/ 9 Nov. 2008 (Sun.) 「三匹目の猫」
■妻とふたり、伯父の四十九日法要のために前夜から下館(茨城県)の実家に帰省していたが、今夜、東京へと戻るその妻の手には思いがけず、子猫の入ったカゴが提げられているのだった。前夜にそのような計画はつゆもなかったが、ごくごく急な展開でそうなった。
■この夏、実家で18年飼われていた犬二匹があいついで大往生を遂げたが、その晩年、もはや自分が犬なのかどうかさえあやふやとなったような彼らの老境に滑り込むようにして、貫禄たっぷりの野良猫が一匹あらわれた。犬たちが残したエサをさらい、あまつさえ犬小屋に同衾するふてぶてしさを見せたそのオス猫は、実家の者らから「ビービー」という名前をもらい、犬たちの死後も姿を見せては庭でエサを与えられ、しばしば犬小屋をねぐらとして使っていたという。いつからか、そのビービーがお腹の大きなメス猫を伴ってエサ場にあらわれるようになったと思っていると、やがてメス猫のお腹がへこみ、犬小屋のなかに子猫が四匹確認された。が、運悪く、夜のあいだに野犬に襲われるかしてうち二匹が命を落とし、あとの二匹と、すでに「シロ」と呼ばれるようになっていた母猫とが逃げのびた(むろんビービーも無事だ)。
■さて、こっから先の説明が厄介なのだけれど、二匹に減ったと思っていた子猫の数が、しばらくするうちに増えている。もとから四匹以上産んでいたのかとも思えたが、どうもまたべつの(こちらは家猫から産まれて捨てられたかした)、シロの子ではない兄弟たちのようにも見受けられ、たまさか巡り会ったシロに実子ともども面倒を見られているのではないかというのが実家の者らの見解である。シロと子猫たちはときおり犬小屋近辺に姿を見せるほかは、もっぱら寺の本堂の縁の下に隠れているらしいが、つまるところ、そこにいまいったい何匹の子猫がいるかわからないというのが実家の状況なのだった。法要のあとの食事の最中、シロと子猫(のうちの何匹か)が庭にあらわれたのを、妻と私、姪っ子たち、というか家の者らほとんど全員で、こっそり様子を窺う。ビービーを例外として、野良たちは人にまったく馴れておらず、ことに子猫らは人が近づくやすぐに四散してしまうから窓のこちらから見守るのだが、そこでの目視情報を加えるに、シロの実子が最低二匹、実子でないと思われる一派がこちらも最低で三匹いる計算になるという。
■晩になり、どれか一匹、立川に連れていって飼おうということで相談はまとまった。思いも寄らぬ展開だから私たちに用意はなく、カゴと、子猫用の粉ミルク缶とを兄から借りる。晩のエサをもらいに集まってきたところを捕獲する作戦で、こちらの相談がまとまろうにも掴まえることができなければ今晩はあきらめざるをえないが、母(毎晩エサを与えていていちばん油断してもらいやすい)が見事に茶トラを掴まえカゴに入れる。これは実子ではないと思われるほうの一匹である。母の手に掴まれた瞬間子猫はギャーギャー声を挙げ、近くにいたシロが最後に「シャー」と母を威嚇したが、騒ぎはほぼそれだけで収まった。カゴでしばらくするうち子猫は鳴くのをやめ、外の猫たちはまたごはんへと戻る。怯えが収まったのか怯えきってしまったか、水戸線、宇都宮線、埼京線、武蔵野線、中央線と乗り継いで立川へと揺られるあいだ、カゴのなかの猫はまったく鳴かなかった。
■さて周知のとおり、わが家には「ロビン」(12歳)と「ピー」(6歳)という二匹の先住猫(ともにオス)がいる。彼らに何の相談もなく事が運んでいるのはもちろんながら、そもそも何の病気をもっているかわからない子猫は当分彼らと会わせられず、隔離せねばならない。また、子猫をさわったあとはすぐに石鹸で手を洗って、そうして先住猫の相手をするようにしないといけない。
■家に着いたらカゴからダンボールへ移そうと考えていた。しかしそう大きなダンボールは用意できないから飛び越えてしまわないともかぎらず、やはり部屋自体も閉めきるようにしないといけないだろう。部屋の扉のほとんどはレバーハンドルのついた片開き戸だが、困ったことに先住猫のピーが、この扉を自力で開けることができるのだった。何の拍子に覚えたものか、ジャンプして前足をレバーハンドルにかけ、落下に任せてハンドルを下げる。それで扉は少し開くので、あとは頭をねじ込むように出入りする。寝室のとなりの部屋は二方向に扉があるが、寝室に通じるほうは引き戸でこれは彼にも開けられず、もう一方の片開き戸は前述の手順で開けることができるはずだが、しかしここは(ピーにとって用途がないためか)あまり開けて出入りしている印象がない。そうだな、寝室のとなりの部屋がいいだろうと電車のなかでシミュレーションを組み立てるが、もくろみは次々と崩れていく。
■ここに至るまでまったくおとなしかったにもかかわらず、カゴから出した子猫は興奮ぎみで、力は弱いものの暴れ出し、用意したダンボールなど軽々飛び出てしまう。と、ドアのハンドルががたんと下ろされる音がして、ピーがさっそく入ろうとしている。あわててドアを押さえ、手前に雑誌など積み上げて開けられないようにする。ドアはそれで(ピーはまだがたんがたんやっているものの)解決だが、ダンボールのほうは絶望的だ。これは部屋に放してしまうか、カゴに戻すしかない。いったんカゴに戻し、部屋に放してもいいよう、物置状態になっていた荷物の一切合財をべつの部屋に移動する。スチール本棚だけが残った何もない部屋にしてから子猫を出す。愛想もなく一目散に駆け出し、スチール本棚と壁(正確には、寝室に通じる引き戸の片側)のあいだに隠れてしまったが、まあよしとして、すでに日付も変わっているので人間は寝ることにする。寝る前にネットで動物病院を調べ、楽天でスチール製の猫用ケージを注文。
■布団に入ってしばらくすると、となりでガサゴソする音がし、やがて「ブリッ」というような音が聞こえた。いっしょに寝ていた先住猫が気づき、起き出して扉の前に集まる。はじめは音に異変を察したのかと思っていたが、そのうち人間の鼻にもくさい匂いが届く。しやがった。しかも状況や音からして本棚の陰に隠れたまましたらしい。先住猫たちを寝室から出してとなりを確認すると、案の定、本棚の裏(引き戸の片側を開けてすぐのところ)にウンチをしている。しかも下痢気味でやわらかく、あまつさえ自分でそれを踏んだ上に、一段目の雑誌類の上に飛び乗っているからこれはもう猫を洗うしかない。
■ついでだからとノミ取りシャンプーも使い、洗面台で全身を洗うが、思いの外いやがらず、洗われるにまかせて途中からはグルグルさえ言い出した。野外生活でかなり汚れていた毛も多少きれいになる。ドライヤーで軽く乾かして部屋に戻したが、今夜は、ひとまずカゴですごしてもらうよりない。カゴに戻して一息つくうち、「ミルクあげるか」という話になった。粉ミルクをぬるま湯に溶かし、弁当箱に入れるようなサカナ型の醤油入れを使って(つまりそれをスポイト代わりにして)口に運んでみるが、味や温度のせいか緊張のせいか、あまり喜んではくれない。はっきりと生後何ヶ月かはわからないが、すでにカリカリや缶詰も口にするし、離乳を果たしていてもおかしくない大きさではある。
■翌朝、見てみるとカゴのなかでまたやわらかめのウンチをしていた。まあ、閉じ込めたのだからしょうがないが、狭いなかでのことなのでまた自身の足にウンチを付けている。また洗面台に連れていき軽く洗う。先住猫に与えている缶詰から少しもらい、与えると、じつによく食べる。ただ、食べ終えるとどうもきのうウンチをした本棚の裏へ向かうような素振りを見せるから、やはりいったんカゴへ戻す。注文したケージが早く届くといいのだが。今日(10日)は妻が病院へ連れて行くので、もろもろの見通しはそれが済んでからになるだろう。
■名前は「ポシュテ」にほぼ決まった。(「ポシュテ」はアッバス・キアロスタミ監督の映画『友だちのうちはどこ?』に出てくる地名。)
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