上野千鶴子『生き延びるための思想』
- April 21, 2006 7:35 PM
- book
一気呵成に読むとはこのことだ。上野千鶴子『生き延びるための思想』(岩波書店)。
フェミニズムのゴールがもし、「女が、男なみに強くなる」ことだとするならば、「あらゆる分野への男女共同参画」の果てにやってくるのは「軍隊への男女共同参画」という事態である。ハイテク戦争時代の到来が、すでにその物理的な条件を整えてもいる。「湾岸戦争に参戦した女性兵士は四万人。全体の12%にあたる」(p.47)。フェミニズムが望んだものとははたしてこうしたものだったのだろうか。アメリカの主流派フェミニズム団体(NWO)は「イエス」と答えた。上野は決然と「ノー」を言う。そこに、「生き延びるための思想」が呼び出される。
わたしは「いのちより大切な価値がある」と思っていない。フェミニズムは「生き延びるための思想」だと思っているし、そのフェミニズムにとって、ヒロイズムはマイナスにこそなれ、利益になることなどない、と思っている。そして対抗暴力(「やられたらやりかえせ」)は、しょせんはその暴力を行使する能力のある者にしか許されない手段だと思う。対抗してみるといい、無力なあなたはもっと徹底的な反撃に遭い、前よりももっと手ひどく叩きのめされるだろう。暴力の圧倒的な非対称とは、このような状況をいう。
わたしの念頭にあるのは、女だけではなく、子ども、高齢者、障害者など無力な人々である。無力な人々の集団から、女だけ、いちぬけする選択肢もないわけではない。だが、無力な者とよりそったときに、「女の問題」と言われるもののほとんどが噴出したのだ。(p.85-86)
引用からもわかるように、「生き延びるための思想」は真新しい別の何かではない。上野にとってそれは「フェミニズム」そのもののことである。書名によってあるいは軽い誤解が生まれやすいのではないのではないかと考えるのだが、だから、じつのところ本書は〈「生き延びるための思想」なるもの〉を語るのではないのだ。本書はおそらく、より正確には、「生き延びるために、思想を語っている」。むろんそれは、「死ぬための思想」(ヒロイズム)に断固「否」を言うために、である。
自爆テロに赴く女を前にしたら、あなたならどう言うだろうか? やめよ、生き延びよ、あなたが生き延びる以上に重要な価値など、この世にない、と、言えるだろうか。(p.113)
逃げよ、生き延びよ。(p.114)
「死ぬための思想」に否を言うためには、国家暴力を批判するだけでは足りず(それは簡単なことだ)、対抗暴力にも否を突きつけなければならないことになる。白眉はやはり、第三章「対抗暴力とジェンダー」(初出時原題「女性革命兵士という問題系」)になるだろう。
三〇年経てば、出来事は歴史になるだろうか?(p.81)
という物言いには生々しい肉声が響くが、上野が取り上げるのは連合赤軍の女性兵士、永田洋子である。
と、ここで終わらせては書評としてまったくまとまりに欠けるけれども、ちょっと息切れた。前回の『辻』の記事のていたらくよりかはましだろうと筆を置く(キーボードだけど)。ちょっとは読みたくなりました? ほんとうはもっと理論的な足場作りの部分(そこも刺激的)があるけれども、それに関してはこちらのブログ記事など参照してみてください。では最後にこんな引用。
女もヒロイズムは好きですよ。というか、男にはヒーロー願望があり、女はヒーローの男が好き。女だってヒロイズムに向けて男を駆り立ててきた点では、共犯者でもあります。だけどわたしは、ヒロイズムは女のというか、フェミニズムの敵だとずっと思ってきました。フェミニズムって、やっぱりダサくて日常的で(笑)、「今日のように明日も生きる」ための思想なんです。じゃないと子どもを産んでいられない。(p.240)
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