足熱図鑑

エッセイ

がんばってもらいたいものだ

 ゴリラの、あの指の太さというものは、やはりどうしてもある種の不器用さをイメージとして呼び込みやすいものであるわけだが、同時に、「あの太い指を器用に使ってゴリラは…」という言い回しもまた、よく聞かれる常套句のような存在として世間に転がっている。
 うん、常套句だな、あれ。よく耳にする。しないかも知れないな。耳に残ってるって言い方が正しいのか。口にしたことはない。
 いや、今回「ゴリラ=不器用」みたいなイメージについての話をマクラにしようと思ったのだが、思った途端「あの太い指を器用に使ってゴリラは…」って例のナレーションが頭に響いてきて困った。「例の」ってこたあないが、まあ、「わくわく動物ランド」とかね、そんな感じの。そうか、「わくわく動物ランド」が悪いのか。そうじゃないな。
 だからあれだ、常套句ってやつの魔力だ。ついつい言ってしまう。常套句にはかなわない。「ぴあ」だって、「ゴリラ特集」さえ組むことになりゃそう言うに違いない、「あの太い指を器用に使ってゴリラは…」と。常套句はまったく恐ろしい。慣用句じゃなかったのがせめてもの救いだ。慣用句だとしたらどうか。
 あの人は実に、あの太い指を器用に使ってゴリラは…のような性格だ。
 ってそれ、「竹を割ったような」を言い間違ってるだけだとどんだけの人が気づくんだってぐらい慣用句失格なんだけど、そもそも常套句と慣用句は全然意味が違うんであって、とにかく、そんなことが言いたいのではない。
 ゴリラだ。
 ゴリラである。

 ほかの動物に比してとか、見たところそうは思えないがとか、何というかそういう「相対的な器用さ」みたいなものはきっとあるんだろうが、今問題にしたいのはそういったことではない。私が言いたいのは、奴らが抱える「絶対的な不器用さ」のことである。人間がやる作業をそっくりそのままゴリラに任せたらどうか、といった「無茶な移行」のことである。駄目なのではないか。って駄目に違いないのだが、例えばパソコン作業である。パソコンに向かうゴリラ。
 勿論思い浮かべることは容易だろう。が、思い浮かべられるからといってそれが「うまく行く」と考えるのは早計だ。パソコンに向かい、うまくやろうとする奴らをまず阻むのはキーボードである。
 奴ら、二個押す。
 間違いないところだ。あの指である。二個はかたい。奴ら、文字入力も満足にこなせず、パソコンに向かって一体何をやろうというのか。
 サーバ管理。
 もってのほかである。

 エッセイここに至って、ようやく、今回私が何の話をしようとしているのか、分かってきた向きもあるかも知れない。そう、「ゴリラネット」である。
 ゴリラネットはプロバイダだ。こちとら今や、ホームページ容量50MBを誇る大手「ASAHIネット」で悠々自適なのだが、ASAHIネットは私にとって、2番目のプロバイダにあたる。私(正確にはわれわれ兄弟。当時私は兄と二人暮らしだった)が、インターネットというものに手を出すにあたり最初に選んだのがゴリラネットである。
 どこでもよかったから、というのが本当の決め手なのかも知れないが、とりあえず安かった。たしか1万6千円ぐらいで一年間使い放題。「インターネット入門」的な雑誌の、広告ページで見つけたんじゃなかったか。広告には、ヤシの木かなんかを背にしてパソコンに向かうゴリラのイラストがあった。
 そうか、ゴリラがやってるのか。
 兄弟してそんなこと言ってた。しかし馬鹿にしてはならない。プロバイダ運営をこころざそうというゴリラだ、ただのゴリラとはわけが違う。資料はFAXで取り出せる仕組み、入会手続き等の事務は書面でのやりとり、である。
 読めてるのか、ゴリラ。
 ひょっとして字の読めるゴリラに読んでもらってたりしていたのかも知れない。字の読めるゴリラって何だ。

 ところで、私は何も、「ゴリラネット」という名前だけをつかまえてクーダラナイ想像をしているわけでは、ない。そのゴリラネット、さんざんだったのだ。勿論、「次に乗り替えたのがASAHIネット」という事態が、余計にコントラストを生み出していることは否めないが、しかしさんざんだった。
 とりあえずつながりが悪い。兄は途中からISDN回線を導入したのだが、われわれが「ISDNって速いんだ」ということを知るのは、ASAHIネットに入ってからである。また、これもASAHIネットを使いだしてあらためて気づかされたことなのだが、メールを送信してから、そのメールが相手サーバに届くまで、やけに時間がかかった。逆も然りである。
 「ゴリラだからな」と兄は言い、「ゴリラだからね」と弟は応えたものだった。あのころ、インターネット、わりと不便だった。
 しまいには、サーバ上のホームページが、外部(他のプロバイダ)から見れなくなったりもした。厄介なのは自分とこからは見れる、ということで、友人から「最近、Superman Redつながんないんだけど」と言われ、はじめて事態に気づいたりした。けっこうかかって、何となく直った。たしか直ったと思う。記憶があやふやなのは、そうこうしてるうちに「この度一般ユーザ向けのプロバイダ業務をやめることになりました」と、ゴリラが言ってきたからだ。法人向けのプロバイダ業務一本にしぼる、とか何とか、そういうことだったと思う。
 ゴリラのやつ、この先大丈夫なんだろうか。
 そのころすでに他プロバイダへの乗り替えを考えていたわれわれは、むしろゴリラの行く末を思い、暗澹たる気持ちになったりしたものだった。
 で、われわれはASAHIネットへ、ということになるのだが、その後しばらくは、ゴリラ、元気だったようである。なぜか、長いことサーバ上に「Superman Red」のデータがそっくり残っていて、見れたりした。それだけでなく、FTPソフトでもって、試しに会員だったころのユーザIDとパスワードでサーバに接続してみたら、接続できた。これは笑った。やらなかったが、けっこう、ホームページ更新できたんじゃないか。
 まあ、しばらくはそんな感じだったのだが、そのうち、とうとうつながらなくなった。ブラウザが、「指定されたDNSサーバは存在しません」と返してきたのだ。
 そうか、無くなったのか、ゴリラネット。
 インターネット雑誌とか、よく「生き残りをかけるプロバイダ業界」みたいな言い方してたし、あんなだったわりにはけっこうもった方だったのかも知れないが、プロバイダ運営をこころざし、故郷に錦を飾るはずだったゴリラ、今森へと戻ったその胸中いかばかりだろうか。
 さぞかし無念なのか。
 森の者は優しくしてくれているのか。
 いや、言ってることよく分からないのだが、とにかく、以上のような事の次第だったのである。よくは覚えてないが、ゴリラがいなくなってからもう一年ぐらい経つだろうか。

 ちなみに、ゴリラネットのアドレスは、http://www.gorilla.ne.jp/だった。Netscapeに、まだブックマークが残っている。で、このあいだ、ちょっと行ってみた。
 そしたら、つながった。そこには、
「This is a test page.
 これはテストページです。
 Hello!!!」
という三行だけが、センタリングされていた。
 ゴリラ、なのか?
 ゴリラネットとも何とも書かれていないので分からないが、「つい3つ打っちゃったのだろうビックリマーク」が、ゴリラっぽさを漂わせてはいる。ちなみに、「CGIで文字列を出力」とかしてるのでは、おそらく、ない。ただのテキストである。思いっきり「イチから出直し」である。
 ゴリラであってくれれば、うれしい。
 がんばってもらいたいものである。

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