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Jan.
2018
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/ 7 Jan. 2018 (Sun.) 「なーんかおもしれーことねーでしかー?」

本日のむかしのロビン(手前)。2014年7月。

同じく 2014年7月。

「なーんかおもしれーことねーでしかー?」は最近の妻の口ぐせ。
朝、年賀状を投函。いただいた方への返事分のみで失礼。昼間は WOWOWや DAZNでテニス中継を見たりそんな感じ。またぞろウラゲツブログの記事に乗せられて、佐藤嘉幸、廣瀬純『三つの革命──ドゥルーズ=ガタリの政治哲学』(講談社選書メチエ)を注文する。ところで廣瀬純というと黄木(多美子)さんを思い出すのだが(「廣瀬純のファンだ」と言っていたのを思い出すため)、黄木さん元気かな。関わっている(と思われる)公演を最近あんまり観に行ってなくて申し訳ない。今度のアレとかは行きますんで。
きのうも書いたみなもと太郎の『マンガの歴史 1』(岩崎書店)だけれども、面白いね。これ、「岩崎調べる学習新書」という子供向けの新書シリーズに収まるもので、語り口調(講演口調というか)が採られたその文章はどこまでも平易なのだが、たとえば貸本マンガを扱った章では「紙幅の関係で涙を飲んで割愛させていただ」くとして、「前谷惟光、石川球太、水島新司、松本零士、森田拳次、望月あきら、板井れんたろう」といった名前がさらっと列記されるなど、当然ながらその本気度は高い。あくまで「子供向け」という体裁をとってのその語り口調もまた、「子供向け」という枠に押し込められつつ出発した「マンガ」そのものをなぞる行為であるかのように思えてくるのだった。
で、これは素直に笑ってしまった箇所。

 この『ちかいの魔球』は、そこでいくつものエポックを生み出していきます。特に、野球の表現とそのコマ運びにおいて、いくつもの新しい技法を確立するのです。
 その最たるものが、ちば〔てつや/引用者註〕の真骨頂ともいえる「時間の表現」でしょう。これがどういうものだったかというと、それまでの野球マンガはピッチャーが投げた次のコマには、もうバッターが打つか空振りするかしていました。つまり、ピッチャーが投げてからボールがバッターのところに届くまで、ほどんど間がなかったのです。
「第七章 週刊少年マンガ誌の登場」、p.146 - 147。

 あはははは。でしょうね、そりゃあ。

Walking: 4 meters • 9 steps • 5secs • 0 calories
本日の参照画像
(2018年1月 9日 02:33)

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