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Sep.
2007
Yellow

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/ 30 Sep. 2007 (Sun.) 「『ニュータウン入口』楽日、『コンテナ』も楽日」

杉浦さん、ご覧になっていましたら、朝に伝えそこなった私のメールアドレスはhitoshi@web-conte.comです。
今日はあんまりむずかしい文章は書けない。というのも、あのあと(どのあとだよって話だけど)、私は会社に出てふつうに働いていたのであり、まあ今、かなりぼんやりしているからだ。
遊園地再生事業団『ニュータウン入口』の楽日だった。観るのは三回目になる。初日と三日目に観たときよりも舞台全体が一段エネルギッシュになっている印象をもったが、それは楽日ってことも影響した結果だろうか。「いたずら」に関しては「結局やらなかったのかな」と客席からは見え、何も起こらなかったのだが、あとで聞けば仕掛けはしたものの、標的とされた人が意外にもみせた事前準備の入念さにより、あえなく失敗に終わったのだという(本番前に、その仕掛けられたものを見てしまっていた)。そして、三回目にしてようやくその意味に気づいたシーンがひとつ。ポリュネイケスの敷いたピクニックシートに、ポリュネイケスと根本夫妻が座り「ダンスの講義」を聴くところで、三科(喜代)さん演じる妻の和子はピクニックシートの上にさらに自分のハンカチを広げてその上に座る。初日から気になってはいたけど深く考えず、「ある種の女性はそうしたものなのかな」ぐらいに思って処理していたのだが、これ、和子にはピクニックシートが(そしてポリュネイケスが)見えてないってことか。なるほどね。ピクニックシートが見えてないとすれば、その手前で和子が夫に向かい「座るの!?」とやけに驚いて反応するあの芝居もすとんと腑に落ちる。
終演後に外で煙草を喫っていると友人の吉沼に肩を叩かれた。夫婦で観に来ていた(たぶん二回目だと思う)。だんだん余裕のなくなってきた「句会」のことを少し相談する。
いったん三軒茶屋をあとにして阿佐ヶ谷へ。何年かぶりのラピュタ阿佐ヶ谷。というか、その地下にあるザムザ阿佐ヶ谷のほう。『トーキョー/不在/ハムレット』でいっしょだった三坂(知絵子)さんが女子高校生役で主演する映画『愛に飢えた獣たち』(監督:岩元 哲・越坂康史)の上映があり、さらに「コラボシアター」と銘打ち、その三坂さんが作・演出する三十分ほどの芝居『コンテナ』がつづけて上演される。『コンテナ』には片倉(裕介)さんも出ていて、キャスト紹介の文章によれば「今回三坂の要望により急遽出演が決定」とある。
映画は、「共通一次試験」がはじまった年である1978年を舞台としていて、チラシでもウェブでも「時代の空気」といったことがさかんに言われるが、やっぱりつきまとうのは映像で近過去を描くことのむずかしさである。冒頭すぐのところで、もうひとりの主人公である男子高校生が荷物から取り出す「大学ノート」がひっかかった。それ、あきらかに最近のノートだろう。表紙のデザインが淡くてやわらかい。あと、その男子高校生のセリフで二箇所、単語を尻上がりに発音するところがあって、なんて説明すればいいかな、ちょっと記憶があやふやだけど、たとえば「ぼくの参考書、貸してあげるよ」の「参考書」のところを尻上がりにする。文は肯定のかたちだが、その途中で疑問文のように語尾を上昇させる「半疑問形」で、はっきりとは言い切れないが、これ、1978年の高校生が使ったかなあと思ってしまう。あるいは根拠があり、「萌芽として当時から存在した」のだとしてわざと演出しているのかもしれないが。
その意味で、舞台は多少なりとも自由である。重要な装置として使われるテープレコーダーはたしかに当時を思わせる型のものだが、とにかく詰め込まれた「三坂っぽさ」の前で、時代の空気などもはやどうでもいい話である。ロウソクと懐中電灯のみの照明、歌と踊り、ロープで緊縛、血のり、赤い襦袢(?)、あと、やっぱり脱ぐし。三坂・片倉コンビのやりとりはなんだかうれしい。このさいこれは褒め言葉なんだけど、そりゃ、この人たちニュータウンにはいないよなという悲恋コンビである。上映/上演される空間の問題もあるけど、これはやっぱり生の舞台のほうに分があった。
三坂さん、片倉さんに挨拶していきたかったところだが、時間がなかった。急いで三軒茶屋に戻って『ニュータウン入口』の打ち上げに参加する。一次会は宮沢(章夫)さん、白水社のWさん、笠木(泉)さん、(鈴木)謙一さんらのテーブルにいて、二次会は岸(建太朗)さん、上村(聡)君らとしゃべり、三次会はまた宮沢さん、ムーンライダースの(ぼく的には「ビートニクスの」)鈴木慶一さん、岸さんらの話の輪に主に加わった。私はほとんど実のあることはしゃべらず、宮沢さんの前に出れば毎度そうであるように「ただのファン──にしてはわりあいしゃべる人)」なのだが、そういえば前に書いたITIに関する文章の添削[9月25日付「放り出しちゃった人」]について訊いたら、笑って「あれでいいと思うよ」と言っていた。
丸一年をかけてみっちりと付き合った『トーキョー/不在/ハムレット』に較べれば期間も短く、なにより制作の現場にはほとんど居合わせていないのだが、それでも、予想していなかったことだが散会後の電車のなかではかなりぼんやりしてしまった。虚脱感があった。うーん、終わったんだな。そしてはじまった。ニュータウンの出口はまた何かの入口へとつながる。
そしてほとんど寝ないまま、会社へ出て働き、いまに至る。今日は早く帰るとするか。

(2007年10月 1日 19:02)

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/ 27 Sep. 2007 (Thu.) 「俺もゴーゴリの『外套』から出てきた」

DEMOCRACY FOR BURMA!! うーん行けないなあ、アフタートーク。明日こそはと思うが、どうだろう、行けるだろうかという案配。
で、舞台を観るのはあと一回、楽日をとってある。贅沢だな俺。楽しみだ。もう、存分に観るのみである。「ニュータウン入口 NOTE」[9月27日付]には楽日の「いたずら」のことが書かれてあったが、そういえば『トーキョー/不在/ハムレット』のときにはそれがなかった。『トーキョー・ボディ』のときはあって、で、『不在』には『ボディ』の出演者が多く参加していたから、みんなわりとかまえていたのだったが、結局何もなかった(と思ってるんだけど何かあったのかな)。ちょうど食べるシーンのあった岸(建太朗)さんが、「ぜったい俺だよ、俺んとこだよ」とさわいでいたのは覚えている。
南波(典子)さんの「しいたけ園←ブロッコリー」[9月26日付]より。

昨日大学時代の同級生O君から突然メールをいただきました。もう10年以上全く連絡をとっていなかったのに、どこからか情報を見つけてくれて、楽日に見に来てくれるのだそうです。すごいなあ。こういうのってとても嬉しい。楽屋で杉浦さんにそのことを話したら「求婚されるんじゃないの?」といきなりなことを言われましたが、O君は奥様と見に来てくれるのだそうです。こんな風に覚えてくれていて、見に来てくれるなんて、嬉しいなあ。

 奥さんと見に来たOさんが、なおかつ求婚してきたらどうしよう。うわっ、どうしよう。
きのうの、永澤へのアドバイスの補足。というか、そもそもなんでああしたものを書いたかというと、ブログを読むかぎりだが永澤が本気で悩んでいるように見え、それに加えて、

今日は,来月提出予定のとある書類を仕上げていた.
一通りそろったのだが,肝心の「抱負」が書けない.
文章がボロボロだ.

 という当面の問題も存在するらしいからである。そうしたことがなければ、永澤の「性急な」文章は、それはそれでべつにいいんじゃないかと私は勝手なことを思っているのだ。ひとごとだし。ひょっとしたら「性急さ」や「粗忽さ」といったものが永澤の書くものの持ち味かもしれない。仮に文章術といった面で上達したとして、それ、永澤の場合にはたんにつまらない文章になってしまうんじゃないかという危惧もある。でも、それは杞憂だろうな。ああした「くせ」のようなものがそうそう簡単に消えるわけがない。
「ていねいに書いてみたら?」というのはアドバイスとしてわりあい外してないところだと思うのだが、もうちょっとアドバイスっぽいアドバイスを書いておくなら、ありきたりな言葉にはなるけれど、やっぱり「もっと読め」ということと、「もっと書け」ということになるだろう。
「もっと読め」については、後藤明生のよく知られた言葉、「なぜ小説を書くのか、それは小説を読んだからだ」が示すとおりである(後藤明生『小説いかに読み、いかに書くか』)。あるいはまたドストエフスキーが言うように、「われわれは皆ゴーゴリの『外套』から出てきた」。すぐれた映画を観たから自分も撮ろうと思い、文章を読んだから書こうと思う。基本はそうでなければならない。
「もっと読め」はかならずしも量の問題ではないが、「もっと書け」は量の問題だ。キーボード入力も含め、書くことが「手の運動」であり「技術」である以上、日々のトレーニングは重要である。書かないでいれば腕がなまり勘がにぶる。ま、書いたらいいじゃないか、なんのためのブログだっていうんだ。で、これに関して、ちょっと聞けば真逆のことを言っているかのような高野文子の言葉がいま思い出され、一気にアドバイスという目的からは外れるんだけど、それを引きたくなった。っていうかいま手元になくて正確な引用ができないのだが、『ニッポンのマンガAERA COMIC』に五年ぶりの新作「おりがみでツルを折ろう」とともに収録されているインタビューのなかで、高野さんは、「描かないでいるあいだも、ずっと漫画家でした」という意味のことを、じつにきっぱりと言っているのだった。この言葉には凄みがある。背筋が伸びる。って、ほんとうに一気にアドバイスという目的から外れたな。ま、いいか、ひとごとだし。

(2007年9月28日 14:50)

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/ 26 Sep. 2007 (Wed.) 「永澤の相談に乗る」

ひさびさに猫の写真でも貼ろう。これを携帯で撮影した妻の報告によれば、それを信じるならば、台所で作業をしているとき、リビングのほうから「パカー」という音が聞こえてきたという。で、行ってみるとこうなっていた。

『ニュータウン入口』は長文を呼ぶ、ってことかどうかは知らないが、笠木(泉)さんがその名も「『ニュータウン入口』についての長文」というタイトルのブログ記事を更新していて、読んでいたら私が出てきた。

ここまで書いて、小休止して、ふと宮沢さんの日記を読みそして相馬くんのブログを読んだのだが、ちょっと自分の文章があまりに稚拙で恥ずかしい気持ちになり全部消してしまおうかと思ったが、せっかく書いたので消さないことにした。

 いやあほんと、消さないでくれてよかった。ていうかいったい何が「恥ずかしい」ってんだべらぼうめ、ふざけるな、ちょっとここへ座れ、来てもらってわるいね。コーヒーでいい? あ、インスタントしかないや。と言ったあとでおもむろに横っ面を張ってやりたいくらいだ。何を言っているのかわからないが。
だいたいね、較べるのがまちがっているよ(あ、その、不遜な意味じゃなくてね)。私のはあれは、ただもう自分の得意なほうへ得意なほうへと引っ張り込んでいるだけで、「面白い」「かっこいい」「とにかくいい」といった言葉たちを引き伸ばそうとすればああいうふうにしか書けないのが私だし、その意味では笠木さんもまた自分の土俵へとぐいぐい引き寄せて読ませる。

切り替えが早いよ、アンティゴネ!

 は笑ったなあ。まあ、たしかにそうか。
で、これまた昭和50年生まれの同い年である永澤は、ブログ(9月26日付「物書き」)のなかで自身の文章の拙さを嘆いてみせ、「上手くなりたいなあ,本当に.」と言う。『解決!書く技術』という本を買ったともあり、どうもわりと深刻に悩んでいるらしいので、ここはひとつ相談に乗ってみよう。

そういえば,これまでも,相馬さんには,いろんな文書で,
だめ出しをもらっている.

 じゃあまずここからダメを出そうか。「読点多いよ」というのはひとまず置くとして、なにより永澤の文章を特徴付けているのはその「性急さ」にあるように思う(そう、こんなに読点を打っているのに、である。あるいは逆に、その性急さが読点を打たせているのではないかとも思えるが)。上の一文でひっかかるのは、長く永澤の文章を読んできた立場から言えば、「文書で」だ。これがひどく性急さを感じさせる。文意が曖昧であるのは、私(相馬)が折に触れ、いろいろな文書「をとおして」ダメ出しをしてきたのか、それとも永澤の書くいろいろな文書「に際して」私がダメ出しをしてきたのか──つまりこの「文書」が相馬の文書である場合と、永澤の文書である場合と──、そのどちらともとれるからである(ま、どっちにしたって述べられている内容に大差はないが、でもそのぐらい読者に分からせたっていいじゃないか)。あたかも、一度読点を打ったらもう振り返らないといった具合に、性急な永澤はそこを駆け抜けていってしまう。ひょっとして「文書」って「文章」の打ち間違いなんじゃないかと疑りたくなるほどの速度である。

気分先行で書いてるから,まとまりがないんだろう.

 気分は先行させなきゃだめだ。じゃなきゃ、楽しくないじゃないか。あくまで気分には先を走っていてもらう。というか、自由に走ってもらう。で、最後の最後、ゴール手前で抜き去れるように、その気分のうしろをずっと伴走できるかどうかがテクニックだ。

プレジデントムックで,「解決!書く技術」という本を
買って眺めている.
ペンで書くことの重要性が巻頭で述べられている.
そうか,手書きか.字が下手で震えもある俺は,
ここ数年は極力パソコンで文章を書いてきた.
これが駄目な原因なのだろうか.
そういえば,相馬さんも,blogの文章はノートに
下書きしていたよなあ.

 私は現代っ子(ポストモダンっ子?)なので、キーボード入力よりも手書きがすぐれているとは思わない。その逆だというのでもない。単純にみて、両者はそれぞれに異なる技術なのだし、「手が書いている」という地平においては等価でもある。もちろん「手書きの魅力」はある。それこそ今日では「フォントからの解放」ということが魅力のひとつとしてあるけれど、それって、つまり「下手な字が書ける」ということにほかならないわけで、べつに「上手い字」がよいというわけではない(あ、それとはまたべつに、リスペクトされるべき対象として「ていねいな字」というのはあると思うけど)
ところで再度引用すると、

ここ数年は極力パソコンで文章を書いてきた.
これが駄目な原因なのだろうか.

 とあるのだが、身も蓋もないツッコミを入れれば(というか素朴な疑問なのだが)、悩んでいるところの文章の拙さは「ここ数年」の問題なんですかね? それ以前は大丈夫だったのだろうか。大丈夫だったとすれば、その場合「パソコンのせい」ということはたしかにあるかもしれない。
私が日記(ブログ)の文章をノートに下書きしているという話だけど、これはまあ、突き詰めてしまえば「PowerBookよりもノートとボールペンのほうが軽い」ということ以上の理由はない。あくまでメモであり、とにかく浮かんだリズムを忘れないためにだだーっと書いている。ノートの字はやたら汚い。場合によっては、ノートに書いている時点ですごく推敲もしている。しているけれど、キーボード入力のときは「清書」だけ、ということではないし、全部が全部下書きを経ているわけでもむろんない。推敲を重ね、すっかり下書きしたつもりの文章でも、キーボードで打ってみると「ここはちょっとリズムがちがうな」という箇所はきっとある(それこそ、手書きとキーボード入力が異なる技術だからかもしれない)
いや、そんな話をつづけていてもあんまり参考にならないだろうから、ここらで最後にアドバイスを、ということにしたいが、うーん、なんだろうな、アドバイス。「ていねいに書いてみたら?」とかかな。

本日の参照画像
(2007年9月27日 17:14)

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/ 25 Sep. 2007 (Tue.) 「放り出しちゃった人」

ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ。
「ニュータウン入口 NOTE」からのリンクで来られた方は、前回の日記がそれですので、そちらへどうぞ。日記の中段ぐらいに感想があります(感想は舞台の内容にも触れているためいったん「非表示」になっています。お読みになる場合はクリックして表示させてください)

アマゾンから、今日発売の細野晴臣(HARRY HOSONO & THE WORLD SHYNESS)の新譜『FLYING SAUCER 1947』が届く。聴きながら仕事をする。
しかしほんとうに永澤には「アーカイブの思想」がないな。前回の日記をいったん更新したあと、永澤がひさかたぶりに自身のブログを更新して『ニュータウン入口』の感想を載せているのを知り、それであとからその記事へのリンクを付け足したが、よく見ると、ブログのデザインテンプレートを変更したのみならず、以前の記事たちを全部消してやがる。あのだな、「ブログという思想」のひとつの核として「パーマリンク (Permalink)」という考えがあってだな、と説教のひとつもしたくなるけれど、ま、もとより永澤は「上書きの思想」の人なのだった。しょうがない。あと、誤字多いよ。
で、その前回の日記だけど、最初にアップしたのは24日(月)の夕方で、その後、断続的にこまかく書き直したり書き足したりしていた。いまのかたちに落ち着いたのは日付変わって25日(火)の早朝だから、もし24日のうちに読んでそのままだという方がいたら、もう一度読んでもらえるとありがたい(たとえば最後の「曜日」にまつわるあれこれはあとから書き足した)
関係ないけど、朝、「ニュータウン入口 NOTE」[9月24日付]をチェックしていて、単純に笑ってしまったのはここだ。

学生を中心にした観客を養成するプロジェクトを組織しているITIのために(と、この説明が正しいかよくわからないんだけど、っていうか、文章がおかしくないかな)

 「知らないよ」と言えばいいか、ここに出現した「なんだか放り出しちゃった人」が楽しい。ためしに(山縣)太一君ふうに読んでみると楽しさがわかりやすいかもしれない。ついつい調べてしまったがITIというのは「国際演劇協会 (International Theatre Institute)」なのね。で、放り出してしまった人に代わってひきつづき推敲すれば、たぶんこういうことじゃないでしょうか。

 ITIが組織する、すぐれた観客の育成を目的とした学生向けプログラムのために

ところで妻はいま、ものすごい勢いでアガサ・クリスティの名探偵ポアロシリーズを読み進んでいる。じゃんじゃん読んでいる。「犯人わかんねー」と言いながら読んでいる。『花より男子』全20巻につづき、「ポアロ」全30巻だ(ハヤカワの「クリスティー文庫」のやつ)。脈絡がない。いやまあ、読み出すきっかけのようなものはあって、それを言えばもうただただ私が「悪い」のだが、その話はまたあとでしよう。

(2007年9月26日 16:03)

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/ 23 Sep. 2007 (Sun.) 「三日目・昼を観る」

さて、今日は長くなると思うので覚悟していただくとして、まずその前にきのうのことから。きのうは夜、吉祥寺でミクニヤナイハラプロジェクトvol.3『青ノ鳥』を観る。(鈴木)将一朗君や渕野(修平)さん、高山(玲子)さんらが出ている。『ニュータウン入口』と日程がかぶらなければここに上村(聡)君も出ていたんだろうかと想像するものの、まあそれはさておいて、とにかく足立(智充)君がよかったな。足立君といえば、私のなかで、まず何よりはじめて生で観た宮沢章夫作品である『月の教室』に出ていた人として印象深く、そのことだけでもって半ば「ヒーロー」的ですらあるのだけど、その後に観た舞台のなかでは今回、ずばぬけてその存在感を示していたように思う。むろん将一朗君も見どころ(および聞きどころ)たっぷりだし、こう言っちゃなんだが渕野さんも相変わらずだ。高山さんもまたうまくその魅力が引き出されていたように思う。っていうか、出てくる役者、みんながみんな魅力的に映っていたと言うほかない。と、まとめておいて直後に申し訳ないが、あと、やっぱり稲毛(礼子)さんはいいな。非常にいい。ちなみに、たぶん向こうはおそらく私の顔など忘れていると思うけれど、稲毛さんとはもうだいぶ前、宮沢さんの「テキスト・リーディング・ワークショップ」でいっしょだったことがある。
で、そういった興奮もさめやらぬまま、おとといの今日で二回目、観られるときに観ておこうと『ニュータウン入口』三日目・昼の回に行った。私が言うのも何だが、舞台はだいぶ安定してきたように見え、初日に気になってしまったいくつかの場面が今日は気にならなくて、早い話が、すごくよかった。あと、やっぱりこれは泣けると思う。
で、舞台を観る直前、立川から三軒茶屋へとむかう電車のなかでずっと『ニュータウン入口』のことを考えていて、それでようやく、舞台全体について私なりに語る、その言葉の糸口をつかむことができたように思えた。以下に書くその感想は、舞台の内容にも触れているので本来なら公演終了後にあらためて書くべきかとも思うが、時間が経てばそのときに生まれるまたべつの言葉に取って代わられてしまうだろうから、なるべく〈いま・ここ〉の言葉をここに書いておきたいとも思い、そういうわけで、その部分はいったん「非表示」になるようにし、内容に触れていることを承知で読みたいという方のみ、クリックしてご覧いただけるようにしてみた。まあ、おそらく観ていない人には何が何やらわからない文章になっているだろう意味も含め、基本的には観劇後にお読みになっていただければと思います。

ここをクリックすると、感想が表示されます(※携帯でご覧の場合には非表示になっておらず、この下にそのまま表示されているかと思います。お読みにならない場合は、このままスクロールしないでください)

感想を「非表示」に戻す。
でまあ、もったいぶって「表示/非表示切り替え式」にしてみたものの、要は一個人の感想であって、まとまりも欠くし、あるいは「そんなこと、誰でも思うでしょ」というレベルのことを書いているかもしれなく、その点は読んでがっかりされてもご容赦いただきたいと思うが、それで、やっぱりこれは「神話」なのだと思う。
しかし「悲劇」なのだろうか。古典的な悲劇/喜劇を分岐するごくごく機械的なポイントとしてはひとつ、ラストに際して主人公が死ねば悲劇、生きていれば(悲劇の対としての)喜劇ということがあるだろう。そもそも『ニュータウン入口』においては誰を主人公とみるかがむずかしいが、たとえば主要登場人物のひとり、ポリュネイケスは終劇に際して死んだかのようでもある。しかし引用元のポリュネイケスがそうであり、何人かのセリフのなかに示唆されるように、彼/彼女は「はじめから」死んでいた。「おまえは生きる方を選び、俺は死ぬ方を選んだ」と語るアンティゴネもまた、しかしラストの「映画」のなかで、劇中をとおしてもっともかっこいい、次の言葉を語る。

真昼子。
言葉で君をここに連れ戻す。

全ては真実で、すべては、真実を待っている。
壁の向こうにきみ。

壁の名前は明日。
壁を、壊し、新しい街は生まれ、未来は見えない。
けれど、死にはしない。
新しいやり方で、俺はここから行く。
[強調=太字は引用者]

ところでいま、ラストの「映画」、という言い方をしたけれども、しかし少し考えてみればわかるとおり、まもなく数分ほどでエンドロールをむかえるそれは、正確には「映画のラスト(シーン)」でもある。
拍手をするタイミングがないという話があるけれど、ふだん映画にたいして映画館で拍手をするという習慣がうすい日本においてはあたりまえのことなのかもしれない──だってこれ、どう考えても拍手のタイミングは(映画におけるタイミングがそうであるように)エンドロールのところだろうと思うのだ。それこそ、劇中でも引用される黒澤明の『素晴らしき日曜日』ではそのクライマックス、カメラにむかった主人公の女性が(つまり実際にはどうみても映画館の観客にたいして)「どうか私たちに拍手してください!」と叫ぶのだが、まあ黒澤の特集上映に集まるような客層においてはそれなりに拍手が起こりもするものの、当時、一般に反応はさんざんだったらしい(で、これが海外だとものすごい拍手の嵐になるらしい)
ま、そうした意味も含めて、この舞台はそもそものはじめから一本の映画なのである。以前の日記でプレ公演の感想を書いたとき、私は、

物語の期待を一身に背負うのは、結局のところ、その土地の成り立ちを描いたとされる一本の映画(『ニュータウン入口』)なのだろうか。[中略]その内容が戯曲中に描かれていないという意味で、映画は物語の外部にあり、そしてルールとして、物語の外部に答えを求めるべきではない。とすれば、やはり──

 と結んだのだが、ちょっと言葉足らずだったかもしれない点を補足しておけば、「ルールとして」と書いたのはべつに作劇のルールといったことではなく、テクスト論的な「読みのルール」のことで、つまり、『ニュータウン入口』と呼ばれる映画が何なのかについて、われわれは書かれてあるテクストのなかにこそ答えを求めなければならないのであり、とすれば──つまり、奇しくも同名のタイトルをもつこの劇そのものが映画『ニュータウン入口』なのだと言うほかないのだということが言いたかった。
本公演において、ついに「映画」はある実体をもったものとして登場するのだが、それでもやはり、それは舞台上と地続きのものとして存在する──まず何よりも、舞台のつづきとして鳩男は池のなかにいる。(で、カゴのなかに入れられ、沈められたはずの鳩男が泳いでいることには、単純に言って希望がある。「飛ぶ」のではなく「泳ぐ」鳩は、「組みなおされた、新たな闘い方」を暗示してもいようか。)
根本洋一のセリフによれば映画『ニュータウン入口』は「もう四〇年も前」に作られたというが、この時間軸上の設定に何か辻褄の合う意味を与えるとすれば、それはつまり第三次中東戦争(1967年)ということになるだろうか。

第三次中東戦争は六日間戦争、六月戦争とも呼ばれる、イスラエルとアラブ連合(エジプト、シリア、ヨルダン)の間で発生した戦争。この戦争の結果として、イスラエルはガザ地区とヨルダン川西岸地区の支配権を獲得してパレスチナを統一、シナイ半島とゴラン高原を軍事占領下に置いた。戦争の結果は現在まで中東の地政学に影響している。
第三次中東戦争 - Wikipedia

 「〈この土地〉の意味/成り立ち」を描くとされる映画は、最後に、パレスチナ人自治区内にあるイスラエル人入植地(だと思うが)を捉えて終わるのであり、〈そこ〉へと至るまでの土地の成り立ちかた、そしてこれからも強力な「敵」がわれわれをつねに〈そこ〉へと至らしめようとする、その〈共時的な歴史〉を描くのだとすれば、やはり物語は〈神話〉にならざるをえない。
舞台奥でスクリーン用に演技する役者たちが客席からほとんど丸見えていて、さらにそれを撮るカメラマンが自身の行為を語り、劇そのものに言及するというその「自己言及性の連鎖」はしかしむろん目新しいものではなく、言ってしまえば「近代的」ですらない、人類最古/最長の「問題の種」である。けれどもやはり、最後にカメラマンがカメラを手にぶらさげてゲートをくぐり、手前の舞台へとのぼることには象徴性があって、いわば、その瞬間に〈神話〉内の時間は「現代」になるように思える。
加えて言えば、その瞬間まで、舞台上には「時間」がない。そこで営まれているのはまさしく「永遠と一日」であって、戯曲はつねに「きょうは日曜日」であることしか言及しない(サラリーマンである根本が土地探しに時間を割けるのはもちろん休日である)し、そして、ポリュネイケスはつねに「明日」にいる。(で、これはちょっとこじつけが過ぎる感があるけど、「六日間戦争」とも呼ばれる第三次中東戦争の六日間、1967年6月5日〜10日は月曜日〜土曜日なのであり、ポリュネイケスのいる「明日」は、じつはアンティゴネのいる「日曜日」と通じているのかもしれない、という読みもできる。そして、さらに牽強付会を重ねれば、「あの日、いちばん上の兄が警察に捕まった日が、いまでもずっと、その日として終わっていないかのようだ」というアンティゴネのセリフにある「あの日」のモデル、神戸の少年Aが逮捕された1997年6月28日は土曜日であり、その地点からみた「明日」=「日曜日」に、しかしアンティゴネはすでに/つねに立っている、という図式にもなる。)

観終わって携帯電話の電源を入れると、友人の永澤から留守電が入っていて、今日、夜の回に観に行くという。これから名古屋を出るというタイミングでかけてきたらしい。職場の休みが不規則かつ流動的な男であるため、まぎわになって「行ける」と判断し、遊園地再生事業団に電話してチケットをとった。その電話口で「これから名古屋を出るんでギリギリかもしれないんですけどいいですか?」と訊いたので、「俺、ものすごく熱心なファンだと思われているかもしれない」とは本人の弁。ていうか、あんた「ものすごく熱心なファン」だろう、どう見ても。
『トーキョー/不在/ハムレット』のときは永澤もまだ時間にいくぶん余裕のある身で(ちなみにそのころは山梨県在住だった)、プレ公演も含めて観に来てくれていた男だが、今回はプレ公演を観ていない。ので、まさにワンチャンスでもって本公演に遭遇する者がどういったふうにこの舞台を観るのか、その点でも非常に興味深く、終演後の頃合いをみはからって電話をかけたところ、どうもすっかり堪能したらしく、「よかった」「観に来た甲斐があった」と繰り返していた(本人による感想はそのブログを参照ください)

(2007年9月24日 17:23)

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/ 21 Sep. 2007 (Fri.) 「初日を観る」

夜、三軒茶屋のシアタートラムへ。『ニュータウン入口』の幕があいた。
はじまる前に会場の外で煙草を喫っていると、岸(建太朗)さんに出くわした。岸さんは今回、映像スタッフのひとりとしてかなり重要な役を果たしている。ここであっさり説明してしまえば前回までぼやかして書いてきたのは何だったんだよという話だが、私の作った「ちょっとしたムービー」というのはつまり、劇のラストでスクリーンに映し出される「映画」の、そのさらに最後に流れるエンドロールクレジットのことである。前作『トーキョー/不在/ハムレット』でも、プロジェクトの一環として製作された映画『be found dead』のエンドロールを私が作っていて、岸さんもまたそのとき編集作業を手伝っていた。
で、今日、会うなり、岸さんはいつもの顔と調子で言うのだった。「エンドロール、うまくなったんじゃない?」。いやー、どうかなあ。技術的には何も変わってないと思うんだけどなあ。そうかあ、うまくなったか俺、となんだか和やかな気持ちにさせられてしまった。だいたい何だ、エンドロールがうまいって(ま、どうやら「前よりもロールの動きがなめらかに見えた」ということらしいのだが)
舞台の感想はまだまとまった言葉にならない。たしかに「初日」っぽさはいくつかの場面で感じられたものの、でも、よかったなあ。切れぎれの印象ということでいえば、まず杉浦(千鶴子)さんはプレ公演までとひどく印象が異なってやたら「かわいかった」し、南波(典子)さんの独白にはやっぱり感服させられる。それから、ラストの「映画」に関しては私もまったくの初見だったのだが、単純な話、岸さん(の撮影してきた映像。詳しくは「富士日記2」2007年8月14日付等を参照)はやっぱり見事にすべてをかっさらっていくよ。少し泣きそうにもなってしまった。
まあその、感想はまた、あらためてちゃんと書きます。
終演後、ロビーでの初日乾杯のあと、出演者・スタッフ・関係者ら20人弱ほどが居酒屋へ移動して飲む(ちなみに宮沢さんは「疲れちゃった」ということで来なかった)。私はもっぱら、いわゆる(というのは宮沢さんの日記にしばしば登場する)「白夜書房のE」さんとばかりしゃべっていた。むろん何度かこうした席などで遭遇し、お互いに相手のことは知っていたものの、あらためて名乗り合うのははじめてで、しかしひょんなことから話はまずモンティ・パイソンのことになり、Eさんはじっさいに観てきたという『スパマロット(Spamalot)』について熱弁をふるう。で、しゃべりながら、なるほど「パイソン業界は狭い」ということを少し実感したのだったが、というのも、日記にはまだ詳しく書いていない話(というか、以前にぼかして書いていた話)になるが、そのパイソン業界というやつに先日来、私も少しだけ入れさせてもらっているからだ。もちろん、そののち話は『ニュータウン入口』のことへ移り、途中から話の輪には出演者の上村(聡)君も加わる。
で、わりと終電にちかい頃合いになって散会後、何人かといっしょに電車に乗り、渋谷で岸さんらと別れたあとは、吉祥寺方面へむかう杉浦さん、上村君と三人で井の頭線に乗る。杉浦さんと話すのもこれがはじめてだったが、「ああ、あなたが相馬君なのね」という調子で自己紹介の手間もだいぶ省け、いろいろと話すことができたのは楽しかった。うーん、楽しかったなあ。

(2007年9月23日 05:35)

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/ 19 Sep. 2007 (Wed.) 「『ニュータウン入口』の宣伝」

チラシ。

遊園地再生事業団の舞台『ニュータウン入口』は、書いている/更新している現在から言えば明日、21日(金)に初日を迎える。ここを読んでくれている人のおそらく半数以上は、同時に「ニュータウン入口NOTE」(作・演出する宮沢章夫さんの日々の記録)の読者でもあると想像されるが、なかにはそうでない人もいると思うので、一応、私からも宣伝しておきたい。今回は(本公演に際しては)、結局一度も稽古見学に行けなかったし、その意味でまったく無根拠なことを書くのだが、『ニュータウン入口』はぜったいに観るべきだ。はじめに書いたようにまもなく公演開始だが、チケットは、とくに前半ならばまだまだ余裕があるらしい。

後半は席がもういっぱいになっていて、いろいろこちらも困っているから、どうか前半に来てもらいたい。べつに後半になったからといって芝居にそんな変化があるかは疑わしい。というか、そういった舞台でもないような気がするものの、
「ニュータウン入口NOTE」9月19日付

 だいたい、後半(とりわけ楽日とか、楽日ちょっと手前とか)に予約している人に言いたいのは、「もう一回観たくなってしまったらどうするんだ」ということだ。だから、とりあえず前半のうちに観ておくのがいい。私はたぶん三回観るだろう。
って、書きながら、「しまった、宣伝の方向がずれているな」とは気づいていて、つまり私の日記の読者ではあるけど宮沢さんの日記は読んでいないような人──ふだんあまり芝居を観ないような人(それは私もそうだが)や、「演劇」って何? 何文字?という人など(2文字ですよ)──にこそ、ここでは声をかけなくてはならないとすれば、「複数回観る」云々の話はさしあたり適当ではなく、だからまあ、つまるところ私を信用してもらうほかはないんだけど、ぜったい観るべきだ。
あ、だから順序としてはまず宮沢章夫さんのことを説明しなければならないんだと思うが、うーんと、そうだな、宮沢さんはまず、私よりも百倍面白い。あと、私よりも太っている。髪は短いはずだ。かつて大工をたばねて建築業をされていたお父さんの息子である。悪いひとではないと思う。悪いひとかもしれない。ぜったいに観るべきだ。
録画中継がNHKでも放映されるらしいが、時間と予算が許すならば、ぜひとも劇場に足を運んでいただきたいところだ。なぜなら、劇場で観たほうがきっと「わからない」からだ。たまには「わからない」ものを観に、街へ出よう。
チケットはここから予約することができる。いまからだとおそらく「受付預かり・当日精算」ということになるんだと思うが、予約はできるはずだ(最新の予約状況が即時に反映されるわけではないので、なかにはすでに前売りの予定枚数を終了している回もあるかもしれないが)。ちなみにこの公演情報のページは私が作ったものだが、「リーディング公演」時点のわりとまっさらなイメージの段階で制作したもので、結局そのデザインのまま作りかえる機会を逸してしまったことは少しく残念に思っている。次回があれば、今度はもう少し遊んでみたいとも思うところだ。
といったわけで、ぜひ観に行こう。なにせほとんど無根拠に誘っているわけだから説得力がないだろうことは承知しているが、でもなあ、観に行ったほうがいいと思うんだ。繰り返すように無根拠なのだが、おそらく最高傑作なんじゃないかと思う。私の作ったちょっとしたムービー(「ムービー」という言い方には語弊があるけど)もそこで観られるしね。では、劇場で。副題を含めた正式なタイトルは、『ニュータウン入口 または私はいかにして心配するのをやめニュータウンを愛し土地の購入をきめたか』である。

本日の参照画像
(2007年9月20日 11:38)

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/ 18 Sep. 2007 (Tue.) 「ちょっとしたムービー」

下は、だいぶ前(出てくる日付のころ)に書いてそのままになっていた日記。

4日の夜に届いたメールで、ある筋からちょっとしたムービーの作成を頼まれ、それで5日の未明から明け方にかけ、その作業をしていた。三年ほど前に何回もやっていたのと同じ作業だが、すでに手順の記憶があやしく、思い出し思い出し、慎重な手つきでやっていたらだいぶかかってしまった。だいたい、それを作るのに必要なソフトのひとつが、三年前の当時に使っていたPowerBook G4にしか入っていなくて、それで余計に時間がかかる(ように感じる)。あと、こまかいことを書けばその連絡のメールをくれる人というのが発売後ほどなくに乗り替えたWindows Vistaユーザーなのだが、添付されたWord原稿が、ついに「.docx」ファイル(Office2007以降の新ファイル形式)で来やがったのだった。Parallelsで「Vista + Office2007」環境を作っておいてよかった(また、Office2003等のユーザーであれば、無償配布されている「互換性パック」というのをインストールすることで開けるようになる)
三年前にもまったく同じことをやったよというミスなども経て、何度か試行しつつ、明け方六時ちかくにようやく終わって(といっても現段階では「仮」のムービーだが)、メールで連絡する。ムービーは圧縮してもゆうに100MBを超えるサイズなので、サーバ上に置いてダウンロードしてもらう。

で、このムービーについてはその後、何度か修正を繰り返し、今日の夜、一応最終版と思われるもの(って、まだわからないけど)をサーバ経由で渡した。
更新と、それにともなって「句会」の話がすっかり止まってしまっていて申し訳ない。考えていない訳ではないのだ。

(2007年9月19日 11:12)

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