/ 10 Dec. 2008 (Wed.) 「『アキストゼネコ』を観た」
公演フライヤー。公式サイトはこちら。
■9日の夜、柴田(雄平)君の主宰するチェリーブロッサムハイスクールの舞台『アキストゼネコ』を観た。さすがに観ないとなあと思ったというのは、前回の公演を観たあとでそのときすでに決まっていた次回公演のそのタイトル(『アキストゼネコ』)だけを掴まえ、「『あきすとぜねこ』と子どもの自由さ」という記事や、「ブリコラージュとしての『あきすとぜねこ』──チェリーブロッサムハイスクールによせて」というやけに長い日記(日記じゃないけど)を書いていたからだ。その文章は柴田君の目にも触れた。終演後に柴田君に聞いたところによると、アキストゼネコの遊び方について調べた前者の記事のほうはそのままプリントアウトされ、資料として稽古場で配られもしたらしい。そうなのか。
■そうしたわけで、舞台のできあがる前にあれだけ無責任に盛り上がっておいて、それでじっさいの舞台を観ないというのもさすがにどうかと思われ、ってそんな消極的な理由からばかりではないが、観に行ったのだった。それで終演後、柴田君には「よかったらまた何か書いてください」と言われ、むろんわたしだって書きたいとは思ったものの、すぐにその感想に取りかかれなかったのはまたべつの長い文章をこつこつと仕上げ、いよいよ佳境に入ったときだったからだ。
■『思想』に掲載された小田亮さんの論文に刺激を受け、示唆を得て書いたその文章、「関係の過剰性はどこに生じるのか──共同体の真正性とビデオコメントの可能性」は、さすがにその内容と量でこっち(Yellow)に載せるのが憚られるためあっち側(blue)に公開したが、これはまあいま現在、二〇〇八年における相馬の思想的到達点(と呼ぶにはちょっと内容薄いけど)でもあるから、お時間とご興味さえあればぜひ読んでいただきたいところではある。
■というわけで『アキストゼネコ』だ。いってみれば荒唐無稽である。寓話、もしくは童話でもあるだろうか。そしてまあ、いまのわたしの関心事からいくと〈神話〉という言葉も呼び出されてくるわけだけれど、はたしてこれを〈神話〉として読むべきか、あるいは〈神話にはなりえない物語──それを夢見る物語〉という枠設定のもとに読むべきか、そこのところの作戦をまだ悩み中である。たしかに、かつて〈神童〉と呼ばれた者たちによる、〈起源をめぐる物語〉ではあった。
■舞台装置がよかったなあ。装置の一部であるところの大きな黒板がスクリーンの役を果たし、そこに映像が投射されるのだが、そのことに単純に驚かされてしまった。これ、エンターテイメントとしては、黒板がスクリーンになるということをいかに直前まで気づかせないか──黒板にたしかに視線を集めつつも、同時にありふれたものとしていったん観客の意識下にその存在を沈めさせる──というむずかしい課題があったんじゃないかと想像されるのだが、その想像は、たんにわたしが驚かされてくやしいだけのことか。
■そうそう、前回公演の感想を書いたときに何かキャッチコピー的なものを作り、その言葉の響きを柴田君にひどく気に入られたということがあったが、それ何だっけとわたしはもう忘れており、いまたしかめたが、「空想科学ポップ」だった。あ、そうだった、そうだった。で、その「空想科学ポップ(もしくは空想土着ポップ)」という言葉をもとにいますぐ何か言葉を紡げるかというとそう簡単にはいかない。何か書けるかと思ったが失敗である。このパラグラフはまったく無駄だった。
■じゃあもうどうでもいい話から先に済ませよう。(あ、これはどうでもいい話ではなく)今回もまた舞台に立つ柴田君はかなりよかったということがあるが、その柴田君が言うセリフに、「ごじゃっぺやってんじゃねえよ」というものがあったのだった。柴田君の芝居ともあいまって、これはじつにいいセリフだったと感じられるものの、しかしなあ、いかがなものだろうか、通じないんじゃないか、「ごじゃっぺ」。茨城弁というか、栃木あたりでもたぶんいけるところの北関東方言である(また、京都を基点として同心円上に位置する熊本でも通じるという話もある)。ちなみに、埼玉の出である妻は知らなかった。断定の文末に付けて「そうでごじゃっぺ」などと使う説、「ごじゃっぺ汁」なる郷土料理があるのではないかという説など勝手なことを言う妻の話はさておき、わたし自身、いざ「意味は?」と訊かれるとにわかに答えられないというか、友だちや教師が口にするのをはじめまわりでは頻繁に耳にしたもののとにかくその応用範囲は広く、あとまあ自身で使う語彙にはならなかったということもあってはっきりとしたことは言えないのだけれど、おおよそ推し量れば、「出来が悪い」「ろくでもない」「いいかげんである」「役立たずである」といったこと、およびそうした性質をもつ人やモノにたいして用いられる言葉であるかと思う。
■いや、何の話だ。そうではなくて『アキストゼネコ』のことを書かねばならないのだったが、肝心なところの感想はまだ作戦が決まらずまとまらない。てなわけで書けたらまた書きますよ。
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