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Feb.
2007
Yellow

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/ 19 Feb. 2007 (Mon.) 「思い出せず」

ノートと鉛筆を手にし、さて、19日にはいったい何があっただろうと思い返してみているのは、いま、23日なのだが、早朝6時半、中央線に揺られて会社から帰宅する途上、さすがにこの時間の下り電車は空いていて、こうして座を占めつつ、いずれ睡魔に身を委ねることになるのはわかっている、しかしいましばらく猶予がある、この時間をどう処したものか──リュックに入っているハードカバーはやけに分厚い、やけに分厚いのだ、読む気になるものか──リュックには二冊入っている、もう一冊は『コスモス』だ、『コスモス』の妄想世界に付き合うだけの気力はない、読めない──いったい何のために二冊のハードカバーをリュックに入れているというのか。
いま、目が覚めた。もう立川だ。「19日にはいったい何があっただろうと思い返してみているのは」という書き出しにいっさい答えていないことに気づく。まあ、19日のことはまたいずれ、あらためて思い出すことにしよう。

(2007年2月23日 13:07)

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/ 18 Feb. 2007 (Sun.) 「ポストカードの入稿」

『アデュー』のポストカード(ウラ)。

『アデュー』のポストカード(オモテ)。

って、入稿作業をしたのは笠木さんだけど。
さかのぼって15日の夜、『アデュー』稽古終了後のミーティング(飲み会?)に合流。先日作ったチラシが周知のとおり使えなくなったため、情報を差し替えて今度はそれをポストカードにする算段。サイズがぐっと小さくなるぶん、どう情報を絞ってどう収めるかというのが要だけれど、妙案があるわけではない。だいたいBankARTの地図がこれ、かなり場所をとる。しかもウラ面はまるまるイラストを使ってチラシのときと同じデザインで行くから、残りの情報をすべてオモテ面(宛名を書く側)で処理しないといけない。あ、そういえば、そのウラ面のデザイン=文字処理だけど、笠木さんの伝によればイラストの作者である宮先さんにとても気に入られたらしい。よかったよかった。ポストカードの打ち合わせは15分ほどで切り上げ、あとはもっぱら雑談。なんだか知らないが最後、次回の「アデュー」公演は私と笠木さんの二人芝居、タイトルは『同い年』でどうかという話になった。あ、そうそう、笠木さんの弟にはじめて会いました。
16日の夜にポストカードの制作作業。BankARTの地図は削れるだけ削って思いのほか小さく収まった。PDFにしたものを笠木さんにメールし、確認を請う。一時間ほどで修正依頼が返ってくる。
で、ここからがきのうの日記のつづきになるが、帰宅後、その修正作業にとりかかる。未明に完成。データは重いのでうちのサーバに置き、ダウンロードしてもらって完了。と思いきや、StuffItで圧縮したそのファイルがうまく解凍できないとのことで、OS XデフォルトのZIP圧縮に変えて再度サーバに置く。これで完了。入稿まで漕ぎ着ける。
夕方、原宿へ。プリセタのサイトの打ち合わせ。目指す事務所は「キディランド」の裏手にあるというが、その「キディランド」とやらを──というかまあ、原宿をまったく──知らない。勝手に濁点をとってもっぱら「キティちゃんのグッズショップ」を頭に浮かべていたがそうではないらしく、妻にぴしゃりと否定される。事務所には関(寛之)君も来ていて、久々に会う。その関君は前日笠木さんに会ったそうで、「笠木さんに明日相馬さんに会うよって言ったら、『じゃあ、とりあえず謝っといて』って言ってました」という言伝てをもらう。あはははは。

本日の参照画像
(2007年2月23日 05:33)

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/ 17 Feb. 2007 (Sat.) 「南波さんに『おりがみでツルを折ろう』を見せたのは私だ」

『ニッポンのマンガ—AERA COMIC』。『黄色い本』以来5年ぶりの新作、高野文子「おりがみでツルを折ろう」を収める。

関係ないが、孫悟空(京劇風の漫画キャラクター)を使ったサントリー・ウーロン茶の広告に使われていたコピー、「自分史上最強カレシ」はかなり好きなコピーのひとつ。

午後、南波さんの家へ行く。過日南波さんのもとへと渡ったPower Mac G4 (Quick Silver) の、環境移行を手伝う。私の見通しと準備が甘く、これがことのほか長丁場の作業になるのだったが、そうとは知らず、部屋に着いてたっぷり一時間ほどはのんびりしていた。コーヒーを淹れてもらい、ケーキをご馳走になる。そのさいに高野文子の新作「おりがみでツルを折ろう」を紹介する。いま引用しようと思って探したら見つからなかったんだけど、南波さんが以前どこかに、本番前の楽屋では『黄色い本』や『るきさん』を読んで気を落ち着かせているというようなことを書いていたと記憶され、だったら、これなどはそうした「作業」に最適の一篇ではないかと思っていたものだ。併録されている高野さんのインタビューもぐっとくる。南波さんからはヴィトルド・ゴンブロヴィッチの小説『コスモス』を奨められ、借りる。いや、それだけではない、われわれはまだのんびりしていたのだった。もっと早く作業に取りかかっていればというのは帰る間際、終電近くになっての後悔だが、だから、そんなことになるとは知る由もないふたりだ。南波さんは「西遊記と三国志のちがいがよくわからない」といきなりなことを言い出し、「それはコトだ」と考えた私は訥々と西遊記について説明をしていた(三国志のことはよく知らないため)。
で、手間取ったというのは、単純にiMacからG4へのデータの移行である。これはまったく私の準備が甘かった。Mac OS 8.5時代のことなどすっかり忘れていた。持参したのはUSBで接続できる80GBのポータブルハードディスクがひとつ。OS 9以降であればつなぐだけでよいのだが、8.5だと、認識させるのにドライバソフト(例えば、懐かしき「B's Crew」のような)のインストールが必要なのだった。あーあ、そんな準備はしていないよ。とりあえずその場でネットを回り、どこかでそうしたソフトをダウンロードできないかと探すもののむずかしい。だいたい、こっちのOSは8.5だ。ネットを回るのに使うブラウザはMacIE5(しかも5.1でなく5.0)で、人のことを言えた義理ではないが、MacIE5はいたるところで疎外されている(ページを正しく表示できない)。そうしたときのためにと以前私が南波さんに紹介したiCabも入ってはいるが、こういうときにかぎってフリーズを起こす。アプリケーションのフリーズがシステムを道連れにして、たいていが再起動のためのキー入力も何もまったく効かない状態になるというのも久しく忘れていた感覚。いやあ、こりゃたいへんだったろうよ南波さん。書き添えればこのiMacに付いているCDドライブは書き込みができない。いろいろと出口がない。
外付けハードディスクを経由して、さくっと、「Machintosh HD」ごとコピーしてやれと考えていた私の目論見は瓦解。南波さんに質問しながら必要なデータ、アプリケーションを選定、それに「初期設定」やら「機能拡張」やらを合わせると300MB弱。これを小分けにし、MacLZHで圧縮する。まるごと圧縮しようとするとなぜか固まり、なだめすかすように小分けにする。ちなみにDropStuffは入っていなかった。ダウンロードしようと思ってサイトに行くと、システム要件に8.6以上とある。そこに至るまでに何度も、ささいなことで強制再起動の憂き目にあっていたためにインストールを試みる気にはならず。圧縮にもそれなりに時間がかかったが、こんどはこれをFetchで、私のサーバにアップロードする。そしてひたすら待つ。外はもう暮れた。南波さんにパスタを作ってもらい、食べる。
アップロードが済んだら、今度はダウンロード。とはいえここからはG4側での作業なので、もうこっちのものだという気分ではある。Transmitでダウンロードしつつ、やっと、南波さんへの「OS X 講座」を開始する。ダウンロードが済んだら、G4をOS 9に切り替えて、ふたたびMacLZHでこれを解凍。なんとかなった。
これまでに受信したメールをClassic起動したOutlookExpressで確認できるようにしたり、MacIEにあったブックマークをSafariに移行したり、そうした最低限の環境移行を済ませたところで時間切れ。駅まで送ってもらってお別れ。おつかれさまでした。

本日の参照画像
(2007年2月22日 12:50)

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