1
Jan.
2005
Yellow

最近のコメント

リンク

/ 1 Jan. 2005 (Sat.) 「風邪からはじまる一年もある」

大晦日は雪。実家の寺の釣鐘堂からその向こうの墓場を撮った。
元旦の境内である。

旧年を振り返れば──といってじつはろくに振り返ってもいないのだが──、宮沢さんがそうであるのと同時に私もまた『トーキョー/不在/ハムレット』というひとつの舞台に明け暮れた一年で、振り返ろうにも──いや、だからろくに振り返っていないのだが──それしかなかったかのような印象であり、しかしそう書いて、しまった、これは叱られるぞと気がつくのは去年の6月に「入籍」を行っていることだ。「結婚」していた。世間一般の習いからいけば挙式の写真の1、2枚も載せて「結婚しました」と報告するような年賀状のひとつも出していておかしくないのだったと、妻のところに届いた妻の友人のそれを見ながら気づかされるのだったが、結局、今年はまだ一枚の年賀状も出していない。もともとまめに賀状をしたためるような私ではないが、去年はちょうどその前年の暮れに新しいカラープリンターを購入し、「ふちなし印刷」だの「写真画質」だのというやつにすっかり無邪気にさせられて年賀状を作ったのだったと思い出す。元旦に届いた妻の友人からのその年賀状を見ながら妻に、ではここはひとつ、われわれもこういう年賀状を作って出すかと提案すると、「こういうの」を作ろうにも式がまだだから「こういう(挙式の)写真」がないじゃないの、と思わぬ指摘だ。そう、か。そうだった。去年の6月に籍だけを入れ、挙式はまだ。今年の4月に予定しているのだが、しかし式場をおさえたほかはほんとうに何もしておらず、そろそろちょっと動き出さないとまずいのではないかと少し焦燥感に駆られる。
31日に茨城にある私の実家に帰り、年を越し、明けて元旦の午後にいったん荻窪の家に戻ったのは猫に餌をあげるためで、それからその日のうちに今度は埼玉の妻の実家に行く。朝からどうも鼻が出ると思い、「どうも鼻が出る」もなにもそれはあきらかに「風邪」だが、「風邪だ」ということになれば「風邪かよ」というショックは大きなものがあって、無意識にそのショックをさけるかのようにしてかたくなに「どうも鼻が出る」と私はそう思っていたが、荻窪の家を出る間際に妻は言ったのだった。「風邪ひいた?」 ああ、風邪だ。そうだ風邪だよ。ひくまいと思っていたのになんて簡単にひいてしまったことか。
妻の実家には夜着いた。夕飯をもてなされる。すき焼きをメインに、その他いろいろ。ひっきりなしに鼻をかみ、くしゃみをしている私にお義父さんは食後「こないだ買ってきたんだよ」という市販の風邪薬を出してくれ、お義母さんも「疲れが出たってやつよ」と労ってくれる。出された薬を飲もうか飲むまいか少し逡巡したのは聞いたことのないメーカーのそれだったからではべつになく、返す言葉もないほどに「疲れが出たってやつ」であるところのこの風邪に一般感冒薬が吉と出るかわからず、あまり柄ではないが「気合いで治す」といいますか、そうした気概を保つことのほうに重点を置くべきかとも思われたからで、とはいうものの身体のほうはいとも正直に緊張の糸をといて風邪をひいたのだし、おとなしく言うなりに薬を飲んで寝ることにしたのだったが、それはそれとして食べ過ぎた。ふだんはあまりないことだが胃が痛くなり、胃薬(これは名の知れた、しかし私自身はこれまでほとんど飲んだ記憶のない「キャベジン」)ももらって飲む。

本日の参照画像
(2005年1月 1日 23:59)

関連記事

トラックバック(0)

このエントリーのトラックバックURL:
https://web-conte.com/blue/mt-tb.cgi/564