8
Aug.
2004
Yellow

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/ 5 Aug. 2004 (Thu.) 「闇」

ところで、永澤はどこへ行ったのか。
その出張は日記によれば「8時間のフライト」だそうで、成田から出発するというし、海外出張だったのかと考えるのが妥当だが、同じく日記を読んだ妻が「永澤さん、海外出張だったの?」と聞いてくるのを受けてやっと、そういえばどこへの出張なのだか聞いていなかったことに気づいた。てっきり国内のどこかだろうと思っていた。飛行機でなくても行けるところへわざわざ飛行機に乗って出掛けていくのが「飛行機馬鹿」たる永澤には相応しい、と勝手な想像があるいは働いたか。しかし、行き先はたしか国内ではなかったか、と私よりも記憶のほうがしぶとく訝った。日記に書いてなかったか、おい、と呼び掛けるような姿勢になった。すでに一度その地名を読んで、忘れてしまったようなつもりになっているが、永澤の日記には具体的な行き先などどこにも書かれていない。読んでいるつもりでも、人の日記など、結局読んでいないものなのだなと得心がいくような顔になってあらためてその最近の日記を読み返すと、そうか、そういうことが書かれていたのかと無垢な気持ちにさせられた。
永澤はまだ行かないのか、と思っていたのも日記をよく読んでいなかった証拠になる。8月1日の日記の冒頭には次のようにある。

今週半ばから飛行機に乗るために出張に行く.初の成田出発ということで,今からワクワクだ.実家からsuitcaseを送ってもらい,服の準備.

 全文を読み終わるころには、しかしなぜだかすでに永澤が旅路に着いたような心持ちになってページを閉じた。当然永澤はまだそのころ山梨にいて、日記は出発直前の8月4日まで更新がつづいた。

荷物を一足先に旅立たせる.服だけなので,それほど重くない.

 もう遠くへ出掛けたはずの永澤がまだ書いている、とっくに出掛けておいて、準備をしているようなことを書く。いらいらさせやがる。と埒もないことを考えていたことになる。

四ツ谷の駅に着いてしばらくすると、ホームからのぼる階段の人混みのなかにいた。数段先を行く女性の黒いショルダーバッグが、見上げた目の高さに揺れるともなく揺れ、いや、先に目に入ってきたのはそのバッグに白くプリントされた「83」という数字のほうで、知らず、「や(8)み(3)」と読んでいた。「闇」とはまた朝から…と考えをつなぎかけて、やめた。

(2004年8月 5日 23:59)

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