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2017/11/11(土) 権太楼・南光二人会@かめありリリオホール

  • Posted by: SOMA Hitoshi
  • November 18, 2017 2:44 PM
  • rakugo

 牛尾(千聖)さん、山村(麻由美)さんと。

浮世根問 三遊亭あおもり
義眼 桂南光
代書屋 柳家権太楼
〈仲入り〉
抜け雀 桂南光
芝浜 柳家権太楼

 前座が名前を言わなかったので、終演後の貼り出しで知る。白鳥門下。そのあおもり、悪くない印象。どっか一箇所笑った気がする。
 おなじみ南光の「義眼」は山村さんは二度目、わたしは三度目の邂逅だ。

 ま、今日はやはり「抜け雀」ですかね。サゲを変え、四、五年前から手がけているらしいことは聞き及んでいたがやっと出会えた。老絵師が衝立に描き足すものを「鳥かご」から「杉の梢」に変え、「今度その絵師が立ち寄ったならこれは鞍馬の杉の木じゃと伝えよ」とことづけて去る。その父親の謎かけを絵師が宿屋の主人に解説し、「天狗になるなということじゃ」が新しいサゲ。

ただ、今やってるサゲも若い人は分からないみたいで。だから、みんなが分かって納得してもらえるサゲを、落語作家の小佐田定雄はんと相談してるねんけど、この暮れまでにできるかどうか。
「ええ加減なことはできない」と挑む『夢の三競演』桂南光という世界観で見せる落語へのこだわりとあくなき挑戦、そして米朝師匠への思いとは? - インタビュー&レポート | ぴあ関西版WEB

と、2015年時点のインタビューで言っている「今やってるサゲ」がこの「天狗になるな」のはずだから、つまり「鞍馬といえば天狗」ということもまた「若い人は分からないみたい」ということなのだろう。じっさい今日は老絵師が鞍馬のことを言い出したときに、主人に「あの天狗のいる鞍馬ですか」と返させてド直球な補助線を引いていた。
 また南光版では、(これもインタビューにあるように)小田原の宿屋の夫婦がなぜ大阪弁なのかということにも言い訳──理路としているようでアクロバティックな、落語的(南光的?)言い訳──を添えていて、それがためにうっかりするのだが、「抜け雀」はそもそも、古くから〈上方落語として〉存在する噺なのである。そうそうわたし、2003年1月には滋賀の近江八幡市文化会館で、米朝の「抜け雀」も聞いてるんだった。で、米朝はとりたてて言い訳も添えず、〈そういうもの〉として大阪弁で演っている。

米朝師匠は『昔は、落語でも浪曲でも水戸黄門や左甚五郎は、みな大阪弁でやってた。けど、誰も違和感を感じなかった。あの噺は上方落語やし、あれでええねん』って言うてはってんけど、
同上

 さて、われらが頼みの綱、榎本滋民さんも TBS落語研究会の解説では「志ん生十八番」というところから話をはじめているし、『榎本版 志ん朝落語』では意外なことに「抜け雀」を扱っていないのでわからないのだが、成立史から言うとどうも上方のほうが先である(あるいは少なくとも、より〈原形〉をとどめている)らしい「抜け雀」は、いっぽうで江戸落語としては志ん生・志ん朝父子のそれがなんといってもひとつの頂点であり、現在のデファクトスタンダードともなっている。ま、高校の文化祭で「完コピ」を演ったこともあり、わたしの思い入れが深いのも志ん朝のそれなのだが、そのサゲ、

いやわしは親不孝だ衝立を見ろ、大事な親をカゴカキにした。

は、じつは上方オリジナルからすると、これ自体がすでにある種の〈改変〉を経たものになっている。この改変が志ん生の手になるものなのか、それ以前からあったものかはわからないが、いっぽうで上方オリジナルを堅持した米朝のサゲはこうだ。

いや不孝ではあるまいか、現在親に、カゴをかかせた。

 このオリジナルはつまり、浄瑠璃の「双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)」橋本の段にある、遊女・吾妻のくどき、

野辺の送りの親の輿、子が()くとこそ聞くものをいかに知らぬと云ふとても、現在親に駕籠舁かせ乗った私に神様や仏様が罰当てゝ、何故に私を逆様に落として殺して下されぬ、

が下敷きになっている。「双蝶々曲輪日記」のこのフレーズはまた「義太夫くずし」という端唄にも顔を出し、

現在親に駕籠舁かせ、乗った私に神さんが、ようまあ罰を当てなんだ

と唄われていたようだから、その当時はかなり人口に膾炙したフレーズだったのだろう。演者はもちろん、聞く側の念頭にも当然のようにこのフレーズと橋本の段の場面があったのだ。

 で、この橋本の段において吾妻はじっさい、生き別れた父親のかつぐ駕籠にそうとは知らず(「いかに知らぬと云ふとても」)乗り、のち、実の親であることを明かされてからのこのくどきなのだが、ここでは〈親に下賤な職業をさせている〉ことではなく、〈子である自分が乗った駕籠を親に担がせた〉ことが悔やまれているのであって、「野辺の送りの親の輿、子が舁くとこそ聞くものを」の句が対置されているように、「子の亡骸を乗せた葬送の輿=駕籠を親が舁く」という、〈親よりも先に死ぬ不孝〉がさらに響きのうちに重ね合わされてもいるようにも思える。

 とまあ、南光の「抜け雀」からはどんどん話が逸れてしまったが、そんなサゲの来歴の話。

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