劇の方々が読んだら「はあ?」とお思いになるだろうことを書いているが、つまり、当時のわたしは〈いわゆる「高校演劇」なるものが大嫌いな、演劇部々長〉だったのだ。それで、ちゃんとした地方予選の大会でも漫才をやったりしてた(いちおう漫才師ふたりを主人公に据えて、漫才を終え楽屋に戻ったところから物語がはじまるという体にはしたのだが、どうせたいした物語ではない。要は漫才がしたかったのであり、漫才で会場を笑わせたかった)(そして目的は達成し、けっこう笑わせもしたのだが、)いやほんと、申し訳なかったと反省している2]

1:田村君は「大道具・小道具係」だったし

ちなみに、この日記にしばしば登場している永澤も部員で、「音響係」だった。圧倒的に部員数が少ない(役者の頭数が足りない)なかを、ぜったいに音響しかやらないと言ってきかなかった。で、これも思うのだが、「音」なんか使ってたっけ、おれたち。

2:反省している

むろんわたしの反省などとは無関係にだが、母校の演劇部はその後、このふざけた系譜からみごとに脱却し、2007年には全国大会で優秀賞(文化庁長官賞)を受賞するに至っている。また奇しくも、その年の全国大会の審査員のひとりは宮沢さんだった。この日記この日記など参照。

あ。しまった。思い出話を長々書いている場合ではなかった。「いつ高」である。まとめ公演の日だがわたしはスケジュールの都合で今日は vol.1のみ。役者はすぐに vol.2のセッティング等やることがあり、ダメ出しもあるしで、あいまに客と面会してる時間もほとんどない忙しさらしかったが、無理を言い、大場さんにちょっとだけ出てきてもらったのは会いたかったからだ。ヒゲ面のわたしを見るなり「ヒゲのびましたね」と大場さんが言い、「生えてないけどなあ」とわたしが首をひねるやりとり──その繰り返し──はまったく何も生まないが、なぜか毎度(ヒゲが生えていれば)これをやっている。で、本を貸し、「 24条変えさせないキャンペーン」のリーフレットもあげる。「運動家?」と大場さんが訊くので、「スポーツマンと呼んでもらいたい」と応えた。
vol.1の開演が 13時で、公開セッティング+上演で計 70分弱、大場さんが出てきてくれるのを待っているともう 14時20分過ぎだ。次の予定は早稲田で、もし間に合えば 15時の回を、間に合わなければ 19時の回を観ようという肚である。大場さんを待ちながら 15時のセンはなかばあきらめてもいたのだが、間に合うかも? と思い直してものすごく急ぐ。間に合った。
京都の村川(拓也)君の、『 Fools speak while wise men listen』。早稲田小劇場どらま館。東京公演は今日明日で全 4ステージ。A・Bのふたバージョンがあって、それぞれ 2回ずつ観るチャンスがあるかたちだということをわたしは今日になって知る。間に合った 15時の回は Aバージョン。しかしなあ、まさか Bも観ることになる(する)とはちょっと予想していなかった。
ほぼ何もない黒い舞台。中央奥にスピーカー装置と、そこから延びたマイクが二本。床には白いテープで長方形の〈対話エリア〉が示されている。それだけ。対話エリアの向かって右に中国人が、向かって左に日本人が立つルールで、向かい合った両者がマイクを使って会話する──といったおおよその決まり事と、携帯の電源オフや飲食禁止であることなどの注意事項を、開演直前、出演者でも
ある女性が中国語でアナウンスする(ジェスチャーや時折英語も交えるので、そこそこ何を言っているかが伝わるのが面白い)。アナウンスをした女性がそのまま舞台上の片隅にとどまるなか、上手奥に開いている出入り口から最初の対話者がエリアのなかにやってきて、マイクを手にとり、会話する。終わるとまた同じ口から捌けて、入れ替わりにつぎの対話者がやってくる。会話はすべて日本語でなされる。それが計四組。そしてその同じ四組による同じ会話が、ほんの少しだけずらされたかたちでもう二回ずつ繰り返される。途中、アナウンスをした女性も何度かマイクを手にとり、話したものかどうか逡巡するそぶりを見せる(彼女は中国人側のマイクを手にしたり、日本人側のマイクを手にしたりする)が、なかなか話し出すに至らず、また舞台の脇に身を寄せる。ようやく彼女が話し出すのは計十二回の会話がなされたあとで、日本語の、かなり詩的な言葉で自身の思いの丈を吐露し、そうして客席側の通路を抜け、会場から去る。最後にもういちど、四組の会話の繰り返し──もしくは繰り返しの失敗?──があって、暗転。あらましを説明すればそんな舞台である。
観ている途中ですでに、「これはもう Bも観るかあ」と考えていて、いったい何にそんな魅了されたものか、ちょっとまだうまく言語化できないのだけれど、要はこの繰り返しをもう少しだけ聞いていたいというか、もっと言えばこの〈俳優〉たちともう少しいっしょに居たいという、そういった感情だったように思う。

「なんで中国なのか」とか「そんなこと問題にしなくてもいいんじゃないか」とかそういう雰囲気がありますが、いやすでに日本人はそれぞれ個人的に中国や中国人に対して解決しがたい問題を抱えているはずだし、実はその問題に対して小さな答えをすでに持っているような気がします。中国人も同様に、日本や日本人に対して別の問題と小さな答えを個人的にすでに持っているのではないかと思います。
彼らは同じ舞台に立ち、向かい合い、対話を始めます。
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 これは公式サイトにある村川君の言葉だけれど、ここで言われる、「すでに持っているような気が」する「小さな答え」というのは、読者論(受容理論)における〈期待の地平〉にあたるものでは──おそらく──ないのだろうと思う。そうではない何か。いや、なんだか回りくどい言語化の仕方になってしまってあれだが、手探りのまずはじめとしての、そんな感触。まだちょっとわからない。ちなみに、今年後半に京都で予定されている新作公演では、ここに韓国人も加わって、〈日本・中国・韓国〉による対話となるのだという。
あー。京都かー。うーん。いっそおれが京都(おれという存在そのものが京都)だったらなー。
というわけで Bバージョンの、19時の回までの時間が空く。そこで東小金井へ。駅からほどちかい場所(高架下)にある「ヒガコプレイス」に、全国のフリーペーパーのみを扱った本屋(?)があり、そこで『往復曲線』──同じくこのヒガコプレイスを会場にして来週上演される『ささやきの彼方』の戯曲が全編掲載されている。ヒガコプレイス以外でも配布中3]──をゲットする。ほか、いろいろあったが、手をのばしているときりがないので、東京レインボープライドの機関誌『 BEYOND』と、ヒマつぶしのためだけのフリーペーパー『 Himagine』というのだけもらう。すぐとなりのカフェでコーヒーを飲み、ごく短い戯曲である『ささやきの彼方』を読んで、ふたたび早稲田へ。

3:ヒガコプレイス以外でも配布中

配布場所の詳細はこちら。そして、ちょうど 3月4日に更新されたらしい最新の配布場所一覧には「こまばアゴラ劇場」が加わっていた。なんだよ。あったのかよ。ま、いいけど。

ちなみに 19時の回にはアフタートークがあって、ゲストが宮沢(章夫)さん。ちょうど空いていたので 15時の回と同じ席に座ったら、となりが宮沢さんだった。終わって、これはなんでしょう、アフタートーク打ち上げ? のような場に同席。宮沢さんと村川君、今作で制作をしているアトリエ劇研の長澤(慶太)君、早稲田の山崎(健太)君、あと桜井(圭介)さんとわたし。宮沢さんは左肩をどうかしてしまったらしく、昨夜から、腕をちょっと上げるのもままならないという。「花粉じゃないですか?」と言うと、「ああ」と納得するそぶりの宮沢さんだ。
村川君とはほとんど直接はしゃべらなかったけれど、別れしな、ささっと寄ってきて「どうもありがとう」というようにわたしの腕に手を添える。これだな。村川君のこれ(どれ?)に人はやられるよな。知らないけど。

Walking: 4.2km • 6,339 steps • 1hr 6mins 55secs • 199 calories
Cycling: 1.2km • 5mins 22secs • 26 calories
Transport: 109.9km • 2hr 45mins 45secs
本日の参照画像
(2017年3月 7日 14:49)

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